どみどりくん スーパームーン編 前編

いつもどみどりくんのブログに遊びに来てくださりありがとうございます。
管理人であり、どみどりくんの父でもある「じゃっく」です。

皆様のお力添えと不可視な存在の働きかけのおかげさまで、どみどりくんの世界ふしぎ発見!も、どうにかこうにか約半年を迎えました。

10月から、個人的な事情で更新するペースが落ちたり、コメントへの返信が遅くなったりすることもあるかもしれませんが、不可視なコトバが私に働きかけてくれる限りは、これからも気の向くままに、おもむくままに発信して参ります。

今回は、前編、後編を2日間に分けて、私じゃっくが描くどみどりくんの対話形式ショートストーリー第4弾を掲載させていただきます。

それではお楽しみください。





2015年、9月末日。

満月の中でも、特に大きく明るいらしい、スーパームーンとやらが見れるとあって、日が暮れる少し前を見計らい、どみどりくんは見晴らしのいい橋のたもとを目指し、意気揚々と家を飛び出ました。

「MOONあなたは知ってるの♪ MOONあなたは何もかも♪ 初めて歩いた日のことも~♪」

などと能天気にレベッカのMOONを唄いながら、川べりを歩いていると、橋の真ん中で身を乗り出し、真下を見つめる少女を発見。

何か面白いものでも見つけたのかな?と思ったどみどりくんは、少女のそばまで走り寄りました。

「何見てんの?アザラシ?」

少女は見向きもしません。

「ぼくはスーパームーン目的で来たんだけれども、こんなにも分厚い曇でおおわれてるんじゃ見れそうもないよ」

中学生くらいの少女は、チラリ、どみどりくんに目を向けます。

「…あんたってもしかして…どみどりくん?」

「そうだよ」

「やっぱり。まさかほんとに全身みどりのコーディネートだと思わなかった…」

「ねえねえ、川に何がいたの?」

「実はさ……ここから飛び降りちゃおうかと思って」

「ふうん、そうなんだ」

「冗談に決まってんじゃん!ていうか、ぜんぜん驚かないんだね。何度もここに来てるけど、どの人も深刻な面持ちでさ、あたしが飛び降りないように意地でも説得してかかるのが笑えるのに」

「だって、初めて会ったきみが、いきなりそうしたいって言うんなら、ふうんて言うほかないじゃない」

「あんたって変わってんね」

きみだって絶え間なく変わっていってるよ。きみが『変わってるね』って、いま言ったときのきみも、それを聞いてたぼくも、もう『ここ』にはいないんだ」

少女は目をまんまるくし、しばらくのあいだ静止していました。

「あんたって…噂で聞いたよりおもしろいかも」

「ぼくにとってはきみがおもしろいよ」

「…正直言うと、冗談じゃなかったんだ、さっきの話」

「飛び降りる話?」

「うん」

「どうして飛び降りたいの?」

「死にたいから」

「ちょっと、いい?」

「ん?」

「気になったんだけれど、いま言った『死ぬ』って、なんだろうね」

「え? …うんと、自分が消えてなくなるってこと。だからね、もう苦しむこともないってこと」

「これまでに消えてなくなったことがあるとか?」

「一度でも消えてなくなったらここにいるわけないし」

「いなくなった人を見たことがあるとか?」

「そんなの目で見て確認するまでもないでしょ。今までだってたくさんいたし、数秒置きに、世界のどこかで誰かが死んで消えてなくなってる」

「ひょっとしてそれは、心肺が停止して、肉体が動かなくなった状態のことを言ってるのかな」

「とーぜん!」

「肉体が動かなくなって、その肉体が灰になっただけで、どうしてその人がいなくなったことになるんだろう?」

「それってひょっとして幽霊にでもなって存在するっていいたいの?」

「ううん、というよりも、肉体が朽ちて消えてなくなるっていうことも、世界であるぼくらが絶え間なく変わっていってるっていう中の、ひとつの状態にしかぼくには見えないから、だから『死ぬってなんだろうね?』っていう質問をしてみただけのことさ。だってね、どこをどう見渡しても、『死』なんてものはどこにも落ちていないし、どこにも見当たらないんだもの」

「ハア?…言ってる意味わかんない。世界であるぼくら?なんであたしもあんたも世界なの?

究極的には、この世界に境目なんてないからだよ。『この世界をぜんぶひっくるめて、やっとひとつの生命』なんだ

「…あんたさ、おもしろいのを通り越して、じゃっかん狂ってると思う」

もっと言うならね、死がないってことは、生もないことになるんだ。世界という名の、大きな大きなひとつの生命として変化し続けている過程の中で、たまたまぼくらは人に変化して、今はこうして人として存在しているけれども、やがては肉体を喪い、人ではないものに変化するだろうし、このアリはたまたまアリに変化して、今はこうしてアリとして存在しているけれども、やがては肉体を喪い、アリではないものに変化するだろうし、この木はたまたま木に変化して、今はこうして木として存在しているけれども、やがては肉体を喪い、木ではないものに変化するっていう、ただそれだけのことさ」

