どみどりくん スーパームーン編 後編

いつもどみどりくんのブログに遊びに来てくださりありがとうございます。

それでは『スーパームーン編 後編』をお楽しみください。






少女は、どみどりくんの発言に耳を疑いました。

「あんたなに言ってんの?…飛ぶのはあたしに決まってるでしょう!」

きみが飛び降りるにしろ、飛び降りないにしろ、いずれにしても、それはきみの意志で起きることじゃないってことだよ」

少女はいい加減に頭がおかしくなりそうでした。

「ちょっとおいでよ、面白いもの見せてあげる」

そう言ってどみどりくんは、橋の下に少女を案内します。

少女を待たせておいて、川から戻ったどみどりくんは、水を汲んだ四角い容器と丸い容器、両方を少女の前に置きます。

水を見てごらんよ。四角い容器に入った水は四角だし、丸い容器に入った水は丸いでしょ? 人間も水と同じだよ。与えられた肉体、能力、好き嫌い、環境、文化、時代、関わる人々、人以外の生物、鉱物、水、火、温度、湿度、風、大気、地球、地球以外の星、引力、斥力、見えるもの、見えないもの、あらゆるすべてが、きみの『人生』という形を定めている容れものさ。そしてその容れものは、24時間年中無休で変化し続けるんだ

「…ちょっと待ってよ。じゃああたしがした努力とか、受けた苦しみとか、気持ちとかはどう説明すんの?」

「努力したことも、苦しみも、きみの中に起こるあらゆる思念や想念、喜怒哀楽も、きみ自身は何もしていなくて。きみはきみの自力によって生きて活動しているわけじゃないんだ。自力っていうのは、一種の錯覚現象さ。駅のホームで、まだ動かない車両に腰かけたこと、ある?」

「だったらなんなの?」

「自分の車両が動き出したと思ったら、進んでいたのは窓越しの隣の車両だったっていうような錯覚、一度はあるんじゃないかな。自力っていう感覚も、それとそっくり。でもね、自力感がわるいとか、そういうことじゃないよ。自力感のない人生を想像してごらんよ、そんなものの何が楽しいだろう。それこそがまさに操り人形だよ。自力感は人生を楽しむのに必要不可欠な錯覚なんだ」

「…で、結局なにが言いたいわけ?」

きみの身体も含めた、全宇宙のあらゆるすべてが、きみ一人の身体運動や思念や想念を決定しているものの正体ってことさ。それでいて、きみ以外のすべての存在の活動に、きみ自身が関わってる。きみも含めたすべての存在が歯車の一個一個で、すべての歯車が寸分の隙間なく繋がり、噛み合っていて、精確に宇宙は稼働しているんだ

「すべてはひとつだとかなんとか、ボロをまとったいかにも聖人みたいな人が言ってるの、聞いたことある」

「うん。聖者や覚醒者なんかがよく口にする『すべてはひとつ』っていう発言の真相は、そういうことなんだ。何かの問題を考えたり、悩んだり、何かを好きになったり、嫌いになったり、創造したり、妄想したりすることも含めて、ぜんぶ、ぜーんぶ…きみは生きる上でしている一切のことを何もしていなくて。行為はしていても、行為者ではなくて

「信じらんない…そんなこと……そんなことあるわけない!」

『ご縁があった』なんて言葉は、ほんと言い得て妙で、人との出会いに限らず、すべての事象は縁なくして起こらないことを表してて。 だから『縁がなかった』なんてことは、この世界には存在しえないことで、縁があったからこそ、その、縁がなかったと思えた出来事は起こってるんだ。 『これも何かのご縁』『何かの』はいらないんだ。すべての出来事が『これもご縁』の連続で、ぼくらは『縁』という名の宇宙の歯車であることを、やめることはできない。絶対にね」

「もしかして…その『縁』て、『円』のこと?」

「漢字って不思議なものだよね。誰が文字と音を貼り付けたのか知らないけれど、辞書の中では示す意味がちがえど、どちらの字も、究極的には同じものを表してて。宇宙の完全無欠な『円運動』がまさに、暗喩的に、宇宙が『円(縁)』によって成り立っていることを示してる

「円(縁)の外には出れないってこと?」

「考えてもごらんよ、この世界に存在する色彩の原則にない色を想像するなんて芸当、きみにはできるかい? 死後世界を体験したという人たちでさえも、この世界に無い色を見た、なんて言った人は聞いたことがないよ。 『嗅ぐ』の意味を超えて嗅ぐことはできないし、『触れる』の意味を超えて触れることはできない。 この宇宙の枠をはみ出て、この宇宙に無い何かを創造したり想像することができないということは、僕らが宇宙の歯車のひとつであることを避けることはできない、という絶対的不可分を意味しているのさ」

