どみどりくん クリスマス編 後編

あけましておめでとうございます。

管理人であり、「どみどりくん」の分身でもある「じゃっく」と申します。

ここに来て下さる皆様方の、今年1年のご多幸をひめやかに願いつつ、ほんの少しだけ、このブログを振り返ってみようかと思います。

私のブログ歴を遡ると、2014年の9月に行き着きます。
俗に言う神秘体験のようなものをしたことが、そのきっかけです。
その体験のことも、いずれは何らかの形で書き記せればと考えていますが、不要な誤解や憶測や偏見を招きやすい事柄なので、読み手をふしぎ発見へといざなうものであると確信できない限り、わざわざ公開する必要性はないものであろう、とも考えております。
所詮は個人の「いち主観」による「いち体験」にすぎません。

私じゃっくが自分として、このような場で言葉を紡いでゆく際、出て来るわるい手癖が、このとおり、言葉が堅苦しくなりがちというものです。読み手の感じ方によるのかもしれませんが。
その堅苦しさに自ら窮屈さを感じ始めていたこともあって、私の息子をモデルにした「どみどりくん(実際に息子が愛称のひとつとしてそう呼ばれていて、なにかと緑色が好きなのです)」というキャラクターの仮面を被ることを思いつき、2015年の4月、今のブログ名とスタイルに改変するに至り、試行錯誤しながら、2016年の本日を迎えることとなりました。

毎日のように遊びに来て下さっているあなた様。

付き合いで仕方なく遊びに来て下さっているあなた様。

たまに遊びに来て下さっているあなた様。

最近遊びに来て下さったあなた様。

別な面白そうなブログを探しているあなた様。

リツイートやお気に入りにして下さったあなた様。

メールやコメントをして下さったあなた様。

まだ見ぬ未来にブログに遊びに来て下さるごあなた様。

まだ見ぬ未来にあなただけのふしぎ発見がおとなうであろうあなた様。

ありがとうございます。

このブログがどうなってゆくのか、またもブログ名が変わるのか、方向性が変わるのか、アプローチの仕方が変わるのか、このまま何も変わらず続いてゆくのか、終わりを迎えることになるのか、私には先のことは何も見えませんが、いま、現段階の私は、もうしばしこの土壌(ブログ)に種(言葉)を植えることを試みて行くつもりでいるようです。

2016年も、気のおもむくまま、遊びに来ていただけましたら幸いです。


それでは、年をまたぐことになってしまったうえ、タイトルが「クリスマス編」というなんとも残念な公開タイミングですが、前編の続きをお楽しみください。





青年は全身に力を込め、わななき、這うような目つきでどみどりくんを睨みつけました。

「人は自分で撒いた種は自分で刈り取るんだ! それが因果の法則だ。
オレはとっくに腹をくくってる。オレが犯してきたあらゆる罪は、今生で逃げ切れたとしても、来世まで追尾してきて、必ずやオレを捕まえにやって来て、そのツケを払わされる。覚悟はできてる。自分の責任じゃないなんて逃げ方は、オレはしない」

種を撒く者も、刈り取る者も、きみじゃない。神(全)がやる。ただ、神(世界)だけがあるんだ。神の他には何もないんだよ、この世界には

「じゃあなにか! 無差別殺人犯も、悪徳政治家も、汚職警官も、集団暴行事件の首謀者も、インチキ宗教の教祖も、原子力村に群がるハエどもも、この地球を巣食う死ぬまで治らないバカどもも、このオレでさえも神と同等で、誰にも何の責任もないってのか!」

「最初にきみが自分で言ったじゃないか。責任の有無だって、善悪の有無とまったくおんなじことさ。それは木の葉がひるがえるように、ひたすらに流転しつづけるんだ。
ある出来事に「責任」を認識した者にだけ、それは「責任」として存在しえるんだよ。

「……」

転校生っていう映画、知ってる? とある男女の、お互いの精神だけが入れ替わるっていうストーリーの映画なんだけれど…」



「この映画はもちろんフィクションだけれど、本当にそんなことがあって、女の子の身体ときみの身体とがすっかりそのまま入れ替わったとしても、彼女ときみの精神が入れ替わるようなラブコメ的展開は実はなくて。どうなるかというと──
当人たちは入れ替わったことには一切気付かず、はたから見れば、昨日までとなんら変わらないその人たちがあり、入れ替わる前と何も変わらない明日があって

「それは入れ替わったとは言わないだろ…」

「うん。つまりは入れ替わるも何も、入れ替わりようがない。
本来、個性なんてものを持ち合わせていないぼくら人間に、この世的な個性をもたらすものが、肉体
ひとつの肉体には、その肉体固有の得手不得手やクセが備わっているし、与えられた脳には、その脳だけに施された設定みたいなものがあって、その人にだけ見えるものや見えないもの、好きと嫌いを判別するフィルタリングが備えられてて。
そして、ひとつの肉体を通じて起こる、その肉体オリジナルの、日々の経験や体験との掛け合い。その蓄積がその人をかたどっていくんだ。
あえて、すべての人が、同じ一人の人を好きになったりすることにならないようにできているし、あえて、全員が同じ職業を目指すということにならないようにできてる。
ある人には美人に見える人も、ある人には醜く見えるし、ある人には魂を揺さぶる音楽でも、ある人には騒音。
そして時代、環境、人間関係、不可視な力などの、あらゆる条件がその人を運ぶ道筋となり、その人の人生を形成するよ。
水は外側からの力によって、されるがままにその形を変化させるけれども、実は人間も水とおんなじ。つまり、誰が彼女の身体に入ったところで、彼女は昨日までの彼女とも、これからの彼女とも寸分たがわず、彼女なんだ」

「…じゃあなにか、おまえとオレの身体が五秒後に入れ替わったとしても、おまえもオレも入れ替わったことに気が付くことはないし、それまでのおまえの過去を完璧に体験してきたかのごとく、それまでの記憶を持って、おまえの身体をオレが生きるとでも言うのか」

世界五分前仮説は知っているかい? ぼくらの世界が五分前に誕生していたとしても、誰もその可能性を反証することができなくて。
このことは、たとえば僕らが五分置きに誰かの身体と入れ替わりながら生きていたとしても、ありえない話じゃないってことなんだ」

青年は気が変になった人のように笑いました。

「所詮は仮説だ!」

「そう。確かにこれは仮説にすぎないし、その真相をわかることは誰にもできない。なんせ、身体機能や精神機能の限界を超えたところにある真相だから。
人生という鳥かごの中にある限り、人生からはみ出た、鳥かごの外の世界はわからない。けれども、鳥かごの中からでもわかることがあるんだ。
その鳥かごは「宇宙」と、そう人間からは呼ばれていて。果てには行き着けないほどに壮大でありながら、一人の人間の精神に収まってしまうほどに、果てなく小さくもある何か。
そしてきみは自分の力でみみあかひとつ、作り出すこともできない。きみだけじゃないよ、きみが今並べ立てた悪人たちも同じ。金メダリストも、ノーベル賞受賞者たちも、宇宙飛行士も、実力派俳優も、伝説の経営者も、み~んな同じ。
「偉大」とか「偉業」なんて言葉に騙されちゃいけないよ。「偉い人」なんてどこにも一人もいない。釈迦イエスでさえも、その本質の部分はぼくらと何も変わらない。
だって、どの人も等しく自分の力で何もしていないんだもの。それでもきみはまだ、きみが憎んでやまないあの人やその人、放射能を撒き散らした人たちや、お金や国政を牛耳る人たちが、自分の意志でもって、きみにとっての憎むべき行動を取っていると思うかい?」

「…自分の意志だろうがそうじゃなかろうが、関係ない。憎いものは憎い。憎むべき存在はどんな見解があろうと、憎むべき存在だってことに何の変わりもない!」

「ぼくが最初にきみに言ったこととおんなじ。いまここできみがミドリガメを殺すということは、どんな見解があろうとも、ぼくにとっては疑いの余地なく「嫌」と認識されるし、あるいは「憎」と認識される。
けれども、ワニがミドリガメを捕食していたのだとしたら、ぼくはそれを「嫌」と認識しても、「憎」とはたぶん認識しない。そして人間に無残に殺されるのを目にするよりも、「嫌」を感じる度合は小さい。
でも結局のところ、憎むも憎まないも、許すも許さないも、できるときにはできるし、できないときには絶対にすることができない。たとえば、人を憎めない定めにある人は、どんなに人を憎みたくても憎むことをすることができない。その逆もしかりさ」

