今日が「人生最初の日」であり「人生最後の日」でもある世界だよ

世界
と 
自らの各所に
同時に
起こしつづけるよ
これからも
ずっと
ずっとね

世界
と 
自らの各所に
同時に
起こしつづけるよ
これからも
ずっと
ずっとね

世界
隆起と 沈下
自らの各所に
同時に
起こしつづけるよ
これからも
ずっと
ずっとね

世界
繁栄と 没落
自らの各所に
同時に
起こしつづけるよ
これからも
ずっと
ずっとね

世界
と 
自らの各所に
同時に
起こしつづけるよ
これからも
ずっと
ずっとね

世界
発酵と 腐敗
自らの各所に
同時に
起こしつづけるよ
これからも
ずっと
ずっとね

世界
相対するすべてのもの
自らの各所に
同時に
起こしつづけるよ
これからも
ずっと
ずっとね

つまりは今日が
人生最初の日 
であり
同時に
人生最後の日

今日という日が
最初であろうと
最後であろうと
そこには
ネガティブな要素
微塵もなくて
かといって
ポジティブな要素
微塵もないよ

だからね
そんなことは
どっちだっていい

必要なものは
24時間
いつでも
どこであろうとも
すべて出そろってる

24時間
いつでも
どこであろうとも
相手にとって不足はなし


きみはきみだけの
オリジナルの「今日」という日
味わいつくすのみ
なんだ











今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けていようとも
「ふしぎ発見!」は変わらず
きみの奥深くによりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見!」へといざなう楽曲を紹介するね

「Ligaya / Gouryella(グリエラ)」

This is the first day of my life
For once I'm sure
That this is where I long to be
No need to know
If there is something more than this
No need to go
Cause there is nothing more than this
My future is so clear
Cause everything's right here
Inside of me
Inside of me
今日が人生最初の日
ここが私の待ち望んでいた場所
理解する必要はない
これ以上のものがあるかどうかなんてことを
求める必要もない
これ以上のものなんてどこにもないから
私の未来はそれほどまでにはっきりしている
すべてはここにある
私の深くに
私の深くに






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ふたつと同じ花が咲くことはなく、訪れたその人だけの、その人に出逢う運命を担っていた花です。
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「この世界」においてもっとも困難な究極のこと

1+1を
計算する労力よりも
目の前の花に
水をやる労力よりも
ただよう空気を
吸い込む労力よりも
自らのまぶたを
まばたきさせる労力よりも
簡単なことがあるんだ

それはというと
「神」に触れること

どうして簡単なのかというと
「神」
それ以外のものなんて
この世界において
ひとつも存在しないもんだから
「触れる」以前に
そもそも神から
「分離」するということが
どう足掻いたところで
実現不可能な行為で──


路傍に投げ捨てられた
つぶれた空き缶
割れた石ころ
乾燥した犬のふん
このどれもがなんだ

お笑い番組の
神的つっこみ
きわどいエロネタ
笑えない一発芸
このどれもがなんだ

汚職警官
悪徳弁護士
天下り官僚
このどれもがなんだ

きみがあいつに
つまずいてほしいと願う気持ち
殴ってやりたいと願う気持ち
目の前から消えてほしいと願う気持ち
このどれもがなんだ

きみがあの人に
触れたいと願う気持ち
知りたいと願う気持ち
自分のものにしたいと願う気持ち
このどれもがなんだ

見上げた空も
目下のスマートフォンも
そこから周囲を見渡して
目に見えるすべて
目には見えないすべて
そのどれもが
「神」だし
そのすべてが
「神」でしかない

この世界において
究極的に困難なことは
この世界に在って
「神ではないもの」を
探し出すこと

こればっかりは
いかなる哲学者であろうと
いかなる科学者であろうと
いかなる大聖人であろうと
見つけることはできないよ

もしこのブログの読者で
「どみどりくん
あったぞ!
神ではないものを
私はみつけたぞ!」

という人がいたなら
その功績は
疑いの余地なく
ノーベル賞を1億回受賞するよりも
金メダルを1億個授与されるよりも
大変なことなんだけれども
もし仮に
本当に
ゆるがない確信をともなって
「神ではないもの」と断言できる「それ」
見つけた人がいたなら
ぜひとも報告待ってるよ









