TVドラマ「植物男子ベランダー」が教えてくれたふしぎ発見!だよ

今日はTVドラマに見るふしぎ発見!
いとうせいこう原作 / 望月一扶脚本・演出
「植物男子ベランダー」

※ネタバレありだよ!※

無題

都会の片隅で
ひっそりと暮らす
植物ライターでありながら
中年のバツイチ男
田口トモロヲ演じる
自称「ベランダー」

ベランダー
独断偏見の園芸
カタカナに要約すると
ボタニカル・ハードボイルド という
自らの掟に従い
都会のベランダにおいて
植物を育てることを
無上の喜びとしているんだ

けれども
実際にハードボイルドなのは
物語の進行上のナレーションだけで
実際のところは
「植物の育て方」の類の本や情報を
読むことはないし
検索もしないと豪語しながらも
すぐにその掟は破られるし
美しい花とお姉さんには
めっぽう弱く
花が咲いたり
枯れてしまったりすることに
大げさなまでに一喜一憂し
植物に翻弄される男の
ひたすらに滑稽な姿が
たんたんと描かれていくんだ

SEASON1の最終話
憧れの蓮の花を
たったの一日で枯らした
ベランダー
蓮に限らず
何度も何度も
自らの不注意で
枯らすことをくり返してしまう
そんな不毛さに嫌気がさし
自らを見失ってしまうよ

けれども
自らがベランダーとなった
原点である
園芸家カレルチャペックの言葉

「よく聞きたまえ
死などというものは
決して存在しないのだ
芽が私たちに見えないのは
土の中にあるからだ
未来が私たちに見えないのは
一緒にいるからだ
一日も無駄にしてはならない
我々園芸家は
未来に生きているのだ」


その言葉を耳にしたとき
ベランダー
ベランダーとしての自らを
取り戻すんだ

「未来のことなど
誰にも分らないし
知りたくもない

それでもオレは
土をいじり
葉をさわり
泥まみれになりながら
植物どもと暮らしていたい」


いま 目の前のこと
そこを生き始めた
ベランダー
再び
いまを見失い
見えもしない未来を閉ざし
過去を憂いも
することになるよ

何を隠そう
それこそが
生きる
ということだから

けれども
過去に
足首を
つかまれようと
未来に
胴体を
羽交い絞めにされようとも

過去や未来が
不自由
生み出してくれるからこそ
不自由
ふりほどくことを
ぼくら人間は
求めることができるし
おおぞらをあおぐ
植物たちのように
自由を求めて
その両手を
めいっぱい
ひろげることができるんだ









今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
「ふしぎ発見!」は変わらず
きみの奥深くによりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見!」へといざなう楽曲を紹介するね

「アネモネが鳴いた / 大橋トリオ」
作詞 micca
作曲 Yoshinori Ohashi

ありがとうさようなら今日という日よ
全てが愛しくてたまらない
二度とない今日という日は
何処かにずっと隠してあるから
戻らぬ風の中宇宙見上げた






この土壌(ブログ)に植えられた種(言葉)は、訪れたその人が読むことによってのみ、開花します。
ふたつと同じ花が咲くことはなく、訪れたその人だけの、その人に出逢う運命を担っていた花です。
この土壌に意義を見い出した方は、ご支援のワンクリックをいただけましたら幸いです。

テーマ : 詩・想
ジャンル : 小説・文学

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非公開コメント

sayamaさん

こんなに何も起こらない、平和でほのぼのしたドラマはなかなかないと思うよ笑

初めは退屈に思えるんだけれど、だんだんとそれが味わい深くなってきて、癖になってくる、不思議なドラマなんだよね~

No title

カモーン再放送!
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「どみどりくん」あるいは「じゃっく」へのメッセージ

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やあやあ、よく来てくれたね。

じゃっく&どみどりくん

Author:じゃっく&どみどりくん
オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』の、姉妹ブログ『どみどりくんの、世界ふしぎ発見』に遊びに来てくださりありがとうございます。管理人のじゃっくと申します。

