「強運」だけしかない世界だよ

冷たい地べたを
這いつくばりつづける
そこのきみ
きみはなんて強運なのだろう
なぜならば
すでに立っている者は
ようやく立ち上がることができた
その瞬間の
達成感
多幸感を
味わうことはできないもの

こころが乾燥し
ひびわれ
からからに渇ききっている
そこのきみ
きみはなんて強運なのだろう
なぜならば
すでに潤っている者は
水がしみ込み
順を追って
だんだんに満ちてゆく
流動感
横溢感を
味わうことができないもの

飛び込み台に
立ってもいない
その前から
足のふるえが止まらない
そこのきみ
きみはなんて強運なのだろう
なぜならば
すでに泳いでいる者から
恐怖の対価として 
えることができる
いま この瞬間の中に
飛び込んだ
そのときに全身をつらぬく
爽快感 
解放感は
どうしたって生まれえないもの

挑む も
逃げる も
何もしない も
その選択肢に
正解も
不正解も
◯も
×も 
あるわきゃない


ぼくの言葉に
耳を貸す必要なんてない
誰の言葉にも
耳を貸す必要なんてない

きみが 
いままさに
何を感じ
何を思い
何を味わい
何を体験しているのか
ただそのことのみに
忠実でありさえすれば
それでいい
んだ
そのことを
身体で理解した 
そのとき
きみは開眼するはずさ
「運」
古くからそう呼ばれつづけてきた
その概念の中に
いいも 
わるいも
いっさいない
ってことを

そのとききみは
疑いの余地なく
「最強」でしかないんだ









今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けていようとも
「ふしぎ発見!」は変わらず
きみの奥深くによりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見!」へといざなう楽曲を紹介するね

「Let Forever Be / The Chemical Brothers(ザ・ケミカル・ブラザーズ)」

How does it feel like,
to wake up in the sun?
How does it feel like,
to shine on everyone?
How does it feel like,
to let forever be?
朝陽をいっぱいに浴び 
目覚めるのはどんな気分だい
すべての人に向かい 
輝きを放つのはどんな気分だい
永遠を永遠のままに 
受け入れることはどんな気分だい






この土壌(ブログ)に植えられた種(言葉)は、訪れたその人が読むことによってのみ、開花します。
ふたつと同じ花が咲くことはなく、訪れたその人だけの、その人に出逢う運命を担っていた花です。
この土壌に意義を見い出した方は、ご支援のワンクリックをいただけましたら幸いです。
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テーマ : 詩・想
ジャンル : 小説・文学

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sayamaさん

おっしゃるとおり!

planetさん

ありがとうございます。

お言葉、とてもありがたいです。

こんなブログをやりながらも、ふと急に、何故に自分はこんなメッセージを発信しているんだっけ?とわからなくなることがたまにあります。
ぼくが何かを発信しようと、しまいと、申し分なく、世界は最善の道を辿ってゆくからです。
ですがそんなときは、planetさんがしてくださるように、いつも誰かが「ここはこういう場所なんだよ」と、この場所の意義を教えてくれます。
世界がその人を経由し、ぼくの背中をえいと押すのを感じます。
「今はまだ発信を続けることが最善の道だよ」
そんな声が聞こえてくるかのようです。

No title

考えてみれば強運て言葉もへんな言葉だよな。運ばれていくだけのことに強いも何もないだろ。

人、それぞれ

一つ言えること
ここに来るべくして来て
自分の中に誰しも他人にいえない思想が湧いてくる
その病的とも現実離れとも言えるその核のようなもの
それを解放してやることが、開眼であり悟りであるのではないかと思いました。
そして、その目を開かせる何かがここにはあるんじゃなかな?
ありがとう・・・どみどりくん

Planetさん

仰ってること、とてもよくわかります。

planetさんの感じているその解放感が、それを必要とするまだ見ぬ人の元へ、少しでも波及していってくれたなら、とてもうれしいことです。
ですが、そうならなかったとしても、それはそれで、世界がそうすることを選んだにすぎません。

ありがとうございます。
planetさんのような方がいてくださることが、決して誰にも伝わっていないわけではないし、決して無駄なことをしているわけではない、ということの再確認となり、それは次への力になります。

謝謝♪

それ、よくわかる!
あ~神も仏もいないのか!!!と地獄の渦中で叫んで
何もかもどうでもよくなっていたら、望むものが手に入っていた!という経験あります・・・

ってか、地獄と思っていたのも記憶の操作ではないか?と後に感じるのだけれど・・・
そもそも悪運も強運もなくて、ただただ記憶という概念の中で感じているだけなんじゃないかとね。
光陰矢の如し、この年齢になると1月、1年、5年なんてあっという間に過ぎていて、とてもそんな年月を過ごしたような気がしないのですよ。「世界五分前仮説」独り静かに居ると、過去の記憶は本当に経験した事なんだろうか?と感じるのです。
そして、今はそれを誰かと共有したいとか確認したいという思いもなくて、ただただ自分がそう感じて思って、楽に生きれりゃいいかなって、私もそう思えるようになりましたよ・・・お陰さまで
この上ない解放感を感じています。
どみどりくんとの出会いが強運でしたね。(笑)

