知らぬが仏? いや「知るも仏」の世界だよ

水槽の中の
小さな魚たちは
人間のぼくが
その前に立っていても
ぼくを認識することが
まったくできてなくて

それと同じでね
ぼくら人間も
人間という肉体における
制限(五感など)を超えた何かを
認識することはできなくて
いや
スピリチュアル界隈には
認識できる人もいるけれど
認識している本人はあくまで
寄生我を宿した個人
肉体を持った人間
だから
そこにはその個人のフィルター
それがかかっていて
その認識されているものの
むきだしの姿までは
確かめようがなくて

だから結局のところ
不可視な存在からすれば
ぼくら人間は
水槽の中の魚のようなもの
ということなのかもしれないね

けれどもその
水槽の中の人間たちに
ハードルや登り坂を設置したり
スラロームや架け橋を設置したり
いい気分を演出したり
わるい気分を演出したり
インスピレーションを発信したり
死んでみなきゃわからないけれども
帰還者をサポートすることもあるかもしれないし
ブラック企業も顔負けの忙殺業務で
(そっちの次元では
忙しいなんてことはないだろうけれど!)
動き回っている存在を思うと
知ってるほうも 知らないほうも
いずれにしろご苦労なこった!
ってことかもしれないね

ましてや
水槽の中のぼくらのあいだですらも
知る者と知らぬ者とで
支えあったり愛しあったり
ケンカしたり傷つけあったりと
毎日が目まぐるしいわけだしね

でもね
水槽の中だろうと
水槽の外だろうと
この世界における
あらゆる隅々までもが
次元の垣根を超えた
仏(神)の化身

知る者も
知らぬ者も
個(自分)だけでは
何もできない世界
であるという真実
そのことに比べたら
きみが
何かを知っていようが
何かを知っていまいが
そんなことは
たいした問題じゃないさ

知らぬ仏あっての
知る仏がある世界だし
知る仏あっての
知らぬ仏がある世界
対になるお互いが依存しあって
この世界は成り立っている
んだもの










今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
「ふしぎ発見!」は変わらず
きみのこころの奥深くによりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見!」へといざなう楽曲を紹介するね

「Happy Idiot / TV On The Radio (ティービー・オン・ザ・レディオ)」

知らぬが仏
無知は至福
それなら車に手を振る俺は
幸せな大バカ者





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「出逢い」っていうことは たとえばこんなことなのかもしれない

いつだったか
調子のいい男性リポーターが
日本各地の田舎町を訪ね歩くような
そんなテレビ番組を見たんだ

海の傍に居を構えて
どこまでも
無心に
ひたすらに
無心に
生涯を
木を彫りつづけることに
ささげてきた
そんな彫刻家がいてね
確か彼は 
漁師でもあったんだ
あるいは
元漁師 だったかもしれない

彼の家の中は
どこもかしこも
あらゆる場所の隅々にまで
歩けるスペースがないほどに
大きなものから
小さなものまで
彫刻作品が ぎっしり

その
どれもこれもが
自分だけにしか唄えない
自分だけの歌を
唄いつづけているもの
ただそれだけが
その場所にはあって
誰に見てもらうでもない彫刻作品は
家の中の活動スペースを
占拠していくばかり

別れぎわ
その
傷だらけの
岩のような
ゴツゴツとした手を
自分の手に取り握りしめた
リポーターが
虚を衝かれたように

「わあ
やさしい手だ」


そうつぶやいた
その瞬間のことを
今でも忘れることができないんだ

だってね
その瞬間にこそ
初めて
リポーターと
彫刻家は
真の意味で
出逢ったこと
がわかったから











今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
「ふしぎ発見!」は変わらず
きみのこころの奥深くによりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見!」へといざなう楽曲を紹介するね

「Praise You / Fatboy Slim(ファットボーイ・スリム)」

I have to praise you
私はあなたをたたえる
I have to praise you
私はあなたをたたえる
I have to praise you
私はあなたをたたえる
I have to praise you like I should
私はあなたを
自分のことであるかのように
たたえなければならない





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映画「ゼログラビティ」が教えてくれたふしぎ発見!だよ

今日は映画に見るふしぎ発見!
アルフォンソ・キュアロン監督作
「ゼログラビティ」

※ネタバレありだよ※

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絶体絶命の状況に置かれ
死を受け容れる覚悟を決めた
サンドラ・ブロック演じるライアン
ジョージ・クルーニー演じるマット
こう語りかけたんだ

