「正解はない」けれども、「正解しかない」世界だよ パート2

なんとか立ちあがろうと
身体の痛みをこらえ
無い歯を食いしばる
目の前の高齢者に
迷わず
自らの手を差しのべる
そんな介護は
確かに手厚いよ

けれどもそれは
時に
高齢者が
自らの力で
立ち上がる勇気を
自らの力で
生きようとする意志を
奪うことにもなるよ

医療的知識や
介護的知識を
豊富に蓄えることは
スタッフ間の
円滑な伝達や
レベルアップのためにも
最善の医療
最善の介護を
行うためにも
大事なことだよ

けれどもそれは
時に
知識や情報や
経験にのっとった
医療や介護が
必ずしも
正解になるとは
限らない現実を
思い知らされることになるよ

ひとつの誤薬が
ひとりの死を招き
かなしみを招き
自責の念に
うなされることになったなら
それはきっと
とても苦しいことだよ
ぼくがその立場だったなら
転職を考えるかもしれないよ

けれどもそれは
時に
同じ轍を
踏まぬよう
決意を新たにする
そんな人を育てる
きっかけになりえるし
当人だって
そこを超えて
大きく成長することだって
十分にありえることだし
以後
たくさんの人が
救われることになったなら
誤薬は
「誤」でありながらも
それがなくてはならかなかった
正解にさえなりうるよ

これらの
あまりに無常な
正解基準は
医療や介護の
現場にのみだけ
あてはまるわけじゃなく──

リアル人生ゲームの
24時間オールタイム
すべての現場に
あてはまることさ

正解なきことは
なんて幸いなことなのだろう


だってね

正解がないってことは
「正解しかない」って
そう言ってるのと
同じことだから

きみのその
苦しみさえも
悲しみさえも
絶望さえも──
何を隠そう
正解でしかない
んだ











今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
「ふしぎ発見!」は変わらず
きみの奥深くによりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見!」へといざなう楽曲を紹介するね

「All Alright / SIGUR ROS(シガー・ロス)」

Now it's better
Now we'll know
Now he'll know
What I am telling
今は、これでいい
今、僕たちはすでに知っている
今、君はすでに知っている
何をぼくが
伝えようとしているのかを






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映画「ヘイトフルエイト」が教えてくれたふしぎ発見!だよ

今日は映画に見るふしぎ発見!
クエンティン・タランティーノ監督作
「ヘイトフルエイト」

※今回はネタバレしたくない気分だからしないよ!※

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「差別」という
人類にとって
もっとも困難な問題
その象徴的戦史である
南北戦争終結後の
ワイオミング州の
豪雪の山奥が
この物語の舞台

物語の中身は
西部劇であり
一級の
密室ミステリー

序盤
賞金首を捕まえることを
生業とする
カート・ラッセル演じる
ジョー・ルース
確かこんなことを言うんだ

「そこに偏見が介入する限り、それは正義ではない。
偏見なきところに本当の正義がある」


きみは
この言葉もまた
偏見であることに
気がつくだろうか

なぜなら
「偏見なきところに本当の正義がある」
という
もっともそうなこの言葉もまた
ひとつの考えであり
ひとつの偏見
だから

たとえばきみが
何かを選択したとするよ
けれどもそれは
きみ という
いち個人が選択したものである限り
「きみ」という
フィルタリング
がかかった
偏見の選択にすぎないよ


たとえばきみが
ありのままの誰かを
目撃したとするよ
けれどもそれは
きみ という
いち個人が目撃したものである限り
「きみ」という
フィルタリング
がかかった
偏見のその人にすぎないよ


たとえばきみが
常識では考えられない
唯一無二の
超常現象を
体感したとするよ
けれどもそれは
きみ という
いち個人が体感したものである限り
「きみ」という
フィルタリング
がかかった
偏見の体感にすぎないよ



