「勝ち」と「負け」とをジャッジメントする、きみの一番のよき理解者がいるよ

勝利

敗北
それは
すべての個(人間)
意志
願い
希望
理想など
まったくおかまいなしに
容赦なく下される
世界(神)からのジャッジメント

勝敗
ルールにのっとった競技に限らず
寝坊せずに起きれたこととか
恋人と念願のキスを交わせたこととか
定時で仕事を終わらせられたこととか
誰かに見せたいくらいの立派なうんちを出せたこととか
お会計で財布の小銭がぴったりなくなったことだとか
大きなことから小さなことまで
日常のあらゆる出来事が
勝敗の連続
だったりするよ

そしてそのとき出た「事実」としての結果は
今後も決して変わることがないし
点数や成績のような
数字をともなった「事実」となれば
なおのことそれがくつがえることはないんだ



ところがおどろくべきことに
その「事実」とセットで付加された
勝者と敗者が受け取る「意味」はというと
「事実」とはまったくの逆で
時間とともにどんどん変化してゆくんだ
まるで「生きもの」みたいに
「成長しつづけている」かのように


2年前の圧勝で天狗になったことが
1年前の敗北につながった
だから慢心を捨てた今回は勝つことができた

とか

5年前に大失敗したことが
3年前の自分の糧となり
それは別な分野に活かされた
けれども今回はその初心をおろそかにしたため
別な失敗を招いてしまった

とか

敗北ばかりの人生だった気がするけれど
だからといって
わるい人生だったかというと
そうでもない

とか

勝ちつづきの人生を送って来たはずなのに
最期がこれじゃあ
これまで積み上げて来た
数々の勝利はなんだったのだ?

といった具合にね


おもしろいことに
「事実」のほうは
時間の経過とともに
賞味期限の過ぎた調味料みたいに
腐りはしないのに
ゆっくりと地味に色あせていく




まるで生きてるみたいに
きみの勝敗に意味を付加する
きみの中の
解釈者
これからもきみに
勝利
敗北とを
もたらしつづけてゆくよ

解釈者が 
きみに断りもなく
おせっかいおばさんみたいに
解釈をつづけることは
どうしたって
避けられない

なにをかくそう
このおせっかい焼き
きみの一番の理解者だから

だから
どうせなら
そのおせっかい焼き(解釈者)と
友達になってしまうほうが
得策
なんだ
なんせ
おせっかい焼きが出したジャッジメントのすべてには
ちゃんと意味がある
から
おせっかい焼きは
きみの成長を下支えする
きみの一番のよき理解者なんだもの







今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
「ふしぎ発見!」は変わらず
きみの奥深くによりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見!」へといざなう楽曲を紹介するね

「On & On / 環Roy」
作詞 Ryo Tmaki

いちばん最初は力 ひとつだった
線を引き解ろうとするあっち側こっち側
価値観が違う僕たちはぶつかり亡骸を道にした
この上を歩く 正しさを探る すべてを行き先へ委ね託す




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半分ずつをきみに届けるよ。

誰しもに
まっくらな夜と
まばゆい太陽
とが
くりかえしおとずれるように

誰しもに
つめたい風と
あたたかい風
とが
くりかえし吹きつけるように

誰しもに
アタリの料理のときと
ハズレの料理のとき
とが
くりかえしおとずれるように

誰しもが
自分や他者への
敗北を味わい
勝利の瞬間
とを
くりかえし味わうように

明と暗のコントラストがあるから
「物質」を視覚的に認識できる
ように

凹と凸があるから
「物質」を触覚的に認識できる
ように

音量と音階の
高と低があるから
歌を唄い
音で意味を
伝えることができる
ように

助けを必要とする人がいるから
「助ける」というできごとは成立する
ように
助ける余力がある人がいるから
「助けてもらう」というできごとは成立する
ように

誰しもに
「すき」という気持ちと
「きらい」という気持ち
とが
くりかえしおとずれるように

誰しもに
息を吸い
息を吐くということ

くりかえしおとずれるように

誰しもに
歩きはじめるときと
立ち止まるとき
とが
くりかえしおとずれるように

誰しもに
いい気分のときと
わるい気分のとき
とが
くりかえしおとずれるように

誰しもに
「死」という概念と
「生」という概念
とが
半分ずつやどされているように
しあわせだけしかおとずれない人間なんて
いるはずもないよ
不しあわせだけしかおとずれない人間なんて
いるはずもないよ