「ここは居心地がいい
あらゆるシステムをシャットダウンし
明かりを消す
目を閉じ 心を閉ざす
傷つける者はいない
安全だ」


この現象世界から
離脱し
永遠なるものと同化した
マットの安寧する場所は 
疑いの余地なく 
未来永劫に 
安全だから


けれども
ライアンにはまだ 
現象世界で体験すべきふしぎ発見! 
それが残されていて
だからこそマットは
さらにこうつづけたんだ

「生きる意味がどこにある?
おまえの娘は死んだ これ以上の悲しみはない
だが問題は 今 どうするか
もし戻るなら もう逃げるのはよせ
くよくよせず 旅を楽しめ
大地を踏みしめ 自分の人生を生きろ」


生への希望と 
絶望の狭間とを
目まぐるしく遊泳し
ついにはを続けることを選択するライアン
超極限状態のさなかにあって
この世界を超越する
真理の一端を垣間見たライアンは
ついにこうつぶやくんだ

「このままいくと 
結果はふたつしかない
無事に生還し 奇想天外な話を聞かせるか
十分後に焼け死ぬか
どっちだろうと
誰のせいでもない












今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
「ふしぎ発見!」は変わらず
きみのこころの奥深くによりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見!」へといざなう楽曲を紹介するね

「ありあまる富 / 椎名林檎 」
作詞 椎名林檎
作曲 椎名林檎

もしも彼らが君の 何かを盗んだとして
それはくだらないものだよ
返して貰うまでもない筈
何故なら価値は 生命に従って付いている





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映画「ヴァンパイア」が教えてくれたふしぎ発見!だよ

今日は映画に見るふしぎ発見!
岩井俊二監督作
「ヴァンパイア」

※ネタバレありだよ※

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死にたい女
レディーバード
人間の生き血が欲しい
ヴァンパイア
二人の利害は一致したものの
レディーバードを
殺すことができず
うなだれるヴァンパイアに
レディーバードはそっと
こう語りかけたんだ

「あなたのために
私 生きていようか
好きな時
血を飲んでいいわ
欲しいだけ

ただ
誰も殺さないと約束して
私だけにして」


そうしてヴァンパイアを抱きしめた
レディーバードの自己犠牲が 
これほどまでに美しいのは
レディーバードの中で
一点の曇りなく
エゴが消え去った瞬間に
むきだしの愛
二人のあいだに
露わになったから

本来の
ぼくたちの姿は 
むきだしの愛そのもの

けれども自我

日常生活の喧騒の中に
すっぽりとおおい隠してしまっているよね

でもね
そのことがわるいわけじゃなくて

初めから
むきだしの愛なんて
ゴールの瞬間だけをピックアップした
マラソン大会の結果だけを報じる
流れ作業的なニュースのよう

それじゃあ
ゴールの瞬間の
感動も解放感も
カタルシスもなにも
あったもんじゃない

上り坂を走って
下り坂を走って
息を切らしながら
脇腹をおさえながら
足を引きずりながら
何度も何度も
もうやめようかと思って
自分に負けそうになって…
いやいや 
負けたっていいんだよもちろん
自分に勝ったからって偉いわけじゃないし
その人がそうしたかったから
そうしたってだけのことで
リタイアしたからといって
愛は逃げない
どこにも逃げようがない

だってね
きみがなんだもの

そんなこんなで
きみが探し求めていた
ゴールは見えてくるよ
いつの日かね

そしてそのゴールはというと
スタートラインと同じ場所

ずっとずっと
見えなかったものが
ようやく見えたからこそ
心の奥底の
ど真ん中を 
会心の一撃でつらぬく
感動ってやつがあるのさ











今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
「ふしぎ発見!」は変わらず
きみのこころの奥深くによりそっているよ

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「Swallowtail Butterfly ~あいのうた~ / YEN TOWN BAND」
作詞 CHARA、岩井俊二、小林武史
作曲 小林武史

ここから何処へいっても
世界は夜を乗り越えていく
そしてあいのうたが 心に響きはじめる





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「真実は人の数だけあり ひとつだけしかないものが事実だ」は本当?