このブログが役に立ってると思った方はぼく↓をクリックしてもらえるとうれしいです。
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「どみどりくん」あるいは「じゃっく」へのメッセージ

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やあやあ、よく来てくれたね。

じゃっく&どみどりくん

Author:じゃっく&どみどりくん
オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』の、姉妹ブログ『どみどりくんの、世界ふしぎ発見』に遊びに来てくださりありがとうございます。管理人のじゃっくと申します。

『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』が「表通り」を行くブログなら、こちらのブログは「裏通り」を行くブログです。
両方合わせてようやく私のメッセージの完成形となりますが、選り好みして「表通り」だけ見てもらってもまったく問題ありません。
来るべきときが訪れたなら、おのずと「裏通り」も歩かされている自分を発見されますから(ニヤリ)

で、この「裏通りブログ」が何故に必要なのかと申しますと、早い話が「表通り」だけでは解決できない、処理しきれない問題(絶体絶命のピンチ)に、人は前触れもなく遭遇するからです。
誰しものそのときのためにこそ、私「じゃっく」が、フシギニストである「どみどりくん」に扮し(チャネリング?)ながら、この「裏通りブログ」は存在し続けます。


「世界ふしぎ発見」とは言っても、某テレビ番組が世界における「目に見えるふしぎ」を発見して紹介するのとは趣がちがい、このブログでは世界における「目には見えないふしぎ」の発見を書き記することを趣旨としています。

ですが、「目には見えない」とは言っても、「UFO」「超能力」「幽霊」といった類のものとは趣が違いますし、「スピリチュアル」ともまたちょっと違うのかもしれません。
「哲学」「宗教」とも言い切れませんし、「自己啓発」「人生哲学」ともまた少し違うかもしれません。

しいて言うなら、みなさんが今まで生きてきた中で、学校教育や家庭教育やマスメディアによって抗いようもなく培われ、育くまれた「常識」「当たり前」「思い込み」「偏見」「先入観」などをとっぱらった先にある「あるがままの世界」あるいは「究極の羅針盤」の発見ってところでしょうか。


たとえばですが、

『きみが何を考え、何に思い悩み、何を行為しようとも、きみ自身は実は何もしていないのさ』

いきなりこんなことを断言されたとしたら、どう思うでしょうか。
「うん、そうだと思ってた!」という方は、おそらくは皆無に近いかと思われます。
おそらくは「あ…ちょっとこの人、ヤバイ宗教とか入ってる感じの人なんだろうな。かかわらないようにしよう…」
おおかたそんなところではないでしょうか。

ですが、私は特定の宗教を信仰していませんし、歴史上の人物や現存するいかなる人物も、敬いはしても崇拝するような対象にはなりません。この先もずっと。




そもそもはこの「裏通りブログ」から私のブログ人生が始まり、私を通路として見い出されるふしぎ発見を、誰かと分かち合い、この「リアル人生ゲーム」に活かしたいがために、2つ目のブログ『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』を作るにまで発展してきました。

「分かち合い」ほどの、いち人生を賭けるに値する究極の財宝、自他一挙両得のベストバイブスは、他に見当たりませんもの。
自分がまずうれしいし、同時に誰かもうれしいだなんて、はっきり言って
最高!

じゃないですか。







「ふしぎ発見!」の終わりに、みなさまを発見へといざなう楽曲も紹介しています。よろしければあわせて楽しんでください。
※和訳した歌詞は、英語力のない私がグーグル翻訳を参考に、個人的解釈で訳したものなので、ちょっとおかしいよっていう訳もあるかと思いますが、大目に見ていただけましたら幸いです。

カテゴリの中の「スーパーふしぎ発見」には、ブログの核となる発見かな、と思われるものを並べています。まあ、だからどうってわけでもありません。

カテゴリの中の「映画」がいざなうふしぎ発見については、ネタバレしているものがほとんどなので、どうか「この映画これから見ようとしてたのに(泣)」なんてことにならないようお気を付けください。

一度投稿した「ふしぎ発見!」も、一年くらい間隔をあけて読み返すと「うーん…なんでこんなふうに書いたんだろう」「この表現は不適切だなあ」「今ならこんな言葉は使わないなあ」といったことがよくあります。
私はまったくいとわず何度でも記事を修正します。
修正することによって、伝えるべきメッセージが進化しつづけていることを私自身実感できますし、過去記事と現在の記事とで違いすぎるがために読者を混乱におとしいれてしまうような事態も軽減されます。
投稿日に対してコメントの日付が古い記事は、「あ、修正した記事なんだな」と思ってください。




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業者の方や宣伝目的の方じゃなければ、出来うる限りフォロー返ししています。