数学者「岡潔」が教えてくれたふしぎ発見だよ! パート4

「死なばもろとも」
と言い合っていた同胞が
戦争終結と同時に
食糧を奪い合うのを見て
その人生観
情熱を傾ける矛先
大きく変えていくことになる
後年の岡潔
数学の世界を飛び出し
「1」の意味を求めて
宗教に帰依
アメリカの3S政策
3S =  SCREEN(映画)
      SPORTS(スポーツ)
      SEX(セックス)
(大衆の関心を
政治に向けさせないための
愚民化政策)

その政策にまんまと
大多数の国民が侵食されてゆき
退廃してゆく日本国を憂い
本質(情緒)から遠退いてゆく
功利的な教育現場を憂い
迫りくる危機に対して
警鐘することに急き立てられ──

それまで以上に
精力的に論文を書き
様々な栄誉ある賞を受賞し
随想「春宵十話(しゅんしょうじゅうわ)」をきっかけに
一躍時の人となり
様々な依頼が殺到し
多忙を極める執筆活動に
大学講師や宗教活動
講演活動やセミナー活動
著名人との対談など
多忙を極める
日々を送るようになり
胃の5分の4をも切除する
胃潰瘍を患い
血を吐きながらも
再び超絶的忙殺の日々へと
舞い戻り──

日本の未来を
真剣に考える
そんな若者を育て上げる組織
葦牙会(あしかびかい)
構想したりしながら
最終的には
真理の書
「春雨の曲」を記すこと
そのことに
残されたすべての時間を
費やすことになるんだ

書き上げては
反故にし
書き上げては
反故にし──
何度もそれを
くりかえし

岡潔
唯識的真理世界
15識の世界までをも
見い出すことになったものの
「春雨の曲」
とうとう完成することなく──
1978年3月1日未明
岡潔
老衰によって
死去したよ


こんなブログを
書くことにならなければ
生涯出逢うことなどなかっただろう
岡潔 という
数学者について
4回にわたって
ぼくの数少ない知識や
手持ちの関連書籍を
参考にしながら
書き記したわけなんだけれども

岡さん
もし2015年の
現代を生きていて
コンピューターというツールに
接することがあったなら
数字の「0」「1」だけによって
機能する
眼前の精密機械を前に
この世界が
「0」「1」だけによって
成り立っていること

そのことの象徴を
コンピューターシステムの原理
見たのかもしれないね


「0と1でコンピュータが動くってどういうこと?」
という方は
この↓サイトが参考になるかもしれません
コンピュータが使う言葉「2進数」ってなあに?



なんせ
森羅万象
すべてのもの

ぜんぶまとめてようやく
ひとつ(「1」)であり
その森羅万象を
映し出している
プロジェクターの役割となるものが
「0」
にあるから

何よりぼくの
奥深くに届いた
このブログにふさわしい言葉を
「春宵十話」から
ふたつ引いてきて
岡潔が教えてくれたふしぎ発見!
終わりにしようと思うよ


「宗教の世界には自他の対立はなく、安息が得られる。
しかしまた自他対立のない世界は向上もなく理想もない。
人は何故向上しなければならないのか、と開き直って問われると、
いまの私には「いったん向上の道にいそしむ味を覚えれば、
それなしには何としても物足りないから」としか答えられないが、
向上なく理想もない世界には住めない。
だから私は純理性の世界だけでも、また宗教的世界だけでもやっていけず、
両方をかねそなえた世界で生存し続けるのであろう。」


「よく人から数学をやって何になるのかと聞かれるが、
私は春の野に咲くスミレはただスミレらしく咲いているだけでいいと思っている。
咲くことがどんなによいことであろうとなかろうと、
それはスミレのあずかり知らないことだ。
咲いているのといないのではおのずから違うというだけのことである。
私についていえば、ただ数学を学ぶ喜びを食べて生きているというだけである。
そしてその喜びは「発見の喜び」にほかならない。」











今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
「ふしぎ発見!」は変わらず
きみの奥深くによりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見!」へといざなう楽曲を紹介するね

「ダイナマイトに火をつけろ / BO GOMBOS(ボ・ガンボス)」
作詞 BO GOMBOS

誰も彼も占い師
宗教時代だ大ボラ吹いて
でかい地震でみんな海の底へ
守るルールは何もねえ
死んでしまえば全部おしまい
価値ある人生好き勝手にやるのさ






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数学者「岡潔」が教えてくれたふしぎ発見だよ! パート3

「数学のもとになるのは頭ではない。
情緒だ。
数学は印象でやるもので、
記憶はかえって邪魔になる。
忘れるものはドンドン忘れて行く。
これが極意です」




「私は大小関係があることまでは
すぐにわかるのだが、その下の、
ではどちらが大きいのかというところからは
さっぱりわからない。
方角も同様で、
方角があるというところまではすぐわかるのに、
どちらが西で、どちらが東かはさっぱりわからず、
街を歩いていても、一度店へ入って出ると、
すましてもと来たほうへ戻っている」