「ちくしょう、オレの人生を勝手にいじくりやがって!
なんでこのオレを……こんな世界に生まれさせたんだ。
「情報」がこの世界を乗っ取らなかったなら、今よりもずっと、明日や昨日に振り回されることなんてなかった。
どこかの国で大量虐殺があろうと、どこかの海岸に大津波が押し寄せていようと、何者にも惑わされることなく、いま、この瞬間だけを感じ、いま、この瞬間だけを大切に、もっとシンプルに生きられてたはずだ」

「けれどもいま、この星の人間社会において、その「情報」という寄生虫が、一斉に人から人へ、絶え間なくそこいら中を闊歩しているという現実が、ぼくたち現代人の人類規模の命題であり、目の前に並べられたオセロの石みたいなもんさ。逆にそれを利用してやればいいんだ。
確かにそれは、核エネルギー級の破壊力を持った、人間の思考回路を余すことなく食い潰しかねない、手に負えない連中ではあるけれど、使いようによっては、終盤、崖っぷちに立たされたオセロの大逆転劇のように、九回裏ツーアウトの打席でサヨナラ勝ちする可能性を秘めているのが、二十世紀に地球を巣食った「情報」という名の寄生虫さ。
ただし油断は禁物。寄生虫には情けなんてものはないし、極めて老獪な連中だから、隙を見せればあっという間に飲み込まれちゃう。寄生虫は、黒い世界を白にひっくり返そうか、白い世界を黒にひっくり返そうか、舌なめずりしてその時を待ちわびているんだ」

「土台無理な話だ。どいつもこいつも、取り返しがつかないところまで思考回路を食い潰され、常識を疑うことを放棄しちまってる。やがては寄生できる人間も絶滅して、地球は用済みになる。終わりなんだよ。もう、なにもかも……」

「終わるか終わらないかなんてことを考えたってしょうがない。そんなことはハナから定められているものだから。
定まっていることのことを考えたって、なんにも始まらないし、何も進まない。
ぼくら人間にできることは、授かりしいち個の人生を体験し、味わいつづけること、それだけさ」

体験することだと? 体験して…味わって…それがどうなるっていうんだ? そんなことに何の意味がある…?」

それはきみが自分で見つけるべきことだと思う。たぶんね」

「……運命は……運命は、本当に決まってるのか?」

「うん。砂ぼこり一個の動きまでも、ぜんぶ。全部ね。
でも「運命は決まっている」なんて言い方だと、まるで誰か人の姿をした神様が、その人の運命を決めているみたいじゃないか。それは違うよ。何度でも言うけれど、きみが神様だし、ぼくが神様だし、神様ではないものなんて、この世界にはひとつもないんだ」

「…オレが生まれて来ることは、絶対に避けられなかったことなのか?」

「いまそこにそうしてきみが存在しているっていうことは、そういうこと。
ドミノ倒しを思い浮かべてごらんよ。ぼくらはあの、ドミノ倒しみたいなものだよ。
あの一個一個のドミノが、「いま、いま、いま」の連続さ。一度倒れ出したら、ゴールに辿り着くまで、「いま」の連続を止めることは絶対にできない。
そして、ドミノがどんなに困難な道筋に並べられていたとしても、ドミノの本質がそうであるように、途中で進路変更をすることなんて絶対にできない。
でもね、アインシュタイン科学の範疇を超えた意味合いボーアに言ったように、神様はサイコロを振るみたいに、いい加減にドミノを並べ立てたりはしてないんだ。
ぼくらひとりひとり、すべてのドミノの道筋は、ぼくら人間が肉体を通して獲得すべきものを獲得していくための、完全無欠なルートを辿っていくよ。これからだって、ずっと、ずっとね」

青年は歯を食いしばり、とめどなく熱い悲しみをこぼしました。
その悲しみは、動かなくなったミドリガメの山の上で、ちいさく、たよりなく、はじけました。

「なんでだよお…もお…。
その一個目のドミノを、なんで倒しやがった。
神様だかなんだか知らない誰かが勝手に倒したドミノのツケを……なんでオレが払い続けなきゃならない」

きみという存在が必要だったから、ということだけはぼくにもわかる。そして必要とした存在は、他でもない、肉体を超えたきみなんだ」

青年は涙をぬぐい、そしておおきく笑いました。

「わははは!そんなイカれた話、誰も真に受けねえだろうな」

「はは! だね。ぼくもそう思うよ。というよりも、実際に誰も真に受けないんだ。
でもね、それもまたぼくにとっての、ぼくにしかできない、ぼくオリジナルの体験さ。
そしてまた、真に受けようもない話を聞いているきみもまた、きみオリジナルの体験を、いままさにここで味わっているんだ」

おもむろにミドリガメの山の前に歩み寄り、その前にかがんだどみどりくんは、動かなくなったミドリガメたちを、一匹、一匹、丁寧に拾い上げていきます。
青年は、拾い上げられていくミドリガメを、すずろに見つめていました。

「この子たちを埋めてあげようと思うんだけれど、手伝ってくれる?」

両腕にミドリガメを抱えきれなくなったどみどりくんは、青年の方を向いて言いました。
青年は、そんなどみどりくんを、すずろに見つめていました。
青年はゆっくりと立ち上がり、ミドリガメの山の前にかがむと、その小さくふるえる指先を、もう動くことのないミドリガメたちにそっと伸ばしました。

《つづく》










今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けていようとも
「ふしぎ発見!」は変わらず
きみの奥深くによりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見!」へといざなう楽曲を紹介するね

「Last Flower / Radiohead(レディオヘッド)」 
歌詞 Tom York

it's too much
too bright
too powerful
too much
too bright
too powerful
too much
too bright
too powerful
too much

そこは
ありあまるほどに満たされている
ありあまるほどに光輝いている
ありあまるほどに力強く
ありあまるほどに満たされている
ありあまるほどに光輝いている
ありあまるほどに力強く
ありあまるほどに満たされている
ありあまるほどに光輝いている
ありあまるほどに力強く
ありあまるほどに満たされている






この土壌(ブログ)に植えられた種(言葉)は、訪れたその人が読むことによってのみ、開花します。
ふたつと同じ花が咲くことはなく、訪れたその人だけの、その人に出逢う運命を担っていた花です。
この土壌に意義を見い出した方は、ご支援のワンクリックをいただけましたら幸いです。

テーマ : 詩・想
ジャンル : 小説・文学

どみどりくん クリスマス編 前編

いつもどみどりくんのブログに遊びに来てくださりありがとうございます。
管理人であり、どみどりくんの分身でもある「じゃっく」と申します。

今年も残り僅かとなってしまいましたが、本当はクリスマスに掲載する予定だったものの、間に合わせることができなかった、どみどりくんの対話形式ショートストーリー第5弾を掲載させていただきます。

それではお楽しみください。





12月24日。太陽が傾き始めたころのことです。
クリスマスツリーの飾りつけを整え、サンタさんの水分補給のためのきゅうりを準備し、サンタさんへのねぎらいの手紙を書き終え、あとは手紙に落ち葉アートをほどこすのみとなったどみどりくん
落ち葉を拾いに、近所の公園にやって来ました。

いい色合いの落ち葉を探していると、二十歳前後の目つきの鋭い青年が、壁に向かって何やら石のようなものを投げつけています。

どみどりくんが目を凝らして見れば、それがミドリガメであることを確認できました。

青年の足元には、動かなくなったミドリガメが折り重なっています。

どみどりくんは、じっと、青年を見つめていました。

どみどりくんの存在に気が付き、自嘲するような笑みを浮かべた青年は、囁くような声で言いました。

「おまえ…あれだろ、どみどりくんとかいう…」

どみどりくんは、何も答えませんでした。

「その服装でわかったぜ。ほんとに全身みどりいろなんだな、おまえ」

どみどりくんは、何も答えませんでした。

「言えよ、可哀想だからやめなよって。そう言いたいけど、言ったらオレが何をするかわからないから、怖くて何も言えないんだろ?」

どみどりくんは、何も答えませんでした。

「こいつが外来種だって、知ってる? こいつが日本に居座るようになってから、日本にもともといた気性の優しい亀は居場所がなくなって、数がどんどん減ってる。だからさ、オレはこいつらが冬眠してる場所を見つけ出して、こうして淘汰して、もともとの亀が住んでた池に戻そうとしてるってだけのことだ。一人保健所みたいなもんだよ」

