どみどりくん みどりの日編 上

みなさまGWをいかがお過ごしでしょうか。

うちの息子どみどりくんがいつもお世話になっております。父のじゃっくです。

本日から三日間は、GWで浮かれているどみどりくんに代わりまして、私じゃっくがブログを担当させていただきます。

主人公どみどりくんのささやかな物語をどうぞお楽しみください。

                                 じゃっく






身に着ける服は、いつもみどりいろ

ランドセルの色も、みどりいろ

好きな食べ物は、おもにきゅうり枝豆

そんなわけで、いつしか彼は、「どみどりくん」と呼ばれるようになりました。

そして今日の日付はというと、5月4日。言わずもがなのみどりの日!

一年に一度だけのこの喜ばしい一日を、誰よりも待ちわびていたどみどりくんは、「自然にしたしむとともにその恩恵に感謝し、豊かな心をはぐくむ」というみどりの日祝日法の趣旨どおり、どみどりな気分で近所を散歩していました。

どみどりバッグから大好物の枝豆を取り出し、茹でたての大豆の香りに酔いしれつつ、みどりの日に枝豆を食べられる幸せを噛みしめていると、家から飛び出てきた少年がこちらに向かって猛進してきます。
少年は泣きじゃくっているのでまったく前を見ていません。「危ない!」と思ったのと同時に、どみどりくんは突き飛ばされ、地面にころがってしまいました。

「ヒサシィー!待ちなさい!」

同じ家から少年を追って出てきたおじさんが一人。

どみどりくんが突き飛ばされたのを見ていたおじさんは、あわててどみどりくんを抱き起こしました。

「坊や、すまなかったな」

「だいじょうぶだよおじさん。そんなことより、今のはおじさんの息子でしょう?」

「ははは、まだ小さいのにしっかりしてるなあ」

「ぼくのことはいいから追いかけなよ」

「いや、今は何を言ってもムダだよ」

「ふうん。なんかあったの?」

「いや…坊やに話すようなことじゃあない。なあに、今日に限ったことじゃないんだ」

「確かにぼくは坊やではあるけれども、単なる坊やとは違うよ。ぼく、ブッダの生まれ変わりだし」

「…ハア?」

「だからあ、ブッダの生まれ変わりなんだってば」

おじさんはしばらくのあいだ、きょとんとしていました。

「そ…そうかそうか!よくわかった、うんうん、ブッダの生まれ変わりなんだな。おじさんちゃあんと坊やの言ってることを信じてるよ」

「ウソつき。信じてないくせに」

「ぷっ…いや、失敬失敬。なあに、坊やが口の周りいっぱいに枝豆の食べカスをつけていることも、全身みどりいろのコーディネートなことも、坊やがブッダの生まれ変わりじゃない理由にはならないさ」