「昔おばあちゃんが教えてくれた。この世は縁によらずして起こることは何もないんだよって。それを『縁起』って、お釈迦さまが言ったって」

「うん。イエスが『神の意志によらずして起こることは何もない』と言った神も、ムハンマドが『神は天と地を創造せるものなり。 神は汝がいずこへいくともともにありて、アラーは汝のふところを見ん』と言った神も、アムステルダムの哲学者が『神即自然』と言った神も、本当のところはこの、全宇宙全世界を意味しているのさ」

「自然って、山とか、海とか、森とかでしょ?」

「その哲学者が言った自然とは、この世界に在るものすべてのことなんだ。人間は『自然』ていう言葉を使って、自然と自分たちとを切り離して『自然と親しむ』『自然を大切に』なんてことを言ったりするけれど、それっておかしな話だと思わないかい? きみのその身体は、一体誰がくれたものだろう」

「…パパとママでしょ」
 
「じゃあ質問! パパとママはきみの身体の中の臓器を、脳を、骨を、筋肉を設計して、部品を集めて組み立てでもしたのかな?」

「なわけないでしょ」

「だよね。人知をはるかに超えた何かが働いて、その身体は作られ、心臓は『自然に』鼓動を繰り返し、胃腸は『自然に』食べ物を消化、吸収する。世界最先端のテクノロジーでも足元にも及ばないほどの、複雑かつ精密な機能でね。これってさ、何かに似てると思わない?」

「身体の中に、自然だったり、宇宙がある…みたいな?」

「そうなんだ。これってようするに、人間=自然てこと。このことがどういうことを表しているかというと、この世界、この宇宙に自然以外のものなんて、何もないということさ」

「ちょっと、ちょっと待って。自然=神なんだとしたら、人間=神になっちゃうじゃない!」

「そういうこと!きみ、ノってきたね!つまりね、世界には神以外のいかなるものも存在していないってこと。だからね、『人間が地球を汚してる』だとか『この震災は自然から人間への警告』なんて言い方が、ぼくにはとても妙な響きでもって聞こえて来る。だって、自分が自分を汚してると言ったり、自分から自分への警告なんて話、ちょっとヘンでしょ。言ってること、わかるかな」

「わかるような…わからないような…でもやっぱりわかんない」

「いいんだ。有史以来の、人類規模の思い込みをひっくり返すようなことを、ぼくは話しているんだもの。人間、あまりに当たり前すぎて、気がつかないことがたくさんあるんだ。たとえるなら、そんな人はいないけれど、生まれたときからずっとメガネを肌身離さずかけて生きてきた人がいたとして、メガネをかけていることにずうっと気がつかなかった、みたいなことさ。世界にはそういう、『あまりに当たり前すぎて気がつかないこと』が、そこら中に落っこちてて…」

「そこら中って…なんかめまいしてきた…」

ここで今すぐ結論を急ぐ必要性はないよ。急ごうが放っておこうが、きみが進んでゆくドミノの配列にそれを理解する牌がセッティングされているなら、必ずやきみにとって一番ベストのタイミングで、気づきは訪れる。きみにどんなことがあろうとも、神様は二十四時間年中無休で君に寄り添っているし、決して君を見放すことはないんだ。そりゃそうだよね、君自身が、とうの神様なんだもの。このことがどんなに素晴らしいことか。底なしの勇気が湧いてくることか。きみにそれが起こるかな。起こるといいな」

「学校であたしをいたぶるやつらも、ママがあたしに対して言ったことも、その人たち個人の意志で起こってることじゃない…そういうことでしょ」

「よかった、少しでも伝わったみたいで」

「でもさ、いつかそのことが本当に理解できたとしても、あたしはママやそいつらを許せないと思う。ん?ちがうな。あたしが許すか許さないかも、あたし個人の意志じゃない。……あってる?」

どみどりくんは、ゆっくりとうなずきました。

『許せない』が存在するからこそ、『許す』ということがどういうことなのか、味わうことができるし、理解することができる。どんなにネガティブなものだってそうだよ。この世界にムダなものなんてひとつもないんだ」

「…」

「きみも、いじめっ子も、きみのママも同じ。たくさんの人が、学校の成績だとか、見た目の良さだとか、お金をたくさん持ってることとか、世間体だとか、地位だとか、権力だとかいう、世間的な価値観こそが、価値あるものだと思い込んでいるけれども、それらが闇夜の役割をしてくれるからこそ、真に価値あるものがまたたいたとき、ぼくらはそれを認識することができるのさ」

「…あたしを追い詰めてたものの正体が見えた気がする。世間的な価値観にそぐわない自分は、価値のない人間なんだってずっと思い込んできた。でも、そもそも世間的な価値観なんて幻想。だからあんたは、真の意味で自分に価値がないと理解する人間は、自分に価値がないことに苦しんだりしないって、言ったんだね」

