映画「アナと雪の女王」が教えてくれたふしぎ発見!だよ

今日は映画に見るふしぎ発見!
クリス・バック、 ジェニファー・リー監督作
「アナと雪の女王」

※ネタバレありだよ※

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いきなりだけれど
映画「アナと雪の女王」の名台詞と言えば
やっぱり──

ありの~ままの~
じぶん~にな~るぅ~の~♪


ってことになるんだと思うんだけれども




でもね
だいじょうぶ
そんな宣言をするまでもないよ

どうあがいたってね
「ありのままの自分」
以外の何者かになるなんてことは
どうしたってできないから




だってね
「ありのままの自分」
それを受け入れられずにいる
「ありのままではいられない自分」
そのよるべなきあがきも含めて
「ありのままの自分」なんだもの




努力できない自分
ねたみ ひがみだらけの自分
ウソだらけの自分
強欲な自分
人を見下す自分
媚びへつらう自分
勇気を持てない自分
罪を犯してなお
罪の意識も持てない自分
鏡を見るのもイヤな自分
心の隅に
ひきこもりっぱなしの自分
なんのために 
生きているのかもわからない自分




結局のところ
それこそがきみが
日々「自分」と呼んでいる
何かであることには
違いない

きみが「自分」と呼ぶ
自分
とは
いまここにいるこの自分でしかない
という事実からは
確かに逃れられやしないさ




ところが
きみは 
「自分」「私」「ぼく」という配役
それを演じているにすぎず
「自分」「私」「ぼく」という配役を
とっぱらったそこに在る
真なるきみ自身
「いっさい何もしていない」
そう言ったなら
きみはおどろくだろうか
それとも
「意味わからん」
「そんなわけあるか」
「妄言も大概にしろ」

そんなところだろうか



最初はきっと
ほとんどの人がそうかもしれないね
あるいは
最期までそう思いつづける人が
9割以上だろうね
このブログにだって
二度と来ない人もたくさんいるだろうね


でもね
自分の力で
理想を勝ちえたと
信じてうたがわない
あの人だって同じ


自分の失敗で
人生を棒に振ったと
信じてうたがわない
あの人だって同じ


いかなる人間であろうとも
例外なく
まばたきをすることすらも
自分の力だけでは
何もできない世界
なんだ
この世界は



この世界における
すべてのできごとは
究極的視点に立ったなら
きみのせいではなく
その人のせいでもなく
あの人のせいでもなく
その他の誰のせいでもない

それがこの世界の
「ありのままの姿」




そのことを理解できたなら──

ほうらね
少しだけ
寒くなくなるんだ












きみのその身に
いかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
ぼくは変わらず
いずれきみにおとなうだろう「発見」によりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見」へといざなう音楽

「Let It Go(レット・イット・ゴー) / 天童よしみ」
作詞 クリスティン・アンダーソン=ロペス(英語版)、ロバート・ロペス



[聽到吐系列] 天童よしみ - Let It Go ~ありのままで~ (14.08.21... 投稿者 g61921

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喫煙者、非喫煙者にかかわらずためになる記事 BYじゃっく

昨日に引き続き
タバコに関する記事です

喫煙者
非喫煙者にかかわらず
必見かと思います




タバコという
ひとつの嗜好品を超えて
いかに私たちが
テレビや新聞から得る情報に
踊らされているのかを
考えさせられる記事です

情報量が多いので
少しずつ読むのをお勧めします


タバコに関する基礎事実 ⇒ 本当に追求すべき対象は?