今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けていようとも
「ふしぎ発見!」は変わらず
きみの奥深くによりそっているよ

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「やおよろずスタイル / KAKATO (環ROY×鎮座DOPENESS)」

こんにちは
ぼくたちが
神様なんですよ
きみたちも何気なく
神様なんですよ
知らなかったのは当たり前
だってぼくらだって知らなかった
判明したのはついさっき
判明したのはついさっき






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映画「スタンド・バイ・ミー」が教えてくれたふしぎ発見だよ

今日は映画に見るふしぎ発見!
ロブ・ライナー監督作
「スタンド・バイ・ミー」

※ネタバレありだよ※

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ウィル・ウィトン演じる
作家のゴードン・ラチャンス(愛称ゴーディ
『弁護士クリストファー・チェンパーズ刺殺される』という
新聞記事に目にし
12歳の頃のこと
思い返すんだ
刺殺されたクリストファー・チェンパーズとは
その頃のゴーディの親友
リヴァー・フェニックス演じる
クリスのことに
ほかならなかったから

オレゴン州
キャッスルロックの田舎町
12歳のゴーディ
クリス
テディ
バーンの3人と
いつも一緒に遊んでいて

ある日バーン
キーファー・サザーランド演じる
エース・メリル率いる
不良グループの
兄たちの会話を
盗み聞きするんだ

それは
「3日前から
行方不明になっている少年が
30キロ先の森の奥で
列車に跳ねられ
死体のまま野ざらしになっている」

というもの

4人は
親にどやされるのを覚悟で
満足な準備もできていないまま
死体探しの旅に出発
冒険にはつきものの
様々なトラブル
様々な試練
喜び 怒り
哀しさ 楽しさ

4人を待ち受けていて──

回想しながら
思い出を書き綴っていた
作家となったゴーディ
作品の最後の文章を
こう締めくくるんだ

「あの12歳の時のような友達は
もうできない
もう二度と…」


けれども
そう作品を締めくくった
ゴーディの表情は
とても晴れやかで──

なぜならば
「12歳の頃のような友達は
二度とできない」

という真実は
絶望ではなく
希望であることを
ゴーディは
確信している
から

この世には
二度と手に入らないものだからこそ
輝きを増すもの
二度と戻れない場所だからこそ
辿り着ける場所

というものがあって

人生
「12歳の頃」という
いち断面
それだけにとどまることなく
20歳の頃
30歳の頃
40歳の頃
あそこに住んでた頃
あんなことをしてた頃
あんな人々に囲まれていた頃
絶望にふるえていた頃
希望を握りしめていた頃…
数々の「あの頃」
数々の「あの瞬間」

産み落としてゆくんだ

けれども
それら産み落とされたものが
くらやみばかりだったとしても
悲嘆にくれてばかりいる
そんな必要性はないよ
なんたって
くらやみ
深ければ深いほどに
きみやゴーディにとっての
「12歳の頃」
一層の輝きを
増していく
んだもの
夜空の暗幕なくして
星は輝けない
んだもの

そのことに
気がついたなら
きみにとっての
「あの頃」
「あの瞬間」

「いまこの瞬間」をも
輝きへと導く
力になりえることを
きみは確信する
はずさ











今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
「ふしぎ発見!」は変わらず
きみの奥深くによりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見!」へといざなう楽曲を紹介するね

「DAY 1 / Miyavi(ミヤビ)」

A new hope it's another day
ある日新たな希望が始まる
To know what the future will bring just paint it white
おまえに未知なるその先をもたらす
Make it all, it's the only way
Before the earth gets hit by light
Tomorrow don't go away action day 1
創る(体験する)こと それがすべて 
それがおまえだけの道
明日はどこにも逃げやしない
地球が目覚めるその前に アクション DAY 1