「今に人間を淘汰する保健所もできるかもしれないね」

「あるじゃねえか、人間同士の殺し合いを仕掛け続ける国家規模の保健所が」

「さあね、ぼくにはわからない。その保健所のバックにもまた、仕掛け人がいるかもしれないじゃないか。透明人間にでもなって実際に仕掛けてる現場でも抑えない限り、真相は永久に闇の中だよ。
仮に仕掛け人が表に出て来てすべてを自白したとしても、その人が本当のことを話しているのかどうか、誰にも確かめるすべはない。
仮にリアルタイムに現場を見ていた人がいたとしても、その人が見たものをねじ曲げたり誇張したりしていないかどうかは、決して誰にもわからないし、最終的にはおのおのの主観で判断するしかない。
つまり、この世界では永久に確かめようがないことが日々山積みになり続けてる。そして人はそれを「歴史」と呼ぶんだ」

「おまえ…おもしれえやつだな。噂じゃ、愛と平和の象徴みたいなやつって聞いてたから、バカな大人にいろいろ吹き込まれて偽善の押し売りでもしてるやつなのかと思ってたけど…意に反して気に入った。
どう? おまえもやる?」

「遠慮するよ。ぼくはミドリガメもその他のカメも好きだし、攻撃されてもいないものに対してそんなことできない」

「へえ、おまえの好きなカメがこんな目にあってるってのに、よくそうやって冷静に見てられるな」

「冷静なんかじゃないよ。たまらなくイヤだし、たまらなく悲しい。けれど、ここから進むことも、立ち去ることもできずにいるんだ」

「気持ちはわからないでもないな。オレがしてることも、他のすべての人間がしてることも、善とも悪とも判別ができないものだからな。どこにも怒りの矛先を向けようがない。
も、も、木の葉がひるがえるみたいに、どこまでも流転し続けるんだ。
で、誰にもそれは捉えられない。
なぜかというと、実は最初からそんなものは無いから。
まことしやかな常識を疑いもしないバカどもにこんなこと言っても馬の耳に念仏だけどな」

「判別はできるよ。ただしそれは、いかなる人物が判別しようとも、「善」と「悪」という基準での判別ではなく、「好き」と「嫌い」という基準での判別でしかない。だからやっぱり、きみが言うとおり「善悪」なんてものはどこにもない。あるのは「好き」と「嫌い」それだけ。
そしていま、きみがしていることは、まぎれもなく「嫌」なんだ。このぼくにとってはね」

「それってようは、人の数だけ言い分があるし、人の数だけ真実があるってことだよな。だから「真に正しい基準」なんてものは、どこにも無い。
法律ってのもさ、金と権力を得て威張りたいやつらの都合や嗜好で決めたルールでしかないわけだ。 
バカの決めた善悪基準に、バカが従う世界じゃあ世話ないぜ」

「国によっては、その威張りたい人たちが決めた好き嫌いの基準に基づいて、戦争が「善」になるし、大量虐殺も「善」になる。人をたくさん殺した人が、英雄視されている国すらもある」

「な? それを考えれば、オレの今してることなんてたかが知れてるだろ。この死体の山がスッポンだったら食用として正当化され、食用じゃなければとみなされる。
この国がミドリカメを食す国だったら、誰もオレの行動をとがめないが、ミドリガメを祀る国だったら、オレの行動はとみなされる。
いやあるいは、ミドリガメを食す国だとしても、ミドリガメにリスペクトがない扱い方をすれば、やっぱりそれはとみなされる。
虫一匹殺さないとぬかす連中も、
毛皮の服は着ないとぬかす連中も、
自分の手で殺せない動物は食べないとぬかす連中も、
殺処分0を目指すとぬかす連中も、
反戦運動に躍起になってる連中も、
どういつもこいつも笑わせやがる。
ここまで来ると、まさにおまえが言う「好き嫌い」の問題でしかなくなる。
個人や集団にとって都合のいい殺傷はとされ、都合のわるい殺傷はとされる。
そうやって自分に利がある殺傷には「善」のジャッジを下す連中が、ご都合主義的善悪認識をでっちあげ、自らの善悪観を正当化する。つまりは結局自分さえよければいいんだ。
オレの善悪観と、連中の善悪観、狂ってるのがどちらなのかは明白だろう?」

「狂っているのがどちらなのかもまた、個人の好き嫌いで判別される問題でしかないよ」

「はは! そう言うと思ったぜ」

「問題と銘打たれるあらゆる問題が、個人の好き嫌いの問題でしかないことを誰しもが知らないことが、何より問題なんだ。好き嫌いの磁力はときには、1+1の答えも変えうるし、血縁関係だって変えうるし、歴史認識も変えうるし、白でしかないものを黒に、黒でしかないものを白に変えうるんだ」

「科学者アインシュタインが、科学者ボーアの理論を非科学的な理由で認めなかったことも、好き嫌いの範疇の問題と言えば、そうなのかもな」

「そうだね。そして人は自分の思いどおりに「好き」を決めることができなければ、「嫌い」を決めることもできないし、自分の思いどおりに行動することも、思考することもできないことが、この世界の究極の動因になりえるコアの部分なんだ」

青年は耳を疑うような素振りを見せたかと思うと、しばらくのあいだその場に立ち尽くし、我を取り戻すと、おもむろに一匹のミドリガメを手に取りました。

「…オレが今、こうしてほら──」

青年は振りかぶり、ふたたびミドリガメを壁に投げつけます。

「自分の意のままに、ミドリガメを殺すことができる。
オレはだとかだとか、法律だとか道徳だとか、何者からも何の縛りを受けることもなく、好きな時に好きな場所で、思いどおりに好きな場所に行けるし、好きなことが考えられるし、生き物の命を奪うことだってできる。オレは自由だ。
オレはオレの中にだけある好きと嫌いに、忠実に生きることができるし、これからもそうすることができる。…だろ?」

「いま、自分で言ったよね。「オレの中にだけある好きと嫌い」に忠実に生きることができるって。気がつかないかな。「オレの中にだけある」と発言してしまっているその時点で、きみは偏見の足枷を引きずっているし、主観の檻に閉じ込められてる。きみはちっとも自由なんかじゃないんだ」

「何を言ってやがる…」

「偏見や主観を克服しなければならないなんて言ってるわけじゃないよ。
はじめに、偏見や主観をはっきりと認識してしまっている以上、自らが偏見や主観を抱えながら生きていることを認めたその先にしか、本当の自由はひらかれないってことだよ。
偏見や主観を産みだしているものは、きみじゃない。好き嫌いや善悪を判断しているものも、きみじゃない。
なぜならば、きみがスタートライン(誕生)を踏み出たそのときから、きみは一方的に与えられた肉体、一方的に与えられた偏見や主観、一方的に与えられた環境や人間関係の道筋のままに、ここまでの人生を歩んできているから。
すべての人が、自分で選択しながら生きているように見えて、実はすべて選ばされて生きてるんだよ。
つまりね、行為しているのはきみだとしても、行為者はきみじゃないんだ」

「…いちおう訊いてやるよ。その行為者ってのは誰だ」

世界(全)さ」



《クリスマス編 後編につづく》
                          









今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けていようとも
「ふしぎ発見!」は変わらず
きみの奥深くによりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見!」へといざなう楽曲を紹介するね

「IN THE FLIGHT / FISHMANS(フィッシュマンズ)」
作詞作曲 佐藤伸治

ドアの外で思ったんだ あと10年たったら
なんでもできそうな気がするって
でもやっぱりそんなのウソさ
やっぱり何も出来ないよ
僕はいつまでも何も出来ないだろう






この土壌(ブログ)に植えられた種(言葉)は、訪れたその人が読むことによってのみ、開花します。
ふたつと同じ花が咲くことはなく、訪れたその人だけの、その人に出逢う運命を担っていた花です。
この土壌に意義を見い出した方は、ご支援のワンクリックをいただけましたら幸いです。