◆4.最近のタバコには人工物質が含まれている
の記事についてですが
これには私は
思い当たるふしがあります


先月末のことです
友人の車に乗せてもらい
キャンプに向かっていた私は
無添加の刻み煙草「小粋」を用いて
煙管タバコを吸うようになって以後
初めて市販の紙巻タバコを吸いました
日本たばこ産業(JT)の
もっともスタンダードな紙巻きタバコ
です



──するとなんと
はっきりとわかるのです
煙管タバコ(小粋)よりも
風味や香りが断然に劣ること

つまり「美味しくない」ことを
(ちなみに「小粋」もまた
日本たばこ産業(JT)が販売してます)



そして
たったの一本を吸っただけで
何故だか私は具合がわるくなり
30分ほどそれはつづきました

この感覚は──
忘れもしません
喫煙者のみなさま
あるいは
喫煙経験のあるみなさまなら
同様の経験をされてるのではないでしょうか
十代の頃に
生まれて初めて紙巻タバコを吸ったときの
あの具合の悪さ
あの気持ち悪さそのもの
だったのです
そしてその具合の悪さは
本数を重ねていくごとに
だんだんと慣れるか
消えていってしまうもの
です
みなさまもそうではなかったでしょうか


長い期間を空け
デトックスされて吸った
最初の一本目は
再び具合が悪くなる──
おそらくこの一本目こそが
身体のもっとも正直な反応
なのでしょう

そして私が
「美味しくない」と感じたそれは
もしかしたら添加された人工物が
その原因に関与しているのかもしれません




私はここに
人工物質の中毒性
改めて垣間見た
気がしました

加工食品や
ジャンクフードなども
おそらくは同様なのでしょう
(気に入ったお菓子に出会うと
何度でもそのお菓子が食べたくなり
やめられない止まらない状態になってしまうのは
美味しいだけが理由なのではないのかもしれません)



どうやら
人工物質が添加された
紙巻タバコに関しては
健康を害する側面が
(がんとの因果関係はないにしても)
少なからずあるのかもしれません


ただひとつ
今の私が言えることは
一昨日の記事のように
認知症の予防策となりつつ
健康的に煙草を吸うなら

煙管(キセル)+小粋(国産刻み煙草)
この最強コンビに尽きる!
ってことです

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「認知症の予防策に有効」という情報に関しては
普通に考えれば
私と相方の経験値のみならず
全国の認知症病棟で統計を取れたなら
一番説得力のある結果が得られるのだと思うのですが
いくらでも簡単に改ざんされてしまうのが
統計データや研究データやアンケートの類です
(金融エリートの利を脅かす結果が出たようなデータは
すべて改ざんされていると疑っていいと思います)

結局のところ
頼れるのは自分だけ
ということなのかもしれません














あなたのその身に、
いかなる逆境や順境が待ち受けているとしても、
どみどりくんは変わらず、
いずれあなたにおとなうであろう「発見」によりそっています。

今日のあなたを「ふしぎ発見」へといざなう音楽

「はっぱいえんど / 抱きしめたい」
歌詞 松本隆

淡い光が吹きこむ窓を
遠い田舎が飛んでゆきます
ぼくは烟草をくわえ
一服すると
きみのことを考えるんです




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「喫煙は100害あって1利なし」は本当か BYじゃっく

今日の記事は
喫煙者にちょっとした朗報?かもしれません



以前に私は
煙管(キセル)タバコをお勧めする記事を掲載しました

煙管(キセル)タバコのすすめ 前編

煙管(キセル)タバコのすすめ 後編






いかなる身体にいいとされる食品でも
いかなる身体にいいとされる健康法でも
度が過ぎれば身体に害になるのは
それがなんであろうと一緒なわけですが

にもかかわらず
この人種差別とも見まがうほどの
タバコ税率アップ
喫煙スペース削減
万病の代名詞的プロパガンダ
という
過剰なまでの
喫煙者排他政策を目の当たりにすると
そこにはなんらかのがあるのではと
疑惑の目を向けたくもなります
(医療業界収益や製薬企業収益を吸い上げるため
民衆の健康に大きく利になる情報
強引にでもねじ伏せる輩がいるため)


