どみどりくん クリスマス編 前編

いつもどみどりくんのブログに遊びに来てくださりありがとうございます。
管理人であり、どみどりくんの分身でもある「じゃっく」と申します。

今年も残り僅かとなってしまいましたが、本当はクリスマスに掲載する予定だったものの、間に合わせることができなかった、どみどりくんの対話形式ショートストーリー第5弾を掲載させていただきます。

それではお楽しみください。





12月24日。太陽が傾き始めたころのことです。
クリスマスツリーの飾りつけを整え、サンタさんの水分補給のためのきゅうりを準備し、サンタさんへのねぎらいの手紙を書き終え、あとは手紙に落ち葉アートをほどこすのみとなったどみどりくん
落ち葉を拾いに、近所の公園にやって来ました。

いい色合いの落ち葉を探していると、二十歳前後の目つきの鋭い青年が、壁に向かって何やら石のようなものを投げつけています。

どみどりくんが目を凝らして見れば、それがミドリガメであることを確認できました。

青年の足元には、動かなくなったミドリガメが折り重なっています。

どみどりくんは、じっと、青年を見つめていました。

どみどりくんの存在に気が付き、自嘲するような笑みを浮かべた青年は、囁くような声で言いました。

「おまえ…あれだろ、どみどりくんとかいう…」

どみどりくんは、何も答えませんでした。

「その服装でわかったぜ。ほんとに全身みどりいろなんだな、おまえ」

どみどりくんは、何も答えませんでした。

「言えよ、可哀想だからやめなよって。そう言いたいけど、言ったらオレが何をするかわからないから、怖くて何も言えないんだろ?」

どみどりくんは、何も答えませんでした。

「こいつが外来種だって、知ってる? こいつが日本に居座るようになってから、日本にもともといた気性の優しい亀は居場所がなくなって、数がどんどん減ってる。だからさ、オレはこいつらが冬眠してる場所を見つけ出して、こうして淘汰して、もともとの亀が住んでた池に戻そうとしてるってだけのことだ。一人保健所みたいなもんだよ」

「今に人間を淘汰する保健所もできるかもしれないね」

「あるじゃねえか、人間同士の殺し合いを仕掛け続ける国家規模の保健所が」

「さあね、ぼくにはわからない。その保健所のバックにもまた、仕掛け人がいるかもしれないじゃないか。透明人間にでもなって実際に仕掛けてる現場でも抑えない限り、真相は永久に闇の中だよ。
仮に仕掛け人が表に出て来てすべてを自白したとしても、その人が本当のことを話しているのかどうか、誰にも確かめるすべはない。
仮にリアルタイムに現場を見ていた人がいたとしても、その人が見たものをねじ曲げたり誇張したりしていないかどうかは、決して誰にもわからないし、最終的にはおのおのの主観で判断するしかない。
つまり、この世界では永久に確かめようがないことが日々山積みになり続けてる。そして人はそれを「歴史」と呼ぶんだ」

「おまえ…おもしれえやつだな。噂じゃ、愛と平和の象徴みたいなやつって聞いてたから、バカな大人にいろいろ吹き込まれて偽善の押し売りでもしてるやつなのかと思ってたけど…意に反して気に入った。
どう? おまえもやる?」

「遠慮するよ。ぼくはミドリガメもその他のカメも好きだし、攻撃されてもいないものに対してそんなことできない」

「へえ、おまえの好きなカメがこんな目にあってるってのに、よくそうやって冷静に見てられるな」

「冷静なんかじゃないよ。たまらなくイヤだし、たまらなく悲しい。けれど、ここから進むことも、立ち去ることもできずにいるんだ」

「気持ちはわからないでもないな。オレがしてることも、他のすべての人間がしてることも、善とも悪とも判別ができないものだからな。どこにも怒りの矛先を向けようがない。
も、も、木の葉がひるがえるみたいに、どこまでも流転し続けるんだ。
で、誰にもそれは捉えられない。
なぜかというと、実は最初からそんなものは無いから。
まことしやかな常識を疑いもしないバカどもにこんなこと言っても馬の耳に念仏だけどな」

