映画「DOCUMENTARY of AKB48 No flower without rain 少女たちは涙の後に何を見る?」が教えてくれたふしぎ発見!だよ

今日は映画に見るふしぎ発見!
高橋栄樹監督作
「DOCUMENTARY of AKB48 No flower without rain 少女たちは涙の後に何を見る?」

※ネタバレありだよ※

DOCUMENTARY_convert_20150816111807.png


ステージの床には
数字が並んでいる
ダンスのフォーメーション
それを決める数字
彼女たちはその数字を見ながら
自分が立つ位置がどこなのかを確かめる
舞台の端からカウントして
6 5 4 3 2 1
中心は 0
0 の位置はセンターと呼ばれている
センターはAKB48の主役
そして その場所に立つことができるメンバーは
一人しかいない


AKB48という名の
希望
追い求め
「欲」「狡」「情」「商」「涙」
「弾丸」「ミサイル」飛び交う
戦場へと志願した
少女たち

その誰しもが
自らの倫理に
そむいてでも
他のメンバーを
出し抜いてでも
0(センター)に立つことを
夢見るよ
0(センター)に立つことを
求めつづけるよ

けれどもそれは
あくまでこの世界(此岸)での話

一元的存在である
本当のぼくら(彼岸)
の視点で
この世界を見据えるならば
その0(センター)
無用の長物でしかないんだ

なぜならば
メンバーも 
ファンも
きみも 
ぼくも
今現在 
おのおのが
どんな人生を
あゆんでいようとも
すべての存在が
とっくの最初から
0(センター)の位置に
立っているから
それを求める必要性が
そもそも不要なんだ

それぞれの人が 
それぞれの人生の主役で
それぞれの人に
それぞれの0(センター)の位置がある
そういうことじゃないよ

たったひとつの
0(センター)の位置

すべての人が
いやおうなしに
立たされていて

すべての存在が
あらがいようもなく
0(センター)から
この二元世界へと
生まれいづる
んだ

「個」としてのきみは 
0(センター)を求める
AKB48の内の誰か
ファンの内の誰か
スタッフの内の誰か
あるいはその他大勢だよ

けれども
「全」としてのきみは
AKBのメンバーを超え
ファンの誰かをも超え
スタッフの誰かをも超え
その他大勢をも超えて
あらゆるすべてだよ
0(センター)そのものだよ

だからぼくらは
未来永劫
 の位置に
入ることも
卒業することもないんだ









今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
「ふしぎ発見!」は変わらず
きみのこころの奥深くによりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見!」へといざなう楽曲を紹介するね

「智慧の輪 / THA BLUE HERB(ザ・ブルー・ハーブ)」
Lyrics By – I'll-Bosstino
Music By [Beats By] – O.N.O
Producer, Mixed By – THA BLUE HERB

果てはリセット 自然とゼロが司令塔 足しても変わらず 掛けてもゼロ
埋め尽くす万物の始まりは 前の一週の終わりとの交わりだ
何も起こらない中で起こる何かしら 全ては繰り返すことで間違いない





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ジャンル : 小説・文学

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takaharaさん

ぼくはAKB48に関して、この映画を見たくらいの知識しかないのですが、映画の中だけでは語りきれないいろんなドラマがまだまだ、わんさかあるんだろうな、と思いました。

takaharaさんのような、筋金入りのファンからコメントをいただけて、あまりに光栄で驚いてます。

高橋みなみさんのコメント、youtubeで拝見しました。
1位の人がいる、ということは、必ずや2位の人がいて、3位の人がいます。4位も。5位も。6位も…
この競争に参加すること、それ自体が叶わない人もいますよね。

逆を言えば、1位の人以外の人がいなかったなら、この競争は成立しませんし、1位という概念そのものが成立しません。

勝負の世界、というものは、人をあらゆる気持ちの状態にゆさぶりかけます。それはそれは、ひたすらにドラマチックで。
先日の高校野球もそうでした。

ぼくにはそれらすべての配役がいてくれるからこそ、成立する大演劇を見ているかのように、AKB48を取り巻く世界も、あらゆる勝負事の世界も見えています。

akb48

akb48のフアンになつて、6年がたつた。こんなに長くアイドルを好きに、なつたのは初めてだ。なぜ、akb48にハマるのか、ブスもいなければ、綺麗な人もいない、しかも、会える、握手できる、最高です。
1年に1回総選挙がある、今年の総選挙高橋みなみのコメントに
とても感動した。いくら、がんばつても、1位になれないと、いつている
同期には前田敦子、大島優子がいて、みんなカリスマ性がある。
12月に卒業する、高橋みなみ、お疲れ様です。
今年、センターは指原莉乃だつた。いままで、2連覇はない、来年
楽しみだ。

sayamaさん

醤油うこと!