誰しもに半分のしあわせと
半分の不しあわせとが
おとずれる
たとえ
他者から見てその人が
そうは見えなくともね
当人が
「私にゃ不幸なことしか起こらない」と
思ってるとしてもね
当人が
「私にゃ幸せなことしか起こりません」と
思ってるとしてもね




幸と不幸とが
くれなずむ場所
から
きみは半分ずつを
これからも受けとりつづけるんだ
それはほかのなにものにもかえがたい
くれなずむ場所からの
たいせつな
とてもたいせつなおくりものだよ






きみのその身に
いかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
ぼくは変わらず
いずれきみにおとなうだろう「発見」によりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見」へといざなう音楽

「フルコトブミ / 環ROY」
作詞 Ryo Tamaki

昼と夜が分かれる前
まだ何もない すべての手前
真ん中にひとつの思いが生まれた瞬間に隠れた
そしていま街角から空を眺めてると
決まりことがわかりはじめるよ
委ねられた二人
幾つもの理由を名前に変えたよ
声を聞いて赤くなった太陽
輪郭が確かになった街灯
デコとボコ 重なるちいさな隙間
繋がるために向き合った
いつのまにか増え続けた理由
最後に触れる名前のことを知る
離れ 離れ だから
少し遠いそこへ迎えにいくよ






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ここからはきみ次第。きみがきみの「命にふさわしい」選択をする番だよ。

なんだかんだ言っても結局のところ
お金がすべてだよねっていう
そういう価値観の人は
このブログは読まないだろうけれども
そういう価値観で生きる人たちを
きみだったら軽蔑するだろうか
こころが貧しい人間だと思うだろうか

ぼくはというとね
「そういう人生もあるよね」っていう
ただそれだけのこと
なんだ



結局のところ
地位と権力を勝ちえた人こそが
もっとも幸福で
もっとも安全で
人生の勝者であると
言い聞かせられ
育まれてきた
そんな人は
このブログは読まないだろうけれども
そういう価値観で生きる人たちを
きみだったら軽蔑するだろうか
こころが貧しい人間だと思うだろうか

ぼくはというとね
「そういう人生もあるよね」っていう
ただそれだけのこと
なんだ



自分さえよければ
他人を蹴落としたっていい
他人を見殺しにしてもいい
この世界は
弱肉強食であると
裏切りや背徳にもまれ
あらゆる負の要素を
当たり前の前提に
生きざるをえなかった
そういう人は
たぶんこのブログは読まないだろうけれども
そういう価値観で生きる人を
きみだったら軽蔑するだろうか
こころが貧しい人間だと思うだろうか

ぼくはというとね
「そういう人生もあるよね」っていう
ただそれだけのこと
なんだ



どんな残念な人だろうと
どんな気取った人だろうと
どんな立派な人だろうと一緒だよ
このぼくが
今の肉体ではなく
ほかの別な誰かとして
まったく同じ肉体を享受し
まったく同じ時代
まったく同じ環境や文化
まったく同じ人間関係の中で生きたならば
寸分たがわぬ歯車の噛み合いの中で
寸分たがわぬ人生を生きるのだから
その肉体を得たぼくは
たとえば他人を蹴落とし
たとえば他人を見殺しにし
たとえば地位と権力にしがみつく
その肉体の人生と同じ人生を生き
その肉体の人生と同じ最期を迎える
んだ


どうしてかって?
肉体が個としてのその人を象っている
鋳型のようなもの
だからね

肉体をとっぱらってしまえば
誰しもに個性なんてものはなくて
みんながたったのひとつだけの存在



肉体を失ったなら
魂や霊体やエーテル体のようなものとして
「個」は保たれるんじゃないかって?