テーマ : 詩・想
ジャンル : 小説・文学

どみどりくん スーパームーン編 後編

いつもどみどりくんのブログに遊びに来てくださりありがとうございます。

それでは『スーパームーン編 後編』をお楽しみください。






少女は、どみどりくんの発言に耳を疑いました。

「あんたなに言ってんの?…飛ぶのはあたしに決まってるでしょう!」

きみが飛び降りるにしろ、飛び降りないにしろ、いずれにしても、それはきみの意志で起きることじゃないってことだよ」

少女はいい加減に頭がおかしくなりそうでした。

「ちょっとおいでよ、面白いもの見せてあげる」

そう言ってどみどりくんは、橋の下に少女を案内します。

少女を待たせておいて、川から戻ったどみどりくんは、水を汲んだ四角い容器と丸い容器、両方を少女の前に置きます。

水を見てごらんよ。四角い容器に入った水は四角だし、丸い容器に入った水は丸いでしょ? 人間も水と同じだよ。与えられた肉体、能力、好き嫌い、環境、文化、時代、関わる人々、人以外の生物、鉱物、水、火、温度、湿度、風、大気、地球、地球以外の星、引力、斥力、見えるもの、見えないもの、あらゆるすべてが、きみの『人生』という形を定めている容れものさ。そしてその容れものは、24時間年中無休で変化し続けるんだ

「…ちょっと待ってよ。じゃああたしがした努力とか、受けた苦しみとか、気持ちとかはどう説明すんの?」

「努力したことも、苦しみも、きみの中に起こるあらゆる思念や想念、喜怒哀楽も、きみ自身は何もしていなくて。きみはきみの自力によって生きて活動しているわけじゃないんだ。自力っていうのは、一種の錯覚現象さ。駅のホームで、まだ動かない車両に腰かけたこと、ある?」

「だったらなんなの?」

「自分の車両が動き出したと思ったら、進んでいたのは窓越しの隣の車両だったっていうような錯覚、一度はあるんじゃないかな。自力っていう感覚も、それとそっくり。でもね、自力感がわるいとか、そういうことじゃないよ。自力感のない人生を想像してごらんよ、そんなものの何が楽しいだろう。それこそがまさに操り人形だよ。自力感は人生を楽しむのに必要不可欠な錯覚なんだ」

「…で、結局なにが言いたいわけ?」

きみの身体も含めた、全宇宙のあらゆるすべてが、きみ一人の身体運動や思念や想念を決定しているものの正体ってことさ。それでいて、きみ以外のすべての存在の活動に、きみ自身が関わってる。きみも含めたすべての存在が歯車の一個一個で、すべての歯車が寸分の隙間なく繋がり、噛み合っていて、精確に宇宙は稼働しているんだ

「すべてはひとつだとかなんとか、ボロをまとったいかにも聖人みたいな人が言ってるの、聞いたことある」

「うん。聖者や覚醒者なんかがよく口にする『すべてはひとつ』っていう発言の真相は、そういうことなんだ。何かの問題を考えたり、悩んだり、何かを好きになったり、嫌いになったり、創造したり、妄想したりすることも含めて、ぜんぶ、ぜーんぶ…きみは生きる上でしている一切のことを何もしていなくて。行為はしていても、行為者ではなくて

「信じらんない…そんなこと……そんなことあるわけない!」

『ご縁があった』なんて言葉は、ほんと言い得て妙で、人との出会いに限らず、すべての事象は縁なくして起こらないことを表してて。 だから『縁がなかった』なんてことは、この世界には存在しえないことで、縁があったからこそ、その、縁がなかったと思えた出来事は起こってるんだ。 『これも何かのご縁』『何かの』はいらないんだ。すべての出来事が『これもご縁』の連続で、ぼくらは『縁』という名の宇宙の歯車であることを、やめることはできない。絶対にね」

「もしかして…その『縁』て、『円』のこと?」

「漢字って不思議なものだよね。誰が文字と音を貼り付けたのか知らないけれど、辞書の中では示す意味がちがえど、どちらの字も、究極的には同じものを表してて。宇宙の完全無欠な『円運動』がまさに、暗喩的に、宇宙が『円(縁)』によって成り立っていることを示してる

「円(縁)の外には出れないってこと?」

「考えてもごらんよ、この世界に存在する色彩の原則にない色を想像するなんて芸当、きみにはできるかい? 死後世界を体験したという人たちでさえも、この世界に無い色を見た、なんて言った人は聞いたことがないよ。 『嗅ぐ』の意味を超えて嗅ぐことはできないし、『触れる』の意味を超えて触れることはできない。 この宇宙の枠をはみ出て、この宇宙に無い何かを創造したり想像することができないということは、僕らが宇宙の歯車のひとつであることを避けることはできない、という絶対的不可分を意味しているのさ」

「昔おばあちゃんが教えてくれた。この世は縁によらずして起こることは何もないんだよって。それを『縁起』って、お釈迦さまが言ったって」

「うん。イエスが『神の意志によらずして起こることは何もない』と言った神も、ムハンマドが『神は天と地を創造せるものなり。 神は汝がいずこへいくともともにありて、アラーは汝のふところを見ん』と言った神も、アムステルダムの哲学者が『神即自然』と言った神も、本当のところはこの、全宇宙全世界を意味しているのさ」

「自然って、山とか、海とか、森とかでしょ?」

「その哲学者が言った自然とは、この世界に在るものすべてのことなんだ。人間は『自然』ていう言葉を使って、自然と自分たちとを切り離して『自然と親しむ』『自然を大切に』なんてことを言ったりするけれど、それっておかしな話だと思わないかい? きみのその身体は、一体誰がくれたものだろう」

「…パパとママでしょ」
 
「じゃあ質問! パパとママはきみの身体の中の臓器を、脳を、骨を、筋肉を設計して、部品を集めて組み立てでもしたのかな?」

「なわけないでしょ」

「だよね。人知をはるかに超えた何かが働いて、その身体は作られ、心臓は『自然に』鼓動を繰り返し、胃腸は『自然に』食べ物を消化、吸収する。世界最先端のテクノロジーでも足元にも及ばないほどの、複雑かつ精密な機能でね。これってさ、何かに似てると思わない?」

「身体の中に、自然だったり、宇宙がある…みたいな?」

「そうなんだ。これってようするに、人間=自然てこと。このことがどういうことを表しているかというと、この世界、この宇宙に自然以外のものなんて、何もないということさ」

「ちょっと、ちょっと待って。自然=神なんだとしたら、人間=神になっちゃうじゃない!」

「そういうこと!きみ、ノってきたね!つまりね、世界には神以外のいかなるものも存在していないってこと。だからね、『人間が地球を汚してる』だとか『この震災は自然から人間への警告』なんて言い方が、ぼくにはとても妙な響きでもって聞こえて来る。だって、自分が自分を汚してると言ったり、自分から自分への警告なんて話、ちょっとヘンでしょ。言ってること、わかるかな」

「わかるような…わからないような…でもやっぱりわかんない」

「いいんだ。有史以来の、人類規模の思い込みをひっくり返すようなことを、ぼくは話しているんだもの。人間、あまりに当たり前すぎて、気がつかないことがたくさんあるんだ。たとえるなら、そんな人はいないけれど、生まれたときからずっとメガネを肌身離さずかけて生きてきた人がいたとして、メガネをかけていることにずうっと気がつかなかった、みたいなことさ。世界にはそういう、『あまりに当たり前すぎて気がつかないこと』が、そこら中に落っこちてて…」

「そこら中って…なんかめまいしてきた…」

ここで今すぐ結論を急ぐ必要性はないよ。急ごうが放っておこうが、きみが進んでゆくドミノの配列にそれを理解する牌がセッティングされているなら、必ずやきみにとって一番ベストのタイミングで、気づきは訪れる。きみにどんなことがあろうとも、神様は二十四時間年中無休で君に寄り添っているし、決して君を見放すことはないんだ。そりゃそうだよね、君自身が、とうの神様なんだもの。このことがどんなに素晴らしいことか。底なしの勇気が湧いてくることか。きみにそれが起こるかな。起こるといいな」

「学校であたしをいたぶるやつらも、ママがあたしに対して言ったことも、その人たち個人の意志で起こってることじゃない…そういうことでしょ」

「よかった、少しでも伝わったみたいで」

「でもさ、いつかそのことが本当に理解できたとしても、あたしはママやそいつらを許せないと思う。ん?ちがうな。あたしが許すか許さないかも、あたし個人の意志じゃない。……あってる?」