「うん。だって、自分の外側に蔓延るあらゆる価値基準は、どこかの誰かが勝手に決めた価値基準でしかないし、みんな等しく、全なる存在のいち個として生かされているにすぎないもの。イチローやボルトの大記録だって、釈迦やイエスの大宗教だって、アインシュタインやエジソンの大発明だって、幕末の志士たちの大革命だって、当人たち個人の力なんてものは、1ミリだって関与しちゃいない。自分には何の価値もないし、同時に『価値しかない』

「価値しかない…」

全なる存在が、全存在の舵を取り、この地を歩み、自らを語っている世界

少女は何となしに、スーパームーンを見上げていました。

「…なんとなくだけど、あんたが言いたいこと、わかんなくもない」

どみどりくんも、もう一度スーパームーンを見上げました。

「じゃ…スーパームーンが見れたことだし、ずいぶん遅くなっちゃったから、そろそろ踊り始めようか!」

「ハア?」

どみどりくんは、スーパームーンに照らされた夜の川べりで、どみどり音頭をわいわいと踊り始めました。

「ちょっと!踊る意味がまったくわかんないんだけど!」

などと文句を言いながらも、仕方なく少女も、どみどり音頭をわいわいと踊り始めました。

「日々の~一瞬一瞬が~♪
縁と円が織り成す~むせ返る~ほどの~み~どりいろ♪
エンヤ~コ~ラヤッ!」


などと音頭をとるどみどりくん。
少女はなんだかバカバカしくなってきて、意味もなく笑えてきました。

「ねえ、ひとつ気になったんだけど」

「なあに?」

『緑』て字と、『縁』て字、よく似てるけど、もしかしてなんか関係ある?」

「やっぱり? きみもそう思う? だからぼくはみどりいろが好きなのかなあ」


つづく









今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
「ふしぎ発見!」は変わらず
きみの奥深くによりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見!」へといざなう楽曲を紹介するね

「わーい waai / KAKATO(カカト)」
Rap: KAKATO(環ROY×鎮座DOPENESS)
Director: Kurando Furuya
Director of Photography: Takehiro Goto
Editor: Kota Ishii

わーいわーい 騒ぎたい
わーいわーい 騒ぎたい
わーいわーい 騒ぎたーい






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どみどりくん スーパームーン編 前編

いつもどみどりくんのブログに遊びに来てくださりありがとうございます。
管理人であり、どみどりくんの父でもある「じゃっく」です。

皆様のお力添えと不可視な存在の働きかけのおかげさまで、どみどりくんの世界ふしぎ発見!も、どうにかこうにか約半年を迎えました。

10月から、個人的な事情で更新するペースが落ちたり、コメントへの返信が遅くなったりすることもあるかもしれませんが、不可視なコトバが私に働きかけてくれる限りは、これからも気の向くままに、おもむくままに発信して参ります。

今回は、前編、後編を2日間に分けて、私じゃっくが描くどみどりくんの対話形式ショートストーリー第4弾を掲載させていただきます。

それではお楽しみください。





2015年、9月末日。

満月の中でも、特に大きく明るいらしい、スーパームーンとやらが見れるとあって、日が暮れる少し前を見計らい、どみどりくんは見晴らしのいい橋のたもとを目指し、意気揚々と家を飛び出ました。

「MOONあなたは知ってるの♪ MOONあなたは何もかも♪ 初めて歩いた日のことも~♪」

などと能天気にレベッカのMOONを唄いながら、川べりを歩いていると、橋の真ん中で身を乗り出し、真下を見つめる少女を発見。

何か面白いものでも見つけたのかな?と思ったどみどりくんは、少女のそばまで走り寄りました。

「何見てんの?アザラシ?」

少女は見向きもしません。

「ぼくはスーパームーン目的で来たんだけれども、こんなにも分厚い曇でおおわれてるんじゃ見れそうもないよ」

中学生くらいの少女は、チラリ、どみどりくんに目を向けます。

「…あんたってもしかして…どみどりくん?」

「そうだよ」

「やっぱり。まさかほんとに全身みどりのコーディネートだと思わなかった…」

「ねえねえ、川に何がいたの?」

「実はさ……ここから飛び降りちゃおうかと思って」

「ふうん、そうなんだ」

「冗談に決まってんじゃん!ていうか、ぜんぜん驚かないんだね。何度もここに来てるけど、どの人も深刻な面持ちでさ、あたしが飛び降りないように意地でも説得してかかるのが笑えるのに」