世界中の数学者が
果敢にいどみながらも
誰も解けなかった
多変数函数論(???)についての
三つの問題を
解いてみせた
そんな人物の発言が
このとおりさ

外国人の研究者が
このニュースに接したとき
「岡潔」という名を
日本の数学者集団
そのネーミングだと思ったらしいんだ
フランスに「ブルバキ」という
第一線の数学者集団がいて
そんな集団が日本にもいたのか!
なんて思ってたら
一人の初老の老人だったってことで
大騒ぎだったんだって

そんな人物がまた
宇宙の究極的な
最奥部(第10識)
には
「真情」があると
そう発言するんだ

数と論理の探求
その最果てに
真情(情緒)を見て
宇宙が「情」を実体として
成り立っていることを
発見した
岡潔

「数」 という
一見すると無機質な
あまりにあたりまえに
ありつづけてきたもの
で あるがゆえに
それに意味だったり
メッセージだったりが
込められているという
想像力
そもそも働かないもの

ところがその
数の究極点を見た者が
垣間見たそこには
「情」があった という
「数=情」だった という
この大発見

この「情」こそが
あらゆる伝道者たちが
この大宇宙すべてに
遍満するものがあることを
説きつづけた
「神」だとか
「仏」だとか
「命」だとか
「無」だとか
「空」だとか
「道」だとか
「物自体」だとか
「0(ゼロ)」だとか
「非二元」だとか
「これ」だとか
「それ」だとか
呼ばれてきたものに
他ならなくて

はっきり言って
呼び方なんて
なんだっていいんだ
「情」だって
たくさんの言葉や
たくさんの呼び方の中の
ひとつにすぎないんだもの

もっと言えば
岡潔が感受した「情」
ぼくが感受した「情」とが
パーフェクトに同じもの
ということも
ありえなくて

だからね
その日の気分や
その日の天気で
洋服をコーディネートするみたいに
自分がそのとき
呼びたい呼び方を
コーディネートすればいいまでのことさ

もし仮にきみが
「それは◯◯じゃなく◯◯だ
きみは間違ってる
私は肉体を超えたのだ」

なんていう人に出くわしたら(いないと思うけど)
放っておくか
もしくは
こう言えばいい

「あなたの肉体が
そうして脈を
打ち続けている限りは
個人の主観の域を
超えられていないわけですが
純度100%のそれ
認識したと証明することも
純度100%のそれ
言葉にして言い表すことも
未来永劫にできない以上
正しいとか
間違ってるとか
あるんでしょうかね?」

ってね

そして
今日のこの
ぼくの気分で
岡潔の伝えたかった「情」
それをぼく個人としての
「情」として
別な一文字で
言いあらわすならば
たぶんそれは
「愛」なんだ


「数学者「岡潔」が教えてくれたふしぎ発見だよ!パート4」につづく










今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
「ふしぎ発見!」は変わらず
きみの奥深くによりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見!」へといざなう楽曲を紹介するね

「お嫁においで 2015 / 加山雄三 feat. PUNPEE」

例えば著名で有名な哲学者達も名言をたくさん残したけど
これに関してはあまり良い言葉を不思議と残していないな

多分あいつらも自分の趣味に恋いこがれちまったんだろう 結局
偉いヤツもここじゃおこちゃま ナポレオンとレッドぶるウォッカで乾杯
(泣) 






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数学者「岡潔」が教えてくれたふしぎ発見だよ! パート2

あらゆる
自然数の「1」から
派生し
「1」以上の数によって
相対化された
この現象世界

世界的天才と称される
大数学者
岡潔
どんなに高度で
どんなに複雑な難問であろうとも
その
自然数の「1」から
スタートし
論理的にたどっていけば
「数学としての答え」へと
帰結することができることを
おそらくは
当時の誰よりも
通暁していたんだと
思うんだけれども

ところがその
自然数の「1」とは何か?
その質問に
数学は答えることができない
という壁に突き当たり
数学の限界を前に
愕然とすると
その答えを導き出せるものとして
「仏教」を見い出すことになるんだ