どみどりくんは、ゆっくりとうなずきました。

『許せない』が存在するからこそ、『許す』ということがどういうことなのか、味わうことができるし、理解することができる。どんなにネガティブなものだってそうだよ。この世界にムダなものなんてひとつもないんだ」

「…」

「きみも、いじめっ子も、きみのママも同じ。たくさんの人が、学校の成績だとか、見た目の良さだとか、お金をたくさん持ってることとか、世間体だとか、地位だとか、権力だとかいう、世間的な価値観こそが、価値あるものだと思い込んでいるけれども、それらが闇夜の役割をしてくれるからこそ、真に価値あるものがまたたいたとき、ぼくらはそれを認識することができるのさ」

「…あたしを追い詰めてたものの正体が見えた気がする。世間的な価値観にそぐわない自分は、価値のない人間なんだってずっと思い込んできた。でも、そもそも世間的な価値観なんて幻想。だからあんたは、真の意味で自分に価値がないと理解する人間は、自分に価値がないことに苦しんだりしないって、言ったんだね」

「うん。だって、自分の外側に蔓延るあらゆる価値基準は、どこかの誰かが勝手に決めた価値基準でしかないし、みんな等しく、全なる存在のいち個として生かされているにすぎないもの。イチローやボルトの大記録だって、釈迦やイエスの大宗教だって、アインシュタインやエジソンの大発明だって、幕末の志士たちの大革命だって、当人たち個人の力なんてものは、1ミリだって関与しちゃいない。自分には何の価値もないし、同時に『価値しかない』

「価値しかない…」

全なる存在が、全存在の舵を取り、この地を歩み、自らを語っている世界

少女は何となしに、スーパームーンを見上げていました。

「…なんとなくだけど、あんたが言いたいこと、わかんなくもない」

どみどりくんも、もう一度スーパームーンを見上げました。

「じゃ…スーパームーンが見れたことだし、ずいぶん遅くなっちゃったから、そろそろ踊り始めようか!」

「ハア?」

どみどりくんは、スーパームーンに照らされた夜の川べりで、どみどり音頭をわいわいと踊り始めました。

「ちょっと!踊る意味がまったくわかんないんだけど!」

などと文句を言いながらも、仕方なく少女も、どみどり音頭をわいわいと踊り始めました。

「日々の~一瞬一瞬が~♪
縁と円が織り成す~むせ返る~ほどの~み~どりいろ♪
エンヤ~コ~ラヤッ!」


などと音頭をとるどみどりくん。
少女はなんだかバカバカしくなってきて、意味もなく笑えてきました。

「ねえ、ひとつ気になったんだけど」

「なあに?」

『緑』て字と、『縁』て字、よく似てるけど、もしかしてなんか関係ある?」

「やっぱり? きみもそう思う? だからぼくはみどりいろが好きなのかなあ」


つづく









今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
「ふしぎ発見!」は変わらず
きみの奥深くによりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見!」へといざなう楽曲を紹介するね

「わーい waai / KAKATO(カカト)」
Rap: KAKATO(環ROY×鎮座DOPENESS)
Director: Kurando Furuya
Director of Photography: Takehiro Goto
Editor: Kota Ishii

わーいわーい 騒ぎたい
わーいわーい 騒ぎたい
わーいわーい 騒ぎたーい






この土壌(ブログ)に植えられた種(言葉)は、訪れたその人が読むことによってのみ、開花します。
ふたつと同じ花が咲くことはなく、訪れたその人だけの、その人に出逢う運命を担っていた花です。
この土壌に意義を見い出した方は、ご支援のワンクリックをいただけましたら幸いです。

テーマ : 詩・想
ジャンル : 小説・文学

どみどりくん スーパームーン編 前編

いつもどみどりくんのブログに遊びに来てくださりありがとうございます。
管理人であり、どみどりくんの父でもある「じゃっく」です。

皆様のお力添えと不可視な存在の働きかけのおかげさまで、どみどりくんの世界ふしぎ発見!も、どうにかこうにか約半年を迎えました。

10月から、個人的な事情で更新するペースが落ちたり、コメントへの返信が遅くなったりすることもあるかもしれませんが、不可視なコトバが私に働きかけてくれる限りは、これからも気の向くままに、おもむくままに発信して参ります。

今回は、前編、後編を2日間に分けて、私じゃっくが描くどみどりくんの対話形式ショートストーリー第4弾を掲載させていただきます。

それではお楽しみください。





2015年、9月末日。

満月の中でも、特に大きく明るいらしい、スーパームーンとやらが見れるとあって、日が暮れる少し前を見計らい、どみどりくんは見晴らしのいい橋のたもとを目指し、意気揚々と家を飛び出ました。

「MOONあなたは知ってるの♪ MOONあなたは何もかも♪ 初めて歩いた日のことも~♪」

などと能天気にレベッカのMOONを唄いながら、川べりを歩いていると、橋の真ん中で身を乗り出し、真下を見つめる少女を発見。

何か面白いものでも見つけたのかな?と思ったどみどりくんは、少女のそばまで走り寄りました。

「何見てんの?アザラシ?」

少女は見向きもしません。

「ぼくはスーパームーン目的で来たんだけれども、こんなにも分厚い曇でおおわれてるんじゃ見れそうもないよ」

中学生くらいの少女は、チラリ、どみどりくんに目を向けます。

「…あんたってもしかして…どみどりくん?」

「そうだよ」

「やっぱり。まさかほんとに全身みどりのコーディネートだと思わなかった…」

「ねえねえ、川に何がいたの?」

「実はさ……ここから飛び降りちゃおうかと思って」

「ふうん、そうなんだ」

「冗談に決まってんじゃん!ていうか、ぜんぜん驚かないんだね。何度もここに来てるけど、どの人も深刻な面持ちでさ、あたしが飛び降りないように意地でも説得してかかるのが笑えるのに」

「だって、初めて会ったきみが、いきなりそうしたいって言うんなら、ふうんて言うほかないじゃない」

「あんたって変わってんね」

きみだって絶え間なく変わっていってるよ。きみが『変わってるね』って、いま言ったときのきみも、それを聞いてたぼくも、もう『ここ』にはいないんだ」

少女は目をまんまるくし、しばらくのあいだ静止していました。

「あんたって…噂で聞いたよりおもしろいかも」

「ぼくにとってはきみがおもしろいよ」

「…正直言うと、冗談じゃなかったんだ、さっきの話」

「飛び降りる話?」

「うん」

「どうして飛び降りたいの?」

「死にたいから」

「ちょっと、いい?」

「ん?」

「気になったんだけれど、いま言った『死ぬ』って、なんだろうね」

「え? …うんと、自分が消えてなくなるってこと。だからね、もう苦しむこともないってこと」

「これまでに消えてなくなったことがあるとか?」

「一度でも消えてなくなったらここにいるわけないし」

「いなくなった人を見たことがあるとか?」

「そんなの目で見て確認するまでもないでしょ。今までだってたくさんいたし、数秒置きに、世界のどこかで誰かが死んで消えてなくなってる」

「ひょっとしてそれは、心肺が停止して、肉体が動かなくなった状態のことを言ってるのかな」

「とーぜん!」

「肉体が動かなくなって、その肉体が灰になっただけで、どうしてその人がいなくなったことになるんだろう?」

「それってひょっとして幽霊にでもなって存在するっていいたいの?」

「ううん、というよりも、肉体が朽ちて消えてなくなるっていうことも、世界であるぼくらが絶え間なく変わっていってるっていう中の、ひとつの状態にしかぼくには見えないから、だから『死ぬってなんだろうね?』っていう質問をしてみただけのことさ。だってね、どこをどう見渡しても、『死』なんてものはどこにも落ちていないし、どこにも見当たらないんだもの」

「ハア?…言ってる意味わかんない。世界であるぼくら?なんであたしもあんたも世界なの?