「だって、初めて会ったきみが、いきなりそうしたいって言うんなら、ふうんて言うほかないじゃない」

「あんたって変わってんね」

きみだって絶え間なく変わっていってるよ。きみが『変わってるね』って、いま言ったときのきみも、それを聞いてたぼくも、もう『ここ』にはいないんだ」

少女は目をまんまるくし、しばらくのあいだ静止していました。

「あんたって…噂で聞いたよりおもしろいかも」

「ぼくにとってはきみがおもしろいよ」

「…正直言うと、冗談じゃなかったんだ、さっきの話」

「飛び降りる話?」

「うん」

「どうして飛び降りたいの?」

「死にたいから」

「ちょっと、いい?」

「ん?」

「気になったんだけれど、いま言った『死ぬ』って、なんだろうね」

「え? …うんと、自分が消えてなくなるってこと。だからね、もう苦しむこともないってこと」

「これまでに消えてなくなったことがあるとか?」

「一度でも消えてなくなったらここにいるわけないし」

「いなくなった人を見たことがあるとか?」

「そんなの目で見て確認するまでもないでしょ。今までだってたくさんいたし、数秒置きに、世界のどこかで誰かが死んで消えてなくなってる」

「ひょっとしてそれは、心肺が停止して、肉体が動かなくなった状態のことを言ってるのかな」

「とーぜん!」

「肉体が動かなくなって、その肉体が灰になっただけで、どうしてその人がいなくなったことになるんだろう?」

「それってひょっとして幽霊にでもなって存在するっていいたいの?」

「ううん、というよりも、肉体が朽ちて消えてなくなるっていうことも、世界であるぼくらが絶え間なく変わっていってるっていう中の、ひとつの状態にしかぼくには見えないから、だから『死ぬってなんだろうね?』っていう質問をしてみただけのことさ。だってね、どこをどう見渡しても、『死』なんてものはどこにも落ちていないし、どこにも見当たらないんだもの」

「ハア?…言ってる意味わかんない。世界であるぼくら?なんであたしもあんたも世界なの?

究極的には、この世界に境目なんてないからだよ。『この世界をぜんぶひっくるめて、やっとひとつの生命』なんだ

「…あんたさ、おもしろいのを通り越して、じゃっかん狂ってると思う」

もっと言うならね、死がないってことは、生もないことになるんだ。世界という名の、大きな大きなひとつの生命として変化し続けている過程の中で、たまたまぼくらは人に変化して、今はこうして人として存在しているけれども、やがては肉体を喪い、人ではないものに変化するだろうし、このアリはたまたまアリに変化して、今はこうしてアリとして存在しているけれども、やがては肉体を喪い、アリではないものに変化するだろうし、この木はたまたま木に変化して、今はこうして木として存在しているけれども、やがては肉体を喪い、木ではないものに変化するっていう、ただそれだけのことさ」

「…」

「世間的にはスピリチュアルメッセンジャーだけれど、ぼくが勝手に哲学者だと思ってる人で、雲黒斎さんという人がいてね、その人の著書の中で、黒斎さんが見えない守護者(雲さん)と対話をする本があって、その中でこんなやり取りがあるんだ」



雲さん 「それは何も、『魂や霊は物質じゃないから、肉眼でとらえることはできない』とかいう話じゃない。そういうことではなく、客観的な事実として、『新しい命が生まれる』ということも、『肉体に命が吹き込まれる』ということもありえないってことなんだ。
考えてごらんよ。もし『新しい命がどこかで吹き込まれることがある』とするならば、『命を吹き込まれる以前の、命を持たない何か』があったことになる。つまり、『命が入るための器』だね。多くの人間は、肉体のことをその器だと考えているようだが、これが大間違いだ。」

黒斎さん 「大間違い?」

雲さん 「だってそうだろう。『命が入る器(その時点で命を持っていない何か)』があるとするのなら、それはつまり、『生きていない何か』ということになる。が、しかし、おまえがここにこうして存在するにあたり、どこかの時点で『生きていない何か』であったことがあるだろうか」

黒斎さん 「え?」

雲さん 「受精卵が子宮に着床する以前、その受精卵は『生きていない何か』だったろうか。いや、そんなはずはない。すでに『生きている』。現にその胚は、着床する前から細胞分裂を繰り返して子宮へ向かう。では、精子と卵子が結合する以前、それらは『生きていない何か』だったろうか。これも違う。精子だって卵子だって、ちゃんと生命体として活動しているだろう? さらにさかのぼって、精子を生成したおまえの父、卵子を生成したおまえの母が、『生きていない何か』だったことなんてあるだろうか!」




「ようするに、僕らは生まれてなんていないし、そもそも生まれていないわけだから、死ぬことだってできないってことなんだ」

少女は言葉を失いつつも、ようやく返す言葉を見つけました。

「…じゃあ訊くけど、生まれてもいないし、死んでもいないわたしたちって、一体なに?」

始まりもなく、終わりもなく、おのおのの様態や状態だけが、途切れることなく変化し続けているだけの存在ってことだよ。盛者必衰の理(ことわり)をあらわしながらね」

「一人一人に、それぞれひとつひとつの命があるわけじゃなく…この世界が、ひとつの命?

