時系列王国とイマボーイズの短い物語だよ

そのころ
その大陸は
時系列王国
支配されていたんだ

時系列王国
象徴ともいえる
信条が これ

「結果がすべて」

この一言を提示されれば
大陸の誰しもが
反論の余地がなくて
ぐうの音も出なくて
それはそれは
おそろしく威圧的で
おそろしく残酷なひびきが
そこにはあって

その言葉の
破壊力でもって
時系列王国
支配者として君臨する
その名も
「ケッカ(結果)大王」

ケッカ大王の前には 
原因一族も 
プロセス一族
ただただ
ひれ伏すしかなくて

思うような結果が
得られずに苦しむ
大陸中の人々は
ケッカ大王にだけは
どうしても逆らうことができなかった
なにを隠そう
「結果がすべて」だから

そんな中
そんな時系列王国
おびやかす勢力が
台頭してくるんだ

それこそが
イマボーイズ

流浪の旅をつづける
イマボーイズたちにとって
時間という概念は
脇役であって
主役ではなく

いま 目の前のこと
紡ぎつづけること
それをこそとし
重要視する者たち

「結果」ではなく
「解釈」
それだけがあると
イマボーイズの者たちは
支配者であるケッカ大王によって
結果こそが絶対価値
洗脳され
思うような結果を得られず
苦しんでいる
大陸中の人々に向け
訴えつづけたよ

原因があって
プロセスがあって
結果があること
それこそが
世界であるはずだった
にもかかわらず
それらのものは
お菓子の包み紙のようなもので
本当に大事なものは
お菓子の中身だ
という
流浪のイマボーイズたちの価値基準に
大陸中の人々は
興味を持ち始めたんだ

「たとえば
あと一歩のところで
届いたはずの
栄光の瞬間
そんな過去があったとしよう
このことは
このときだけを 
切り取るならば
確かに結果は 
敗北かもしれない

ところがそののち
その悔恨の反動によって
生まれえた
這いあがらんとする力によって
栄光の瞬間を
つかむことができたならば
たちまち 
過去における
敗北の結果は消し飛んで
時空を超えて
勝利の結果だけが 
その人の過去も含めたすべてを
勝利の二文字で満たしてしまう
オセロの終盤での
逆転劇のように」


イマボーイズの者たちは
訴えつづけたよ

「人生の
いくつもの岐路において
結果はふたたび
敗北と入れ替わるだろう
そしてふたたび
勝利と入れ替わるだろう
負けたはずが 
勝ちもするだろう
勝ったはずが 
負けもするだろう
潮が満ちて 引きもするように
陽が昇り 沈みもするように
ただただ 
解釈の変化が
起こりつづけるだけ
勝利も 敗北も 
一時的なまやかしでしかない」


この世界には 
解釈
それだけしかないことを見抜かれた
ケッカ大王は 
不安な日々にさいなまれ
悩みもだえたよ

満を持し 
イマボーイズ
時系列王国の牙城への
討ち入りを決行
自分は遅かれ早かれ
首を取られるにちがいない
そんな 最悪の結果
ケッカ大王の脳裏をよぎり
夜もおちおち寝られなかったんだ

王である ケッカ大王
結果にこだわるあまり
いま 目の前のこと 
それをついぞ見ることができず
ついには発狂し
もろくも自滅

茫然自失する
結果に毒された人々
イマボーイズ
手を差し伸べたんだ

「結果だけがすべてじゃない
でも だからと言って
いま 目のまえのこと
それだけがすべてでもない
ひとつの物語を
成立させるためには
主役と脇役の
両方が必要なんだ」


こうして大陸は
長きにわたる洗脳を解かれ
いま と 時系列 の
両方を紡ぐ者たちによる
協和がもたらされた
んだ

生まれ変わった大陸は
「時系列王国」改め
「いまと時を紡ぐ国」となり
その国の象徴となる
新たなる信条が生まれたよ
それはというと──

「解釈がすべて」









今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
「ふしぎ発見!」は変わらず
きみの奥深くによりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見!」へといざなう楽曲を紹介するね

「Hoppipolla / Sigur Rós(シガー・ロス)」
Writer(s) Sigur Rós
Producer(s) Sigur Rós, Ken Thomas

