映画「アナと雪の女王」が教えてくれたふしぎ発見!だよ

今日は映画に見るふしぎ発見!
クリス・バック、 ジェニファー・リー監督作
「アナと雪の女王」

※ネタバレありだよ※

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いきなりだけれど
映画「アナと雪の女王」の名台詞と言えば
やっぱり──

ありの~ままの~
じぶん~にな~るぅ~の~♪


ってことになるんだと思うんだけれども




でもね
だいじょうぶ
そんな宣言をするまでもないよ

どうあがいたってね
「ありのままの自分」
以外の何者かになるなんてことは
どうしたってできないから




だってね
「ありのままの自分」
それを受け入れられずにいる
「ありのままではいられない自分」
そのよるべなきあがきも含めて
「ありのままの自分」なんだもの




努力できない自分
ねたみ ひがみだらけの自分
ウソだらけの自分
強欲な自分
人を見下す自分
媚びへつらう自分
勇気を持てない自分
罪を犯してなお
罪の意識も持てない自分
鏡を見るのもイヤな自分
心の隅に
ひきこもりっぱなしの自分
なんのために 
生きているのかもわからない自分




結局のところ
それこそがきみが
日々「自分」と呼んでいる
何かであることには
違いない

きみが「自分」と呼ぶ
自分
とは
いまここにいるこの自分でしかない
という事実からは
確かに逃れられやしないさ




ところが
きみは 
「自分」「私」「ぼく」という配役
それを演じているにすぎず
「自分」「私」「ぼく」という配役を
とっぱらったそこに在る
真なるきみ自身
「いっさい何もしていない」
そう言ったなら
きみはおどろくだろうか
それとも
「意味わからん」
「そんなわけあるか」
「妄言も大概にしろ」

そんなところだろうか



最初はきっと
ほとんどの人がそうかもしれないね
あるいは
最期までそう思いつづける人が
9割以上だろうね
このブログにだって
二度と来ない人もたくさんいるだろうね


でもね
自分の力で
理想を勝ちえたと
信じてうたがわない
あの人だって同じ


自分の失敗で
人生を棒に振ったと
信じてうたがわない
あの人だって同じ


いかなる人間であろうとも
例外なく
まばたきをすることすらも
自分の力だけでは
何もできない世界
なんだ
この世界は



この世界における
すべてのできごとは
究極的視点に立ったなら
きみのせいではなく
その人のせいでもなく
あの人のせいでもなく
その他の誰のせいでもない

それがこの世界の
「ありのままの姿」




そのことを理解できたなら──

ほうらね
少しだけ
寒くなくなるんだ












きみのその身に
いかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
ぼくは変わらず
いずれきみにおとなうだろう「発見」によりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見」へといざなう音楽

「Let It Go(レット・イット・ゴー) / 天童よしみ」
作詞 クリスティン・アンダーソン=ロペス(英語版)、ロバート・ロペス



[聽到吐系列] 天童よしみ - Let It Go ~ありのままで~ (14.08.21... 投稿者 g61921

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映画「リアル鬼ごっこ」が教えてくれたふしぎ発見!だよ

今日は映画に見るふしぎ発見!
園子音監督作
「リアル鬼ごっこ」

※ネタバレありだよ※

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ぼくが見てきた
ヤフーレビュー史上でも
類を見ないほどの
低評価なこの
鮮血飛び交う
B級スプラッタ映画は
ぼくにとっては
生涯ベスト級となる作品で
(グリムスパンキーの
「リアル鬼ごっこ」の曲を
映画のどこかに入れてほしかったけど!)


「リアル人生ゲーム」という造語は
この映画と
「マッドマックス怒りのデスロード」を観たときから
始まったと言っても
過言じゃないんだ
(どちらもが
2015年の夏に公開され
しかもそのどちらもが
人生を賭けた鬼ごっこをする物語)




スピリチュアルメッセンジャー
賢者テラさんが

「この映画のすごいところはー
この宇宙の存在するわけ、そしてその仕組み (運営システム) と成り立ち
この幻想世界の見破り方と、その脱出方法 (悟り)
そういった、すべてのことを説明している。」