4世紀のインドに
仏教から派生した
瑜伽行唯識(ゆがぎょうゆいしき)学派
この大宇宙が
8段階の認識によって
成り立っているとする
学派のひとつで

眼識(げんしき) 世界を見る能力
耳識(にしき) 音を聞く能力
鼻識(びしき)  匂いを嗅ぎ取る能力
舌識(ぜっしき) 味を感じ取る能力
身識(しんしき) 触覚、痛覚、温度を感じ取る能力
意識(いしき) 感情、 思考する能力

の6識と
無意識領域の
表層部分
7識の末那識
無意識領域の
深層部分
8識の阿頼耶識

ユングが提唱した
集合的無意識
この辺のことを言ってたのかもしれないね)

時は流れて
日本仏教
天台宗においては
「いやちがう
阿摩羅識(あまらしき)
9識まである」

と話はふくらんで

真言宗においては
「いやそんなものじゃない
乾栗陀耶識(けんりつだやしき)
10識まである」

と話は更にふくらんで

そのうち
11識12識
言い出す者が現れるのも
そう遠くないのかもしれないと
ぼくなんかは
思うんだけれども

個人的解釈
個人的主観

ほぼ 邪魔されることなく
「眼に見えて確認できるもの」という
普遍性を帯びた
数学とは違って
宗教のような
「眼に見えて確認できないもの」となると
どこまでもどこまでも
個人的解釈
個人的主観

尽きることなく
普遍性を妨害し
普遍性を覆い隠してしまうよ

主観フィルターによる
狭窄作用に毒されていったのは
岡潔も例外ではなくて

浄土宗の僧侶であり
光明主義と呼ばれる
社会運動を起こした
山崎弁栄(やまざきべんねい)に
帰依すると
独自の10段階の認識
それを見い出しはじめるよ

1~7識を
「時空の箱(この現象世界のこと)」とし
8識を
肉体ではない
さりとて宇宙の中心でもない
「生成発展を記録する部分」
「魂の世界」
と位置づけ
9識を
「高等宗教の神」
「仏の世界」
「宇宙の中心」

そんなふうに
発言し始めるんだ

岡潔が発見した
自然数の「1」の正体とは
この1~9識
そのことだったのかもしれないね

けれどもぼくは
岡潔が語った
「数学は情緒である」
その「情緒」の真意にしか
興味が持てずにいて

なぜならば
あらゆる認識の問題
「個の認識」であるがゆえに
11識だろうと12識だろうと
個人の主観的解釈の枠
抜けきれないものであるから
主観的認識を超えた
その先にあるもの──


「0」の世界
あるいは
「0識」の世界
あるいは
「0(情緒)」の世界

数の究極点から体感しえた
その部分の話をこそ
聞いてみたかったんだ

そして案の定
それは岡潔が認識した最奥部
10識の世界に見い出されていて──

けれどもそれもまた
個としての主観からは
逃れられないものであることを
ぼくは
再認識することになるんだ

でもだからといって
そのことは
絶望なんかじゃなくて──


「数学者「岡潔」が教えてくれたふしぎ発見だよ!パート3」につづく










今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
「ふしぎ発見!」は変わらず
きみの奥深くによりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見!」へといざなう楽曲を紹介するね

「神様 仏様 / 椎名林檎」
作詞 椎名林檎、向井秀徳

南無阿弥陀仏!神様、仏様、
色めき立つた奴等面白可笑しく空騒ぎ
ところが此方人等一等恐いのは自らよ
ささくれ立つてはついいけない胸騒ぎ






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数学者「岡潔」が教えてくれたふしぎ発見だよ!

この現象世界において
目に見えて確認できる
あらゆる現象のなかで
もっとも確実でありながら
もっとも普遍的なものとして
確固として
誰しもに在りつづけるもの
「数」

この「数」の神秘に魅せられた
世界的天才と称される
大数学者
岡潔

学校の成績順は
どの教科においても
下から数えれば
秒殺で発見できるほどに
なんともはや心もとないぼくが
数学のなんたるかなんて
わかるはずもなく

けれどもあるとき
岡潔
こう発言をしたという
一文を目にしたとき

「ぼくは
計算も論理もない
数学をしてみたいと思っている」


「あ
これはただごとじゃない
ただごとじゃないぞ」

そう思ったし
胸の辺りが
ざわつくのを
しばらく抑えることが
できなかったんだ

だってね
数学に魅せられた
世界的な大数学者であり
数学職人であり
本物の数学バカ(岡さんごめんなさい)とされる人

「本当の数学とは
学校で習う
計算や公式
知識や論理などで
測れるものなんかじゃない」
って
そう言っているんだもの
どう考えたって
ただごとなんかじゃない

これはもっと言えば
「本当に大事なことは
学校で習う
計算や公式
知識や論理などで
測れるものなんかじゃない」

そう言ってるに
等しくて──

挙げ句
こう発言しているというのを
目にしたとき

「数学は情緒である」

お──

興奮を通り越し
確信をも通り越して
想念の雲海が
真っ二つにひらけ
真なるものと
自らが
ハナから一体であることを
改めて味わった

そんな自分が
そこにはいて

ほんの少しだけ
口角を浮かせたぼくは

「だろうな」

そうつぶやかずには
いられなかったんだ



「数学者「岡潔」が教えてくれたふしぎ発見だよ!パート2」につづく










今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
「ふしぎ発見!」は変わらず
きみの奥深くによりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見!」へといざなう楽曲を紹介するね