「別に信じてくれなくてもいいけどさあ」

「ブッダさまの御前で失礼した。おじさんのこの態度を改めなきゃいけないな。座禅を組み、手を合わせよう。なんならお経を読みましょうか、ブッダさま」

再び吹き出すおじさんに、そっと、どみどりくんはつぶやきました。

「ヒサシくんを殴ったのは、おじさんじゃあないよ」

そのひと言を聞いた瞬間に、おじさんは凍り付きます。

「……どうしてそのことを」

「だから言ったでしょ。ブッダの生まれ変わりだって」

「そんなバカな話が…」

「どうやらあるみたいだよ」

おじさんはしばらくのあいだ、まばたきするのも忘れるほどに、どみどりくんをじっと見つめ、ごくりと唾をひと飲みしてからたずねました。

「何もかも…お見通しなのか?」

「ぼく自身は何も見通そうだなんてしてないよ。その場面の情景が頼んでもいないのに勝手にぼくを通過していったんだ。ただそれだけのことだよ」

「さっき、殴ったのは私じゃないと、確かそう言ったよな?」

「言ったよ」

「じゃあ訊かせてもらうが、私じゃなければ他の誰が殴ったっていうんだ。私が二重人格者だとでも言うのかい?」

だよ」

「ぜん?」

「はい!じゃあ質問。おじさんが激情したのはどうしてだろう」

「あいつがウソをついたからさ。それも、一度や二度のことじゃない」

「じゃあ、どうしてヒサシくんのウソが許せないんだろう」

「あいつは私の分身みたいなもんだ。そして私自身、ウソをつく人間が許せないからだ」

「じゃあ、ウソをつく人間が許せないのはなぜだろう」

「ウソをついたことによって、かかわった人間を傷つけ、信頼を失い、自分も傷ついた経験があるからさ。あんな思いをするのは、二度とごめんだ」

「ヒサシくんぐらいのころ、友達の家で遊んでるとき、友達のゲームソフトを盗んだんだね」

「…だから勝手に心を覗くなよ」

「勝手にじゃないよ。頼んでもいないのに見せられちゃうんだってば。で、そのとき、どうしてゲームソフトを盗んだの?」

「そのゲームソフトが欲しかったからに決まってるだろう」

「それだけ?」

「そいつがやさしい奴で、にぶそうな奴だった、ということにつけこんだ」

「どうしてつけこんじゃったんだろうね」

「そうすることによって、そいつを傷つけることや、大切な人からの信頼を失うリスクがあることにまで、想像力が及ばなかった。善悪の判断力に、まだ乏しかったんだ。このことを「未熟だったから」と言って片づけてしまうならば、世の中のすべての悪事が「未熟だったから」で片づけられてしまうことになる。だが、未熟と成熟のあいだに、明確なボーダーラインなんて存在しないし、成熟者が悪事を働かないとも言い切れないのがこの世の摂理だろう?

未熟と成熟に限らないよ。賢者と愚者も、善人と悪人も、この世界に内包された存在である限り、完結して完成されたボーダーラインなんて、永遠にありえないもの

「そのことを坊やは、2500年も前の時代に、諸行無常と、そう呼んだわけか」

「おじさん、実を言うとね、まだまだ他にもゲームソフトを盗んだ理由がたくさんあるんだ。おまえが私の何を知っているんだって、そう思うかもしれないけれどね、でもとても大切なことなんだ。そのことに比べたなら、未熟か成熟かなんて問題は、鼻クソにも及ばないよ」

「…いったい坊やが何を言いたいのか、わるいが私にはさっぱりだ…」

「もう少し視点を広げてみて。おじさんがどうしてゲームソフトを盗んだのか、もう一度見つめなおしてみてよ」

「やれやれ、困った坊やに捕まったもんだ…」

しぶしぶ、おじさんはすぐそばのガードレールに腰かけると、中空を見つめ、静かに潜思することを試みました。

《みどりの日編 中につづく》









以下
どみどりくんからのメッセージです


今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
「ふしぎ発見!」は変わらず
きみのこころの奥深くによりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見!」へといざなう楽曲を紹介するね

「Nothing's gonna change / 電気グルーヴ」
作詞作曲 石野卓球

私の心は衛星のよう
あなたの周囲をぐるぐるぐるぐる
あなたに行き着くことはないのだろうか






ぼくを応援してくれる人は、一日に一回、黒板をクリックしてくれるとうれしいです。より多くの人へ、このブログが届くきっかけになります。
関連記事

テーマ : 詩・想
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

sayamaさん、いつもどみどりくんがお世話になっております。

今日はお友達と野球をやって遊んでいるようですよ。

No title

じゃっくさんお疲れ様です。
どみどりくんうかれてるんすね笑
ワンクリックいただけると励みになります。
最新投稿
最新コメント
カテゴリ
月別アーカイブ
「どみどりくん」あるいは「じゃっく」へのメッセージ

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
どみどりな応援者
RSSリンクの表示
QRコード
QR
やあやあ、よく来てくれたね。

じゃっく&どみどりくん

Author:じゃっく&どみどりくん
オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』の、姉妹ブログ『どみどりくんの、世界ふしぎ発見』に遊びに来てくださりありがとうございます。管理人のじゃっくと申します。