一部抜粋




映画を評しているように
この映画は実は
「リアル人生ゲーム」というゲームの
マジックの種明かし
にもなってる





「眠り」だったり
「夢」を連想するアイテム
「枕」



劇中
不自然なまでに
何度も象徴的に登場する
「枕」
その中身の「羽毛」
この世界が「幻想」であることの
メタファーとなっているよ



そして
主人公の周囲で
どんなに人間が
惨殺されようとも
玩具のように
破壊されてしまおうとも
どういうわけか
主人公だけが
死ぬことがないのは
この宇宙のメインキャラである
きみの実人生もまた
映画の主人公と同じく
本当は「死なない」秘密を
明かす役割を果たしてる





主人公(きみ)の記憶やシナリオ
姿形が変わろうとも
たいした問題じゃない


この宇宙のメインキャラが
常にきみであることには
なんの変わりもない


きみがきみとして
きみの「リアル人生ゲーム」を
認識している限りにおいては
きみこそが「宇宙」であり
メインキャラ(きみ)を操作して遊ぶ
プレイヤーもまた
きみ自身




劇中
仮想現実世界においては
どういうわけか
登場人物のすべてが
「女」だけになっていて


「女」を操作する
プレイヤー側が
どういうわけか
すべて「男」なんだ


その理由は
「創造主(男)」であるプレイヤーが
「創造主(男)」としては味わえない
「人間(女)」としての様々な体験を
味わいたいがために
「人間(女)」を創造したから

※注※ 
これは単なる例えで、男尊女卑の話ではないよ。





トリンドル玲奈演じる
主人公のミツコ
ゲーム世界の友人
シュール
こんな会話をするんだ

シュール
「でも、運命って変わんないんだよね
きっとこれから死ぬまで
この羽毛が、土に落ちるあいだの時間も…
落ちる場所も…
みんな決まってる」

ミツコ
「どう足掻いても
変わらないの?」

シュール
「そ」

ミツコ
「自分の力じゃ
変わらない…」

シュール
「でも、ひとつだけ抜け道がある」

ミツコ
「どんな?」

シュール
「普段絶対やらないことを
自分が気づく前にやること」




けれども
「普段絶対やらないことを
自分が気づく前にやること」すらもが
決定されている
のが
おのおのの認識と体験の数だけ
メインキャラが存在し
宇宙が存在する
この世界
この「リアル人生ゲーム」
の正体さ





ラスト
自らの手で
自らの幻想に
終止符を打ち
宇宙のからくりを見破った
新生ミツコ
再び走り始めるよ



──言わば
この宇宙の原理を
自分とは何者なのかを
体得したその瞬間
ようやく
リアル人生ゲームの
本番が始まったことを
ミツコは悟った
んだ













きみのその身に
いかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
ぼくは変わらず
いずれきみにおとなうだろう「発見」によりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見」へといざなう音楽

「GLIM SPANKY(グリムスパンキー) / リアル鬼ごっこ」
作詞 松尾レミ

輝いた目に この世界は美しい
脇目も振らず 走れよ乙女よ
あの日あのとき どうすれば良かったなんて
立ち止まらずに ひたすら進めよ
私たちは いま 輝きの中





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映画「マッドマックス 怒りのデスロード」が教えてくれたふしぎ発見!だよ パート10

今日は映画に見るふしぎ発見!
ジョージ・ミラー監督作
「マッドマックス 怒りのデスロード」

※発見は終わらないよ!※

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この映画をとおして開眼する
ふしぎ発見!については
9回の記事で
完結した(はずだった)んだけれども
パート10を銘打った今回は
東京立川でアンプリファイされた
極上爆音「マッドマックス 怒りのデスロード」
公開一周年を記念し
9月2日までの
異例の長期上映が決定されたことに加え
そもそもの爆音上映の仕掛け人
遠山企画室長
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その挑戦心をくすぐり
代表取締役社長
ゴーサインを出すに至らせた
採算度外視な情熱
心奥から喚起させる
この映画に秘められた
神的な何か
それとはいったいなんなのだろうと
改めて考えてみずには
いられなかったんだ