「判別はできるよ。ただしそれは、いかなる人物が判別しようとも、「善」と「悪」という基準での判別ではなく、「好き」と「嫌い」という基準での判別でしかない。だからやっぱり、きみが言うとおり「善悪」なんてものはどこにもない。あるのは「好き」と「嫌い」それだけ。
そしていま、きみがしていることは、まぎれもなく「嫌」なんだ。このぼくにとってはね」

「それってようは、人の数だけ言い分があるし、人の数だけ真実があるってことだよな。だから「真に正しい基準」なんてものは、どこにも無い。
法律ってのもさ、金と権力を得て威張りたいやつらの都合や嗜好で決めたルールでしかないわけだ。 
バカの決めた善悪基準に、バカが従う世界じゃあ世話ないぜ」

「国によっては、その威張りたい人たちが決めた好き嫌いの基準に基づいて、戦争が「善」になるし、大量虐殺も「善」になる。人をたくさん殺した人が、英雄視されている国すらもある」

「な? それを考えれば、オレの今してることなんてたかが知れてるだろ。この死体の山がスッポンだったら食用として正当化され、食用じゃなければとみなされる。
この国がミドリカメを食す国だったら、誰もオレの行動をとがめないが、ミドリガメを祀る国だったら、オレの行動はとみなされる。
いやあるいは、ミドリガメを食す国だとしても、ミドリガメにリスペクトがない扱い方をすれば、やっぱりそれはとみなされる。
虫一匹殺さないとぬかす連中も、
毛皮の服は着ないとぬかす連中も、
自分の手で殺せない動物は食べないとぬかす連中も、
殺処分0を目指すとぬかす連中も、
反戦運動に躍起になってる連中も、
どういつもこいつも笑わせやがる。
ここまで来ると、まさにおまえが言う「好き嫌い」の問題でしかなくなる。
個人や集団にとって都合のいい殺傷はとされ、都合のわるい殺傷はとされる。
そうやって自分に利がある殺傷には「善」のジャッジを下す連中が、ご都合主義的善悪認識をでっちあげ、自らの善悪観を正当化する。つまりは結局自分さえよければいいんだ。
オレの善悪観と、連中の善悪観、狂ってるのがどちらなのかは明白だろう?」

「狂っているのがどちらなのかもまた、個人の好き嫌いで判別される問題でしかないよ」

「はは! そう言うと思ったぜ」

「問題と銘打たれるあらゆる問題が、個人の好き嫌いの問題でしかないことを誰しもが知らないことが、何より問題なんだ。好き嫌いの磁力はときには、1+1の答えも変えうるし、血縁関係だって変えうるし、歴史認識も変えうるし、白でしかないものを黒に、黒でしかないものを白に変えうるんだ」

「科学者アインシュタインが、科学者ボーアの理論を非科学的な理由で認めなかったことも、好き嫌いの範疇の問題と言えば、そうなのかもな」

「そうだね。そして人は自分の思いどおりに「好き」を決めることができなければ、「嫌い」を決めることもできないし、自分の思いどおりに行動することも、思考することもできないことが、この世界の究極の動因になりえるコアの部分なんだ」

青年は耳を疑うような素振りを見せたかと思うと、しばらくのあいだその場に立ち尽くし、我を取り戻すと、おもむろに一匹のミドリガメを手に取りました。

「…オレが今、こうしてほら──」

青年は振りかぶり、ふたたびミドリガメを壁に投げつけます。

「自分の意のままに、ミドリガメを殺すことができる。
オレはだとかだとか、法律だとか道徳だとか、何者からも何の縛りを受けることもなく、好きな時に好きな場所で、思いどおりに好きな場所に行けるし、好きなことが考えられるし、生き物の命を奪うことだってできる。オレは自由だ。
オレはオレの中にだけある好きと嫌いに、忠実に生きることができるし、これからもそうすることができる。…だろ?」

「いま、自分で言ったよね。「オレの中にだけある好きと嫌い」に忠実に生きることができるって。気がつかないかな。「オレの中にだけある」と発言してしまっているその時点で、きみは偏見の足枷を引きずっているし、主観の檻に閉じ込められてる。きみはちっとも自由なんかじゃないんだ」

