映画「この空の花 長岡花火物語」が教えてくれたふしぎ発見!だよ

今日は映画に見るふしぎ発見!
大林宣彦監督作
「この空の花 長岡花火物語」

※今回は特にネタバレはないよ※

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新潟県中越地震体験者の
松雪泰子演じる
天草の地方紙記者
遠藤玲子
2011年3月11日の
東日本大震災において
いち早く被災者を受け入れた
長岡市に興味を抱いたことと
昔の恋人で高校教師の
高嶋政宏演じる
片山健一から届いた手紙をきっかけに
現地をおとずれるんだ

手紙には
生徒による演劇
「まだ戦争には間に合う」
その上演を見てもらいたい旨が
記されていて

玲子
長岡の行く先々において
様々な出会いを経ていくうちに
長岡の歴史を
時系列を追って
身をもって体験しているような
不思議な体験に巻き込まれてゆき
クライマックス
「まだ戦争には間に合う」は上演され
空襲や地震で亡くなった人々への
追悼の花火
復興への祈りの花火が
夜空に打ち上げられるんだ

「花火がこんなに綺麗なのは
夜が暗いから
花火が消えた後の夜には
心の明かりが灯る


長岡花火を
見上げながら
そう口をそろえ
非戦と平和を
訴えかける
少年少女たち

夜が
深ければ深いほど
花火の美しさは
少年少女たちの
奥深くを 
しずかにとらえているよ

少年少女たちが 
深ければ深いほど
花火の美しさは
夜の
奥深くを 
しずかにとらえているよ

少年少女たちと
花火と
夜とが
深いところで
しずかにまぐわう

そのとき 
少年少女たちは
自らが
花火 
そのものであることを
思い出しているんだ

そのとき 
少年少女たちは
自らが
夜 
そのものであることを
思い出しているんだ

いま
きみが目にしているものに
美しさ 
それを見出すとき
きみは 
それと同じものを
その胸にたずさえている

自分が持っていないものを
感受する
そんな芸当は
いかなる超人であっても
できることは 
決してないから

花火がこんなに綺麗なのは
花火を綺麗だと思った
その人が
花火 そのものだから
夜 そのものだから

花火が消えた後の夜には
心(こころ)を超えた
芯なる明かりが灯る









今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
「ふしぎ発見!」は変わらず
きみの奥深くによりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見!」へといざなう楽曲を紹介するね

「センスレス / ASIAN KUNG-FU GENELATION(アジアン・カンフー・ジェネレーション)」
作詞 後藤正文

世界中を悲しみが覆って
君に手招きしたって
僕はずっと
想いをそっと此処で歌うから
君は消さないでいてよ

闇に灯を
心の奥の闇に灯を






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時系列王国とイマボーイズの短い物語だよ

そのころ
その大陸は
時系列王国
支配されていたんだ

時系列王国
象徴ともいえる
信条が これ

「結果がすべて」

この一言を提示されれば
大陸の誰しもが
反論の余地がなくて
ぐうの音も出なくて
それはそれは
おそろしく威圧的で
おそろしく残酷なひびきが
そこにはあって

その言葉の
破壊力でもって
時系列王国
支配者として君臨する
その名も
「ケッカ(結果)大王」

ケッカ大王の前には 
原因一族も 
プロセス一族
ただただ
ひれ伏すしかなくて

思うような結果が
得られずに苦しむ
大陸中の人々は
ケッカ大王にだけは
どうしても逆らうことができなかった
なにを隠そう
「結果がすべて」だから

そんな中
そんな時系列王国
おびやかす勢力が
台頭してくるんだ

それこそが
イマボーイズ

流浪の旅をつづける
イマボーイズたちにとって
時間という概念は
脇役であって
主役ではなく

いま 目の前のこと
紡ぎつづけること
それをこそとし
重要視する者たち

「結果」ではなく
「解釈」
それだけがあると
イマボーイズの者たちは
支配者であるケッカ大王によって
結果こそが絶対価値
洗脳され
思うような結果を得られず
苦しんでいる
大陸中の人々に向け
訴えつづけたよ

原因があって
プロセスがあって
結果があること
それこそが
世界であるはずだった
にもかかわらず
それらのものは
お菓子の包み紙のようなもので
本当に大事なものは
お菓子の中身だ
という
流浪のイマボーイズたちの価値基準に
大陸中の人々は
興味を持ち始めたんだ

「たとえば
あと一歩のところで
届いたはずの
栄光の瞬間
そんな過去があったとしよう
このことは
このときだけを 
切り取るならば
確かに結果は 
敗北かもしれない