それもまた先の話とおんなじ
魂や霊体が見える人には
魂や霊体が見える人の真実があって
守護霊や高次元の存在と会話ができる人には
守護霊や高次元の存在と会話ができる人の真実があって
どれが正しいわけでもないし
どれが間違っているわけでもない




ぼくにとっては
魂も霊も高次元も神も命も空(くう)も仏も真理も
どの言葉もみんなおんなじ

今日はペペロンチーノにしようかな
ナポリタンもいいな
でもやっぱりジェノベーゼかなっていう
そのていどのちがい

そしてそれもまた
「ぼくにとっての真実」にすぎない




さあ
ここからはきみ次第
きみがきみの「命にふさわしい」選択をする番だよ

だいじょうぶ
きみがいかなる選択をしようとも
真の意味できみから何かが失われるようなことは
決してないんだから








きみのその身に
いかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
ぼくは変わらず
いずれきみにおとなうだろう「発見」によりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見」へといざなう音楽

「命にふさわしい / amazarashi」
作詞 秋田ひろむ

友達ができた
理想を分かち合った
向かうべき場所に
歩幅すら共にした
裏切られたっていいと
道端ひれ伏すような
酩酊の夜明けこそ
命にふさわしい




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きみの肉体よりも近い場所で きみによりそう者がいるよ ☆

世界に内包された
すべての存在する者たちはね

自立してるとか
他人任せだとかに関係なく

お互いに依存しあっていて
お互いに依存しあっていない存在なんて
どこにもひとつもなくて

その相互の依存()によって
日々の出来事はきつづけていてね
だから釈迦はこのことを縁起と呼んだんだ



でね
たとえばだけれど
一個のボールを動かすには
外側からそのボールへと
なんらかの力が加わわらないといけないよね

そしてまた
そのボールがそこに存在してなければ
ボールの外側に存在する力は
そのボールへと
力を加えることができないよね



ボールが
ボール自身だけで
何かをすることはできないし
外側にあったものも
外側にあったもの自身だけで
何かをすることはできない




つまりこの世界は
個が
個のみにて 
何らかの行為をすることが
絶対にできないシステム
ってわけ



こころという名の
不可視な力もまた同じさ

相互依存のシステムにしたがい
不可視と不可視を行き交っているこころ

この不可視な力もまた
目に見えて存在するものと同じく
目に見えずして存在するものなんだ



ところがその
思ったり考えたりするための 
対象になるイメージとなるもの 
それがないことには
そもそもの その
思ったり考えたりという行為 
それ自体を 
することができなくて



たとえばきみが
何も考えず 何もすることなく
お風呂やトイレでただ一人 
ぼおーっとするときがあるでしょう?

そんなときに
自分では思いもよらない
予想だにできなかった考えやアイデア
難しい問題の答えや解決方法が
きみの中に前触れもなく
ふと湧き起こる という体験

誰にでも一度はあるんじゃないかと思うんだけれど
きみはどうだろう

そしてそのことが
どういうことを意味するのかに
気づいてくれるといいな



ぼくが何を言いたいのかというとね
なんらかの思い 考えが
きみの中に起こるためには
外側から 
きみの精神へ触れえる
なんらかの力が 
加わらなきゃいけない

そしてまた
きみの精神が 
そこになければ
外側から力を加える者は
きみの精神に 
触れることができないということ




個が
個のみにて 
何かをすることはできないし
個が
個のみにて 
光りを灯すことはできないってこと


このことは つまりね
きみの精神
大切な何かを届けること
そのことをよりどころにして
そのことによって 
自らの存在意義を確認し
きみとともに 
共生する存在

きみの肉体よりも
きみに近い場所で 
きみによりそっている
ということにほかならないんだ



きみはもちろん 
共生者もまた
きみなしでは 
生きることができない
んだ


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きみのその身に
いかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
ぼくは変わらず
いずれきみにおとなうだろう「発見」によりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見」へといざなう音楽