「本当のきみは、きみの肉体の範疇に収まるような、そんな小さな存在じゃないんだ。葉が落葉しても、木はそのまま生き続けるでしょう?それとおんなじだよ」

急に少女はうずくまってしまい、そのまま下を向いてしまいました。

「…もうそんな話はいい。 あたしがどんな存在であろうとなんだろうと、本当のことなんて知りたくもないし、あたしにそんなことわかりっこない。 あたしはただ、この最悪の日常から逃げ出したいだけ。変化してようとなんだろうと、ただこの苦しみから解放されたいだけ」

苦しみもまた、苦しみではないものに変化してゆくよ。風が強いときに、その風を止めようなんて思う人はいないでしょう?苦しみもそれと一緒なんだ。風と同じ自然現象だよ。強風が吹き荒れるときは、強風がやむまでは、それに逆らわず、飛ばされないようにだけ気を付けながら、風がやむのを待てばいいんだ。風を止めようとすればするほど、止めることが不可能なものを止めようとするわけだから、二重に苦しむことになっちゃう。果ては風が吹いていないにもかかわらず、吹いているかのように錯覚することになるかもしれない。

「簡単に言わないで。あんたは本当に苦しんだことがないし、本当に死にたいと思ったことがないから、そういう人間の気持ちがわからないだけ」

「うーん、そう言われちゃうと困っちゃうけれど…でも、どうしたってぼくはきみにはなれないし、きみもぼくにはなれないから、本当に苦しんでるかどうかとか、そういうことはどうしたってわかりようがないよね」

「あんたって、いちいち正論でムカついてくるよ」

「ところでさ、飛び降りようとしてたことで質問なんだけれど、それってようは、自分で自分の肉体を殺そうとしてるってことだよね?」

「あたりまえでしょ!」

「自殺ってこと?」

「だからそう言ってるでしょ!」

「それならわかるよ。 確かにこの高さから飛び降りたなら、きみのその肉体は必ずや破壊されるだろうね。でもさ、肉体を殺したところで、そのあとどうなるのかなんてはっきりとわからないのに、なんでそうやたら自殺っていうひとつの選択肢にこだわるんだろう。 自殺そのものは一歩たりとも君に近づいていないのに、やいのやいの言いながら、君がわざわざ自分から近づいていってるように見えるんだけれど」

「あんた、テレビとか新聞とかネットニュースとか見ないわけ?苦しくて、明日が見えなくて、どうしようもなくなった人たちは、結局ほとんどが、自殺を最終手段にすることになる。日本人だけで年間3万人が自殺してるし、そんなに珍しいことじゃない」

「ちょっと訊きたいんだけれど、テレビとか新聞とかネットニュースとかと、きみとの関係って、なに? どうしてテレビとか新聞とかネットニュースとかで見たら、きみもそうしなきゃいけないんだろう?」

「あんたバカ?テレビとか新聞とかネットニュースとかは現代人にとっての生活必需品でしょう?ネットはここ十年くらいで普及したらしいけど、テレビとか新聞とかはあたしらが生まれてきた時点で、どこにでも当たり前にあったものじゃない。 今やテレビとか新聞とかネットニュースとかが社会の常識を生み出して、国の代表を選出して、善悪の基準に最新のトレンドまで、国や世界を動かしてるって言っても過言じゃないし、ほとんどの人がテレビとか新聞とかネットニュースとかを頼りにして生活してる。 あたしたちはテレビとか新聞とかネットニュースとかがなきゃ、この世界で起きてることなんて何もわからない。あんた、そんなことも知らないの?」

「いろいろ訊きたいことはあるんだけれど、とりあえず、テレビやネットが生み出してるっていう、その『社会の常識』ってなんだろう。なんできみはそんなに義理堅く、社会の常識を信じているの? 社会の常識は、血のつながった親子か何かなの? 今までに社会の常識が、きみに粗品のひとつでも贈ってくれたかい?」

「え…粗品?」

「テレビとか新聞とかネットニュースとかときみとの間に、どんな信頼関係があるのか知らないけれど、きみの話を聞いていると、きみがそうやってテレビとか新聞とかネットニュースとかを信頼していく過程の中で、いつしかきみが自分で物事を考えてるんじゃなく、テレビとか新聞とかネットニュースとかで流れる情報が、きみの思考そのものにすり替わっていったっていう、そんなふうに聞こえてしょうがないんだ。 きみはきみが抱える苦しみに耐えきれずに自らの肉体を殺そうとしているんじゃなく、『社会に押し売りされた常識』に殺されようとしているんじゃないかな。 きみだけじゃないよ、常識は自分の外にあるものだと考えるすべての人が、押し売りされた常識を、常識として生きてるんだ」

「そんなこと言ったってあたしにはもう明日が何も見えないし、生きることになんの希望も見い出せない!」

誰にとっても明日は見えないよ。 明日どころか、一秒先も何が起こるかなんて、誰にもわからないんだ。 生きることに希望を見い出せないって言うけれど、その『生きること』がなんなのかがそもそもわからないのに、わかっていないことに希望が見い出せないだなんて言ってるとしたら、そんなおかしな話もないよ

