映画「羅生門」が教えてくれたふしぎ発見!だよ

今日は映画に見るふしぎ発見!
黒澤明監督作
「羅生門」

※ネタバレありだよ※

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戦さ 地震 辻風 
火事 飢饉 疫病
災厄つづきの平安時代
人間のおそろしさに
鬼さえも逃げ出したとされる
羅生門には
志村喬演じる
杣(そま)売り
千秋実演じる
旅法師
雨宿りしていたんだ

「今日という今日は
人の心が信じられなくなりそうだ」


尋常ならざる
異様な会話を交わす二人に
上田吉二郎演じる
下人
雨宿りついでの聞き手役として加わり
ことの顛末が語られ始めるよ

杣売り
山に薪を取りに行くと
森雅之演じる
侍の金沢武弘が死んでいたんだ
あわてて杣売り
検非違使(絶大な権力を持つ当時の警察)に届け出
三船敏郎演じる
山賊の多襄丸(たじょうまる)
犯人として捕らえられ──

殺害された金沢
京マチ子演じる
妻の真砂と一緒に旅をする姿を目撃した
旅法師もまた
検非違使で目撃証言をしたよ

二人は
多襄丸
真砂

巫女に憑依した
金沢

三人それぞれの証言を
順番に耳にしていくことになるんだけれども──

三人が三人とも
まったくちがう証言

瑞々しさすら覚える
リアリティーと
真に迫る様相で
それぞれの真実を
最後まで証言しきったことに対し
杣売り
旅法師
羅生門に住み着きながらも
人間のおそろしさに
逃げ出した鬼のごとく
恐怖におののき
人間不信におちいり
ただただ茫然と
中空を見つめることだけしか
できなかったんだ

なんせ
一部始終を見ていた
杣売りが見た真実ともまた
三人それぞれの証言は
まったくちがっていたから──

──その昔
羅生門から
逃げ出した鬼は
気がついたのかもしれないね

すべての人間に
それぞれの
「言い分」
それが存在する
ということ

すべての人間に
それぞれの
「正しさ」
それが存在する
ということ

この二元世界において
唯一
真実と呼べる
そんなものがあるとするならば
これらのことが
そうなのかもしれない

この真実以上に
おそろしいもの
オレ様は知らない

だが
この真実以上に
おもしろいもの
オレ様は知らない

善 と 悪 
ではなく
善 と 善 とが 
争ってきたのだろう
言い分 と 言い分 とが 
争ってきたのだろう
正しさ と 正しさ とが 
争ってきたのだろう
人間という存在は
鬼のオレ様にも量りかねない

ってね

クライマックス
羅生門の奥から
捨て子の泣き声が
聞こえてくるんだ

赤子の金目の身ぐるみを剥いだ
下人に対し
怒りを露わにする
杣売りだったけれども
真砂が落とした
高価な短刀を盗んだこと
そのことを下人に見抜かれた
杣売り
なすすべもなく
自らの偽善を
むきだしに暴かれるよ

下人は高笑いしながら去り
茫然自失する二人

杣売り
何気なく赤子に手を伸ばすと
「残りの着物まで奪うつもりか!」
赤子をかばう旅法師

けれども杣売り
そんなつもりじゃなく
「わしのとこには子供が6人いる
しかし
6人育てるも
7人育てるも同じ苦労だ」

そう言うんだ

自分の勘違いを
恥じる旅法師だったけれども
今日という今日だけに
無理もないことを
杣売りはちゃんとわかっていて──
思わず
口を衝いてこう言うよ

「わしにはわしの心がわからねえ」

そりゃあわからなくて当然さ
なんせ
杣売りが言った「わしの心」
「わしのもの」なんかじゃなく
誰のものでもないもの
だから
わかるはずもないんだ

杣売り
そのひと言で
「心」というものが
誰の所有物でもないことを悟った旅法師
霧が晴れたような表情で
杣売りにこう言うんだ

「おぬしのおかげで
私は人を信じていくことができそうだ」


誰しもが
自らの意志だけでは
どうにもならない
抗えぬものを
頼まれてもいないのに
背負うしかなく生きつづけていること
そのことを理解した そのとき
人は初めて
本当の意味で
人を信じる強さを
持つことができるから



赤子を抱え
羅生門を去る杣売り
それを見送る
旅法師には
雨上がりの太陽が──










今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
「ふしぎ発見!」は変わらず
きみの奥深くによりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見!」へといざなう楽曲を紹介するね

「Believe / Cher(シェール)」

Do you believe in life after love
I can feel something inside me say
I really don't think you're strong enough no
Do you believe in life after love
I can feel something inside me say
I really don't think you're strong enough no
愛去りし人生を信じるつもり?
私のなかの何かがこう言うの
「お前(個)に力があるとは到底思えない」って
愛なき人生を信じれるとでも?
私のなかの何かがこう言うの
「お前(個)は愛(全)がなければやっていけない」って






この土壌(ブログ)に植えられた種(言葉)は、訪れたその人が読むことによってのみ、開花します。
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ジャンル : 小説・文学