「何を言ってやがる…」

「偏見や主観を克服しなければならないなんて言ってるわけじゃないよ。
はじめに、偏見や主観をはっきりと認識してしまっている以上、自らが偏見や主観を抱えながら生きていることを認めたその先にしか、本当の自由はひらかれないってことだよ。
偏見や主観を産みだしているものは、きみじゃない。好き嫌いや善悪を判断しているものも、きみじゃない。
なぜならば、きみがスタートライン(誕生)を踏み出たそのときから、きみは一方的に与えられた肉体、一方的に与えられた偏見や主観、一方的に与えられた環境や人間関係の道筋のままに、ここまでの人生を歩んできているから。
すべての人が、自分で選択しながら生きているように見えて、実はすべて選ばされて生きてるんだよ。
つまりね、行為しているのはきみだとしても、行為者はきみじゃないんだ」

「…いちおう訊いてやるよ。その行為者ってのは誰だ」

世界(全)さ」



《クリスマス編 後編につづく》
                          









今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けていようとも
「ふしぎ発見!」は変わらず
きみの奥深くによりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見!」へといざなう楽曲を紹介するね

「IN THE FLIGHT / FISHMANS(フィッシュマンズ)」
作詞作曲 佐藤伸治

ドアの外で思ったんだ あと10年たったら
なんでもできそうな気がするって
でもやっぱりそんなのウソさ
やっぱり何も出来ないよ
僕はいつまでも何も出来ないだろう






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誰の枕元にもサンタがやって来る世界だよ

サンタクロースを
信じることもなくなった
そんな大人たちはいても
サンタクロースを
いまだに信じている
そんな大人がいたなら
ちょっぴりほころんじゃうね

けれどもなにも
トナカイを従えた橇に乗り
夜空を飛び回りながら
プレゼントを持ってきてくれるだけが
サンタクロースじゃないし
クリスマスにしか
活動しないのが
サンタクロースなわけでもないんだ

きみがいま
そうしてモニター越しに
インターネットができることだって
サンタからの贈り物だよ

けれども
きみがいま
来月分の
インターネット料金が
支払えないとしても
それもまた
サンタからの贈り物なんだ

きみがいま
暖房の風の温かさを
感じれることも
サンタからの贈り物だよ

けれども
きみがいま
寒風吹きすさぶ
大雪にさらされているとしても
それもまた
サンタからの贈り物なんだ

きみがいま
好きな人の笑い声を
その耳から感受できることも
サンタからの贈り物だよ

けれども
きみがいま
誰かに笑われ
虐げられているとしても
それもまた
サンタからの贈り物なんだ


サンタクロースを
信じている人にも
信じていない人にも
偽善者だろうと
悪人だろうと
不徳な人であろうと
不遜な人であろうと
サンタは等しく
誰のもとへも
贈り物を届けつづけることを
やめることはない


贈り物の中身は
いつ
いかなるときであろうとも
「体験」
それだけが入ってるんだ









今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けていようとも
「ふしぎ発見!」は変わらず
きみの奥深くによりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見!」へといざなう楽曲を紹介するね

「おおホーリーナイト / たま」
作詞 知久寿焼
編曲 たま

夜になるとみんな眠ります
偉い人もずるい人も
偉くない人もずるくない人も
お墓に眠る人たちも






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「無音」の中にこそ実在が潜む世界だよ

新潟県十日町市
その場所を拠点に
新聞社の社長も担う
12歳の思想家
この日本にいるそうなんだ

彼の名は
別府倫太郎
またの名を 
ポレポレぼうや
ポレポレ とは 
スワヒリ語で
「ゆっくり」

ポレポレぼうやは
ファインダーからのぞき見た
豪雪地帯の階段の写真に
以下の言葉をそえていて


階段の一つ一つをのぼっていくと、

雪の静けさの中に「無音」という

音が聞こえる。

それは僕と雪だけの世界。

僕はその世界が、たまらなく

好きなのである。




「無音」という音

雪国を
生きた人であれば
同じ音を聞いた人が
多くいるんじゃないかな

かくいうぼくも
そのひとり

「無い」 
にもかかわらず
「無い」はずの 
そこにこそ
「確かな実在」を 
感受せずにはいられなくて

音楽が語る
音と音とを
つないでいる無音

芝居が語る
台詞と台詞とを
つないでいる無音

文章が語る
文字と文字とを
つないでいる無音

無音がなかったなら
音が有る状態
認識することはできないよ

音が鳴り続けているなら
音が無い状態があることを
認識することはできないよ

有る と
無い は
 と
鍵穴

その両方ともが
等しく
大切なもの

そのどちらかが
欠けることは
決してできないもの

雪が降る
その静寂のさまを
深深(しんしん)
表現することは
静寂と 
その深みの中にこそ
真(しん) があり
芯(しん) があり
神(しん) がある
だからこそかもしれない