領土問題も
従軍慰安婦問題も
戦争責任問題も
みんなおんなじ
どれもこれもあれもそれも
歴史的ないかなる問題も
元をたどれば
みんなおんなじ

結局のところ
いかなる史実をかかげ
「あったか」「なかったか」
「やったか」「やってないか」
「オレが正しい」「いやオレが正しい」
「だってこの記録にはこう書いてる」
「いやこの記録にはこう書いてる」
そういう視点で
論争を続ける限り
主張と主張は
未来永劫に
平行線をまっしぐら

いやね
決して論争することを
無駄なことだとか
言いたいわけじゃないよ
知識や情報をかき集めることを
否定しているわけでもないよ
ただね 
得た知識や情報を
信じ込みすぎて
得た知識や情報に
思入れを深めすぎて
得た知識や情報との同化
それが始まってしまうと
きみはその知識や情報そのものとなり
その時点で思考は停止
そうして知識や情報では計りえない
本当に大切なもの
を見失うことになるんだ

よくね 
こんな言葉を
耳にすることがあって
「真実は人の数だけあり
ひとつだけしかないものが事実だ」

いち聞すると
至極まっとうな
至言にすら聞こえるこの言葉

けれども
果たしてこれは
本当にそうだろうかね

世界にひとつだけしかないはずの
「事実」
世界にひとつだけしかないからこその
「事実」
でもね
それが事実かどうかを判断するものは
どう足掻こうとも
逆立ちしようとも
悟りをひらこうとも
結局は主観(個人)なんだよね

たとえばとある「事実」があって
その証拠になるものは
ぬかりなく完璧に揃っていて
それが
誰の目にも明らかな「事実」だとしても
その証拠のすべてが
ねつ造されたものかもしれない可能性
一体誰が否定できるだろう

「ちょっと大丈夫?
あなたむずかしく考えすぎよ」
「おまえあれだろ 
都市伝説とか陰謀論にどっぷり浸かるタイプだろ」


明白に思える
事実であればあるほど
そんな反応が聞こえてきそうだけれども
でも それでも
その可能性を
100%否定することは
誰にもできないはずなんだ
なぜならば
である
ぼくたち人間一人一人は
世界で起きている
すべてのできごとを
リアルタイムで
完全に見尽くすことはできないし
たとえ見尽くせたとしても
見尽くしたその張本人が
である限り
結果は同じことさ

太平洋戦争の
完全無欠な全貌なんて
未来永劫
誰にもわかるわけがないんだ
なぜならばね 
ついにベールを脱いだ
その全貌が
完全無欠なのかどうか
確かめるすべは
永劫に見つからないから

いかなる人間も
この主観世界の
住人である限り
主観の域を
超えることができないルール

それこそが
おのおのの最期の日にまで
適用される
この世界の掟

覚醒体験とは
主観が消失する体験ではあるけれども
そこから最期まで
消えっぱなしの人なんて
どこにもいないよ
この世界に
内包される存在である限り
形あるものから
その影を
切り離すことができないように
「個」から「主観」という影を
切り離すことは不可能


同じものを見ているはずが
黒に見える人がいて 
白に見える人がいて
長く見える人がいて 
短く見える人がいて
小さく見える人がいて 
大きく見える人がいて
壺を見ている人がいて 
人の横顔を見ている人がいて


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結局のところ
おのおのが「事実だと信じていること」
それこそが「事実」の正体
「同じ事実を共有する者たちのあいだ」でのみ
それは「ひとつだけの事実」たりえるってわけ

だからね
「事実」「真実」も大差はないし
全人類にとってひとつだけしかない事実なんてものが
成立不可能な世界
ぼくら「個」として存在する者たち
生きてゆくしかないんだ

これらのことを
頭の片隅に置いておくだけで
誰かと論争するにしろ
知識や情報を詰め込むにしろ
その活かし方も
目を置く視点も
ぜんぜんちがったものになるはずさ


ところでこの世界には
限りなく100%に近い共有度を誇る事実もあってね

たとえばそれは
例外なく誰しもが
いつかは肉体が朽ち果てることや
「2+3=5」であるということなんかがそうで
これらの事実はというと
共有できない人を探すことの方が
おそるべき難易度だよね

ぼくはというとね
「2+3=5」に匹敵する
新たなものを見つけること
それをこのブログでしようとしているんだよ
そいつの名は
何を隠そう 
ふしぎ発見!っていうんだけれども!