「あんた、自分の親に生きる価値もないだなんて、言われたことある?…あたしには生きる価値すらないんだよ!」

「それはウソだね」

「…あんたなに言ってんの?」

真の意味で自らに価値がないと理解している人間は、自らに価値がないことに苦しんだりできるはずがないんだ」

ふと、どみどりくんの眼孔を、まばゆいものがつらぬきました。

「…ああああ!ねえねえ!出た!ほらほら!スーパームーン!ほらあそこ!出てるってば!すっげえや!確かにいつもの月よりスーパー!」

「ふざけるな! あたしがこれまでどんなに苦しかったか、どみどりふぜいにわかってたまるか! あたしに価値なんてないことは、このあたしが一番わかってるんだ!」

「好きにしなよ。飛び降りるにしろ、飛び降りないにしろ、どっちにしろきみがするわけじゃないもの」


《スーパームーン編 後編につづく》









今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
「ふしぎ発見!」は変わらず
きみの奥深くによりそっているよ

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「MOON feat G.RINA / ZEN-LA-ROCK(ゼン・ラ・ロック)」
Produced by Yasterize
melody G.RINA

満ちては欠けてゆく天体
闇夜を照らしてよ女神
この地球の皆も同じ月を見る 夢を見る






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「雑草」だけしかない世界だよ

雑草が 
に向かって
梯子(はしご)をかけ
つらぬいてやるぞと
めいっぱいに
その手を突きのばしているよ

が 
雑草に向かって
梯子を降ろし
この手につかまれよと
めいっぱいに
その手を突きのばしているよ

それこそが
この世界

けれども
雑草のその手が
に届くことは
ないんだ

けれども
雑草を
雑草たらしめる
は 
最初の最初から
に届いているよ


とが
命の息吹
こすり合わせているよ

必要とされる
こともなく
食べてもらわれる
こともなく
愛慕や 羨望を
浴びることもなく
引き抜かれ
ゴミ袋に詰め込まれ
燃やされるだけだとしても
雑草は平気

雑草は 
己が
何者でもないことを
本当は
知っているんだ

何者でもない者からは
何も奪うことができないよ

何者でもない者が
所有しうる何かなんて
どこにも何も
あるはずもないから

何も持たない者に
奪われうる何かなんて
どこにも何も
あるはずもないから

きみの
奥深く
は 

届いてる

きみの
奥深く
は 

届いてる








今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
「ふしぎ発見!」は変わらず
きみの奥深くによりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見!」へといざなう楽曲を紹介するね

「LOVE LOVE SHOW / THE YELLOW MONKEY(ザ・イエロー・モンキー)」
作詞作曲 吉井和哉

「愛には形がないよ」とか言うけど
触れられなければ 淋しいもんだよね
散らない花はないけれども 花は咲き続けるだろう
それじゃさよならお元気で






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絵の具の数が多いからこそ豊かな世界だよ

あおいろ
爽快で
あかいろ
鬱屈だとするならば
きみは
あかいろ
この世界から
排除できると思うだろうか

きいろ
絶頂で
おうどいろ
どん底だとするならば
きみは
おうどいろ
この世界から
排除できると思うだろうか

ももいろ
いつくしみで
むらさきいろ
にくしみだとするならば
きみは
むらさきいろ
この世界から
排除できると思うだろうか

モノクロ映画が
その存在価値を認められているのは
この世界がカラーであればこそ
だからこそ
たった2色だけの映画は
豊かになりえるよ

シンプルなデザインが
際立ってインパクトがあるのは
デザイナーの力量はもちろんだけれど
この世界が複雑であればこそ
だからこそ
シンプルなデザインは
豊かになりえるよ

山の頂上で頬張る
ただの塩むすびに
豊かさを見るのは
そこまでの道のりが困難であればこそ
だからこそ
ただの塩むすびは
豊かになりえるよ

かなしみ
くるしみ
いかり
ネガティブ

これらのものだって
絵の具の一色さ

まずはじめに
この世界には
無限にもおよぶ選択肢があり
無限にもおよぶ絵の具が転がっている
という
その豊かさの前提があってこそ
ぼくらは
自らを
自分らしく
キャンバス(世界)に描くことができる
んだ











今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
「ふしぎ発見!」は変わらず
きみの奥深くによりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見!」へといざなう楽曲を紹介するね

「夢 / THE BLUE HEARTS(ザ・ブルー・ハーツ)」
作詞 真島昌利

限られた時間のなかで
借りものの時間のなかで
本物の夢を見るんだ
本物の夢を見るんだ






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映画「マッドマックス 怒りのデスロード」が教えてくれたふしぎ発見!だよ パート3