俗に
「覚醒」
「非二元」

などと呼ばれているものと
同一と思われる
得体の知れない体験を経たことをきっかけに
このブログを書き始めた
じゃっくだったんだけれども


しばらく書きつづけているうちに
今生において
あの体験以上に
自分の人生をゆるがすような
大きなサプライズが
起こりえないだろうことが
なんとなく予想されてくると──


体験直後の
あふれんばかりの
「伝えたい情熱」
次第に霧消していき
ブログをつづけることに
「鮮度」
「面白み」のようなものを
感じれなくなってきてしまったんだ




仕事として
この活動をしていたなら
またもう少し話しは
違ったのかもしれないけれども
(つくづく 
マネーに支配された世界だね)


ビジネスの縛りのない環境において
個人で好き勝手やっていることにしては
その自由度を活かしきれてない気がしたし
何かが物足りなかったんだね




その倦怠感の原因は
今にして思えば
死への恐怖が薄れてしまったことによって
同時に
生への執着も希薄化してしまったこと


そのことに連動するように
変にあきらめがよくなってしまい
変に過去を引きずらなくなってしまったこと


さらには
見えなくてもよかったものまで
見えてしまうものだから
周囲の人とに食い違いや温度差が生まれ
孤立化していったこと


などが考えられるそう




つまりは
じゃっくの肉体は
山奥に隠棲する仙人みたいに
鎮まりの中に安寧する存在になることを
その時点ではまだ求めてはいなかったか


あるいは
そういう境地に安寧することは
じゃっくの性には合わなかったか


あるいは
そのときすでに
肉体的にも精神的にも
自由のままならない
先行き短い
老境をまたいでいたなら
体験はすんなり
じゃっくに浸透したのかもしれない


なぜならば
肉体の死
非二元的な体験とは
イコールみたいなものだから





多くの人が
求めてやまない
覚醒体験だけれども
これじゃあなんだか
覚醒体験するのも
一概にいいこととは言えない

言うことができそうだ




ところが
そんなじゃっくを
直下型地震のように直撃してしまったものが
この映画
「マッドマックス 怒りのデスロード」




この映画が
じゃっくを「生」への倦怠感から
「生」への狂気(マッド)へと再覚醒させ
裏ワザを使うことによって
安全なアイテムを使い
安全なコースを通り
無難にステージをクリアする非二元的マリオから──

1ステージから順番通りに
敵や障害物や飛来物と
向き合い 
翻弄され
アイテムやコインを駆使しながら
地道に着実に
身を置かれてるステージと向き合う
SURVIVE(サヴァイブ)するマリオへと
引き戻したんだ



それはそれは
覚醒体験にも匹敵するほどの
(ひょっとしたらそれ以上?)
素敵な素敵なサプライズ
だったよ


この映画が
非二元の倦怠から
わるい予感のする
二元のほうへ

じゃっくを引き連れ戻したけれども
だからと言って
覚醒体験が
無駄なことだったとか
非二元が
必要ないものだとか
そういうことじゃないんだ
リアル人生ゲームにおいて
無駄なことなんて
ただのひとつもない


いつだって
それまでのすべてがあったからこそ
今のその人がある
のだからね




イモータン・ジョーが
このブログでたびたび口にする
マネーを操る強大な支配者にも
ぼくは敬意を表したいくらいなんだ

だって
きっと今のこのマネー支配社会が
存在しなかったなら
マッドマックス怒りのデスロードが
撮影されることはなかった
だろうし
10回に渡って書いてきた
マッドマックスのこの記事だって書けなかった
ことはもちろんのこと
マネー支配された世界という
ディストピアなゲーム舞台設定がまた
挑戦心をくすぐる
じゃないの!

社会が根底から
くつがえるほどのことだもの
それはあまりに
高くて高くて高すぎるハードルだけれども
50年や100年
一世代や二世代ががんばったくらいじゃ
飛び越えられないくらい難解なハードルのほうが
挑戦しがいがある
じゃないの!