生きることは
偏ることさ

偏りたいがために
わざわざ
「自分」ていう
着脱不可能なフィルタリングを
肉体に埋め込んでまで
生まれて来たんだ
ぼくたち人間は


この映画で
ぼくにとって
もっとも深くに届いた
短い台詞があってね

「うまい創作だな」

どういう展開があって
どういうシチュエーションでの
この台詞なのかを
言いたくてたまらないところだけれども
今回はやめておくことにするよ

けれども
この台詞は
ウソ(創作)にこそ
ホントウの扉を
開き
こっそり覗くことができる
秘密の鍵
それが用意されていることを
改めてぼくに
示してくれた


ホントウとは
自らのウソ(創作)や偏見(創作)
自画自賛して笑ってる
である
ぼくたち自身(ホントウ)
ほかならない
んだ



決して万人受けするような
ファミリームービーではないよ
なんせ
R18指定だし
神経を逆なでするような
過激なバイオレンスに
ゴア描写
意地悪で不謹慎な
異常な世界観に
満ち満ちているから

ぼくはというと
ときに息をのみ
ときに笑い
ほんの少しだけだけど
泣かせてもらい
勇気をもらったよ

タランティーノ作品が
好きな人には
迷わずお勧めだけれども
お初の方は
同じく
人種差別をテーマにした近作
「ジャンゴ 繋がれざる者」が
お勧めかもしれない












今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
「ふしぎ発見!」は変わらず
きみの奥深くによりそっているよ

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「地獄でなぜ悪い / 星野源」
作詞 星野源

嘘で出来た世界が
目の前を染めて広がる
ただ地獄を進む者が
悲しい記憶に勝つ






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サンドアートな世界だよ

砂の粒子が
敷き詰められた
この世界

砂が敷き詰められた
その理由は
この世界に
形を
想いを
思い描き
それを味わい
体験したいがため


形作られた
形や
想いは
手で払いのければ
一瞬にして
消え去ってしまうんだ
まるでサンドアートのようにね



何十年何百年たっても
変わらないように見えるものも
宇宙の歴史からみれば
風前の灯火
やがてはそれも
払いのけられ
無に帰してしまう


こんなにも儚く
変わりゆく世界だけれども
そんなことは
何の問題でもない

だってね
ぼくらは
誰しも
サンドアートの中の
形や
想いが
自分自身であると
思い込んでいるけれども

サンドアートを
描いている者こそが
本当のぼくたち
なんだもの

生も
死も
本当は
サンドアートにすぎない
んだもの










今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
「ふしぎ発見!」は変わらず
きみの奥深くによりそっているよ

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「Story / AI」
作詞 AI

時に人は傷付き、傷付けながら
染まる色はそれぞれ違うケド
自分だけのSTORY
作りながら生きてくの






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映画「ロッキー・ザ・ファイナル」が教えてくれたふしぎ発見!だよ

今日は映画に見るふしぎ発見!
シルヴェスター・スタローン監督作
「ロッキー・ザ・ファイナル」

※ネタバレありだよ!※

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全6部作にもなる
ロッキーシリーズは
数あるスポ根映画の中でも
金字塔的映画

言わずと知れた
シルヴェスター・スタローン
主演を務めていることや
ラジー賞(その年の最低映画や最低俳優を決める賞)に
ノミネートされたり
様々な映像作品やマスメディアなどで
パロディ使用されてきたがために
ときには嘲笑されながらも
普段は映画を見ない人にまで
広く認知された
アメリカンドリームの
象徴的映画でもあるよ

ぼくは
どちらかというと
こてこての根性論は
苦手な性質で
トレーニングシーンなどの
ダイジェスト映像での
勝手なイメージで
なんとなく
敬遠していた作品だったし
もっと言えば
バカにすらしていたかもしれない

けれども昨年
新たなロッキーシリーズの始まりと
噂されていた
スピンオフ作品
映画「クリード チャンプを継ぐ男」
劇場で見てみて
シルヴェスター・スタローンという俳優へ
抱いていた
凝り固まった偏見に
愕然とさせられることになり
今さらながら
ロッキーシリーズを
1から見て行くことを
始めたんだ

5作目まで
見終えて
そして
シリーズ6作目にあたる
「ロッキー・ザ・ファイナル」

自分の体重が
何キロか落ちたんじゃないかと
錯覚するほどに
目から鼻から
水分という水分が
抜け落ち
この6作目の布石ための
1~5作目だったのであろうことを
思い知らされ──

