鏡(世界)がなければコーディネート(体験)ができない世界だよ

いま
そこに近ければ
近いところに在る
ほどに
きみは過去を
支配するよ
きみは未来を
支配するよ


けれども
いま
そこから
引き離されているあいだ

きみは過去に
支配されているよ
きみは未来に
支配されているよ






「過去」という名の
牢獄
へと押し込められ
「未来」という名の
足枷
をはめられ──

過去
きみを支配するのを
感じるかい
未来
きみを傀儡するのを
感じるかい





けれどもね
きみがどんなに
傷つこうとも
きみがどんなに
泣き叫ぼうとも
いま
閉じ込めることなんて
誰にもできないんだ
いま
足枷をはめることなんて
誰にもできないんだ



「いま」とは
肉体を超えた
「真なるきみ」
のことさ



実を言えば
きみは
足枷をはずす鍵
牢獄をあける鍵
その両方を
すでに手にしているし
鍵を失くすなんていうことは
どうしたって起こりえない


それでもあえて
鍵がかけられたままにされているのは──



永遠という名の
パーティー会場
その特別な場所に出かける前に
コーディネートをチェック(人生を体験)
ヘアスタイルを整える(自らを発見する)ための
鏡(この世界)が必要だから



さあて
そんなわけだからさ
過去
現在
未来

この三面鏡
50年100年かけ
くまなく眺めて
パーティーへの準備を
今日も整えておいでよ
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大丈夫
どんなに時間がかかろうとも
パーティーは
終わったりなんかしないんだから













きみのその身に
いかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
ぼくは変わらず
いずれきみにおとなうだろう「発見」によりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見」へといざなう音楽

「Unlock / 三浦大和」
作詞 Nao’ymt

いつからYou lost who you are
閉じ込めたのは何を守るため
心に絡む蔦
鍵ならすでにきみの手の中に




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誰かの孤独に寄り添うときにのみ、きみの孤独は消滅する世界だよ

当人が放つ
その
まばゆければ
まばゆいほどに
その光量に比例するがごとく
闇(孤独)ってやつは
どこまでもどこまでも深みを増し
当人ですら気がつかない間に
手遅れになってゆく
ものさ



SMAPの5人
長い年月に渡って
日本のマスメディアを席巻した
目が眩むほどの光輝は
同時に彼らに
絶望的なまでに
修復不可能な
深い深い闇(孤独)を
忍ばせていったのかもしれない



暴行事件を起こしてしまった
俳優の高畑裕太氏もまた
自らのポテンシャルを超え
日に日に増してゆく
名声と
名声には及ばない実際の自分との
誤魔化しようもないギャップに
さいなまれ
苦しんだ闇(孤独)のひずみから
自らの理性を
踏みつぶしてしまうほどの
ゆがんだ邪悪な欲望が
暴走してしまったのかもしれない





過剰にメディアは
ひと握りの成功者
ひと握りの勝ち組
日々ピックアップし
編集技術によって
更にピカピカに
彼ら彼女らを磨き上げ
常人の目には
眩しすぎる量の光を
たれ流しつづけ
煽りたてつづけ──

その光には
到底及ばない自らを
自己否定し
満たされない承認欲求を
怒りと闇(孤独)とともに
激しくつのらせる
犯罪者予備軍たちを
生み出している

けれども
メディアが映さないだけで
成功者や
勝ち組の者たちもまた
当人にしか理解しえない
闇(孤独)を抱えてるんだ






テレビやネットで
目撃する人たちだけじゃないよ




街ゆく
あの人や
あの人にも
その人や
この人にも
顔を合わせぬ日がない
家族や
仲間たち
大好きなあいつや
大嫌いなあいつにも
おのおのの人生があって
おのおのの闇(孤独)がある

例外なんてない



けれどもきみが
彼らや
彼女らの
闇(孤独)に寄り添うときにのみ
そこには
光の介入する余地はなく
闇の介入する余地もなく──





きみは
孤独なんかじゃないんだ


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きみのその身に
いかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
ぼくは変わらず
いずれきみにおとなうだろう「発見」によりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見」へといざなう音楽

「GLIM SPANKY(グリム・スパンキー) / 闇に目を凝らせば」
歌詞 松尾レミ

闇に目を凝らせば
見えてきたんだ
ジオラマの様に
張りぼての孤独ならば
自分の意思で壊していく




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「想定内」と「想定外」の両方があることこそがリアル人生ゲームの妙味だよ

「想定内」のできごと
それのみしか起こらない人生なんて
考えただけでゾッとするね

だって
想定できることだけが
死ぬまでつづく
んだもの
目覚めの時間も
その日何を食べるかも
その日誰に会うかも
その日の排便の具合も
どんな不運に見舞われ
どんな幸運が用意されているのかも
どの程度の喜びが待ち受けていて
どの程度の涙を流すことになるのかも
すべてが
寸分の狂いなく
想定の範囲内でしか
起こってくれない
なんて
考えただけでもげんなりするし
針山地獄にも引けを取らない
なかなかの拷問だよね