『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』が「表通り」を行くブログなら、こちらのブログは「裏通り」を行くブログです。
両方合わせてようやく私のメッセージの完成形となりますが、選り好みして「表通り」だけ見てもらってもまったく問題ありません。
来るべきときが訪れたなら、おのずと「裏通り」も歩かされている自分を発見されますから(ニヤリ)

で、この「裏通りブログ」が何故に必要なのかと申しますと、早い話が「表通り」だけでは解決できない、処理しきれない問題(絶体絶命のピンチ)に、人は前触れもなく遭遇するからです。
誰しものそのときのためにこそ、私「じゃっく」が、フシギニストである「どみどりくん」に扮し(チャネリング?)ながら、この「裏通りブログ」は存在し続けます。


「世界ふしぎ発見」とは言っても、某テレビ番組が世界における「目に見えるふしぎ」を発見して紹介するのとは趣がちがい、このブログでは世界における「目には見えないふしぎ」の発見を書き記することを趣旨としています。

ですが、「目には見えない」とは言っても、「UFO」「超能力」「幽霊」といった類のものとは趣が違いますし、「スピリチュアル」ともまたちょっと違うのかもしれません。
「哲学」「宗教」とも言い切れませんし、「自己啓発」「人生哲学」ともまた少し違うかもしれません。

しいて言うなら、みなさんが今まで生きてきた中で、学校教育や家庭教育やマスメディアによって抗いようもなく培われ、育くまれた「常識」「当たり前」「思い込み」「偏見」「先入観」などをとっぱらった先にある「あるがままの世界」あるいは「究極の羅針盤」の発見ってところでしょうか。


たとえばですが、

『きみが何を考え、何に思い悩み、何を行為しようとも、きみ自身は実は何もしていないのさ』

いきなりこんなことを断言されたとしたら、どう思うでしょうか。
「うん、そうだと思ってた!」という方は、おそらくは皆無に近いかと思われます。
おそらくは「あ…ちょっとこの人、ヤバイ宗教とか入ってる感じの人なんだろうな。かかわらないようにしよう…」
おおかたそんなところではないでしょうか。

ですが、私は特定の宗教を信仰していませんし、歴史上の人物や現存するいかなる人物も、敬いはしても崇拝するような対象にはなりません。この先もずっと。




そもそもはこの「裏通りブログ」から私のブログ人生が始まり、私を通路として見い出されるふしぎ発見を、誰かと分かち合い、この「リアル人生ゲーム」に活かしたいがために、2つ目のブログ『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』を作るにまで発展してきました。

「分かち合い」ほどの、いち人生を賭けるに値する究極の財宝、自他一挙両得のベストバイブスは、他に見当たりませんもの。
自分がまずうれしいし、同時に誰かもうれしいだなんて、はっきり言って
最高!

じゃないですか。







「ふしぎ発見!」の終わりに、みなさまを発見へといざなう楽曲も紹介しています。よろしければあわせて楽しんでください。
※和訳した歌詞は、英語力のない私がグーグル翻訳を参考に、個人的解釈で訳したものなので、ちょっとおかしいよっていう訳もあるかと思いますが、大目に見ていただけましたら幸いです。

カテゴリの中の「スーパーふしぎ発見」には、ブログの核となる発見かな、と思われるものを並べています。まあ、だからどうってわけでもありません。

カテゴリの中の「映画」がいざなうふしぎ発見については、ネタバレしているものがほとんどなので、どうか「この映画これから見ようとしてたのに(泣)」なんてことにならないようお気を付けください。

一度投稿した「ふしぎ発見!」も、一年くらい間隔をあけて読み返すと「うーん…なんでこんなふうに書いたんだろう」「この表現は不適切だなあ」「今ならこんな言葉は使わないなあ」といったことがよくあります。
私はまったくいとわず何度でも記事を修正します。
修正することによって、伝えるべきメッセージが進化しつづけていることを私自身実感できますし、過去記事と現在の記事とで違いすぎるがために読者を混乱におとしいれてしまうような事態も軽減されます。
投稿日に対してコメントの日付が古い記事は、「あ、修正した記事なんだな」と思ってください。




ツイッターもやってます。
業者の方や宣伝目的の方じゃなければ、出来うる限りフォロー返ししています。