ところがそののち
その悔恨の反動によって
生まれえた
這いあがらんとする力によって
栄光の瞬間を
つかむことができたならば
たちまち 
過去における
敗北の結果は消し飛んで
時空を超えて
勝利の結果だけが 
その人の過去も含めたすべてを
勝利の二文字で満たしてしまう
オセロの終盤での
逆転劇のように」


イマボーイズの者たちは
訴えつづけたよ

「人生の
いくつもの岐路において
結果はふたたび
敗北と入れ替わるだろう
そしてふたたび
勝利と入れ替わるだろう
負けたはずが 
勝ちもするだろう
勝ったはずが 
負けもするだろう
潮が満ちて 引きもするように
陽が昇り 沈みもするように
ただただ 
解釈の変化が
起こりつづけるだけ
勝利も 敗北も 
一時的なまやかしでしかない」


この世界には 
解釈
それだけしかないことを見抜かれた
ケッカ大王は 
不安な日々にさいなまれ
悩みもだえたよ

満を持し 
イマボーイズ
時系列王国の牙城への
討ち入りを決行
自分は遅かれ早かれ
首を取られるにちがいない
そんな 最悪の結果
ケッカ大王の脳裏をよぎり
夜もおちおち寝られなかったんだ

王である ケッカ大王
結果にこだわるあまり
いま 目の前のこと 
それをついぞ見ることができず
ついには発狂し
もろくも自滅

茫然自失する
結果に毒された人々
イマボーイズ
手を差し伸べたんだ

「結果だけがすべてじゃない
でも だからと言って
いま 目のまえのこと
それだけがすべてでもない
ひとつの物語を
成立させるためには
主役と脇役の
両方が必要なんだ」


こうして大陸は
長きにわたる洗脳を解かれ
いま と 時系列 の
両方を紡ぐ者たちによる
協和がもたらされた
んだ

生まれ変わった大陸は
「時系列王国」改め
「いまと時を紡ぐ国」となり
その国の象徴となる
新たなる信条が生まれたよ
それはというと──

「解釈がすべて」









今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
「ふしぎ発見!」は変わらず
きみの奥深くによりそっているよ

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「Hoppipolla / Sigur Rós(シガー・ロス)」
Writer(s) Sigur Rós
Producer(s) Sigur Rós, Ken Thomas

笑おうよ
ぐるんぐるんとまわろうよ
手をつなごうよ
世界は幻想さ
けれども君は 
そこに立ってる






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「誰も何もしていない世界」だよ パート6

想像してみてごらんよ
宇宙という名の
大きな大きな
それはもう 無限にもひとしい
とてつもない大きさの箱

そこにはね
無量大数にもおよぶ
存在という名の
さまざまな
敷きつめられているんだ

たとえばそれは
有機物だったり
無機物だったりするよ

たとえばそれは
見えるものだったり
見えないものだったりするよ

たとえばそれは
計れるものだったり
計れないものだったりするよ

ある玉は あの人
ある玉は その人

ある玉は オリオン大星雲
ある玉は 馬頭星雲

ある玉は 一匹のアリ
ある玉は 一頭の牛

ある玉は 一尾のマグロ
ある玉は 一枚の油揚げ

ある玉は 一本のイチョウの木
ある玉は 一輪のバラ

ある玉は 子供の遊び場
ある玉は 大人の遊び場

ある玉は 一滴の汗
ある玉は 一個の雹(ひょう)

ある玉は いちアメーバ
ある玉は いちミジンコ

ある玉は 温度や風
ある玉は 湿度や雲

ある玉は 重力
ある玉は 斥力

ある玉は 広さ
ある玉は 狭さ

ある玉は 食感
ある玉は 触感

ある玉は 好き の気持ち
ある玉は 嫌い の気持ち

さらに言うなら
これらの玉は
目には見えないほどの
小さな玉や
目には見えないようにできている
小さな玉が集まることによって
形作られていて──


さ~て!
書き表しきれないほどの
たくさんの玉が入った箱を
あるがままにゆらしてみよう!

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ぐわらぐわらぐわらぐわらぐわらぐわらぐわらぐわらぐわらぐわらぐわらぐわらぐわらぐわらぐわらぐわらぐわらぐわら

するとどうだろう
箱の中のひとつひとつの玉は
なにひとつ
他のすべての玉の影響を
避けることはできない

そのことがきみにもわかるかな

一番端にある玉の力は
反対側の端にいる玉にまで
バトンリレーのように伝導し
少ないながらも
なんらかの影響を
必ずやおよぼしている
よね

ひとつの玉の行為を 
定めているものが
ひとつの玉以外の 
すべての玉である

ということ

あらゆるすべての 
存在
自分自身では
誰も何もしていない
 
ということ

そして肝心の 
人類史上最大の謎
宇宙という名の
そのをゆらしているもの
それとは一体 
なんなのだろうと
きみなら思うだろうか










今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
「ふしぎ発見!」は変わらず
きみの奥深くによりそっているよ