けれども
しん(無い) の韻きは
有る の韻きが
存在しなかったなら
どうしたって
誰にも
気づいてもらえないんだ








今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けていようとも
「ふしぎ発見!」は変わらず
きみの奥深くによりそっているよ

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「しんしんしん / はっぴいえんど」
作詞 松本隆
作曲 細野晴臣

其の時ぼくは見たんだ 
もっと深く韻く何かを 
黙りこくった雪が墜ちる






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「自分のため」だけにしか生きれない世界だよ

「人の役に立つ 
仕事がしたい」

「たくさんの人の
喜ぶ顔が見たい」

「利他的であることが
豊かな人間の在り方だ」

「利己的であることは
貧しい人間の在り方だ」


そんな人たちの
うつくしい志の
腰を折るわけでは 
もちろんないんだ
けれども
ふしぎ発見的真実

「人は
自分のためにしか生きれない」



人の役に立とうとしてした
そのおこないは
そうすることによって
その人自身が満たされるから

人を笑顔にしようとしてした
そのおこないは
そうすることによって
その人自身が満たされるから


「幸せな顔して歩いてる
あいつらを
不幸のどん底へと
突き落としてやりたい」

「世のため人のため
未来のために
私はこの
自爆テロを決行する」


これらの人たちも
なんらちがいはないんだ

人を不幸にしようとしてした
そのおこないは
そうすることによって
その人自身が満たされるから

世のため人のため
未来のためにした
そのおこないは
そうすることによって
その人自身が満たされるから

人間だけに
とどまらないよ
世界に在する
すべての存在者が
どう足掻こうとも
どう抗おうとも
自分のためだけにしか
生きることができない場所なんだ
「この世界」









今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けていようとも
「ふしぎ発見!」は変わらず
きみの奥深くによりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見!」へといざなう楽曲を紹介するね

「聞こえるよ / GAGLE feat 七尾旅人」
Produced by DJ Mitsu the Beats
Lyrics : HUNGER / 七尾旅人
Guitar : 小菅 剛 (cro-magnon)
Keys & Piano : 金子 巧 (cro-magnon)

それすらも振り切って 自由になれたら
何もかもが楽になった 答えはシンプル






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映画「マッドマックス 怒りのデスロード」が教えてくれたふしぎ発見!だよ パート6

今日は映画に見るふしぎ発見!
ジョージ・ミラー監督作
「マッドマックス 怒りのデスロード」

※マッドなカタルシスを自宅でも体感するため、プロジェクターを分割払いで入手したじゃっくに便乗して、パート6をやっちゃうよ!※


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この映画をとおして開眼する
ふしぎ発見!については
5回の記事で
完結した(つもり)だったんだけれども
パート6を銘打った今回は
「マッドマックス 怒りのデスロード」
ある一人の登場人物をとおした
学ぶべきふしぎ発見を
ここに書き記さずには
いられなかったからなんだ

かつて国家が存在した頃
水と石油を巡って
核兵器による大戦争が勃発
現代文明は崩壊したよ

そしてその45年後──

生き残った者たちは
汚染された世界の中で
物資と資源を武力で奪い合い
砂漠化した荒野を
要塞シタデル(砦)を拠点に
独裁的に支配下に納めたのが
ヒュー・キース・バーン演じる
元軍人のイモータン・ジョー(イモータル=不死者の意)

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ジョーは
物資と資源の独占にとどまらず
あらゆる人々を奴隷化し 洗脳し
自らを崇拝対象の地位にあらしめ
一神教的社会を構築することに
成功したんだ

そんなジョー率いる
戦闘集団ウォーボーイズ
汚染された世界に在って
病に侵され
長くを生きることのできない
希望なき人生を──

よくいえば
イモータンジョーに
拾われた存在
わるくいえば
イモータンジョーに
利用された存在


死をも恐れず
イモータンジョーにその身を捧げ
戦いに玉砕する者の魂は
永遠に光輝く──


イモータンジョーという
神の言葉は
彼らウォーボーイズ
勇猛果敢に死することを
至上のよろこびとする
最強の戦闘集団に
仕立て上げていったんだ

そしてその
ウォーボーイズの一員
ジョシュ・ヘルマン演じる
スリット(切り口、裂け目の意)