今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
「ふしぎ発見!」は変わらず
きみの奥深くによりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見!」へといざなう楽曲を紹介するね

「風が強く吹いてる / yaoyoros(ヤオヨロズ)」
作詞作曲 黒澤司

国家とは自由とは自分とは何か考える時間がある
ドラマのような優しさは僕にはないけど
誰かを愛するくらいは出来るさ

風が強く吹いてる





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「どみどりくん」あるいは「じゃっく」へのメッセージ

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やあやあ、よく来てくれたね。

じゃっく&どみどりくん

Author:じゃっく&どみどりくん
オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』の、姉妹ブログ『どみどりくんの、世界ふしぎ発見』に遊びに来てくださりありがとうございます。管理人のじゃっくと申します。

『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』が「表通り」を行くブログなら、こちらのブログは「裏通り」を行くブログです。
両方合わせてようやく私のメッセージの完成形となりますが、選り好みして「表通り」だけ見てもらってもまったく問題ありません。
来るべきときが訪れたなら、おのずと「裏通り」も歩かされている自分を発見されますから(ニヤリ)

で、この「裏通りブログ」が何故に必要なのかと申しますと、早い話が「表通り」だけでは解決できない、処理しきれない問題(絶体絶命のピンチ)に、人は前触れもなく遭遇するからです。
誰しものそのときのためにこそ、私「じゃっく」が、フシギニストである「どみどりくん」に扮し(チャネリング?)ながら、この「裏通りブログ」は存在し続けます。


「世界ふしぎ発見」とは言っても、某テレビ番組が世界における「目に見えるふしぎ」を発見して紹介するのとは趣がちがい、このブログでは世界における「目には見えないふしぎ」の発見を書き記することを趣旨としています。

ですが、「目には見えない」とは言っても、「UFO」「超能力」「幽霊」といった類のものとは趣が違いますし、「スピリチュアル」ともまたちょっと違うのかもしれません。
「哲学」「宗教」とも言い切れませんし、「自己啓発」「人生哲学」ともまた少し違うかもしれません。

しいて言うなら、みなさんが今まで生きてきた中で、学校教育や家庭教育やマスメディアによって抗いようもなく培われ、育くまれた「常識」「当たり前」「思い込み」「偏見」「先入観」などをとっぱらった先にある「あるがままの世界」あるいは「究極の羅針盤」の発見ってところでしょうか。


たとえばですが、

『きみが何を考え、何に思い悩み、何を行為しようとも、きみ自身は実は何もしていないのさ』

いきなりこんなことを断言されたとしたら、どう思うでしょうか。
「うん、そうだと思ってた!」という方は、おそらくは皆無に近いかと思われます。
おそらくは「あ…ちょっとこの人、ヤバイ宗教とか入ってる感じの人なんだろうな。かかわらないようにしよう…」
おおかたそんなところではないでしょうか。

ですが、私は特定の宗教を信仰していませんし、歴史上の人物や現存するいかなる人物も、敬いはしても崇拝するような対象にはなりません。この先もずっと。




そもそもはこの「裏通りブログ」から私のブログ人生が始まり、私を通路として見い出されるふしぎ発見を、誰かと分かち合い、この「リアル人生ゲーム」に活かしたいがために、2つ目のブログ『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』を作るにまで発展してきました。

「分かち合い」ほどの、いち人生を賭けるに値する究極の財宝、自他一挙両得のベストバイブスは、他に見当たりませんもの。
自分がまずうれしいし、同時に誰かもうれしいだなんて、はっきり言って
最高!

じゃないですか。







「ふしぎ発見!」の終わりに、みなさまを発見へといざなう楽曲も紹介しています。よろしければあわせて楽しんでください。
※和訳した歌詞は、英語力のない私がグーグル翻訳を参考に、個人的解釈で訳したものなので、ちょっとおかしいよっていう訳もあるかと思いますが、大目に見ていただけましたら幸いです。

カテゴリの中の「スーパーふしぎ発見」には、ブログの核となる発見かな、と思われるものを並べています。まあ、だからどうってわけでもありません。

カテゴリの中の「映画」がいざなうふしぎ発見については、ネタバレしているものがほとんどなので、どうか「この映画これから見ようとしてたのに(泣)」なんてことにならないようお気を付けください。

一度投稿した「ふしぎ発見!」も、一年くらい間隔をあけて読み返すと「うーん…なんでこんなふうに書いたんだろう」「この表現は不適切だなあ」「今ならこんな言葉は使わないなあ」といったことがよくあります。
私はまったくいとわず何度でも記事を修正します。
修正することによって、伝えるべきメッセージが進化しつづけていることを私自身実感できますし、過去記事と現在の記事とで違いすぎるがために読者を混乱におとしいれてしまうような事態も軽減されます。
投稿日に対してコメントの日付が古い記事は、「あ、修正した記事なんだな」と思ってください。




ツイッターもやってます。
業者の方や宣伝目的の方じゃなければ、出来うる限りフォロー返ししています。