だいじょうぶ

冒頭に
ふりそそぐ水しぶきは
現代社会になぞらえるならば
ぼくらに日々ふりそそぐ札束に違いない
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──けれども



ラストに
帰還したフュリオサや仲間たち
そして民衆へとふりそそぐ
輝く水しぶき
それは決して
お金では買えない
リアル人生ゲームだからこその
プライスレスな何か


ぼくら存在する者たちは
肉体を超えた
目には見えない手のひらに
いつだってその
プライスレスな何か
しっかりと握りしめていて
それが失われることは
決してない
んだ
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今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
「ふしぎ発見!」は変わらず
きみの奥深くによりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見!」へといざなう楽曲を紹介するね

「ワイルドサイドを行け / Glim Spanky(グリムスパンキー)」
作詞 松尾レミ

人に弾かれた者同士も 同じ孤独で繋がれんだ
仲間とこじ開ける未来は絶景さ
進んで行こうぜ 今日だって道は分岐点ばかり
好奇心辿って 悪い予感のする方へ






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映画「永遠の0」が教えてくれたふしぎ発見!だよ

今日は映画に見るふしぎ発見!
百田尚樹原作 / 山崎貴監督作
「永遠の0」

※ネタバレありだよ※

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夕日が美しいのは
なぜだろうと
きみなら思うだろうか


夕日が美しいのは
夕日そのものが美しいからだと
そう思うだろうか


でもね 
どうやらそれは 
ちがうみたいだ





夕日を美しいと
認識する者
がいなければ
夕日そのものは
永遠の0でしかなくて


夕日を美しいと思った
その瞬間のその人の
体験にこそ
どうやらその
「美しい」はあるんだ




愛する人が
慕わしいのは
なぜだろうと
きみなら思うだろうか


愛する人そのものが
慕わしい存在だから
だと
そう思うだろうか


でもね
どうやらそれは
ちがうみたいだ


愛する人を慕わしいと
認識する者
がいなければ
愛する人そのものは
永遠の0でしかなくて


愛する人を慕わしいと思った
その瞬間のその人の
体験にこそ
どうやらその
「慕わしい」はあるんだ




芸術に
意味を見るのは
なぜだろうと
きみなら思うだろうか


芸術そのものに
意味が宿っているから
だと
そう思うだろうか



でもね 
どうやらそれは
ちがうみたいだ



芸術に意味を
見出す者
がいなければ
芸術そのものは
永遠の0でしかなくて


芸術に意味を見出した
その瞬間のその人の
体験にこそ
どうやらその
「意味」は存在するんだ





ぼくたち人間は 
ゼロ でしかないものを向きながら
ああでもないこうでもないと 
言い争い 
ののしりあい
自らの体験にだけ存在する真実
それを懸命に
主張しあっているよ



主人公の祖父が
こう言うんだ


「私たちだけが 特別なのではない
あの時代 一人一人に 
そんな物語があった
みんなそれぞれ 胸に秘めて
何事もなかったように 生きているんだ
それが戦争で生き残ったと いうことなんだ」





「あの時代」だけじゃないよ
「この時代」も 
「これからの時代」
おんなじ


一人一人が
世界と対峙し 
一人一人の
物語を夢見てる

一人一人が
永遠の0を旅する
一人一人が
永遠の0に意味を見つづけてる



きみもいずれは
知ることになるんだ
自分自身もまた
永遠の0
であることを




でもね 
それは決して
怖いことなんかじゃなく──



それはそれは 
生涯稀に見るサプライズ










きみのその身に
いかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
ぼくは変わらず
いずれきみにおとなうだろう「発見」によりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見」へといざなう音楽

「永遠の嘘をついてくれ / 中島みゆき&吉田拓郎」
作詞作曲 中島みゆき

君よ 永遠の嘘をついてくれ
いつまでもたねあかしをしないでくれ
永遠の嘘をついてくれ
なにもかも愛ゆえのことだったと言ってくれ





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ジャンル : 小説・文学

映画「ルーム」が教えてくれたふしぎ発見!だよ

今日は映画に見るふしぎ発見!
レニー・アブラハムソン監督作
「ルーム」

※ネタバレありだよ!※

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5歳の誕生日を迎えた
ジェイコブ・トレンブレイ演じる
ジャック
その母親
ブリー・ラーソン演じる
ジョイ
陰気で手狭な
粗末な部屋の中で
つつましいながらも
親子の絆を
深めあっていくには
不足のない
しずかな日々を
送っていたよ