Slit_convert_20151215162452.jpg

自ら口角に裂け目を入れ
ランサー(槍手)として
運転手で相棒の
ニュークスとともに
戦闘地へとおもむく
血気盛んな戦闘員だよ

劇中では
信心深く
ジョーに忠誠の限りを尽くし
裏切り者の
フュリオサ大隊長を追い
砂嵐のただ中へと蹴落とされたスリット
その一方で──

相棒のニュークス
主人公のマックス
フュリオサ大隊長らと
行動を共にするうちに
イモータン・ジョーによる
長き洗脳から目覚めることとなり
「英雄として死滅し
約束された来世にて転生する」
という
同じ目的地を夢見ていたはずの
2人のその人生観は
180度ずれてしまう
んだ

ここからが
ぼくらの人生においても
大事なところ


真に生きる意味
見い出した

ニュークス
そして
相も変わらず
洗脳が解けることなく
英雄の館(戦死者が眠る館)へと
招かれたいがために
死をも恐れず突き進む
スリット

きみだったら
インチキ宗教に
洗脳されっぱなしの
スリットよりも
洗脳が解け
新たな地平を見い出した
ニュークスの方が
より自由
より崇高
まばゆい世界を目にしていると
そう思うかい?

スリットよりも
ニュークスの方が
優れた人生であるし
幸せな人生であると
そう思うかい?

実は
おのおのの
目指す目的地が
180度変わってしまったとしても
その目指している理想
その目にしている世界観に
優劣なんてものは
いっさいなくて──


その人が
その主観において
現時点
見えている理想
見えている世界
こそが
すべてであり
そこに優劣をつけるものは
いち個人
いち人生

ちゃちいものさしで測った
主観的価値基準にすぎないよ

マックスから奪った
インターセプター(マックスの愛車)
激走し
人生観の転換によって
敵対することとなった
裏切り者のニュークス
フュリオサ大隊長が乗車する
ウォー・タンク(大型戦闘トラック)
勇猛果敢に挑んだスリット
歓喜の雄たけびをあげ
炎につつまれながら
幸せそうに散っていったよ

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そのことがスリットにとって
よかったのか
わるかったのかは
スリットにだけしかわからない

そして仮に
スリット
洗脳が解ける命運にあり
ニュークス
洗脳状態のままにあったなら
人はちがえど
結局は2人は
敵対し
おのが道を突き進んだんだ

たとえそれが
愚かな最期であろうとも
来世の約束が
ウソであろうとも
スリットは
この世界においての
スリットという役割を
過不足なく
最初から最期まで
最善の道筋を辿りきり
生ききったし

きみも
ぼくも
マックスも
イモータン・ジョーも
フュリオサも
人食い男爵も
ジョーの妻たちも
武器将軍も
鉄馬の女たちも
ドゥーフ・ウォーリアーも
その他すべての登場人物
その他すべての現存する人々も
過不足なく
リアルタイムで
最善の道筋を辿っているし
今のこの瞬間も
最善の生をまっとうしている

いつだって
いまこの瞬間こそが
その人にとっての
唯一の
約束された帰還地なんだ













今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
「ふしぎ発見!」は変わらず
きみの奥深くによりそっているよ

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「Unravel / Bjork(ビョーク)」
歌詞 Bjork

while you are away
my heart comes undone
slowly unravels
in a ball of yarn
the devil collects it
with a grin
our love
in a ball of yarn
he'll never return it
so when you come back
we'll have to make new love
あなた(神)を喪失しているそのあいだ
私のこころはほどけてゆくの
毛糸の玉の中でゆっくりと
悪魔(神)はニヤリとそれをたぐり寄せるわ
私たちの愛(体験)を
彼はそれを返してはくれない
だから
あなた(神)が還るそのとき
私たち(神)は新たな愛(体験)を紡ぐの






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じゃっく&どみどりくん

Author:じゃっく&どみどりくん
オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』の、姉妹ブログ『どみどりくんの、世界ふしぎ発見』に遊びに来てくださりありがとうございます。管理人のじゃっくと申します。