今日は映画に見るふしぎ発見!
ジョージ・ミラー監督作
「マッドマックス 怒りのデスロード」

※2回の記事では飽き足らず、パート3をやっちゃうよ!※

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この映画をとおして開眼する
ふしぎ発見!については
2回の記事で
完結した(つもり)だったんだけれども
パート3を銘打った今回も
「マッドマックス 怒りのデスロード」をとおした
映画の枠を超えた現象から
学ぶべきふしぎ発見を
ここに書き記さずには
いられなかったからなんだ

みんなにも
「この音楽を聴いて
ノれない人の気が知れない!」

だとか
「この人の感性を
理解できない人の気が知れない!」

というような
敬愛するものの中でも
特別に思い入れ深い何かが
ひとつくらいは
あったりするんじゃないのかな

いまのぼくにとって この
「マッドマックス 怒りのデスロード」
まさにそういうものの中の
数少ないひとつと言えるんだけれども

映画ファンや関係者のあいだでは
映画史が終焉を迎えることがない限り
永遠に作品の名が
残りつづけるだろうというレベルで
評価の高い作品であることは
耳にしていたから

普段はまったく
熱心に見ることがない
☆5段階評価のレビューサイト
あえて評価を悪くつけている人の
マッドマックス評をだけを
ピックアップして
目を通してみようと思いついたんだ

☆5つ4つは
予想どおりダントツで多く
☆3つくらいの人までで
ほとんどが占めているのだろうと
高をくくって予測していると──

覗いてびっくり
☆1つの人も
おもいのほかたくさんいて
吐き出される酷評の言葉も
惨憺たるものだったんだ

久しぶりに映画館で寝た
中身がまるでない
マッドマックス旧シリーズが台無し
金返せ
陳腐なシナリオ
人に勧めてはいけない映画
やっぱメルギブソンじゃなきや無理

あげく
高評価をつけてるやつはサクラだ!
とまで言われてしまう有り様

カルチャーショックを通り越して
むしろその
自分の中には
どう足掻いても生まれえない
理解を超えた感性に対し
「なんてこったい!
これほどのものを真正面から
完全否定できちゃう
そんな未知なる感性が
この世には存在するのか!」

という未知との遭遇に
吃驚するのと同時に
劇中
支配者イモータン・ジョーの配下
ニコラス・ホルト演じる
戦士ニュークス
砂嵐の中を爆走しながら
「What a Lovely Day!
(なんてラブリーな日なんだ!)」

と叫び出さずにはいられなかった
あのカタルシスが
ぼくをつらぬいたんだ



まったくの
同じものを見ているはずの
ぼくたち人間それぞれが
いかに多様な主観フィルターを持っていて
いかにちがうものを見ているか

まったくの
同じものを見ているはずの
ぼくたち人間が
いかに「好き」「嫌い」という
不可視な磁力に
人生という名の
デスロードの道筋
左右されているのか


その壮大なる力に
畏怖するのと同時に
いままさに
見えない力に
導かれていることの
確かな感触

深い安息を覚えるんだ

だってね
仮にすべての人が
「マッドマックス 怒りのデスロード」に
☆5つの評価をつけたとしたら
そのあとにつづく
映画人たちが
映画を作る意味は
うしなわれてしまうよ

仮にすべての人が
開拓すべき道を
開拓し尽くしたならば
そのすべての人は
その先もこの世界を生きる意味が
うしなわれてしまうよ

仮にすべての人が
純度100%の
「究極の真理」を
開眼したならば
その先もこの世界が存続する意味が
うしなわれてしまうよ

わかりあえないからこそ
わかりあえるための
糸口を見つけるために
工夫する余地が生まれるんだ

わかりあえないからこそ
わかりあえない人々と
どう接していくべきなのかという
糸口を見つけるための
工夫する余地が生まれるんだ

どうしたって
わかりあえない
他者がいるということ

一見するとこれは
絶望的なまでに
救いようのないことなんだけれども
裏を返せば
それこそが「救い」でもあることを
ぼくは否定できないんだ










今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
「ふしぎ発見!」は変わらず
きみのこころの奥深くによりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見!」へといざなう楽曲を紹介するね

「Out Of Control / MAN WITH A MISSION×Zebrahead」
作詞 MAN WITH A MISSION×Zebrahead

Ready for the game we're all going crazy
Come on just try to amaze me
No doubt we're out of control
But it feels right now free from the soul
ゲームの準備はできている もう爆発寸前だ
もっと来いよ 俺を驚かせてくれ
制御不能なのは見ての通りだ
だけど至極真っ当で自由な気分なんだ



ミュージックビデオ冒頭に、マックスがトカゲを踏みつけるシーンがあるけれど、マックスは気まぐれに殺傷を行ったわけではなく、映画ではちゃんとそのトカゲを食すシーン(3秒ほどの)があって。
もし仮にトカゲを踏んだだけで終わっていたなら、ただそれだけのことでこの映画の評価がぐんと目減りしていただろうなっていう、映画がいかに繊細で、絶妙なバランスで成り立っているものなのかという、補足的ふしぎ発見でした!