ところが
その部屋には
ある秘密があって──


ジャックにとって
世界は
「部屋の中」
それだけ


部屋の中の
台所や食器棚
イスや衣装棚
お風呂やトイレ
植木やテレビ
ベッドやカーペットのしみ
そして
薄汚れた小さな天窓
それだけがすべてで
生まれてこのかた
部屋の外には
出たことがなく
母親のジョイにも
世界は
この部屋の中のみで
すべて完結している
のだと
そう教え込まれて
5年間を生きて来たんだ

なぜなら
母親のジョイは
19歳のときに
迷子の犬を
一緒に捜してくれないかと
申し出た男の
自宅の裏庭にある
一見すると
物置小屋のような小部屋に
拉致監禁され
21歳のときに
男との間にできた子供
ジャックを産んでなお
部屋の外には
一度も出たことがないから

5歳になった
ジャックを見つめるジョイは
ジャックに真実を打ち明ける
その覚悟を決め
真実を断固拒否する
ジャックに対し
それでもめげずに
部屋の外にも
世界があること

どうにかジャックに理解させ
脱出計画を決行

ついにはジャックは
外の世界
開眼することになるよ

けれども実は
ここからがこの物語の
本当の意味での始まり


部屋を脱出することが
叶うこととなり
一生分もの喜びを
噛みしめたはずでありながら
なお
二人には
新たな試練が
待ち受けているんだ
「常識」
「世間体」
「社会通念」

という名の試練が──

実はこれって
社会に生きる
すべての人が
日々出くわしてる試練


実のところ
二人を監禁していたものとは
「男」ではなく
「部屋」でもなく
「目には見えない
二人の意識の
学びの場」


二人が
部屋を脱出したことは
実は
「部屋」における
学び(体験)を終え
「学びの場」が
次なるステージへと
移行した
ことを
意味している
んだ

たとえばきみが
緊張した面持ちで
登校初日を迎えたあのとき

あるいは
青天の霹靂のごとく
職場をクビになったとき


たとえばきみが
誰かとともに暮らすことを決意した
そのとき

あるいは
離婚することを決意した
そのとき


たとえばきみが
熱中していたあることへの
その情熱が
冷めてしまったとき

あるいは
ジョイのように
望んでもいない
なんらかの大問題に
否応もなく
巻き込まれてしまった
そのとき


これらはすべて
新たな学びの
そのファンファーレ

ジャックとジョイが
そうであったように──

その学びの
当事者にあるときは
どう足掻こうとも
その問題と
向き合わされるし
場合によっては
きみだって
ぼくだって
人を殺さなければいけない
そんな体験が
待ち受けていることだって
なきにしもあらず

現段階の
一人の人間の
学びの場の
その移行決定権は
自分にはもちろん
超能力者や
予言者や
覚醒者にもない


「部屋の外」という
新たな世界を開眼し
「部屋の外 第1ステージ」の学びを終え
新たなる意識のステージ
「部屋の外 第2ステージ」へと
踏み入ったジャックは
そのことを
直感的に感受したかのように
物語の最後
監禁されていた「部屋」
ジョイと一緒に訪れるんだ

証拠品として
回収されなかった
枯れた植木鉢や
トイレや
カーペットのしみ
ひとつひとつに
「○○さんさようなら」
「○○さんさようなら」

いつくしみながら
まるでそのときの学び(体験)が
あったからこそ
「いま」があること

感謝の念を
込めるかのように──












今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
「ふしぎ発見」は変わらず
きみの奥深くによりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見」へといざなう楽曲

「Moon / Bjork(ビョーク)」
歌詞 Bjork

Fail at loving
And fail at giving
Fail at creating a flow
Then realign the whole
And kick into the start hole
And kick into the start hole
To risk all is the end all and the beginning all
愛すること
与えることに失敗しては 
その機会は再び用意され
あなたは再び
最初の穴へと蹴り入れるの
何度でも
すべてのリスク(可能性)は
すべての終わり
そしてすべての始まり






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「どみどりくん」あるいは「じゃっく」へのメッセージ

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やあやあ、よく来てくれたね。

じゃっく&どみどりくん

Author:じゃっく&どみどりくん
オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』の、姉妹ブログ『どみどりくんの、世界ふしぎ発見』に遊びに来てくださりありがとうございます。管理人のじゃっくと申します。