「これはもはや
スポ根映画なんかじゃない
リアル人生ゲームにおける
本当に大切なことが
ここにはすべて詰まってる」


そう思ったぼくは
世間的なイメージに
加担し
今まで抱いてきた
根拠のない偏見を恥じ
スタローンに
土下座したいような
そんな気持ちになったんだ

1作目からの
あらすじはというと
こんな具合

三流ボクサーで
生活は貧窮し
ヤクザに依頼される
取り立て業をこなしながら
その日暮らしな生活を送っていた
シルヴェスター・スタローン演じる
ロッキー・バルボア
そんなロッキー
ある日
世界チャンピオンの
アポロ・クリードとの対戦
その奇跡的なチャンスが
舞い込むことになり
互角の試合をしたことや
その高倉健ばりの
不器用さと純朴さでもって
名実ともに
スター選手の仲間入りを果たすよ

けれども
ボクシングだけが
人生のすべてには
なりえない
ように

ロッキー1作目から
5作目まで
繋がっていくストーリーは
単にボクシングすることのみにあらず
ボクシングに帰結するまでの
ロッキーのバックストーリーがあってこその
ロッキーのボクシング


そしてこのことは
すべての人にとって
同じこと


料理人の世界に
その生きざまを刻む者は
料理人に帰結するまでの
その人のバックストーリーがあってこその
その人の料理があって

サービス業の世界に
その生きざまを刻む者は
サービス業に帰結するまでの
その人のバックストーリーがあってこその
その人のサービスがあって

妻子や友人を持てば
妻子や友人を持ったからこその
苦悩や葛藤があり

裕福になれば
裕福さへの執着
それを失うことの恐怖は生まれ

過去の栄光や
世話になった人があれば
やがてはそれが
手枷足枷となり
更なる困難を呼び込む
材料となる


そして
リアル人生ゲームには
それらあらゆるハードルの
対価であるかのように
そのあらゆるハードルが
硬い岩をも貫く喜びへと変異して
ハードルだったはずのもの
すべてを木っ端みじんに
突き砕いてしまうような
そんな瞬間が
待ち受けていることがあって


6作目の
ロッキー・ザ・ファイナルは
まさに
その珠玉の光が結集した
宝石のような映画だよ

1作目から
ピッタリ30年の時を経た
この6作目は
30年の時があったからこそ
1~5作目までの
試行錯誤や創意工夫が
あったからこその
名シーン
名台詞

あまりに多すぎて
ピックアップすることが
野暮に思えて来るほど

ロッキー
いつだって
一貫して
世間や審査員が下す
勝ち負けの判定には
いっさい興味がなくて──
ロッキーがしたかったことは
もはや
ボクシングですら
なかったのかもしれない


内から湧きいづる
自らを突き動かす衝動
そのままに
何度でも人を愛し
何度でも笑い
何度でも泣き
何度でも挑戦する
ロッキーがしてることは
いつでも
どんなときでも
自らに忠実であること
ただそれだけ

そしてその衝動は
ロッキーを目撃した人にも
そうじゃない人にも
波紋のように
波及してゆくんだ
時空を超えて


ロッキーの無謀な挑戦に
戒めをつぶやいた
ロッキーの息子の言葉

「何をしても それもまた
過去になるんだよ」


確かにこのことは
逃れようもない真実さ
けれどもこの言葉は
こう言い換えることができることを
覚えておいてよ

「何をしても それもまた
未来になるんだよ」




スピンオフでありながら
シリーズ7作目と目され
4月20日に
ブルーレイ&DVDが発売される
「クリード チャンプを継ぐ男」
機会があれば
是非見てみて
誰しもを突き動かす
湧きいづる衝動は
個人を超えて
肉体を超えて
どこまでも
繋がっている
ことを
確信出来るかもしれない
から












今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
「ふしぎ発見!」は変わらず
きみの奥深くによりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見!」へといざなう楽曲を紹介するね