「Stella / Sketch Show(スケッチ・ショウ)」
作詞 細野晴臣
作曲 Sketch Show

Jingle Jungle 星の粉を
蒔いて いつか 人に育つ
Jingle Jungle 人は消えて
光る星とともに生きる




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「授かりもの」だけしかない世界だよ(修正版)

子供は 
授かりもの

あたりまえのように
人はそう言うよね
 
なるほど確かに 
そこに異論の余地は 
なさそうだ
 
でもね
考えてもごらんよ
 
過去 
現在 
未来という時系列があり
身体運動が可能な
空間がある
重力がある
地面がある

そのことはどうだろう

昼間のまばゆさ
夜の静けさ
夕刻の儚さ
黎明の力強さ

そのことはどうだろう

風が吹き 
草木がさざめき
雲が棚引く

そのことはどうだろう

暑い日があれば
寒い日もあり
じめついた日があれば
からからな日もある

そのことはどうだろう

きみが現存する 
時代や場所
文化や社会があり
歩める道がある 

そのことはどうだろう

きみを取り巻く 
仲がいい人や
仲がわるい人
尊敬する人や
反面教師な人
疎遠になった人や
これから出会うのだろう誰か

そのことはどうだろう

五感がある 
ということはどうだろう

呼吸ができる 
ということはどうだろう

記憶ができる 
ということはどうだろう

理解ができる 
ということはどうだろう

好き嫌いがある 
ということはどうだろう

得手不得手がある 
ということはどうだろう

希望と絶望がある 
ということはどうだろう
 
これまで 
きみの肉体活動を支えてきた
水や空気
太陽光や月光
動植物や昆虫や微生物

それらはどうだろう
 
きみが今 
している仕事 
学業や遊び
生きる上での 
あらゆる活動

それらはどうだろう

たえまなく 
きみに降りそそぐ
逆境や順境

それらはどうだろう
 
愛しあうことや 
助けあうこと
憎しみあうことや 
傷つけあうこと
生きる上での 
あらゆるこころのうつろい

それらは本当に 
疑いの余地なく
きみ自身が 
自らの力によって獲得した
個人の所有物であると
本当の本当に
きみはそう思うかい?
 
この世界において 
授かりものではないもの
それをきみは 
言いえることが
果たしてできるだろうか
 
そしてその 
この世の授かりもの
すべてとっぱらった 
そこに残るもの
きみはそれが 
なんだと思うだろうか

もしもきみがそれを見つけたなら
ぼくにもこっそり教えておくれよ

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きみのその身に
いかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
ぼくは変わらず
いずれきみにおとなうだろう「発見」によりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見」へといざなう音楽

「Valon / Salyu(サリュ)feat ilmari(イルマリ)」
作詞 Salyu
作曲 小林武史
 
体のどこかに流れる
あなたとの似たもの
それが何か 感じられたら
世界は 疑いの海から
抜け出せていないと思わないで




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「どみどりくん」あるいは「じゃっく」へのメッセージ

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やあやあ、よく来てくれたね。

じゃっく&どみどりくん

Author:じゃっく&どみどりくん
オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』の、姉妹ブログ『どみどりくんの、世界ふしぎ発見』に遊びに来てくださりありがとうございます。管理人のじゃっくと申します。

『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』が「表通り」を行くブログなら、こちらのブログは「裏通り」を行くブログです。
両方合わせてようやく私のメッセージの完成形となりますが、選り好みして「表通り」だけ見てもらってもまったく問題ありません。
来るべきときが訪れたなら、おのずと「裏通り」も歩かされている自分を発見されますから(ニヤリ)