究極的には、この世界に境目なんてないからだよ。『この世界をぜんぶひっくるめて、やっとひとつの生命』なんだ

「…あんたさ、おもしろいのを通り越して、じゃっかん狂ってると思う」

もっと言うならね、死がないってことは、生もないことになるんだ。世界という名の、大きな大きなひとつの生命として変化し続けている過程の中で、たまたまぼくらは人に変化して、今はこうして人として存在しているけれども、やがては肉体を喪い、人ではないものに変化するだろうし、このアリはたまたまアリに変化して、今はこうしてアリとして存在しているけれども、やがては肉体を喪い、アリではないものに変化するだろうし、この木はたまたま木に変化して、今はこうして木として存在しているけれども、やがては肉体を喪い、木ではないものに変化するっていう、ただそれだけのことさ」

「…」

「世間的にはスピリチュアルメッセンジャーだけれど、ぼくが勝手に哲学者だと思ってる人で、雲黒斎さんという人がいてね、その人の著書の中で、黒斎さんが見えない守護者(雲さん)と対話をする本があって、その中でこんなやり取りがあるんだ」



雲さん 「それは何も、『魂や霊は物質じゃないから、肉眼でとらえることはできない』とかいう話じゃない。そういうことではなく、客観的な事実として、『新しい命が生まれる』ということも、『肉体に命が吹き込まれる』ということもありえないってことなんだ。
考えてごらんよ。もし『新しい命がどこかで吹き込まれることがある』とするならば、『命を吹き込まれる以前の、命を持たない何か』があったことになる。つまり、『命が入るための器』だね。多くの人間は、肉体のことをその器だと考えているようだが、これが大間違いだ。」

黒斎さん 「大間違い?」

雲さん 「だってそうだろう。『命が入る器(その時点で命を持っていない何か)』があるとするのなら、それはつまり、『生きていない何か』ということになる。が、しかし、おまえがここにこうして存在するにあたり、どこかの時点で『生きていない何か』であったことがあるだろうか」

黒斎さん 「え?」

雲さん 「受精卵が子宮に着床する以前、その受精卵は『生きていない何か』だったろうか。いや、そんなはずはない。すでに『生きている』。現にその胚は、着床する前から細胞分裂を繰り返して子宮へ向かう。では、精子と卵子が結合する以前、それらは『生きていない何か』だったろうか。これも違う。精子だって卵子だって、ちゃんと生命体として活動しているだろう? さらにさかのぼって、精子を生成したおまえの父、卵子を生成したおまえの母が、『生きていない何か』だったことなんてあるだろうか!」




「ようするに、僕らは生まれてなんていないし、そもそも生まれていないわけだから、死ぬことだってできないってことなんだ」

少女は言葉を失いつつも、ようやく返す言葉を見つけました。

「…じゃあ訊くけど、生まれてもいないし、死んでもいないわたしたちって、一体なに?」

始まりもなく、終わりもなく、おのおのの様態や状態だけが、途切れることなく変化し続けているだけの存在ってことだよ。盛者必衰の理(ことわり)をあらわしながらね」

「一人一人に、それぞれひとつひとつの命があるわけじゃなく…この世界が、ひとつの命?

「本当のきみは、きみの肉体の範疇に収まるような、そんな小さな存在じゃないんだ。葉が落葉しても、木はそのまま生き続けるでしょう?それとおんなじだよ」

急に少女はうずくまってしまい、そのまま下を向いてしまいました。

「…もうそんな話はいい。 あたしがどんな存在であろうとなんだろうと、本当のことなんて知りたくもないし、あたしにそんなことわかりっこない。 あたしはただ、この最悪の日常から逃げ出したいだけ。変化してようとなんだろうと、ただこの苦しみから解放されたいだけ」

苦しみもまた、苦しみではないものに変化してゆくよ。風が強いときに、その風を止めようなんて思う人はいないでしょう?苦しみもそれと一緒なんだ。風と同じ自然現象だよ。強風が吹き荒れるときは、強風がやむまでは、それに逆らわず、飛ばされないようにだけ気を付けながら、風がやむのを待てばいいんだ。風を止めようとすればするほど、止めることが不可能なものを止めようとするわけだから、二重に苦しむことになっちゃう。果ては風が吹いていないにもかかわらず、吹いているかのように錯覚することになるかもしれない。

「簡単に言わないで。あんたは本当に苦しんだことがないし、本当に死にたいと思ったことがないから、そういう人間の気持ちがわからないだけ」

「うーん、そう言われちゃうと困っちゃうけれど…でも、どうしたってぼくはきみにはなれないし、きみもぼくにはなれないから、本当に苦しんでるかどうかとか、そういうことはどうしたってわかりようがないよね」

「あんたって、いちいち正論でムカついてくるよ」

「ところでさ、飛び降りようとしてたことで質問なんだけれど、それってようは、自分で自分の肉体を殺そうとしてるってことだよね?」

「あたりまえでしょ!」

「自殺ってこと?」

「だからそう言ってるでしょ!」

「それならわかるよ。 確かにこの高さから飛び降りたなら、きみのその肉体は必ずや破壊されるだろうね。でもさ、肉体を殺したところで、そのあとどうなるのかなんてはっきりとわからないのに、なんでそうやたら自殺っていうひとつの選択肢にこだわるんだろう。 自殺そのものは一歩たりとも君に近づいていないのに、やいのやいの言いながら、君がわざわざ自分から近づいていってるように見えるんだけれど」

「あんた、テレビとか新聞とかネットニュースとか見ないわけ?苦しくて、明日が見えなくて、どうしようもなくなった人たちは、結局ほとんどが、自殺を最終手段にすることになる。日本人だけで年間3万人が自殺してるし、そんなに珍しいことじゃない」

「ちょっと訊きたいんだけれど、テレビとか新聞とかネットニュースとかと、きみとの関係って、なに? どうしてテレビとか新聞とかネットニュースとかで見たら、きみもそうしなきゃいけないんだろう?」

「あんたバカ?テレビとか新聞とかネットニュースとかは現代人にとっての生活必需品でしょう?ネットはここ十年くらいで普及したらしいけど、テレビとか新聞とかはあたしらが生まれてきた時点で、どこにでも当たり前にあったものじゃない。 今やテレビとか新聞とかネットニュースとかが社会の常識を生み出して、国の代表を選出して、善悪の基準に最新のトレンドまで、国や世界を動かしてるって言っても過言じゃないし、ほとんどの人がテレビとか新聞とかネットニュースとかを頼りにして生活してる。 あたしたちはテレビとか新聞とかネットニュースとかがなきゃ、この世界で起きてることなんて何もわからない。あんた、そんなことも知らないの?」

「いろいろ訊きたいことはあるんだけれど、とりあえず、テレビやネットが生み出してるっていう、その『社会の常識』ってなんだろう。なんできみはそんなに義理堅く、社会の常識を信じているの? 社会の常識は、血のつながった親子か何かなの? 今までに社会の常識が、きみに粗品のひとつでも贈ってくれたかい?」

「え…粗品?」

「テレビとか新聞とかネットニュースとかときみとの間に、どんな信頼関係があるのか知らないけれど、きみの話を聞いていると、きみがそうやってテレビとか新聞とかネットニュースとかを信頼していく過程の中で、いつしかきみが自分で物事を考えてるんじゃなく、テレビとか新聞とかネットニュースとかで流れる情報が、きみの思考そのものにすり替わっていったっていう、そんなふうに聞こえてしょうがないんだ。 きみはきみが抱える苦しみに耐えきれずに自らの肉体を殺そうとしているんじゃなく、『社会に押し売りされた常識』に殺されようとしているんじゃないかな。 きみだけじゃないよ、常識は自分の外にあるものだと考えるすべての人が、押し売りされた常識を、常識として生きてるんだ」

「そんなこと言ったってあたしにはもう明日が何も見えないし、生きることになんの希望も見い出せない!」

誰にとっても明日は見えないよ。 明日どころか、一秒先も何が起こるかなんて、誰にもわからないんだ。 生きることに希望を見い出せないって言うけれど、その『生きること』がなんなのかがそもそもわからないのに、わかっていないことに希望が見い出せないだなんて言ってるとしたら、そんなおかしな話もないよ