No title

緑色のセンターからぶれることがないから、心置きなくピンクのセンターを狙えるってわけだな。
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「どみどりくん」あるいは「じゃっく」へのメッセージ

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やあやあ、よく来てくれたね。

じゃっく&どみどりくん

Author:じゃっく&どみどりくん
オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』の、姉妹ブログ『どみどりくんの、世界ふしぎ発見』に遊びに来てくださりありがとうございます。管理人のじゃっくと申します。

『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』が「表通り」を行くブログなら、こちらのブログは「裏通り」を行くブログです。
両方合わせてようやく私のメッセージの完成形となりますが、選り好みして「表通り」だけ見てもらってもまったく問題ありません。
来るべきときが訪れたなら、おのずと「裏通り」も歩かされている自分を発見されますから(ニヤリ)

で、この「裏通りブログ」が何故に必要なのかと申しますと、早い話が「表通り」だけでは解決できない、処理しきれない問題(絶体絶命のピンチ)に、人は前触れもなく遭遇するからです。
誰しものそのときのためにこそ、私「じゃっく」が、フシギニストである「どみどりくん」に扮し(チャネリング?)ながら、この「裏通りブログ」は存在し続けます。


「世界ふしぎ発見」とは言っても、某テレビ番組が世界における「目に見えるふしぎ」を発見して紹介するのとは趣がちがい、このブログでは世界における「目には見えないふしぎ」の発見を書き記することを趣旨としています。

ですが、「目には見えない」とは言っても、「UFO」「超能力」「幽霊」といった類のものとは趣が違いますし、「スピリチュアル」ともまたちょっと違うのかもしれません。
「哲学」「宗教」とも言い切れませんし、「自己啓発」「人生哲学」ともまた少し違うかもしれません。

しいて言うなら、みなさんが今まで生きてきた中で、学校教育や家庭教育やマスメディアによって抗いようもなく培われ、育くまれた「常識」「当たり前」「思い込み」「偏見」「先入観」などをとっぱらった先にある「あるがままの世界」あるいは「究極の羅針盤」の発見ってところでしょうか。


たとえばですが、

『きみが何を考え、何に思い悩み、何を行為しようとも、きみ自身は実は何もしていないのさ』

いきなりこんなことを断言されたとしたら、どう思うでしょうか。
「うん、そうだと思ってた!」という方は、おそらくは皆無に近いかと思われます。
おそらくは「あ…ちょっとこの人、ヤバイ宗教とか入ってる感じの人なんだろうな。かかわらないようにしよう…」
おおかたそんなところではないでしょうか。

ですが、私は特定の宗教を信仰していませんし、歴史上の人物や現存するいかなる人物も、敬いはしても崇拝するような対象にはなりません。この先もずっと。




そもそもはこの「裏通りブログ」から私のブログ人生が始まり、私を通路として見い出されるふしぎ発見を、誰かと分かち合い、この「リアル人生ゲーム」に活かしたいがために、2つ目のブログ『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』を作るにまで発展してきました。

「分かち合い」ほどの、いち人生を賭けるに値する究極の財宝、自他一挙両得のベストバイブスは、他に見当たりませんもの。
自分がまずうれしいし、同時に誰かもうれしいだなんて、はっきり言って
最高!

じゃないですか。







「ふしぎ発見!」の終わりに、みなさまを発見へといざなう楽曲も紹介しています。よろしければあわせて楽しんでください。
※和訳した歌詞は、英語力のない私がグーグル翻訳を参考に、個人的解釈で訳したものなので、ちょっとおかしいよっていう訳もあるかと思いますが、大目に見ていただけましたら幸いです。

カテゴリの中の「スーパーふしぎ発見」には、ブログの核となる発見かな、と思われるものを並べています。まあ、だからどうってわけでもありません。

カテゴリの中の「映画」がいざなうふしぎ発見については、ネタバレしているものがほとんどなので、どうか「この映画これから見ようとしてたのに(泣)」なんてことにならないようお気を付けください。

一度投稿した「ふしぎ発見!」も、一年くらい間隔をあけて読み返すと「うーん…なんでこんなふうに書いたんだろう」「この表現は不適切だなあ」「今ならこんな言葉は使わないなあ」といったことがよくあります。
私はまったくいとわず何度でも記事を修正します。
修正することによって、伝えるべきメッセージが進化しつづけていることを私自身実感できますし、過去記事と現在の記事とで違いすぎるがために読者を混乱におとしいれてしまうような事態も軽減されます。
投稿日に対してコメントの日付が古い記事は、「あ、修正した記事なんだな」と思ってください。




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