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「通路」だけしかない世界だよ

を欲しているのは 
きみ ではなく
世界
きみ という通路をとおって
を欲しているよ

をしているのは
きみ ではなく
世界
きみ という通路をとおって
その人にをしているよ

を流しているのは 
きみ ではなく
世界
きみ という通路をとおって
を流しているよ

歓喜しているのは
きみ ではなく
世界
きみ という通路をとおって
歓喜しているよ

ここだけの話
きみ も 
ぼく も 
ここにはいない

ここだけの話
話した ぼく
耳にした きみ は
すでにもう
ここにはいない

ただ 
世界(神)
それだけが 
この世界には
在る
んだ









今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けていようとも
「ふしぎ発見!」は変わらず
きみの奥深くによりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見!」へといざなう楽曲を紹介するね

「How todisappear completely / Radiohead(レディオヘッド)」 
歌詞 Tom York

In a little while
ほんの少しの間に
I'll be gone
ぼくは消えるんだ
The moment's already passed
そのときは既に過ぎ去ってる
Yeah it's gone
ああ 過ぎ去ったんだ
And I'm not here
そのときのぼくは
既に存在しない
This isn't happening
そのことは別に問題じゃない
I'm not here
ぼくはここには存在しない
I'm not here
ぼくはここには存在しない






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「すべての主観に共通するもの」を丁寧に統合していくことで見えてくるものがある世界だよ

ぼくら
人間
物理的に
他者になること
かなわない存在
他者の肉眼で
世界を見ること

かなわない存在

けれども
物理
対を成す
「論理」という手段を
丁寧に用いるのであれば
主観(物理)を超えた
普遍性(神)
垣間見ることができるんだ

ぼくはね
そこにこそ
賭けているからこそ
今日もこうして
この土壌(ブログ)
種(言葉)を植えることを
つづけているよ
(それしかできないってのもあるけれど)
できる限り
丁寧に
できる限り
主観を透明にするつもりで

すべての主観
すべての色メガネ
すべての偏見
重ね合わせてしまったとしても
そうとしか
見えないもの
そうとしか
うなずくしかないもの

それを探し求めての
主演「世界」の大冒険
それを探し求めての
オールキャスト「神」の大航海

誰しもにとって
そうであるもの
誰しもにとって
あてはまるもの
その答え(真理)
世界を救うわけなんかじゃないんだ
その探求の過程こそが
自分と
他者との
そのあいだにある
無理解の溝を埋めてくれる


自分と
他者との
そのあいだにある
不和の傷を癒してくれるよ


自分と
他者との
そのあいだにある
個別感を取り除き
全一感をもたらしてくれるよ


すべての主観に
共通するもの

その丁寧な統合
丁寧な探求の過程こそが
究極の秘宝だよ
不可視な黄金だよ
きみはその
宝島(世界)
いままさに
そこにそうして
立っているんだ

ぼくはというと
この宝島に眠る
そのお宝(普遍性の探求)のことを
とりあえずのところ
こう呼ぶことにしたんだ
「ふしぎ発見」ってね










今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けていようとも
「ふしぎ発見!」は変わらず
きみの奥深くによりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見!」へといざなう楽曲を紹介するね

「新宝島 / サカナクション」
作詞 Ichiro Yamaguchi

このまま君を連れて行くと
丁寧に描くと
揺れたり震えたりした線で
丁寧に描くと
決めていたよ






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「どみどりくん」あるいは「じゃっく」へのメッセージ

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やあやあ、よく来てくれたね。

じゃっく&どみどりくん

Author:じゃっく&どみどりくん
オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』の、姉妹ブログ『どみどりくんの、世界ふしぎ発見』に遊びに来てくださりありがとうございます。管理人のじゃっくと申します。

『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』が「表通り」を行くブログなら、こちらのブログは「裏通り」を行くブログです。
両方合わせてようやく私のメッセージの完成形となりますが、選り好みして「表通り」だけ見てもらってもまったく問題ありません。
来るべきときが訪れたなら、おのずと「裏通り」も歩かされている自分を発見されますから(ニヤリ)