で、この「裏通りブログ」が何故に必要なのかと申しますと、早い話が「表通り」だけでは解決できない、処理しきれない問題(絶体絶命のピンチ)に、人は前触れもなく遭遇するからです。
誰しものそのときのためにこそ、私「じゃっく」が、フシギニストである「どみどりくん」に扮し(チャネリング?)ながら、この「裏通りブログ」は存在し続けます。


「世界ふしぎ発見」とは言っても、某テレビ番組が世界における「目に見えるふしぎ」を発見して紹介するのとは趣がちがい、このブログでは世界における「目には見えないふしぎ」の発見を書き記することを趣旨としています。

ですが、「目には見えない」とは言っても、「UFO」「超能力」「幽霊」といった類のものとは趣が違いますし、「スピリチュアル」ともまたちょっと違うのかもしれません。
「哲学」「宗教」とも言い切れませんし、「自己啓発」「人生哲学」ともまた少し違うかもしれません。

しいて言うなら、みなさんが今まで生きてきた中で、学校教育や家庭教育やマスメディアによって抗いようもなく培われ、育くまれた「常識」「当たり前」「思い込み」「偏見」「先入観」などをとっぱらった先にある「あるがままの世界」あるいは「究極の羅針盤」の発見ってところでしょうか。


たとえばですが、

『きみが何を考え、何に思い悩み、何を行為しようとも、きみ自身は実は何もしていないのさ』

いきなりこんなことを断言されたとしたら、どう思うでしょうか。
「うん、そうだと思ってた!」という方は、おそらくは皆無に近いかと思われます。
おそらくは「あ…ちょっとこの人、ヤバイ宗教とか入ってる感じの人なんだろうな。かかわらないようにしよう…」
おおかたそんなところではないでしょうか。

ですが、私は特定の宗教を信仰していませんし、歴史上の人物や現存するいかなる人物も、敬いはしても崇拝するような対象にはなりません。この先もずっと。




そもそもはこの「裏通りブログ」から私のブログ人生が始まり、私を通路として見い出されるふしぎ発見を、誰かと分かち合い、この「リアル人生ゲーム」に活かしたいがために、2つ目のブログ『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』を作るにまで発展してきました。

「分かち合い」ほどの、いち人生を賭けるに値する究極の財宝、自他一挙両得のベストバイブスは、他に見当たりませんもの。
自分がまずうれしいし、同時に誰かもうれしいだなんて、はっきり言って
最高!

じゃないですか。







「ふしぎ発見!」の終わりに、みなさまを発見へといざなう楽曲も紹介しています。よろしければあわせて楽しんでください。
※和訳した歌詞は、英語力のない私がグーグル翻訳を参考に、個人的解釈で訳したものなので、ちょっとおかしいよっていう訳もあるかと思いますが、大目に見ていただけましたら幸いです。

カテゴリの中の「スーパーふしぎ発見」には、ブログの核となる発見かな、と思われるものを並べています。まあ、だからどうってわけでもありません。

カテゴリの中の「映画」がいざなうふしぎ発見については、ネタバレしているものがほとんどなので、どうか「この映画これから見ようとしてたのに(泣)」なんてことにならないようお気を付けください。

一度投稿した「ふしぎ発見!」も、一年くらい間隔をあけて読み返すと「うーん…なんでこんなふうに書いたんだろう」「この表現は不適切だなあ」「今ならこんな言葉は使わないなあ」といったことがよくあります。
私はまったくいとわず何度でも記事を修正します。
修正することによって、伝えるべきメッセージが進化しつづけていることを私自身実感できますし、過去記事と現在の記事とで違いすぎるがために読者を混乱におとしいれてしまうような事態も軽減されます。
投稿日に対してコメントの日付が古い記事は、「あ、修正した記事なんだな」と思ってください。




ツイッターもやってます。
業者の方や宣伝目的の方じゃなければ、出来うる限りフォロー返ししています。