「夢の中 / BO GOMBOS(ボ・ガンボス)」
作詞 BO GOMBOS

流されて流されて どこへ行くやら
くりかえすくりかえす いいことも やなことも
淋しいよって泣いてても
何ももとへはもうもどらない
欲しいものはいつでも遠い雲の上






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映画「ラッシュ プライドと友情」が教えてくれたふしぎ発見!だよ

今日は映画に見るふしぎ発見!
ロン・ハワード監督作
「ラッシュ プライドと友情」

※ネタバレありだよ※

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実話に基づく
この映画の中身は
毎年
25人の中の
2人の確率で
死者を輩出したとされる
安全性とは無縁な
1970年代当時の
F1レースが舞台

そんな時代に
2人のカリスマが
存在したんだ

一人は
動物的直観
先天的能力のみを
よりどころとする
スーパープレイボーイ
豪胆放逸かつ
自由闊達な男
クリス・ヘムズワース演じる
ジェームズ・ハント

もう一人は
論理的思考と
勤勉さをよりどころにする
走るコンピューター
注意深く
そして執念深い男
ダニエル・ブリュール演じる
ニキ・ラウダ

ライバルとして
互いの存在を
認めざるをえなくなるのは
時間の問題で──

次第に2人は
散らす火花の熱量を
日増しに増していくんだ

1976年
お互いの
プライドを懸けた
意地の張り合いは
ついには
生死をさまよう
大事故を招き
ニキ・ラウダ
全身に
大やけどを負い
シーズンを
離脱せざるをえない
そんな状況にまで
追い込まれてしまうよ

シーズン成績を
1位で独走していた
ニキ・ラウダ
闘病する中
ジェームズ・ハント
ニキ・ラウダとの差を
どんどんと詰めて行くんだ

そんな
ジェームズ・ハントの様子を
闘病しながら
テレビで見ていた
ニキ・ラウダ
闘争心を燃え上がらせ
意地とプライド
それのみで
驚異的な回復を遂げ
わずか42日後
レースに復帰

1976年シーズン
最終戦
奇しくも
日本初の
F1レース開催となった
富士スピードウェイ
において
その決着は
もたらされたよ


シーズン終了後の
ある日
偶然に再開した2人が
取るに足りない
ささやかな会話を交わすんだ

そして別れ際
ニキ・ラウダ
42日の闘病生活の中で
医師にこんな忠告を受けたことを
ジェームズ・ハントに語るよ

「宿敵の存在を呪わず
神の恵みだと思え
賢者は敵から多くを学ぶ」


ニキ・ラウダ
事実 
その通りだったことを
振り返る──

けれどもね
宿敵を
呪うも 
呪わぬも
当人の力では
どうにもならないこと
なんだ

神の恵みだと
思うも 
思わぬも
当人の力では
どうにもならないこと
なんだ

敵から多くを
学ぶか 
学ばぬかも
当人の力では
どうにもならないこと
なんだ

なぜならば
ドミノ倒しが
ならべられた道筋とは 
別な道筋を
通過することが
絶対にできないように
すべての存在は
おのおのの
その一本の道筋を
たどりあゆむ
その足を
止めることはできないし
引き返すことも
することはできないから


同時に
あらがえないことに
あらがおうと
あがくことを
やめること
それもできない
ときた

なんせ
たとえそれが
実際の行為に
ともなっていなくとも
常に
現状よりも
よくあろうと
せざるをえないこと

全人間に課せられた
宿命的本能
だから

どうやらその
宿命的本能こそが
人生に
順境と逆境をもたらし
人生を
豊かに彩る
マスト(必須)アイテムである
ことは
間違いなさそうだよ









今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
「ふしぎ発見!」は変わらず
きみの奥深くによりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見!」へといざなう楽曲を紹介するね