「Tough Boy / TOM★CAT」
作詞 TOM

Keep you burning 駆け抜けて
この腐敗と自由と暴力のまっただなか
No boy no cry 悲しみは
絶望じゃなくて明日のマニフェスト






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パックリ口を開けた巨大モンスターが待ち受ける世界だよ

きみが誕生した
そのときから
その肉体
その意思の
おもむくまま
自分がやりたいこと
自分が欲するものを
求めるがまま
きみは
世界を
可能性を
体験し始める


けれども
そのときには
時すでに遅し



音もなく
きみに忍び寄り
あまりに
あまりに
当たり前のように
空気がどこにでもあるように
きみが無自覚なままに
きみの進行航路を
狂わせ始める


その強大な力
溺れた者ほど
迷わずその身を
すすんで捧げ
その強大な力
得るためには
なんだってする

なんせ
それさえあれば
欲しいものは
大概の物は手に入る

おこぼれにあやかろうと
いくらでも人は
寄って来るし
親切にしてくれるし
チヤホヤしてくれるし
身体的にも
精神的にも
表面的な快楽は
すべて満たしてくれる

ところが盛者
必衰することがさだめ


強大な力
拠り所にしていた者ほど
倫理という名の支柱
人望という名の支柱
骨粗しょう症状態
強大な力
得られるだけの
能力から見放され
運に見放された
その途端に
骨は
少しの衝撃で
あっけなく
粉砕してしまう


 という
流動型の
巨大モンスター

口を大きく開けたまま
落ちて来る人間を
待ち受け
誰しもが
現代社会に
誕生するのと同時に
真っ逆さまに
モンスターの体内に
飲み込まれ
本質を
見失わされ
惑わされ
狂わされてゆく


器用な人や
周囲を取り巻く
人間関係に
恵まれた人々は
その状況を
逆手にとって
合気道みたいに
モンスターの力を
逆に利用し
より高いハードルを
飛び越え
自らの力量を
超える願望すらも
叶えたりもする

けれどもその一方
金を過剰に多く得ることが
幸福の条件であると
敷設された社会において
弾き出された者たちは
孤独にさいなまれ
犯罪に走ったり
精神疾患に侵されたり
戦争に駆り出されたり
ひいては
身を滅ぼすことになってゆく


広く顔の知られた
著名人や
スポーツ選手が
社会的制裁を受けた場合の
そのダメージは
計り知れないよ
落下点までの
落差があまりに
大きすぎるから


それらのことは
映画「マッドマックス 怒りのデスロード」において
支配者イモータン・ジョー
になぞらえ
支配システムの種明かしを兼ね
こう忠告したことと同義さ

「水に心を奪われるな
禁断症状で生ける屍になるぞ」


映画「マッドマックス 怒りのデスロード」が教えてくれたふしぎ発見!だよ パート4

口を開けて
モンスターが待ち受ける世界を
今ある容姿を
今ある能力を
今ある好き嫌いを
今ある人間関係を
今ある環境や文化を
望んで
生まれて来た人なんて
一人もいない
一人もいないよ

そうぼくは
金に人生を
惑わされ
狂わされ
打ちひしがれ
這いあがれずにいる人々に
声を届けたいんだ











今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
「ふしぎ発見!」は変わらず
きみの奥深くによりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見!」へといざなう楽曲を紹介するね

「Break The Ice / Britney Spears(ブリトニー・スピアーズ)」

You got my body spinning
Like a hurricane
And it feels like
You got me going insane
And I can’t get enough
So let me get it up
あなたは私を 
ハリケーンみたいにスピンさせ
そこに幸福があるかのように感じさせ
私を狂わせた
でももうたくさん
真なるものを手にするの






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「どみどりくん」あるいは「じゃっく」へのメッセージ

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やあやあ、よく来てくれたね。

じゃっく&どみどりくん

Author:じゃっく&どみどりくん
オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』の、姉妹ブログ『どみどりくんの、世界ふしぎ発見』に遊びに来てくださりありがとうございます。管理人のじゃっくと申します。