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「MACHINE CIVILIZATION / WORLD ORDER(ワールド・オーダー)」
作詞作曲 須藤元気

singularity
we are all one
are we all one






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「一話」だけでは完結しない世界だよ

不朽のラブロマンスの
ほまれ高い
映画「タイタニック」

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劇中では
レオナルド・ディカプリオ
ケイト・ウィンスレット演じる
若い男女が
とわなる愛を
体現するべく
タイタニック号での
短い船上生活を
駆け巡り
そしてそれは
映画の中においては
果たされるわけだけれど

その11年後の
2008年
サム・メンデス監督
映画「レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで」において
夫婦の役として
ディカプリオケイト
起用したことは
タイタニックにおいて
とわなる愛をそこに開眼し
涙した観客たちへの
サム・メンデス流の
いじわるなアンサー(返答)にちがいない
んだ

どんなアンサーだったかというと
「ちょいと待ちなよ
タイタニックに涙し 恋した
そこのあなたやあなた
この世界は一話完結とは
いかない世界ですぜ」

そんなところかもしれない

映画「レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで」
絵に描いたような
幸福と希望の兆しに
満ち満ちた
ディカプリオケイト
前半部分では描き出されるんだ
まさに
タイタニックにおいて
ディカプリオ演じるジャック
あの事故を生き延びていたなら
こんな蜜月期を送り
こんな家庭を築いていたにちがいない
そんな夢想を具現化したような
バラ色の世界観がそこにはあって──


ところが一転
後半へと進んでゆくに連れて
幸福と希望の兆しに
満ち満ちた世界観は
もろくも崩れ落ちてゆき
「タイタニック」での
ディカプリオとケイトはどこへやら
二人の関係性は
修復不可能なまま
物語はクライマックスへと
向かってゆく
んだ

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サム・メンデス監督
突き付けてみせた
このアンサーこそが
真の意味での
この世界の姿
であることは
疑いの余地がないよ

世界は決して
タイタニック
その一話で完結することはなく
物語はつづいてゆく

かといって
レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで
その一話で完結することもなく
物語はつづいてゆく


そして
きみはもちろん
いかなる人物の
最終話のクライマックスも──
誰にもわからない
そういうふうに
世界はできているんだ











今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
「ふしぎ発見!」は変わらず
きみの奥深くによりそっているよ

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「Heaven's Kitchen / BONNIE PINK(ボニー・ピンク)」
作詞 BONNIE PINK

明日があって そこが何色でいても
風はあなたのほほに吹いてくるだろう






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ありとあらゆるものが「神様の縮図」である世界だよ

神様はね
一本の樹みたなものだよ
土に根を張り
水を吸い上げ
幹をつき立て
枝道を開拓
緑葉をたくわえ
太陽を受容し
蕾を解く
そのすべてがなければ
一本の樹として
存続することができないよ
その中の
一枚の葉
一本の根が
きみなんだ


であれば
きみが神様でない理由が
どこにあるというのだろう


神様はね
一台のパソコンみたいなものだよ
電源コードから電力を供給
モニターには映像信号が灯る
キーボードが文字を記し
マウスはカーソルを動かす
パソコン内部では
CPUやメモリが熱を放出
冷却装置がそれを冷ましてる
そのすべてがなければ
一台のパソコンとして
存続することができないよ
モニターのいちドット
内部の部品の一部分が
きみなんだ


であれば
きみが神様でない理由が
どこにあるというのだろう


神様はね
地球や一人の人間みたいなものだよ
その心臓は
海へとつながっていて
その血管は
川へとつながっていて
その肺は
風へとつながっていて
その胃腸は
大地へとつながっていて
その眼球は
色彩へとつながっていて
その筋肉は
動植物へとつながっていて
その骨格は
鉱物へとつながっていて──
そのすべてがなければ
地球は地球として
人間は人間として
存続することができないよ
肉体の中のいち細胞
地球の中の
いち有機物や
いち無機物が
きみなんだ


であれば
きみが神様でない理由が
どこにあるというのだろう


大きいも
小さいも
関係ないよ

あらゆる存在するものが
神様の縮図だし
あらゆる縮図が
きみこそが神様だってことを
教えてくれているんだ










今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
「ふしぎ発見!」は変わらず
きみの奥深くによりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見!」へといざなう楽曲を紹介するね