前編の方の
「国民にタバコを吸われては困るような裏事情が
マスメディアを牛耳る支配者層側にはあるのだろうか
とも勘繰りたくなります。」

という部分について
掘り下げたくなる記事を見つけたのです



文字をクリックすると
記事のページが開きます

「喫煙はボケ防止の特効薬!?」の科学的根拠1

「喫煙はボケ防止の特効薬!?」の科学的根拠2






私は仕事柄
たくさんの認知症の方と
接して来ましたが
この記事を見たとき
妙に合点がいきました


なぜなら
タバコは火を扱う嗜好品なので
危険であるとみなされて
家族や病院や保護施設において
喫煙具を没収されることは
当然想定できるのですが

認知症の患者や利用者から
「私のタバコが見当たらないのですが」
とか
「どこに行けばタバコを吸えますか?」
とか
「タバコを一本くれませんか?」
といったような
低度、中度ほどの認知症であれば
必ず投げかけて来るだろう
喫煙者ならではの質問や相談事を
私は一度も耳にしたことがないのです
(精神的な疾患の方はあります)


そこで
認知症病棟を含む
様々な専門病棟にて
20年以上看護師をしている相方へ
この件について訊いてみると
認知症患者からの
喫煙に関する相談事については
「今までに一度も耳にしたことがない」のは
私と一緒とのことなのですが
「カルテや個人情報において
喫煙者であるという情報を
目にすることはあるし
入院前の認知症患者の所持品に
タバコがあることはある
でもそのケースはとても少ない
との回答でした





不食少食健康法にしろ
発酵食品にしろ
例外なく
誰にでもあてはまる健康法や特効薬
というものは
この世には存在しないというのが
私の持論ですが

「喫煙は100害あって1利なし」という
行き過ぎたプロパガンダに関しては
疑いの余地が十二分にありそうです

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あなたのその身に、
いかなる逆境や順境が待ち受けているとしても、
どみどりくんは変わらず、
いずれあなたにおとなうであろう「発見」によりそっています。

今日のあなたを「ふしぎ発見」へといざなう音楽

「Tom Waits / Innocent when you dream」

when you dream
きみが夢見るころ
you're innocent when you dream
きみが夢見るころに、きみは白になる
when you dream
きみが夢見るころ
you're innocent when you dream
きみが夢見るころに、きみは白になる



映画「SMOKE」1995年の
エンディングシーンです
激おすすめ映画です

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「自分との闘い」もまた、実は「他人(寄生我)との闘い」

最大の敵は、自分
あるときプロフェッショナルを見ていたら
横綱白鵬関がそんなことを言ったんだ


わざわざぼくが述べるまでもなく
このことは
「自分との闘い」
意味しているよ


このブログを訪れる年齢の人々の中で
このフレーズを
耳にしたことがない人なんて
1人でもいるのだろうかね


アスリートだろうと
芸術家だろうと
学生だろうと
ビジネスマンだろうと
職業や人種に関係なく
自分自身と向き合わなければならないとき
持ち出される言葉
というのがぼくのイメージだけれども
みんなはどうだろう




ぼくはというと
この言葉を耳にしたとき
「キターーーーー(゚∀゚)ーーーーー!!」
思わず叫び出さずには
いられなかったんだ



なぜなら
この言葉ほど
人間の本質を突いたひと言は
そう見当たらないし
同時に
これほどまでに端的に
人間が抱える矛盾
明るみにするフレーズは
そうない気がする



リアル人生ゲームをプレイする以上
言うまでもなくそこには
様々なステージ(課題)が待ち受けてるから
場合によっては
「自分との決裂」
なんてこともあるだろうね
「自分との和解」
なんてこともあるだろうし
「自分との対話」
なんてことだってあるよね




そうして毎日
「自分との~」をくり返すうちに
まれに気がつく人が現れるんだ

「自分との闘い?
おや?
『自分』であるにもかかわらず
その『自分』から切り離し
思ったり考えたりできる対象として
認知することができるそれって…
オレがいつも『自分』って呼ぶそれって実は…
自分じゃなく『他人』じゃんよ!」
てね




考えてもごらんよ
自分が「自分」て呼ぶその人が
本当に「自分自身」なんだとしたら
そもそも向き合って闘えるはずもない



「自分と闘うことができている」ということは
その「自分」とはちがう
別な☆自分☆がいなきゃ矛盾するし
その「自分」とはちがう
別な☆自分☆の存在
証明しているようなものさ