『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』が「表通り」を行くブログなら、こちらのブログは「裏通り」を行くブログです。
両方合わせてようやく私のメッセージの完成形となりますが、選り好みして「表通り」だけ見てもらってもまったく問題ありません。
来るべきときが訪れたなら、おのずと「裏通り」も歩かされている自分を発見されますから(ニヤリ)

で、この「裏通りブログ」が何故に必要なのかと申しますと、早い話が「表通り」だけでは解決できない、処理しきれない問題(絶体絶命のピンチ)に、人は前触れもなく遭遇するからです。
誰しものそのときのためにこそ、私「じゃっく」が、フシギニストである「どみどりくん」に扮し(チャネリング?)ながら、この「裏通りブログ」は存在し続けます。


「世界ふしぎ発見」とは言っても、某テレビ番組が世界における「目に見えるふしぎ」を発見して紹介するのとは趣がちがい、このブログでは世界における「目には見えないふしぎ」の発見を書き記することを趣旨としています。

ですが、「目には見えない」とは言っても、「UFO」「超能力」「幽霊」といった類のものとは趣が違いますし、「スピリチュアル」ともまたちょっと違うのかもしれません。
「哲学」「宗教」とも言い切れませんし、「自己啓発」「人生哲学」ともまた少し違うかもしれません。

しいて言うなら、みなさんが今まで生きてきた中で、学校教育や家庭教育やマスメディアによって抗いようもなく培われ、育くまれた「常識」「当たり前」「思い込み」「偏見」「先入観」などをとっぱらった先にある「あるがままの世界」あるいは「究極の羅針盤」の発見ってところでしょうか。


たとえばですが、

『きみが何を考え、何に思い悩み、何を行為しようとも、きみ自身は実は何もしていないのさ』

いきなりこんなことを断言されたとしたら、どう思うでしょうか。
「うん、そうだと思ってた!」という方は、おそらくは皆無に近いかと思われます。
おそらくは「あ…ちょっとこの人、ヤバイ宗教とか入ってる感じの人なんだろうな。かかわらないようにしよう…」
おおかたそんなところではないでしょうか。

ですが、私は特定の宗教を信仰していませんし、歴史上の人物や現存するいかなる人物も、敬いはしても崇拝するような対象にはなりません。この先もずっと。




そもそもはこの「裏通りブログ」から私のブログ人生が始まり、私を通路として見い出されるふしぎ発見を、誰かと分かち合い、この「リアル人生ゲーム」に活かしたいがために、2つ目のブログ『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』を作るにまで発展してきました。

「分かち合い」ほどの、いち人生を賭けるに値する究極の財宝、自他一挙両得のベストバイブスは、他に見当たりませんもの。
自分がまずうれしいし、同時に誰かもうれしいだなんて、はっきり言って
最高!

じゃないですか。







「ふしぎ発見!」の終わりに、みなさまを発見へといざなう楽曲も紹介しています。よろしければあわせて楽しんでください。
※和訳した歌詞は、英語力のない私がグーグル翻訳を参考に、個人的解釈で訳したものなので、ちょっとおかしいよっていう訳もあるかと思いますが、大目に見ていただけましたら幸いです。

カテゴリの中の「スーパーふしぎ発見」には、ブログの核となる発見かな、と思われるものを並べています。まあ、だからどうってわけでもありません。

カテゴリの中の「映画」がいざなうふしぎ発見については、ネタバレしているものがほとんどなので、どうか「この映画これから見ようとしてたのに(泣)」なんてことにならないようお気を付けください。

一度投稿した「ふしぎ発見!」も、一年くらい間隔をあけて読み返すと「うーん…なんでこんなふうに書いたんだろう」「この表現は不適切だなあ」「今ならこんな言葉は使わないなあ」といったことがよくあります。
私はまったくいとわず何度でも記事を修正します。
修正することによって、伝えるべきメッセージが進化しつづけていることを私自身実感できますし、過去記事と現在の記事とで違いすぎるがために読者を混乱におとしいれてしまうような事態も軽減されます。
投稿日に対してコメントの日付が古い記事は、「あ、修正した記事なんだな」と思ってください。




ツイッターもやってます。
業者の方や宣伝目的の方じゃなければ、出来うる限りフォロー返ししています。