「WORLD GROOVE / trf(ティーアールエフ)」
作詞 小室哲哉

すべて身を任せ 
ついて行こうよ
輝く奇跡がWORLD GROOVE






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「どみどりくん」あるいは「じゃっく」へのメッセージ

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やあやあ、よく来てくれたね。

じゃっく&どみどりくん

Author:じゃっく&どみどりくん
オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』の、姉妹ブログ『どみどりくんの、世界ふしぎ発見』に遊びに来てくださりありがとうございます。管理人のじゃっくと申します。

『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』が「表通り」を行くブログなら、こちらのブログは「裏通り」を行くブログです。
両方合わせてようやく私のメッセージの完成形となりますが、選り好みして「表通り」だけ見てもらってもまったく問題ありません。
来るべきときが訪れたなら、おのずと「裏通り」も歩かされている自分を発見されますから(ニヤリ)

で、この「裏通りブログ」が何故に必要なのかと申しますと、早い話が「表通り」だけでは解決できない、処理しきれない問題(絶体絶命のピンチ)に、人は前触れもなく遭遇するからです。
誰しものそのときのためにこそ、私「じゃっく」が、フシギニストである「どみどりくん」に扮し(チャネリング?)ながら、この「裏通りブログ」は存在し続けます。


「世界ふしぎ発見」とは言っても、某テレビ番組が世界における「目に見えるふしぎ」を発見して紹介するのとは趣がちがい、このブログでは世界における「目には見えないふしぎ」の発見を書き記することを趣旨としています。

ですが、「目には見えない」とは言っても、「UFO」「超能力」「幽霊」といった類のものとは趣が違いますし、「スピリチュアル」ともまたちょっと違うのかもしれません。
「哲学」「宗教」とも言い切れませんし、「自己啓発」「人生哲学」ともまた少し違うかもしれません。

しいて言うなら、みなさんが今まで生きてきた中で、学校教育や家庭教育やマスメディアによって抗いようもなく培われ、育くまれた「常識」「当たり前」「思い込み」「偏見」「先入観」などをとっぱらった先にある「あるがままの世界」あるいは「究極の羅針盤」の発見ってところでしょうか。


たとえばですが、

『きみが何を考え、何に思い悩み、何を行為しようとも、きみ自身は実は何もしていないのさ』

いきなりこんなことを断言されたとしたら、どう思うでしょうか。
「うん、そうだと思ってた!」という方は、おそらくは皆無に近いかと思われます。
おそらくは「あ…ちょっとこの人、ヤバイ宗教とか入ってる感じの人なんだろうな。かかわらないようにしよう…」
おおかたそんなところではないでしょうか。

ですが、私は特定の宗教を信仰していませんし、歴史上の人物や現存するいかなる人物も、敬いはしても崇拝するような対象にはなりません。この先もずっと。




そもそもはこの「裏通りブログ」から私のブログ人生が始まり、私を通路として見い出されるふしぎ発見を、誰かと分かち合い、この「リアル人生ゲーム」に活かしたいがために、2つ目のブログ『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』を作るにまで発展してきました。

「分かち合い」ほどの、いち人生を賭けるに値する究極の財宝、自他一挙両得のベストバイブスは、他に見当たりませんもの。
自分がまずうれしいし、同時に誰かもうれしいだなんて、はっきり言って
最高!

じゃないですか。







「ふしぎ発見!」の終わりに、みなさまを発見へといざなう楽曲も紹介しています。よろしければあわせて楽しんでください。
※和訳した歌詞は、英語力のない私がグーグル翻訳を参考に、個人的解釈で訳したものなので、ちょっとおかしいよっていう訳もあるかと思いますが、大目に見ていただけましたら幸いです。

カテゴリの中の「スーパーふしぎ発見」には、ブログの核となる発見かな、と思われるものを並べています。まあ、だからどうってわけでもありません。

カテゴリの中の「映画」がいざなうふしぎ発見については、ネタバレしているものがほとんどなので、どうか「この映画これから見ようとしてたのに(泣)」なんてことにならないようお気を付けください。

一度投稿した「ふしぎ発見!」も、一年くらい間隔をあけて読み返すと「うーん…なんでこんなふうに書いたんだろう」「この表現は不適切だなあ」「今ならこんな言葉は使わないなあ」といったことがよくあります。
私はまったくいとわず何度でも記事を修正します。
修正することによって、伝えるべきメッセージが進化しつづけていることを私自身実感できますし、過去記事と現在の記事とで違いすぎるがために読者を混乱におとしいれてしまうような事態も軽減されます。
投稿日に対してコメントの日付が古い記事は、「あ、修正した記事なんだな」と思ってください。




ツイッターもやってます。
業者の方や宣伝目的の方じゃなければ、出来うる限りフォロー返ししています。