この土壌(ブログ)に植えられた種(言葉)は、訪れたその人が読むことによってのみ、開花します。
ふたつと同じ花が咲くことはなく、訪れたその人だけの、その人に出逢う運命を担っていた花です。
この土壌に意義を見い出した方は、ご支援のワンクリックをいただけましたら幸いです。
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「どみどりくん」あるいは「じゃっく」へのメッセージ

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やあやあ、よく来てくれたね。

じゃっく&どみどりくん

Author:じゃっく&どみどりくん
オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』の、姉妹ブログ『どみどりくんの、世界ふしぎ発見』に遊びに来てくださりありがとうございます。管理人のじゃっくと申します。

『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』が「表通り」を行くブログなら、こちらのブログは「裏通り」を行くブログです。
両方合わせてようやく私のメッセージの完成形となりますが、選り好みして「表通り」だけ見てもらってもまったく問題ありません。
来るべきときが訪れたなら、おのずと「裏通り」も歩かされている自分を発見されますから(ニヤリ)

で、この「裏通りブログ」が何故に必要なのかと申しますと、早い話が「表通り」だけでは解決できない、処理しきれない問題(絶体絶命のピンチ)に、人は前触れもなく遭遇するからです。
誰しものそのときのためにこそ、私「じゃっく」が、フシギニストである「どみどりくん」に扮し(チャネリング?)ながら、この「裏通りブログ」は存在し続けます。


「世界ふしぎ発見」とは言っても、某テレビ番組が世界における「目に見えるふしぎ」を発見して紹介するのとは趣がちがい、このブログでは世界における「目には見えないふしぎ」の発見を書き記することを趣旨としています。

ですが、「目には見えない」とは言っても、「UFO」「超能力」「幽霊」といった類のものとは趣が違いますし、「スピリチュアル」ともまたちょっと違うのかもしれません。
「哲学」「宗教」とも言い切れませんし、「自己啓発」「人生哲学」ともまた少し違うかもしれません。

しいて言うなら、みなさんが今まで生きてきた中で、学校教育や家庭教育やマスメディアによって抗いようもなく培われ、育くまれた「常識」「当たり前」「思い込み」「偏見」「先入観」などをとっぱらった先にある「あるがままの世界」あるいは「究極の羅針盤」の発見ってところでしょうか。


たとえばですが、

『きみが何を考え、何に思い悩み、何を行為しようとも、きみ自身は実は何もしていないのさ』

いきなりこんなことを断言されたとしたら、どう思うでしょうか。
「うん、そうだと思ってた!」という方は、おそらくは皆無に近いかと思われます。
おそらくは「あ…ちょっとこの人、ヤバイ宗教とか入ってる感じの人なんだろうな。かかわらないようにしよう…」
おおかたそんなところではないでしょうか。

ですが、私は特定の宗教を信仰していませんし、歴史上の人物や現存するいかなる人物も、敬いはしても崇拝するような対象にはなりません。この先もずっと。




そもそもはこの「裏通りブログ」から私のブログ人生が始まり、私を通路として見い出されるふしぎ発見を、誰かと分かち合い、この「リアル人生ゲーム」に活かしたいがために、2つ目のブログ『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』を作るにまで発展してきました。

「分かち合い」ほどの、いち人生を賭けるに値する究極の財宝、自他一挙両得のベストバイブスは、他に見当たりませんもの。
自分がまずうれしいし、同時に誰かもうれしいだなんて、はっきり言って
最高!

じゃないですか。







「ふしぎ発見!」の終わりに、みなさまを発見へといざなう楽曲も紹介しています。よろしければあわせて楽しんでください。
※和訳した歌詞は、英語力のない私がグーグル翻訳を参考に、個人的解釈で訳したものなので、ちょっとおかしいよっていう訳もあるかと思いますが、大目に見ていただけましたら幸いです。

カテゴリの中の「スーパーふしぎ発見」には、ブログの核となる発見かな、と思われるものを並べています。まあ、だからどうってわけでもありません。

カテゴリの中の「映画」がいざなうふしぎ発見については、ネタバレしているものがほとんどなので、どうか「この映画これから見ようとしてたのに(泣)」なんてことにならないようお気を付けください。

一度投稿した「ふしぎ発見!」も、一年くらい間隔をあけて読み返すと「うーん…なんでこんなふうに書いたんだろう」「この表現は不適切だなあ」「今ならこんな言葉は使わないなあ」といったことがよくあります。
私はまったくいとわず何度でも記事を修正します。
修正することによって、伝えるべきメッセージが進化しつづけていることを私自身実感できますし、過去記事と現在の記事とで違いすぎるがために読者を混乱におとしいれてしまうような事態も軽減されます。
投稿日に対してコメントの日付が古い記事は、「あ、修正した記事なんだな」と思ってください。




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業者の方や宣伝目的の方じゃなければ、出来うる限りフォロー返ししています。