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 さん

ぜひ、過去記事もたまに覗いてみてください。

少しずつですが、修正を加えていってます。

案外、過去記事にお宝が眠っていたりもするかもしれません。

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名無しさん

いつでもお待ちしてますよ!

sayamaさん

sayamaさんの言うとおりだね。

でも、究極的には「信じる」という概念自体が不要になるんだけれどね。何かを信じるまでもなくなるっていうか。

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No title

裏切られることなんて当たり前にあるしいい意味で裏切られることも当たり前にあるし。どっちが来ても驚く必要ないってことだな。それでやっと信じるっていうスタートラインに立てるっていう。

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「どみどりくん」あるいは「じゃっく」へのメッセージ

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やあやあ、よく来てくれたね。

じゃっく&どみどりくん

Author:じゃっく&どみどりくん
オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』の、姉妹ブログ『どみどりくんの、世界ふしぎ発見』に遊びに来てくださりありがとうございます。管理人のじゃっくと申します。

『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』が「表通り」を行くブログなら、こちらのブログは「裏通り」を行くブログです。
両方合わせてようやく私のメッセージの完成形となりますが、選り好みして「表通り」だけ見てもらってもまったく問題ありません。
来るべきときが訪れたなら、おのずと「裏通り」も歩かされている自分を発見されますから(ニヤリ)

で、この「裏通りブログ」が何故に必要なのかと申しますと、早い話が「表通り」だけでは解決できない、処理しきれない問題(絶体絶命のピンチ)に、人は前触れもなく遭遇するからです。
誰しものそのときのためにこそ、私「じゃっく」が、フシギニストである「どみどりくん」に扮し(チャネリング?)ながら、この「裏通りブログ」は存在し続けます。


「世界ふしぎ発見」とは言っても、某テレビ番組が世界における「目に見えるふしぎ」を発見して紹介するのとは趣がちがい、このブログでは世界における「目には見えないふしぎ」の発見を書き記することを趣旨としています。

ですが、「目には見えない」とは言っても、「UFO」「超能力」「幽霊」といった類のものとは趣が違いますし、「スピリチュアル」ともまたちょっと違うのかもしれません。
「哲学」「宗教」とも言い切れませんし、「自己啓発」「人生哲学」ともまた少し違うかもしれません。

しいて言うなら、みなさんが今まで生きてきた中で、学校教育や家庭教育やマスメディアによって抗いようもなく培われ、育くまれた「常識」「当たり前」「思い込み」「偏見」「先入観」などをとっぱらった先にある「あるがままの世界」あるいは「究極の羅針盤」の発見ってところでしょうか。


たとえばですが、

『きみが何を考え、何に思い悩み、何を行為しようとも、きみ自身は実は何もしていないのさ』

いきなりこんなことを断言されたとしたら、どう思うでしょうか。
「うん、そうだと思ってた!」という方は、おそらくは皆無に近いかと思われます。
おそらくは「あ…ちょっとこの人、ヤバイ宗教とか入ってる感じの人なんだろうな。かかわらないようにしよう…」
おおかたそんなところではないでしょうか。

ですが、私は特定の宗教を信仰していませんし、歴史上の人物や現存するいかなる人物も、敬いはしても崇拝するような対象にはなりません。この先もずっと。




そもそもはこの「裏通りブログ」から私のブログ人生が始まり、私を通路として見い出されるふしぎ発見を、誰かと分かち合い、この「リアル人生ゲーム」に活かしたいがために、2つ目のブログ『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』を作るにまで発展してきました。

「分かち合い」ほどの、いち人生を賭けるに値する究極の財宝、自他一挙両得のベストバイブスは、他に見当たりませんもの。
自分がまずうれしいし、同時に誰かもうれしいだなんて、はっきり言って
最高!

じゃないですか。







「ふしぎ発見!」の終わりに、みなさまを発見へといざなう楽曲も紹介しています。よろしければあわせて楽しんでください。
※和訳した歌詞は、英語力のない私がグーグル翻訳を参考に、個人的解釈で訳したものなので、ちょっとおかしいよっていう訳もあるかと思いますが、大目に見ていただけましたら幸いです。

カテゴリの中の「スーパーふしぎ発見」には、ブログの核となる発見かな、と思われるものを並べています。まあ、だからどうってわけでもありません。

カテゴリの中の「映画」がいざなうふしぎ発見については、ネタバレしているものがほとんどなので、どうか「この映画これから見ようとしてたのに(泣)」なんてことにならないようお気を付けください。

一度投稿した「ふしぎ発見!」も、一年くらい間隔をあけて読み返すと「うーん…なんでこんなふうに書いたんだろう」「この表現は不適切だなあ」「今ならこんな言葉は使わないなあ」といったことがよくあります。
私はまったくいとわず何度でも記事を修正します。
修正することによって、伝えるべきメッセージが進化しつづけていることを私自身実感できますし、過去記事と現在の記事とで違いすぎるがために読者を混乱におとしいれてしまうような事態も軽減されます。
投稿日に対してコメントの日付が古い記事は、「あ、修正した記事なんだな」と思ってください。




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