で、この「裏通りブログ」が何故に必要なのかと申しますと、早い話が「表通り」だけでは解決できない、処理しきれない問題(絶体絶命のピンチ)に、人は前触れもなく遭遇するからです。
誰しものそのときのためにこそ、私「じゃっく」が、フシギニストである「どみどりくん」に扮し(チャネリング?)ながら、この「裏通りブログ」は存在し続けます。


「世界ふしぎ発見」とは言っても、某テレビ番組が世界における「目に見えるふしぎ」を発見して紹介するのとは趣がちがい、このブログでは世界における「目には見えないふしぎ」の発見を書き記することを趣旨としています。

ですが、「目には見えない」とは言っても、「UFO」「超能力」「幽霊」といった類のものとは趣が違いますし、「スピリチュアル」ともまたちょっと違うのかもしれません。
「哲学」「宗教」とも言い切れませんし、「自己啓発」「人生哲学」ともまた少し違うかもしれません。

しいて言うなら、みなさんが今まで生きてきた中で、学校教育や家庭教育やマスメディアによって抗いようもなく培われ、育くまれた「常識」「当たり前」「思い込み」「偏見」「先入観」などをとっぱらった先にある「あるがままの世界」あるいは「究極の羅針盤」の発見ってところでしょうか。


たとえばですが、

『きみが何を考え、何に思い悩み、何を行為しようとも、きみ自身は実は何もしていないのさ』

いきなりこんなことを断言されたとしたら、どう思うでしょうか。
「うん、そうだと思ってた!」という方は、おそらくは皆無に近いかと思われます。
おそらくは「あ…ちょっとこの人、ヤバイ宗教とか入ってる感じの人なんだろうな。かかわらないようにしよう…」
おおかたそんなところではないでしょうか。

ですが、私は特定の宗教を信仰していませんし、歴史上の人物や現存するいかなる人物も、敬いはしても崇拝するような対象にはなりません。この先もずっと。




そもそもはこの「裏通りブログ」から私のブログ人生が始まり、私を通路として見い出されるふしぎ発見を、誰かと分かち合い、この「リアル人生ゲーム」に活かしたいがために、2つ目のブログ『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』を作るにまで発展してきました。

「分かち合い」ほどの、いち人生を賭けるに値する究極の財宝、自他一挙両得のベストバイブスは、他に見当たりませんもの。
自分がまずうれしいし、同時に誰かもうれしいだなんて、はっきり言って
最高!

じゃないですか。







「ふしぎ発見!」の終わりに、みなさまを発見へといざなう楽曲も紹介しています。よろしければあわせて楽しんでください。
※和訳した歌詞は、英語力のない私がグーグル翻訳を参考に、個人的解釈で訳したものなので、ちょっとおかしいよっていう訳もあるかと思いますが、大目に見ていただけましたら幸いです。

カテゴリの中の「スーパーふしぎ発見」には、ブログの核となる発見かな、と思われるものを並べています。まあ、だからどうってわけでもありません。

カテゴリの中の「映画」がいざなうふしぎ発見については、ネタバレしているものがほとんどなので、どうか「この映画これから見ようとしてたのに(泣)」なんてことにならないようお気を付けください。

一度投稿した「ふしぎ発見!」も、一年くらい間隔をあけて読み返すと「うーん…なんでこんなふうに書いたんだろう」「この表現は不適切だなあ」「今ならこんな言葉は使わないなあ」といったことがよくあります。
私はまったくいとわず何度でも記事を修正します。
修正することによって、伝えるべきメッセージが進化しつづけていることを私自身実感できますし、過去記事と現在の記事とで違いすぎるがために読者を混乱におとしいれてしまうような事態も軽減されます。
投稿日に対してコメントの日付が古い記事は、「あ、修正した記事なんだな」と思ってください。




ツイッターもやってます。
業者の方や宣伝目的の方じゃなければ、出来うる限りフォロー返ししています。