笑おうよ
ぐるんぐるんとまわろうよ
手をつなごうよ
世界は幻想さ
けれども君は 
そこに立ってる






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テーマ : 詩・想
ジャンル : 小説・文学

たての糸の国とよこの糸の国の短い物語だよ

あるところに
たての糸の国があったんだ

たての糸たちが住む国では
うれしい という心(こころ)
それだけが存在していて
うれしい が あたりまえの日常で
あたりまえすぎるがために
誰も うれしい とはなんなのかを
考えもしなかったし 知りもしなかった

そんなある日
たての糸の国に
シレン という名のわざわいは
突如やってきたんだ

たくさんのシレン
激しく吹きすさぶなか
たての糸たちは
どんなに束になっても
ひも状ののれんや
フリンジのように
バラバラになってしまい
隙間だらけになってしまい
シレンを防ぐことができなかった

たくさんの 家々や仕事場
たくさんの 道や乗り物
たくさんの 木々や農作物
たくさんの たての糸たちが
破壊されてしまったよ

生き残った
たての糸たちは
途方に暮れたんだ

うれしい 
その心(こころ)しか知らなかった
たての糸たちは
今のこの 
自分たちの気持ちを
どう処理すればよいのか
まったくわからなくて

難民となり
国をはなれ
あてもなく歩き始めた
たての糸たち

行き着いた先には
よこの糸の国があり
たての糸の国と同じく
シレンがそこを
とおり過ぎた直後であることが
たての糸たちには 
すぐに分かったんだ

かなしみ 
その心(こころ)しか知らない
よこの糸たちは
その感情が 
あたりまえの日常なので
たくさんの 
大切なものが破壊され
シレンが過ぎ去ったあとも
いつものように 
あたりまえに ただ 
かなしみ
沈みつづけるだけ

たての糸たちは
よこの糸たちを目の当たりにし
自分たちが 
かなしい
そう感じている真実を 
初めて理解したんだ

たての糸たちは
よこの糸たちを
抱きしめたよ

よこの糸たちは
たての糸たちに
抱きしめられた
その瞬間に
今までに一度も
感じたことがなかった
うれしい という心(こころ)が
こみあげて来るのを
感じていたんだ

たての糸たちと
よこの糸たちは
お互いを尊重しあい
かといって
手と手を取り合うでもなく
新しい国を 
築き始めたよ

たての糸たちと
よこの糸たちが
織りなす布は
どんなシレン
待ち受けていようとも
傷つき 倒れた
誰かをかばい
傷つき 倒れた
誰かをあたためたんだ

その布が
何度やぶれようとも
何度穴があこうとも
たての糸たちと
よこの糸たちは
何度でも修復し
何度でも新たな布を織りなしたよ

たての糸たちと
よこの糸たちの
心(こころ)に傷を負わせられたとしても
芯(しん)までをも
破壊することは
シレンはもちろん
運命にさえも 
できなかったんだ










今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
「ふしぎ発見!」は変わらず
きみの奥深くによりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見!」へといざなう楽曲を紹介するね

「糸 / 中島みゆき」
作詞 中島みゆき

縦の糸はあなた 横の糸は私
織りなす布は いつか誰かの
傷をかばうかもしれない






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コトバと言葉の短い物語だよ

彼方より
コトバはやってきたんだ
その姿を
眼に焼きつけようとした
その瞬間に
コトバ
まるできみを試すかのように
その姿を
一瞬にしておおい隠し
コトバから
言葉へと変異したよ

すべてが
対象化された
相互依存の
濁流の中で
言葉の皮膜を
鷲づかみにし
何度もひき裂き
コトバの実像を
引きずり出そうと
もがきつづける
きみ

気が遠くなるほどに
幾重にもかさなっていた
ぶあつい ぶあつい
言葉の皮膜は
しだいにうすくなってゆき
実像までの透明度が
どんどんとましていったんだ

一昨年よりも
昨年よりも
コトバ
その実像は
鮮明になってゆく

かさなる膜の
その奥深くに
うっすら
探し求めていたものが
見え始めていたよ

まもなく確信へと
たどりつきそうになった
そのとき
きみは ふと
ひき裂く手を止め
やぶけた皮膜の残骸に
目をやったんだ

コトバ
何かを察したかのように
その場にしゃがみ込み
一面に散らばった
それら残骸の数々を
いとおしそうに掬いながら
きみにこう言ったよ

「これがおまえの人生だ」

次にコトバ
最後の一枚の
言葉を脱ぎ捨て
ついに
その姿を露わにしたんだ

そこに立っていたものは
きみだった

それを見ているはずの
きみ自身
もうそこにはいなかったんだ







今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
「ふしぎ発見!」は変わらず
きみの奥深くによりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見!」へといざなう楽曲を紹介するね