いっぽうで
「想定外」のできごと
それのみしか起こらない人生もまた
考えただけでゾッとするね

だって
想定できないことだけが
死ぬまでつづく
んだもの
想定外の時間と場所で目が覚め
想定外の道順しか進めず
想定外の人物にしか出会えず
想定外のトラブルに見舞われ
想定外の時間と場所で眠りにつく
あげく
「想定外のことだけが起こることは
もうお見通しだぜ」

「想定外」の奴を見切ったつもりが
とどめの一撃とばかりに
「想定内の出来事が起こるという
想定外が起こる」
にちがいないもの
目まぐるしすぎて
身が持たないし
釜茹で地獄にも引けを取らない
なかなかの拷問だよね




創造主ってやつは
なかなかのキレ者みたいでさ
「想定内」と
「想定外」とが
絶妙なバランス配合で
誰しもにもたらされる
ように
考えに考え抜かれて
このリアル人生ゲームを
クリエイティブした
んだ



どうしてそこまで
考えに考え抜いてまで
リアル人生ゲームを
創らなきゃいけなかったかって?

答えは簡単さ





「自分(創造主)がゲームの主人公として
参加するから」
に決まってる


きみも
ぼくも
過去を生きたすべての人も
未来を生きるすべての人も
創造主が
その人として
その人をプレイした(生きた)
ひとつのなんだ


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きみのその身に
いかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
ぼくは変わらず
いずれきみにおとなうだろう「発見」によりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見」へといざなう音楽

「Water lily / illion(イリオン)」
歌詞 illion

「僕らどこへでも行けると」
調子のいいことでも言おう
君が笑ってくれたなら 
もうけもんだ

「僕ら何にでもなれると」
とびっきりの嘘でも言おう
君が呆れてくれるなら
もうけもんだもうけもんさ




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「畏(おそ)れ」こそが「希望」になりえる世界だよ

透視能力
物質化能力
テレパシー
念写能力
念動力
量子力学
未知との遭遇
死後世界体験
予知体験
霊視体験
神秘体験
シンクロニシティ




これらすべての能力
これらすべての体験が
きみの好奇心や
きみの優越感や
きみの自己肯定感を
満たすだけのものでしかないなら
そんなものに
たいした価値なんてない
んだ



ただひとつだけ

「畏れ」

そのことを
きみに抱かせたものだけが
真に価値あるものだって
ぼくは太鼓判を押すよ



「恐れ」じゃないよ
「畏れ」なんだ



なぜならば
「この世には
わからないことがある」
という
畏敬をともなう
抗いようのない体感
こそが
それ以上のものは
どこにも見つからない
究極中の究極に値する
人類最後の宝物
だから




どうして
それほどの
宝物なのかって?


何を隠そう
「畏れ」の別名は
「希望」だからさ

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「サザンオールスターズ / 希望の轍」
作詞 桑田佳祐

夢を乗せて走る車道
明日への旅
通り過ぎる街の色
思い出の日々



真夏の大感謝 希望の轍 投稿者 hamu-886646

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哲学者「スピノザ」が教えてくれたふしぎ発見!だよ パート2

たとえば

「消費者」

そう呼称されることに
違和感を覚える人間が
この現代社会において果たして
どれだけいるのだろう




ぼくらは
「消費」をするために
生まれてきたわけじゃない

生きるためにこそ
生まれてきた存在
だっていうのに




そんなふうに
ぼくたち人間が
この現代社会において
「消費者」と呼ばれることに対し
なんの違和感もなく
自明のこととして
消費奴隷に仕立てあげられている
ように



まったく疑われることなく
見過ごされている
人間という存在の
その根源的な問題
について
スピノザはこう言及するんだ


「人間たちは
自分が自由な存在であると考える点で誤る。
こういう考えは、
彼らが自分の行為について意識していながら、
自分たちが決定されている諸原因を知らないということにのみ存する」

『エチカ』第二部定理 5




「消費者」という
呼称と同様
なぜだか
ぼくら人間は
それが当たり前の前提として
自分の自由な意志によって
何かを行為し
日々を生きていると
そう信じて疑わない



なぜに誰も疑わないのかというと
それは人間の行為を決定している
その諸原因となるものを知らないから
だと
スピノザは言うんだ



じゃあ訊くけど
スピノザさん
その諸原因とやらが
なんなのかを
聞かせてもらおうじゃないの

当然
そういう疑念が
湧くことになるよね




その諸原因について
スピノザは
たとえば
こんなふうに
語るんだ


「事物について何かを肯定したり否定したりするのはわれわれではない、
事物自身である。
事物がわれわれの中で自分自身について何かを肯定したり否定したりするのだ。」

『神・人間及び人間の幸福に関する短論文』第2部第16章



「事物」とは
ぼくがこのブログで
くりかえし書き記してきた
「世界」のことさ
一般的な意味合いで使われる
「世界」のことではなくね
そして
「事物」とは
「宇宙」のことでもあるんだ