「あんた、自分の親に生きる価値もないだなんて、言われたことある?…あたしには生きる価値すらないんだよ!」

「それはウソだね」

「…あんたなに言ってんの?」

真の意味で自らに価値がないと理解している人間は、自らに価値がないことに苦しんだりできるはずがないんだ」

ふと、どみどりくんの眼孔を、まばゆいものがつらぬきました。

「…ああああ!ねえねえ!出た!ほらほら!スーパームーン!ほらあそこ!出てるってば!すっげえや!確かにいつもの月よりスーパー!」

「ふざけるな! あたしがこれまでどんなに苦しかったか、どみどりふぜいにわかってたまるか! あたしに価値なんてないことは、このあたしが一番わかってるんだ!」

「好きにしなよ。飛び降りるにしろ、飛び降りないにしろ、どっちにしろきみがするわけじゃないもの」


《スーパームーン編 後編につづく》









今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
「ふしぎ発見!」は変わらず
きみの奥深くによりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見!」へといざなう楽曲を紹介するね

「MOON feat G.RINA / ZEN-LA-ROCK(ゼン・ラ・ロック)」
Produced by Yasterize
melody G.RINA

満ちては欠けてゆく天体
闇夜を照らしてよ女神
この地球の皆も同じ月を見る 夢を見る






この土壌(ブログ)に植えられた種(言葉)は、訪れたその人が読むことによってのみ、開花します。
ふたつと同じ花が咲くことはなく、訪れたその人だけの、その人に出逢う運命を担っていた花です。
この土壌に意義を見い出した方は、ご支援のワンクリックをいただけましたら幸いです。

テーマ : 詩・想
ジャンル : 小説・文学

どみどりくん 七夕編 その4(最終話)



どみどりくん 七夕編の最終話です。

それではお楽しみください。






 「ではその、目的地というのは…一体どこなのでしょう?」

どみどりくん 「目的地っていう言葉がよくなかったな、ごめんよ。訂正させて。
なんでかっていうと、どこかから出発すようような「地」はないし、どこかに到達するような「地」も本当はないから」

 「運転手の話はどうなった」

どみどりくん 「もちろん、不可視な存在の話をしているんだよ。ただね、不可視な存在の役割は、出発地点から、目的地に到達するという直線の発想の運転じゃなく、体験を運び込むことそれのみを目的とした運転ということなんだ」

 「体験のみを…」

どみどりくん 「さっきも言ったようにね、ぼくらは相対世界に遊びに来ているんだ。だから遊び終わったなら、相対のない世界(絶対)に還るだけの話で。
目的「ある」「ない」っていう、対になるこの二択これ自体が、この相対世界でのみ通用するものさしだから、本当は目的が「ある」という言い方もちょっとへんなんだ。それは言うなれば「目的はない」って言ってることでもあることになっちゃうから」

 「があれば、必ずやもある世界ですものね」

どみどりくん 「うん。ぼくらが帰還する故郷(絶対)に、そんな対極する何かはないもの」

 「わけのわからない御託を並べることだけは一人前のガキだ。あそびだと? 笑わせやがる。この世界は弱肉強食だ。魑魅魍魎がうごめく生き地獄だ。そこをかいくぐって生き残ることが生きる目的だ。ガキのおまえもいずれはそのことを思い知るだろうよ」

どみどりくん 「弟さんから見える世界がそう見えるのならば、それが弟さんにとっての真実だよ。この世に二つとしてない、たったひとつのオリジナルの真実さ」

 「おのおののオリジナルの真実を体験するために、相対世界へとやって来た…という?」

どみどりくん 「それをきっと、人は『運命』と呼ぶんだろうね。釈迦イエス抗いようもなく定められてゆく、運命の本質を見ていたはずさ。
けれども「あなたの人生のシナリオは完全に決まってます。以上!」だなんて、身も蓋もない直球ど真ん中を投げたところで、みんなポカ~ンだし、誰の理解も得られるはずがないから、時代の空気、流れ、文化、人々の意識の成熟度を汲み取って、「説法」「説教」という名の膨大な量の『方便』を、口頭で伝承させる手法を最善策として導き出したのかもしれない。
釈迦イエスが現代を生きていたなら、アプローチの仕方はまたぜんぜんちがったものになっていただろうし、インターネットだって存分に活用していたはずさ。動画配信する釈迦やイエス、見れたかもねえ」

 「人生は、抗いようもなく、定められてゆく、だと?」

どみどりくん 「たとえばだけれど、弟さんも、お姉さんも、今までの人生の中で、すべてが自分の思いどおりに物事が進んだような経験て、ある? 学校のテストで100点取ったとか、競馬で大穴を当てたとか、そういう短期的なことじゃなくね」

 「ありません。自分の期待が裏切られる展開が待ち受けていることが常です。これは、良い意味でも悪い意味でも、です」

 「子供の頃からの夢だった、ゲーム制作に関わる仕事にあり就けたぞ」

どみどりくん 「それは自分の立てた筋書きどおりに? それとも紆余曲折あった?」

 「…紆余曲折だろうな。しかもプログラマになるはずだった予定が、一年だけという条件で企画制作の担当を引き受け、結果的にそれがオレの天職になっちまってる」

どみどりくん 「つまり、目標が達成されたにしろ、されなかったにしろ、結果的には二人とも、スタートラインで描いたとおりの筋書きどおりとはいかなかったわけだ」

 「…」

 「はい。ですね」

どみどりくん 「描いたとおりにはならないから、人生は確かに苦しくて、投げ出したくもなるものだけれども、でも逆に、予想がまったくつかないからこそ、おのおのの想像力や予測範囲を飛び超えて不可思議で、面白くて、発見に満ち満ちていて

 「ま、確かに先が読めちまうような映画はクソつまらないからな」

 「確かに、仮に未来のすべてが予言できてしまったなら、その人にとってそれ以後を生きる意味は失われてしまうことでしょう」

どみどりくん 「だいじょうぶ。未来のすべてが予言できるようなことなんて間違っても起こらないから。 そうならないための、肉体であり、だよ。ぼくらは大海に落ちた一滴の水滴みたいなもんさ。不可視な存在だってぼくらとおんなじだよ。大海(宇宙)の一部として溶け込んだ瞬間から、つまり、肉体に精神を宿された瞬間から、荒波にもまれるも、雷雨に打たれるも、抗いようもなく、大海がゆらめくがままに、その身をゆだねるしかないんだ」

 「水を差すようでわるいが、オレは自分の力でここまで来たと思ってるぜ」

どみどりくん 「もちろん、弟さんが本気で世界をそうとらえているなら、ぼくの言ったことに耳を貸す必要性なんていっさいないんだ。弟さんには弟さんだけのオリジナルの真実があって、ぼくにはぼくのオリジナルの真実があるっていう、それだけのことだから」

 「つまりそれは、絶対普遍の真理は存在しない、ということを意味するのでしょうか?」

どみどりくん 「あると思うよ。けれども、この二元世界に在って100%のそれを認識することは不可能なんだ。覚醒者でさえも肉体があり、おのおののアイデンティティがあり、語られる真理が寸分たがわずすべて同じなんていう人たちは、主従関係でもない限り、どこにもいないでしょう?」

 「…真理がないことが真理だなんて…なんという皮肉でしょう。はなぜ、人の数だけ真実を創造なさったのでしょうね」

どみどりくん 「仮に絶対普遍の真理がこの相対世界にも存在するならば、この二元世界は存続できないからだよ。
分かりあえないことをこそ味わいに来てるんだ、ぼくらは。そのために人の数だけ真実はあるし、あえてもめごとが起こるようになっているし、すべての問題が解決するようなことにはならないようになっている
元は絶対普遍の真理そのものであるぼくら神が、人間という着ぐるみを着用して、神の分身(分神)として、本来の自分の記憶を消去した状態で、この絶対普遍の真理が存在しない世界に遊びに来てるんだ」

 「私たち人間が…?」

 「わっはっは!このオレもってか?」

どみどりくん 「うん。ぼくらはもちろん、この世界のすべてのものが神であり、ひとつの巨大な大海であり、宇宙規模の運命共同体なんだ。
つまりね、神の分神であるぼくら人間の本質が自己愛であるということは、神の本質が自己愛だっていうことに他ならないんだ」