「Ill-Beatnik / THA BLUE HERB(ザ・ブルー・ハーブ)」
LYRICS BOSS THE MC

先は長い 深い コトバにならないくらい
先は長い 深い コトバにならないくらい
先は長い 深い それこそ俺なんかにはコトバにならないくらいだ
本来一ヶ所にはとどまらないコトバや音が見えるとしたら
そうそのとおり 心の根元でだ






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とある勤勉家の短い物語だよ

あるところに
熱心な勤勉家がいたんだ

ひたすらに純粋に
おもむくままに
わからないことをわかりたいがために
勤勉家は勉学にいそしんだよ
そんなけなげな勤勉家を
人々はこぞって応援したんだ

勉学にいそしめばいそしむほどに
保有される知識や情報は蓄積し
それは自分の立ち位置を
高いところへと押し上げて行くよ

勤勉家が積み上げる
知識と情報の山は
日を追うごとに高くなってゆき
高くなれば高くなるほどに
世界の隅々を見渡すことができて
ものごとの本質を見とおすこと
それができるようになっていったんだ

十分すぎるほど高くなった
知識と情報の山の頂で
ふと下界を見下ろす勤勉家
それまで気にもしなかった
世界の底辺を
能動性のかけらもなく
受動的に行き交う人々が
気になるようになるのと同時に
侮蔑のまなこを向けるようになったんだ

「彼らは能動的になれないがために
世界を見渡せるだけの
知識と情報の山を持ち合わせておらず
なにひとつ
ものごとの本質が見えちゃいない
もっと能動的に生きなきゃ
あんたら 生きる屍だぜ」


ふと見上げれば
自分よりも高い
知識と情報の山が
そこかしこに点在するのが目に入る
その山々が邪魔なせいで
世界を完全に見渡すことができないことに
勤勉家はあせりを感じたんだ

「もっともっと
知識と情報を積み上げ
高いところに立たなければ
この広い世界を
完全に掌握することはできない」


知識と情報集めの
競争に次ぐ競争に勝ち抜き
誰よりも抜きんでて
高いところに立った勤勉家
もはや自分よりも高い山は
どこにも見当たらなかったし
自分を論破できる存在も
どこにもいなかったよ
この世界に見えないところなんて
なかった
はずだった──

ところがなんと
頂から下界までが
あまりに遠すぎるがために
下界の細部で何が起こっているのか
はっきりと見ることが
できなくなってしまっていることに
勤勉家は気がついたんだ

けれども
せっかくここまで登りつめたのに
今さら下に降りるだなんて
あまりにもったいなかったし
プライドが許さなかった

勤勉家は
下界のやつらと自分とでは
住む世界が違う
そう割り切ることで
この問題に蓋をしてしまったよ

あれほど純粋に
知識と情報を求めていた
勤勉家だったけれども
今となっては
自分を脅かしそうな山がないか
ただそれだけが日々の関心ごと

下界からは
勤勉家を疑問視する声が
届き始めたけれども
下界の連中の声など
耳を貸す気などない勤勉家
自分の山より高い山が現れやしないか
そのことだけが気がかりで
勤勉家は夜も眠れず…

頂の狭いスペースで
血眼になる
そんな勤勉家の頭上を
ゆったりと旋回した
智慧の鳥が言ったんだ

「あんたもこっちに来たらどうだい」

次に
智慧の大地が言ったんだ

「あんたが世界そのものになっちまえば」

次に
智慧の海が言ったんだ

「わざわざそんなところから」

次に
智慧の星が言ったんだ

「世界を見渡す必要もなかろうに」









今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
「ふしぎ発見!」は変わらず
きみの奥深くによりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見!」へといざなう楽曲を紹介するね
「Star Ring Child / Aimer(エメ)」
作詞・作曲 澤野弘之

駆け出した 
無邪気な色は 
ぶつかり合っても
塗り上げる音忘れない
飾られた答えなんてここに必要ないから
1秒に見えた世界を 次へ






この土壌(ブログ)に植えられた種(言葉)は、訪れたその人が読むことによってのみ、開花します。
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「どみどりくん」あるいは「じゃっく」へのメッセージ