『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』が「表通り」を行くブログなら、こちらのブログは「裏通り」を行くブログです。
両方合わせてようやく私のメッセージの完成形となりますが、選り好みして「表通り」だけ見てもらってもまったく問題ありません。
来るべきときが訪れたなら、おのずと「裏通り」も歩かされている自分を発見されますから(ニヤリ)

で、この「裏通りブログ」が何故に必要なのかと申しますと、早い話が「表通り」だけでは解決できない、処理しきれない問題(絶体絶命のピンチ)に、人は前触れもなく遭遇するからです。
誰しものそのときのためにこそ、私「じゃっく」が、フシギニストである「どみどりくん」に扮し(チャネリング?)ながら、この「裏通りブログ」は存在し続けます。


「世界ふしぎ発見」とは言っても、某テレビ番組が世界における「目に見えるふしぎ」を発見して紹介するのとは趣がちがい、このブログでは世界における「目には見えないふしぎ」の発見を書き記することを趣旨としています。

ですが、「目には見えない」とは言っても、「UFO」「超能力」「幽霊」といった類のものとは趣が違いますし、「スピリチュアル」ともまたちょっと違うのかもしれません。
「哲学」「宗教」とも言い切れませんし、「自己啓発」「人生哲学」ともまた少し違うかもしれません。

しいて言うなら、みなさんが今まで生きてきた中で、学校教育や家庭教育やマスメディアによって抗いようもなく培われ、育くまれた「常識」「当たり前」「思い込み」「偏見」「先入観」などをとっぱらった先にある「あるがままの世界」あるいは「究極の羅針盤」の発見ってところでしょうか。


たとえばですが、

『きみが何を考え、何に思い悩み、何を行為しようとも、きみ自身は実は何もしていないのさ』

いきなりこんなことを断言されたとしたら、どう思うでしょうか。
「うん、そうだと思ってた!」という方は、おそらくは皆無に近いかと思われます。
おそらくは「あ…ちょっとこの人、ヤバイ宗教とか入ってる感じの人なんだろうな。かかわらないようにしよう…」
おおかたそんなところではないでしょうか。

ですが、私は特定の宗教を信仰していませんし、歴史上の人物や現存するいかなる人物も、敬いはしても崇拝するような対象にはなりません。この先もずっと。




そもそもはこの「裏通りブログ」から私のブログ人生が始まり、私を通路として見い出されるふしぎ発見を、誰かと分かち合い、この「リアル人生ゲーム」に活かしたいがために、2つ目のブログ『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』を作るにまで発展してきました。

「分かち合い」ほどの、いち人生を賭けるに値する究極の財宝、自他一挙両得のベストバイブスは、他に見当たりませんもの。
自分がまずうれしいし、同時に誰かもうれしいだなんて、はっきり言って
最高!

じゃないですか。







「ふしぎ発見!」の終わりに、みなさまを発見へといざなう楽曲も紹介しています。よろしければあわせて楽しんでください。
※和訳した歌詞は、英語力のない私がグーグル翻訳を参考に、個人的解釈で訳したものなので、ちょっとおかしいよっていう訳もあるかと思いますが、大目に見ていただけましたら幸いです。

カテゴリの中の「スーパーふしぎ発見」には、ブログの核となる発見かな、と思われるものを並べています。まあ、だからどうってわけでもありません。

カテゴリの中の「映画」がいざなうふしぎ発見については、ネタバレしているものがほとんどなので、どうか「この映画これから見ようとしてたのに(泣)」なんてことにならないようお気を付けください。

一度投稿した「ふしぎ発見!」も、一年くらい間隔をあけて読み返すと「うーん…なんでこんなふうに書いたんだろう」「この表現は不適切だなあ」「今ならこんな言葉は使わないなあ」といったことがよくあります。
私はまったくいとわず何度でも記事を修正します。
修正することによって、伝えるべきメッセージが進化しつづけていることを私自身実感できますし、過去記事と現在の記事とで違いすぎるがために読者を混乱におとしいれてしまうような事態も軽減されます。
投稿日に対してコメントの日付が古い記事は、「あ、修正した記事なんだな」と思ってください。




ツイッターもやってます。
業者の方や宣伝目的の方じゃなければ、出来うる限りフォロー返ししています。