 「そいつはすげえ!この世界は神の壮大な自慰行為ってわけだな!はっはっは!狂ってるぜこいつ」

 「なんということでしょう…つまり、神の他には何もない世界、というわけですか…」

どみどりくん 「だからね、地球が最大の危機に瀕しているというのは分神(人間)視点のものさしで、神の視点からすれば、危機をこそ味わいに来ているんだから、そこにいいとかわるいとかいう判断基準はいっさいないし、たんたんと、この世界で体験できうる「真実(可能性)」という名の伏線を回収し続けているだけのことさ。
仮に今の現状のこの世界が間違いであるなら、は始めから核兵器化学兵器が作れちゃうような資源を創造したりなんてしてないし、持たざる人々を容赦なく蹴落とし、金のなる木に鼻息荒くしがみつく人々や、持たざる人々に住む家がなくなり、不治の病が蔓延しようと、殺し合いが始まろうと、自分さえよければすべて良しとするような人々それ自体を創造していないだろうし、そういった人々をのさばらせるようなこともしてないはずだよ。
それはつまりは、人間の葛藤や懊悩の暗幕から、ときおり垣間見れる光のかがやきにこそ、は意義を見ているから」

 「全裸よりも見えそうで見えないくらいがセクシー、みたいなもんか…」

 「では結局のところ、滅びゆく地球を黙って見ているしか手立てはない、という…」

どみどりくん 「言ったでしょう? 人の数だけ真理はあるんだもの、ぼく一人がここでなんと言おうと叫ぼうと、黙っていられない人は必ずや何かしらの行動をとるし、何もしない人はてこでも動かないし、まったく別な行動を取る人だっているだろうし。おのおのがおのおのの真実のままに、抗いようもなく、取るべき行動を取らざるをえない世界なんだもの。
大事なことは、誰が何を考え、思い悩み、どんな行動を取ったとしても、そこに絶対的な正解はないってこと」

 「じゃあ、オレはオレのままで何の申し分もなく、おまえも、姉貴も、そのままで何の申し分もない。そういうことだな」

どみどりくん 「弟さん、さっき言ってくれたよね。みんな同じ顔で同じ体系で同じ能力で同じ価値観で同じ考えの集まりじゃ、あまりに退屈だし、味気がないどころか薄気味悪い。それに何よりそんな世界からは何も生まれることがないって。結局はそれに尽きるんだなって、思うよ。
宇宙はね、人体が恒常性のままに平衡を保とうとするようにできているのと同様、宇宙規模でのホメオスタシスの摂理を宿していて、似通った価値観や考え方の人間に偏りすぎないように、永劫に平衡を保ち続けるんだ。おそらくは、二元世界を味わう意義を見い出せる限りはね」

最後にどみどりくんは、小さい体で二人の腰の辺りをたぐり寄せ、言いました。

どみどりくん 「だから、ね!もう気づいたでしょう? 二人がてんでバラバラな価値観で考え方で、まったくちがう真実を見ているからこそ、この世界は存続できているってわけ! じゃ、ここいらで三人でみどりの歌でも唄おうよ!
朝です~♪ 窓です~♪ 光で~え~す~♪ 
小鳥の~唄~に~♪ 目~が~さ~めて~♪


姉 「…もう夜ですが…」

弟 「ああアホらし。帰ろうぜ」


《つづく》












4日間もお付き合いくださりありがとうございました!

明日からは再び、いつものどみどりくんがお世話になります。

以下、どみどりくんからのメッセージです。


今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
「ふしぎ発見!」は変わらず
きみのこころの奥深くによりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見!」へといざなう楽曲を紹介するね

「Tabla'n'Rap / U-zhaan × KAKATO(環ROY×鎮座DOPENESS)」

日々日々日々 いい感じ
インド日本グッドミュージック
広い世界すべて正解
ユザーンとカカト申し分ない





ぼくを応援してくれる人は、一日に一回、ぼくをクリックしてくれるとうれしいです。より多くの人へこのブログが届くきっかけになるので、すごくうれしいです。

テーマ : 詩・想
ジャンル : 小説・文学

このブログが役に立ってると思った方はぼく↓をクリックしてもらえるとうれしいです。
最新投稿
最新コメント
カテゴリ
月別アーカイブ
「どみどりくん」あるいは「じゃっく」へのメッセージ

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
どみどりな応援者
RSSリンクの表示
QRコード
QR
やあやあ、よく来てくれたね。

じゃっく&どみどりくん

Author:じゃっく&どみどりくん
オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』の、姉妹ブログ『どみどりくんの、世界ふしぎ発見』に遊びに来てくださりありがとうございます。管理人のじゃっくと申します。

『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』が「表通り」を行くブログなら、こちらのブログは「裏通り」を行くブログです。
両方合わせてようやく私のメッセージの完成形となりますが、選り好みして「表通り」だけ見てもらってもまったく問題ありません。
来るべきときが訪れたなら、おのずと「裏通り」も歩かされている自分を発見されますから(ニヤリ)

で、この「裏通りブログ」が何故に必要なのかと申しますと、早い話が「表通り」だけでは解決できない、処理しきれない問題(絶体絶命のピンチ)に、人は前触れもなく遭遇するからです。
誰しものそのときのためにこそ、私「じゃっく」が、フシギニストである「どみどりくん」に扮し(チャネリング?)ながら、この「裏通りブログ」は存在し続けます。


「世界ふしぎ発見」とは言っても、某テレビ番組が世界における「目に見えるふしぎ」を発見して紹介するのとは趣がちがい、このブログでは世界における「目には見えないふしぎ」の発見を書き記することを趣旨としています。

ですが、「目には見えない」とは言っても、「UFO」「超能力」「幽霊」といった類のものとは趣が違いますし、「スピリチュアル」ともまたちょっと違うのかもしれません。
「哲学」「宗教」とも言い切れませんし、「自己啓発」「人生哲学」ともまた少し違うかもしれません。

しいて言うなら、みなさんが今まで生きてきた中で、学校教育や家庭教育やマスメディアによって抗いようもなく培われ、育くまれた「常識」「当たり前」「思い込み」「偏見」「先入観」などをとっぱらった先にある「あるがままの世界」あるいは「究極の羅針盤」の発見ってところでしょうか。


たとえばですが、

『きみが何を考え、何に思い悩み、何を行為しようとも、きみ自身は実は何もしていないのさ』

いきなりこんなことを断言されたとしたら、どう思うでしょうか。
「うん、そうだと思ってた!」という方は、おそらくは皆無に近いかと思われます。
おそらくは「あ…ちょっとこの人、ヤバイ宗教とか入ってる感じの人なんだろうな。かかわらないようにしよう…」
おおかたそんなところではないでしょうか。

ですが、私は特定の宗教を信仰していませんし、歴史上の人物や現存するいかなる人物も、敬いはしても崇拝するような対象にはなりません。この先もずっと。




そもそもはこの「裏通りブログ」から私のブログ人生が始まり、私を通路として見い出されるふしぎ発見を、誰かと分かち合い、この「リアル人生ゲーム」に活かしたいがために、2つ目のブログ『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』を作るにまで発展してきました。

「分かち合い」ほどの、いち人生を賭けるに値する究極の財宝、自他一挙両得のベストバイブスは、他に見当たりませんもの。
自分がまずうれしいし、同時に誰かもうれしいだなんて、はっきり言って
最高!

じゃないですか。







「ふしぎ発見!」の終わりに、みなさまを発見へといざなう楽曲も紹介しています。よろしければあわせて楽しんでください。
※和訳した歌詞は、英語力のない私がグーグル翻訳を参考に、個人的解釈で訳したものなので、ちょっとおかしいよっていう訳もあるかと思いますが、大目に見ていただけましたら幸いです。

カテゴリの中の「スーパーふしぎ発見」には、ブログの核となる発見かな、と思われるものを並べています。まあ、だからどうってわけでもありません。

カテゴリの中の「映画」がいざなうふしぎ発見については、ネタバレしているものがほとんどなので、どうか「この映画これから見ようとしてたのに(泣)」なんてことにならないようお気を付けください。

一度投稿した「ふしぎ発見!」も、一年くらい間隔をあけて読み返すと「うーん…なんでこんなふうに書いたんだろう」「この表現は不適切だなあ」「今ならこんな言葉は使わないなあ」といったことがよくあります。
私はまったくいとわず何度でも記事を修正します。
修正することによって、伝えるべきメッセージが進化しつづけていることを私自身実感できますし、過去記事と現在の記事とで違いすぎるがために読者を混乱におとしいれてしまうような事態も軽減されます。
投稿日に対してコメントの日付が古い記事は、「あ、修正した記事なんだな」と思ってください。




ツイッターもやってます。
業者の方や宣伝目的の方じゃなければ、出来うる限りフォロー返ししています。