さあて
ようく観察してごらんよ
いつでも
きみの一番近くにいる他人のことを
きみが「私」と呼んだり「オレ」と呼んだりする
もっともちかしい隣人のことを



そいつは
きみが
「自分」としての
最期の日を迎える
そのときまで
☆自分☆
寄生しつづける
寄生我でありつづける



☆自分☆
自分(他人)と他人とを
比べることを
体験させる
自分(他人)と他人とで
争うことを
体験させる


そしてときには
自分(他人)と他人とが
共鳴しあい
愛しあうことを
体験させる


そうしてついには
すべての他人
☆自分☆から派生したものであることに
気がつくことになるんだ

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きみのその身に
いかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
ぼくは変わらず
いずれきみにおとなうだろう「発見」によりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見」へといざなう音楽

「Ghost / androp(アンドロップ)」
作詞作曲 Takahito Uchikawa

ふっと流れた涙に滲むアイライン
そっと流れた涙に嘘はない
ずっと演じ続けている私が
笑って影を消したんだ




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木村秋則イズムな自然管理アクアリウムと、人の健康と

今日は
昨日の記事でお話しした
ずぼらな人でも水槽が楽しめる
木村秋則イズムな自然管理アクアリウム
私たち人間の健康問題と結びつけながら
紹介したいと思います




基本は
ザリガニのさくらちゃんの飼い方の原理です
所詮この世は「ゲーム」なんだもの BYさくらちゃん


それと
私の不食(少食)体験記の原理ですね
絶飲絶食の禊修行から見えてきたふしぎ発見 前編



結論から簡単に言ってしまえば
この管理方法の肝は
極端に餌やりを少なくするというところにあります

厳密に申しますと
私は
ニホンイシガメのらいちゃんに与える餌
(魚やエビや貝の口には入らない大きさの餌)
それを一日に一回だけ
水槽内に投入するのみで
食べ残しはすぐに回収してます


私の実体験からも見えて来るように
現代人の病や不健康の問題の
原因のほとんどを占めていると言っていいものが
多すぎる食事量にあります


たとえばですが
添加物入りの食品や
農薬使用の食品を
少量食べる
のと
無添加有機食品を
たらふく食べる
のと
どちらが害が大きいかというと
たらふく食べることのほうが
ずっとずっと害が大きい
のです


よほどの強力な農薬や添加物
公害や老衰や先天的な問題でない限り
食事量の制限のみで
ほとんどの病は
いい方向に変化していく
はずです





あの手この手で
マスメディアや出版業界が煽り立てる
終わりなき健康法ブームや
ダイエット法ブームですが

本当のところは
食事量を減らすという
ただそれだけのことで
あらゆる生物が先天的に宿す
自己治癒能力が目を覚まし
最低限の健康は約束されるし
肥満も解消される
という真実


そしてその同じロジックが
そのまま水槽内にも当てはまります


つまり
人間の腸内は
水槽内とイコール






誰しも食べすぎたなら
自身の消化能力が追い付かず
腸内環境を悪化させ
腐敗臭をともなうオナラをするものですが
(多く食べても不調を感じない人は
胃腸が先天的に丈夫なため
消化が追いついている人です)
水槽内もそれと同様で
生物たちに餌を与えすぎれば
比例して生物たちの排泄物も増え
そこに餌の食べ残しも加われば
アンモニアなどの多量の毒素発生を招き
水中微生物の水質浄化は追いつかなくなり
水槽内環境を悪化させていくことになります


ですが
ギリギリの超少食に
餌やりを抑えることで
毒素の発生を抑え
微生物による水質浄化効果が
追いつき
アクアリウムファンを悩ませる
換水(水替え)の回数も
とても少なくて済みます
餌代が浮きます
水道代も浮きます
他のことに使えるお金や時間が増えます
このように
いいことずくめのサイクルが産まれます


餌を少なくして
生き物は餓死しないの?
と心配される方もいるかと思います
大丈夫です
私が様々な生物を水槽に投入し
2年以上が経過しましたが
カメのらいちゃんが襲ったこと以外で
死亡した生物は
貝以外には一匹もいません
(エビは苔も食べるので
例外としても
魚でも一匹もいません)