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やあやあ、よく来てくれたね。

じゃっく&どみどりくん

Author:じゃっく&どみどりくん
オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』の、姉妹ブログ『どみどりくんの、世界ふしぎ発見』に遊びに来てくださりありがとうございます。管理人のじゃっくと申します。

『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』が「表通り」を行くブログなら、こちらのブログは「裏通り」を行くブログです。
両方合わせてようやく私のメッセージの完成形となりますが、選り好みして「表通り」だけ見てもらってもまったく問題ありません。
来るべきときが訪れたなら、おのずと「裏通り」も歩かされている自分を発見されますから(ニヤリ)

で、この「裏通りブログ」が何故に必要なのかと申しますと、早い話が「表通り」だけでは解決できない、処理しきれない問題(絶体絶命のピンチ)に、人は前触れもなく遭遇するからです。
誰しものそのときのためにこそ、私「じゃっく」が、フシギニストである「どみどりくん」に扮し(チャネリング?)ながら、この「裏通りブログ」は存在し続けます。


「世界ふしぎ発見」とは言っても、某テレビ番組が世界における「目に見えるふしぎ」を発見して紹介するのとは趣がちがい、このブログでは世界における「目には見えないふしぎ」の発見を書き記することを趣旨としています。

ですが、「目には見えない」とは言っても、「UFO」「超能力」「幽霊」といった類のものとは趣が違いますし、「スピリチュアル」ともまたちょっと違うのかもしれません。
「哲学」「宗教」とも言い切れませんし、「自己啓発」「人生哲学」ともまた少し違うかもしれません。

しいて言うなら、みなさんが今まで生きてきた中で、学校教育や家庭教育やマスメディアによって抗いようもなく培われ、育くまれた「常識」「当たり前」「思い込み」「偏見」「先入観」などをとっぱらった先にある「あるがままの世界」あるいは「究極の羅針盤」の発見ってところでしょうか。


たとえばですが、

『きみが何を考え、何に思い悩み、何を行為しようとも、きみ自身は実は何もしていないのさ』

いきなりこんなことを断言されたとしたら、どう思うでしょうか。
「うん、そうだと思ってた!」という方は、おそらくは皆無に近いかと思われます。
おそらくは「あ…ちょっとこの人、ヤバイ宗教とか入ってる感じの人なんだろうな。かかわらないようにしよう…」
おおかたそんなところではないでしょうか。

ですが、私は特定の宗教を信仰していませんし、歴史上の人物や現存するいかなる人物も、敬いはしても崇拝するような対象にはなりません。この先もずっと。




そもそもはこの「裏通りブログ」から私のブログ人生が始まり、私を通路として見い出されるふしぎ発見を、誰かと分かち合い、この「リアル人生ゲーム」に活かしたいがために、2つ目のブログ『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』を作るにまで発展してきました。

「分かち合い」ほどの、いち人生を賭けるに値する究極の財宝、自他一挙両得のベストバイブスは、他に見当たりませんもの。
自分がまずうれしいし、同時に誰かもうれしいだなんて、はっきり言って
最高!

じゃないですか。







「ふしぎ発見!」の終わりに、みなさまを発見へといざなう楽曲も紹介しています。よろしければあわせて楽しんでください。
※和訳した歌詞は、英語力のない私がグーグル翻訳を参考に、個人的解釈で訳したものなので、ちょっとおかしいよっていう訳もあるかと思いますが、大目に見ていただけましたら幸いです。

カテゴリの中の「スーパーふしぎ発見」には、ブログの核となる発見かな、と思われるものを並べています。まあ、だからどうってわけでもありません。

カテゴリの中の「映画」がいざなうふしぎ発見については、ネタバレしているものがほとんどなので、どうか「この映画これから見ようとしてたのに(泣)」なんてことにならないようお気を付けください。

一度投稿した「ふしぎ発見!」も、一年くらい間隔をあけて読み返すと「うーん…なんでこんなふうに書いたんだろう」「この表現は不適切だなあ」「今ならこんな言葉は使わないなあ」といったことがよくあります。
私はまったくいとわず何度でも記事を修正します。
修正することによって、伝えるべきメッセージが進化しつづけていることを私自身実感できますし、過去記事と現在の記事とで違いすぎるがために読者を混乱におとしいれてしまうような事態も軽減されます。
投稿日に対してコメントの日付が古い記事は、「あ、修正した記事なんだな」と思ってください。




ツイッターもやってます。
業者の方や宣伝目的の方じゃなければ、出来うる限りフォロー返ししています。