「あるぴの / たま」
作詞作曲 知久寿焼

あるぴの ぼくがきみの神様だから
あるぴの きみがぼくの神様だから
どこまで行っても空と地面のあいだで
あるぴの ぼくらはおんなじところにいるよ






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「どみどりくん」あるいは「じゃっく」へのメッセージ

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やあやあ、よく来てくれたね。

じゃっく&どみどりくん

Author:じゃっく&どみどりくん
オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』の、姉妹ブログ『どみどりくんの、世界ふしぎ発見』に遊びに来てくださりありがとうございます。管理人のじゃっくと申します。

『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』が「表通り」を行くブログなら、こちらのブログは「裏通り」を行くブログです。
両方合わせてようやく私のメッセージの完成形となりますが、選り好みして「表通り」だけ見てもらってもまったく問題ありません。
来るべきときが訪れたなら、おのずと「裏通り」も歩かされている自分を発見されますから(ニヤリ)

で、この「裏通りブログ」が何故に必要なのかと申しますと、早い話が「表通り」だけでは解決できない、処理しきれない問題(絶体絶命のピンチ)に、人は前触れもなく遭遇するからです。
誰しものそのときのためにこそ、私「じゃっく」が、フシギニストである「どみどりくん」に扮し(チャネリング?)ながら、この「裏通りブログ」は存在し続けます。


「世界ふしぎ発見」とは言っても、某テレビ番組が世界における「目に見えるふしぎ」を発見して紹介するのとは趣がちがい、このブログでは世界における「目には見えないふしぎ」の発見を書き記することを趣旨としています。

ですが、「目には見えない」とは言っても、「UFO」「超能力」「幽霊」といった類のものとは趣が違いますし、「スピリチュアル」ともまたちょっと違うのかもしれません。
「哲学」「宗教」とも言い切れませんし、「自己啓発」「人生哲学」ともまた少し違うかもしれません。

しいて言うなら、みなさんが今まで生きてきた中で、学校教育や家庭教育やマスメディアによって抗いようもなく培われ、育くまれた「常識」「当たり前」「思い込み」「偏見」「先入観」などをとっぱらった先にある「あるがままの世界」あるいは「究極の羅針盤」の発見ってところでしょうか。


たとえばですが、

『きみが何を考え、何に思い悩み、何を行為しようとも、きみ自身は実は何もしていないのさ』

いきなりこんなことを断言されたとしたら、どう思うでしょうか。
「うん、そうだと思ってた!」という方は、おそらくは皆無に近いかと思われます。
おそらくは「あ…ちょっとこの人、ヤバイ宗教とか入ってる感じの人なんだろうな。かかわらないようにしよう…」
おおかたそんなところではないでしょうか。

ですが、私は特定の宗教を信仰していませんし、歴史上の人物や現存するいかなる人物も、敬いはしても崇拝するような対象にはなりません。この先もずっと。




そもそもはこの「裏通りブログ」から私のブログ人生が始まり、私を通路として見い出されるふしぎ発見を、誰かと分かち合い、この「リアル人生ゲーム」に活かしたいがために、2つ目のブログ『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』を作るにまで発展してきました。

「分かち合い」ほどの、いち人生を賭けるに値する究極の財宝、自他一挙両得のベストバイブスは、他に見当たりませんもの。
自分がまずうれしいし、同時に誰かもうれしいだなんて、はっきり言って
最高!

じゃないですか。







「ふしぎ発見!」の終わりに、みなさまを発見へといざなう楽曲も紹介しています。よろしければあわせて楽しんでください。
※和訳した歌詞は、英語力のない私がグーグル翻訳を参考に、個人的解釈で訳したものなので、ちょっとおかしいよっていう訳もあるかと思いますが、大目に見ていただけましたら幸いです。

カテゴリの中の「スーパーふしぎ発見」には、ブログの核となる発見かな、と思われるものを並べています。まあ、だからどうってわけでもありません。

カテゴリの中の「映画」がいざなうふしぎ発見については、ネタバレしているものがほとんどなので、どうか「この映画これから見ようとしてたのに(泣)」なんてことにならないようお気を付けください。

一度投稿した「ふしぎ発見!」も、一年くらい間隔をあけて読み返すと「うーん…なんでこんなふうに書いたんだろう」「この表現は不適切だなあ」「今ならこんな言葉は使わないなあ」といったことがよくあります。
私はまったくいとわず何度でも記事を修正します。
修正することによって、伝えるべきメッセージが進化しつづけていることを私自身実感できますし、過去記事と現在の記事とで違いすぎるがために読者を混乱におとしいれてしまうような事態も軽減されます。
投稿日に対してコメントの日付が古い記事は、「あ、修正した記事なんだな」と思ってください。




ツイッターもやってます。
業者の方や宣伝目的の方じゃなければ、出来うる限りフォロー返ししています。