石巻貝にとってだけ
水質が合わなかったのか
一時全滅状態になりかけましたが
ある日石巻貝の小さな赤ちゃんたちが姿を現し
じょじょに水槽の環境に適応するようになり
藻や苔しか食べなかった貝たちが
らいちゃんの餌に吸い付くようになったり
底砂に溜まったゴミ(排泄物?)を食べたりと
自ら環境に順応するようになり
たいへんたくましく
増殖しつづけております


そして面白いことに
餌やりを少なくすると
初め通常の飼育方法で
毎日餌やりをし
そのたびに餌に群がっていた魚たちも
多くの餌を必要としない身体へと
変化するのでしょう
サーチュイン遺伝子と呼ばれる長寿遺伝子が
人間や動物のみならず
魚たちにもあるのかもしれません
餌にあまり喰いつかなくなりながらも
それでいて
驚くほどに元気
衰弱したこともありません

生物自身が持つ
超低燃費能力
環境適応能力には
感嘆するばかりです






希少な生体にこだわらなければ
熱帯魚もエビも貝も
500円~1000円で入手できます

そして
ろ過装置
エアレーション
水草
サーモスタット
紫外線ライト
底砂もしくはソイル

という
必要最低限の環境さえ
最初に整えられれば
(出来る範囲で自然に近い環境を
目指すことがポイントです)
これまでの説明どおり
後はほとんどほったらかしでOKです
初心者にお勧めのネットショップです
charm 自然と癒しの専門店

外観にこだわる方は
水草などのトリミング(ハサミで切るなど)や
水槽内の苔を取ったりだとかの作業が
定期的に必要になります

換水のタイミングは
水槽内の生体や数
水槽周辺機器の設備や
その地域の水道水の水質や
日当たりや気温などによって
多様に変わって来るものだと思うので
水槽内の生物の様子を見ながら
少しでも元気がないように感じたらやるといいと思います

不安な方は
水質を計測する試験紙も販売されてます





私のような飼い方を
ペット業界は推奨しないだろうなあ と
よく思います


だって
ペット業界もまた
多くのペットを売りたいですし
多くの餌を売りたいですし
多くの水質調整剤や
関連する道具や消耗品を
売ってなんぼだろうと思います
いち企業として
生き残らなければなりませんからね


ペット業界にもまた
どんなに切っても切り離せない
マネー支配の足枷
見え隠れします
なので
今回の記事のような飼い方が
スタンダードになることは
現経済システムが終焉しない限り
まずありません


飲食業界も
医療業界も
製薬会社も
出版業界も
お金をかけずに
痩せる人や
健康な人が増えてしまえば
経済的恩恵を得られなくなってしまうがために
決して不食や少食は
世のスタンダードにはなりませんし
食欲を煽りつづける広告や情報網
ひと目を引くワードの健康法やダイエット法もまた
マネーシステムが脈動しつづける限り
終わりを迎えることはありません



今現在
ネットで検索しても
こんな飼い方をしてる人にヒットしませんが
もしアクアリウムを始める方がいましたら
自己責任ということで
今回の記事を参考に
あれこれ面白がって試してみてください

そして
新たな発見がありましたら
ぜひ私にも教えて下さい

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あなたのその身に、
いかなる逆境や順境が待ち受けているとしても、
どみどりくんは変わらず、
いずれあなたにおとなうであろう「発見」によりそっています。

今日のあなたを「ふしぎ発見」へといざなう音楽

「Green Rain / トクマルシューゴ」
作詞 トクマルシューゴ

明日のため息三度のため息先は真っ暗朝だっていうのに
青い雲から緑の雨降り赤し気持ちも白くなってくる
そうさ真っ暗なビルの影にずっと隠れてても無駄なのさ
みどり色の雨だって降るのさ




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やあやあ、よく来てくれたね。

じゃっく&どみどりくん

Author:じゃっく&どみどりくん
オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』の、姉妹ブログ『どみどりくんの、世界ふしぎ発見』に遊びに来てくださりありがとうございます。管理人のじゃっくと申します。