『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』が「表通り」を行くブログなら、こちらのブログは「裏通り」を行くブログです。
両方合わせてようやく私のメッセージの完成形となりますが、選り好みして「表通り」だけ見てもらってもまったく問題ありません。
来るべきときが訪れたなら、おのずと「裏通り」も歩かされている自分を発見されますから(ニヤリ)

で、この「裏通りブログ」が何故に必要なのかと申しますと、早い話が「表通り」だけでは解決できない、処理しきれない問題(絶体絶命のピンチ)に、人は前触れもなく遭遇するからです。
誰しものそのときのためにこそ、私「じゃっく」が、フシギニストである「どみどりくん」に扮し(チャネリング?)ながら、この「裏通りブログ」は存在し続けます。


「世界ふしぎ発見」とは言っても、某テレビ番組が世界における「目に見えるふしぎ」を発見して紹介するのとは趣がちがい、このブログでは世界における「目には見えないふしぎ」の発見を書き記することを趣旨としています。

ですが、「目には見えない」とは言っても、「UFO」「超能力」「幽霊」といった類のものとは趣が違いますし、「スピリチュアル」ともまたちょっと違うのかもしれません。
「哲学」「宗教」とも言い切れませんし、「自己啓発」「人生哲学」ともまた少し違うかもしれません。

しいて言うなら、みなさんが今まで生きてきた中で、学校教育や家庭教育やマスメディアによって抗いようもなく培われ、育くまれた「常識」「当たり前」「思い込み」「偏見」「先入観」などをとっぱらった先にある「あるがままの世界」あるいは「究極の羅針盤」の発見ってところでしょうか。


たとえばですが、

『きみが何を考え、何に思い悩み、何を行為しようとも、きみ自身は実は何もしていないのさ』

いきなりこんなことを断言されたとしたら、どう思うでしょうか。
「うん、そうだと思ってた!」という方は、おそらくは皆無に近いかと思われます。
おそらくは「あ…ちょっとこの人、ヤバイ宗教とか入ってる感じの人なんだろうな。かかわらないようにしよう…」
おおかたそんなところではないでしょうか。

ですが、私は特定の宗教を信仰していませんし、歴史上の人物や現存するいかなる人物も、敬いはしても崇拝するような対象にはなりません。この先もずっと。




そもそもはこの「裏通りブログ」から私のブログ人生が始まり、私を通路として見い出されるふしぎ発見を、誰かと分かち合い、この「リアル人生ゲーム」に活かしたいがために、2つ目のブログ『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』を作るにまで発展してきました。

「分かち合い」ほどの、いち人生を賭けるに値する究極の財宝、自他一挙両得のベストバイブスは、他に見当たりませんもの。
自分がまずうれしいし、同時に誰かもうれしいだなんて、はっきり言って
最高!

じゃないですか。







「ふしぎ発見!」の終わりに、みなさまを発見へといざなう楽曲も紹介しています。よろしければあわせて楽しんでください。
※和訳した歌詞は、英語力のない私がグーグル翻訳を参考に、個人的解釈で訳したものなので、ちょっとおかしいよっていう訳もあるかと思いますが、大目に見ていただけましたら幸いです。

カテゴリの中の「スーパーふしぎ発見」には、ブログの核となる発見かな、と思われるものを並べています。まあ、だからどうってわけでもありません。

カテゴリの中の「映画」がいざなうふしぎ発見については、ネタバレしているものがほとんどなので、どうか「この映画これから見ようとしてたのに(泣)」なんてことにならないようお気を付けください。

一度投稿した「ふしぎ発見!」も、一年くらい間隔をあけて読み返すと「うーん…なんでこんなふうに書いたんだろう」「この表現は不適切だなあ」「今ならこんな言葉は使わないなあ」といったことがよくあります。
私はまったくいとわず何度でも記事を修正します。
修正することによって、伝えるべきメッセージが進化しつづけていることを私自身実感できますし、過去記事と現在の記事とで違いすぎるがために読者を混乱におとしいれてしまうような事態も軽減されます。
投稿日に対してコメントの日付が古い記事は、「あ、修正した記事なんだな」と思ってください。




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