『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』が「表通り」を行くブログなら、こちらのブログは「裏通り」を行くブログです。
両方合わせてようやく私のメッセージの完成形となりますが、選り好みして「表通り」だけ見てもらってもまったく問題ありません。
来るべきときが訪れたなら、おのずと「裏通り」も歩かされている自分を発見されますから(ニヤリ)

で、この「裏通りブログ」が何故に必要なのかと申しますと、早い話が「表通り」だけでは解決できない、処理しきれない問題(絶体絶命のピンチ)に、人は前触れもなく遭遇するからです。
誰しものそのときのためにこそ、私「じゃっく」が、フシギニストである「どみどりくん」に扮し(チャネリング?)ながら、この「裏通りブログ」は存在し続けます。


「世界ふしぎ発見」とは言っても、某テレビ番組が世界における「目に見えるふしぎ」を発見して紹介するのとは趣がちがい、このブログでは世界における「目には見えないふしぎ」の発見を書き記することを趣旨としています。

ですが、「目には見えない」とは言っても、「UFO」「超能力」「幽霊」といった類のものとは趣が違いますし、「スピリチュアル」ともまたちょっと違うのかもしれません。
「哲学」「宗教」とも言い切れませんし、「自己啓発」「人生哲学」ともまた少し違うかもしれません。

しいて言うなら、みなさんが今まで生きてきた中で、学校教育や家庭教育やマスメディアによって抗いようもなく培われ、育くまれた「常識」「当たり前」「思い込み」「偏見」「先入観」などをとっぱらった先にある「あるがままの世界」あるいは「究極の羅針盤」の発見ってところでしょうか。


たとえばですが、

『きみが何を考え、何に思い悩み、何を行為しようとも、きみ自身は実は何もしていないのさ』

いきなりこんなことを断言されたとしたら、どう思うでしょうか。
「うん、そうだと思ってた!」という方は、おそらくは皆無に近いかと思われます。
おそらくは「あ…ちょっとこの人、ヤバイ宗教とか入ってる感じの人なんだろうな。かかわらないようにしよう…」
おおかたそんなところではないでしょうか。

ですが、私は特定の宗教を信仰していませんし、歴史上の人物や現存するいかなる人物も、敬いはしても崇拝するような対象にはなりません。この先もずっと。




そもそもはこの「裏通りブログ」から私のブログ人生が始まり、私を通路として見い出されるふしぎ発見を、誰かと分かち合い、この「リアル人生ゲーム」に活かしたいがために、2つ目のブログ『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』を作るにまで発展してきました。

「分かち合い」ほどの、いち人生を賭けるに値する究極の財宝、自他一挙両得のベストバイブスは、他に見当たりませんもの。
自分がまずうれしいし、同時に誰かもうれしいだなんて、はっきり言って
最高!

じゃないですか。







「ふしぎ発見!」の終わりに、みなさまを発見へといざなう楽曲も紹介しています。よろしければあわせて楽しんでください。
※和訳した歌詞は、英語力のない私がグーグル翻訳を参考に、個人的解釈で訳したものなので、ちょっとおかしいよっていう訳もあるかと思いますが、大目に見ていただけましたら幸いです。

カテゴリの中の「スーパーふしぎ発見」には、ブログの核となる発見かな、と思われるものを並べています。まあ、だからどうってわけでもありません。

カテゴリの中の「映画」がいざなうふしぎ発見については、ネタバレしているものがほとんどなので、どうか「この映画これから見ようとしてたのに(泣)」なんてことにならないようお気を付けください。

一度投稿した「ふしぎ発見!」も、一年くらい間隔をあけて読み返すと「うーん…なんでこんなふうに書いたんだろう」「この表現は不適切だなあ」「今ならこんな言葉は使わないなあ」といったことがよくあります。
私はまったくいとわず何度でも記事を修正します。
修正することによって、伝えるべきメッセージが進化しつづけていることを私自身実感できますし、過去記事と現在の記事とで違いすぎるがために読者を混乱におとしいれてしまうような事態も軽減されます。
投稿日に対してコメントの日付が古い記事は、「あ、修正した記事なんだな」と思ってください。




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