「事物」が
「世界」が
「宇宙」が
ぼくらの行為を
導いてくれているという
スピノザ的真理の全貌

少しずつ
このブログに明らかにしていくからね

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きみのその身に
いかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
ぼくは変わらず
いずれきみにおとなうだろう「発見」によりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見」へといざなう音楽

「フィッシュマンズ / 救われる気持ち」
作詞 佐藤伸治

物語の流れは
いつもそっと消えて
振り向いた瞬間
何も見えないよ




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「どみどりくん」あるいは「じゃっく」へのメッセージ

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やあやあ、よく来てくれたね。

じゃっく&どみどりくん

Author:じゃっく&どみどりくん
オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』の、姉妹ブログ『どみどりくんの、世界ふしぎ発見』に遊びに来てくださりありがとうございます。管理人のじゃっくと申します。

『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』が「表通り」を行くブログなら、こちらのブログは「裏通り」を行くブログです。
両方合わせてようやく私のメッセージの完成形となりますが、選り好みして「表通り」だけ見てもらってもまったく問題ありません。
来るべきときが訪れたなら、おのずと「裏通り」も歩かされている自分を発見されますから(ニヤリ)

で、この「裏通りブログ」が何故に必要なのかと申しますと、早い話が「表通り」だけでは解決できない、処理しきれない問題(絶体絶命のピンチ)に、人は前触れもなく遭遇するからです。
誰しものそのときのためにこそ、私「じゃっく」が、フシギニストである「どみどりくん」に扮し(チャネリング?)ながら、この「裏通りブログ」は存在し続けます。


「世界ふしぎ発見」とは言っても、某テレビ番組が世界における「目に見えるふしぎ」を発見して紹介するのとは趣がちがい、このブログでは世界における「目には見えないふしぎ」の発見を書き記することを趣旨としています。

ですが、「目には見えない」とは言っても、「UFO」「超能力」「幽霊」といった類のものとは趣が違いますし、「スピリチュアル」ともまたちょっと違うのかもしれません。
「哲学」「宗教」とも言い切れませんし、「自己啓発」「人生哲学」ともまた少し違うかもしれません。

しいて言うなら、みなさんが今まで生きてきた中で、学校教育や家庭教育やマスメディアによって抗いようもなく培われ、育くまれた「常識」「当たり前」「思い込み」「偏見」「先入観」などをとっぱらった先にある「あるがままの世界」あるいは「究極の羅針盤」の発見ってところでしょうか。


たとえばですが、

『きみが何を考え、何に思い悩み、何を行為しようとも、きみ自身は実は何もしていないのさ』

いきなりこんなことを断言されたとしたら、どう思うでしょうか。
「うん、そうだと思ってた!」という方は、おそらくは皆無に近いかと思われます。
おそらくは「あ…ちょっとこの人、ヤバイ宗教とか入ってる感じの人なんだろうな。かかわらないようにしよう…」
おおかたそんなところではないでしょうか。

ですが、私は特定の宗教を信仰していませんし、歴史上の人物や現存するいかなる人物も、敬いはしても崇拝するような対象にはなりません。この先もずっと。




そもそもはこの「裏通りブログ」から私のブログ人生が始まり、私を通路として見い出されるふしぎ発見を、誰かと分かち合い、この「リアル人生ゲーム」に活かしたいがために、2つ目のブログ『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』を作るにまで発展してきました。

「分かち合い」ほどの、いち人生を賭けるに値する究極の財宝、自他一挙両得のベストバイブスは、他に見当たりませんもの。
自分がまずうれしいし、同時に誰かもうれしいだなんて、はっきり言って
最高!

じゃないですか。







「ふしぎ発見!」の終わりに、みなさまを発見へといざなう楽曲も紹介しています。よろしければあわせて楽しんでください。
※和訳した歌詞は、英語力のない私がグーグル翻訳を参考に、個人的解釈で訳したものなので、ちょっとおかしいよっていう訳もあるかと思いますが、大目に見ていただけましたら幸いです。

カテゴリの中の「スーパーふしぎ発見」には、ブログの核となる発見かな、と思われるものを並べています。まあ、だからどうってわけでもありません。

カテゴリの中の「映画」がいざなうふしぎ発見については、ネタバレしているものがほとんどなので、どうか「この映画これから見ようとしてたのに(泣)」なんてことにならないようお気を付けください。

一度投稿した「ふしぎ発見!」も、一年くらい間隔をあけて読み返すと「うーん…なんでこんなふうに書いたんだろう」「この表現は不適切だなあ」「今ならこんな言葉は使わないなあ」といったことがよくあります。
私はまったくいとわず何度でも記事を修正します。
修正することによって、伝えるべきメッセージが進化しつづけていることを私自身実感できますし、過去記事と現在の記事とで違いすぎるがために読者を混乱におとしいれてしまうような事態も軽減されます。
投稿日に対してコメントの日付が古い記事は、「あ、修正した記事なんだな」と思ってください。




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業者の方や宣伝目的の方じゃなければ、出来うる限りフォロー返ししています。