『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』が「表通り」を行くブログなら、こちらのブログは「裏通り」を行くブログです。
両方合わせてようやく私のメッセージの完成形となりますが、選り好みして「表通り」だけ見てもらってもまったく問題ありません。
来るべきときが訪れたなら、おのずと「裏通り」も歩かされている自分を発見されますから(ニヤリ)

で、この「裏通りブログ」が何故に必要なのかと申しますと、早い話が「表通り」だけでは解決できない、処理しきれない問題(絶体絶命のピンチ)に、人は前触れもなく遭遇するからです。
誰しものそのときのためにこそ、私「じゃっく」が、フシギニストである「どみどりくん」に扮し(チャネリング?)ながら、この「裏通りブログ」は存在し続けます。


「世界ふしぎ発見」とは言っても、某テレビ番組が世界における「目に見えるふしぎ」を発見して紹介するのとは趣がちがい、このブログでは世界における「目には見えないふしぎ」の発見を書き記することを趣旨としています。

ですが、「目には見えない」とは言っても、「UFO」「超能力」「幽霊」といった類のものとは趣が違いますし、「スピリチュアル」ともまたちょっと違うのかもしれません。
「哲学」「宗教」とも言い切れませんし、「自己啓発」「人生哲学」ともまた少し違うかもしれません。

しいて言うなら、みなさんが今まで生きてきた中で、学校教育や家庭教育やマスメディアによって抗いようもなく培われ、育くまれた「常識」「当たり前」「思い込み」「偏見」「先入観」などをとっぱらった先にある「あるがままの世界」あるいは「究極の羅針盤」の発見ってところでしょうか。


たとえばですが、

『きみが何を考え、何に思い悩み、何を行為しようとも、きみ自身は実は何もしていないのさ』

いきなりこんなことを断言されたとしたら、どう思うでしょうか。
「うん、そうだと思ってた!」という方は、おそらくは皆無に近いかと思われます。
おそらくは「あ…ちょっとこの人、ヤバイ宗教とか入ってる感じの人なんだろうな。かかわらないようにしよう…」
おおかたそんなところではないでしょうか。

ですが、私は特定の宗教を信仰していませんし、歴史上の人物や現存するいかなる人物も、敬いはしても崇拝するような対象にはなりません。この先もずっと。




そもそもはこの「裏通りブログ」から私のブログ人生が始まり、私を通路として見い出されるふしぎ発見を、誰かと分かち合い、この「リアル人生ゲーム」に活かしたいがために、2つ目のブログ『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』を作るにまで発展してきました。

「分かち合い」ほどの、いち人生を賭けるに値する究極の財宝、自他一挙両得のベストバイブスは、他に見当たりませんもの。
自分がまずうれしいし、同時に誰かもうれしいだなんて、はっきり言って
最高!

じゃないですか。







「ふしぎ発見!」の終わりに、みなさまを発見へといざなう楽曲も紹介しています。よろしければあわせて楽しんでください。
※和訳した歌詞は、英語力のない私がグーグル翻訳を参考に、個人的解釈で訳したものなので、ちょっとおかしいよっていう訳もあるかと思いますが、大目に見ていただけましたら幸いです。

カテゴリの中の「スーパーふしぎ発見」には、ブログの核となる発見かな、と思われるものを並べています。まあ、だからどうってわけでもありません。

カテゴリの中の「映画」がいざなうふしぎ発見については、ネタバレしているものがほとんどなので、どうか「この映画これから見ようとしてたのに(泣)」なんてことにならないようお気を付けください。

一度投稿した「ふしぎ発見!」も、一年くらい間隔をあけて読み返すと「うーん…なんでこんなふうに書いたんだろう」「この表現は不適切だなあ」「今ならこんな言葉は使わないなあ」といったことがよくあります。
私はまったくいとわず何度でも記事を修正します。
修正することによって、伝えるべきメッセージが進化しつづけていることを私自身実感できますし、過去記事と現在の記事とで違いすぎるがために読者を混乱におとしいれてしまうような事態も軽減されます。
投稿日に対してコメントの日付が古い記事は、「あ、修正した記事なんだな」と思ってください。




ツイッターもやってます。
業者の方や宣伝目的の方じゃなければ、出来うる限りフォロー返ししています。