「…」

「世間的にはスピリチュアルメッセンジャーだけれど、ぼくが勝手に哲学者だと思ってる人で、雲黒斎さんという人がいてね、その人の著書の中で、黒斎さんが見えない守護者(雲さん)と対話をする本があって、その中でこんなやり取りがあるんだ」



雲さん 「それは何も、『魂や霊は物質じゃないから、肉眼でとらえることはできない』とかいう話じゃない。そういうことではなく、客観的な事実として、『新しい命が生まれる』ということも、『肉体に命が吹き込まれる』ということもありえないってことなんだ。
考えてごらんよ。もし『新しい命がどこかで吹き込まれることがある』とするならば、『命を吹き込まれる以前の、命を持たない何か』があったことになる。つまり、『命が入るための器』だね。多くの人間は、肉体のことをその器だと考えているようだが、これが大間違いだ。」

黒斎さん 「大間違い?」

雲さん 「だってそうだろう。『命が入る器(その時点で命を持っていない何か)』があるとするのなら、それはつまり、『生きていない何か』ということになる。が、しかし、おまえがここにこうして存在するにあたり、どこかの時点で『生きていない何か』であったことがあるだろうか」

黒斎さん 「え?」

雲さん 「受精卵が子宮に着床する以前、その受精卵は『生きていない何か』だったろうか。いや、そんなはずはない。すでに『生きている』。現にその胚は、着床する前から細胞分裂を繰り返して子宮へ向かう。では、精子と卵子が結合する以前、それらは『生きていない何か』だったろうか。これも違う。精子だって卵子だって、ちゃんと生命体として活動しているだろう? さらにさかのぼって、精子を生成したおまえの父、卵子を生成したおまえの母が、『生きていない何か』だったことなんてあるだろうか!」




「ようするに、僕らは生まれてなんていないし、そもそも生まれていないわけだから、死ぬことだってできないってことなんだ」

少女は言葉を失いつつも、ようやく返す言葉を見つけました。

「…じゃあ訊くけど、生まれてもいないし、死んでもいないわたしたちって、一体なに?」

始まりもなく、終わりもなく、おのおのの様態や状態だけが、途切れることなく変化し続けているだけの存在ってことだよ。盛者必衰の理(ことわり)をあらわしながらね」

「一人一人に、それぞれひとつひとつの命があるわけじゃなく…この世界が、ひとつの命?

「本当のきみは、きみの肉体の範疇に収まるような、そんな小さな存在じゃないんだ。葉が落葉しても、木はそのまま生き続けるでしょう?それとおんなじだよ」

急に少女はうずくまってしまい、そのまま下を向いてしまいました。

「…もうそんな話はいい。 あたしがどんな存在であろうとなんだろうと、本当のことなんて知りたくもないし、あたしにそんなことわかりっこない。 あたしはただ、この最悪の日常から逃げ出したいだけ。変化してようとなんだろうと、ただこの苦しみから解放されたいだけ」

苦しみもまた、苦しみではないものに変化してゆくよ。風が強いときに、その風を止めようなんて思う人はいないでしょう?苦しみもそれと一緒なんだ。風と同じ自然現象だよ。強風が吹き荒れるときは、強風がやむまでは、それに逆らわず、飛ばされないようにだけ気を付けながら、風がやむのを待てばいいんだ。風を止めようとすればするほど、止めることが不可能なものを止めようとするわけだから、二重に苦しむことになっちゃう。果ては風が吹いていないにもかかわらず、吹いているかのように錯覚することになるかもしれない。

「簡単に言わないで。あんたは本当に苦しんだことがないし、本当に死にたいと思ったことがないから、そういう人間の気持ちがわからないだけ」

「うーん、そう言われちゃうと困っちゃうけれど…でも、どうしたってぼくはきみにはなれないし、きみもぼくにはなれないから、本当に苦しんでるかどうかとか、そういうことはどうしたってわかりようがないよね」

「あんたって、いちいち正論でムカついてくるよ」

「ところでさ、飛び降りようとしてたことで質問なんだけれど、それってようは、自分で自分の肉体を殺そうとしてるってことだよね?」

「あたりまえでしょ!」

「自殺ってこと?」

「だからそう言ってるでしょ!」

「それならわかるよ。 確かにこの高さから飛び降りたなら、きみのその肉体は必ずや破壊されるだろうね。でもさ、肉体を殺したところで、そのあとどうなるのかなんてはっきりとわからないのに、なんでそうやたら自殺っていうひとつの選択肢にこだわるんだろう。 自殺そのものは一歩たりとも君に近づいていないのに、やいのやいの言いながら、君がわざわざ自分から近づいていってるように見えるんだけれど」

「あんた、テレビとか新聞とかネットニュースとか見ないわけ?苦しくて、明日が見えなくて、どうしようもなくなった人たちは、結局ほとんどが、自殺を最終手段にすることになる。日本人だけで年間3万人が自殺してるし、そんなに珍しいことじゃない」

「ちょっと訊きたいんだけれど、テレビとか新聞とかネットニュースとかと、きみとの関係って、なに? どうしてテレビとか新聞とかネットニュースとかで見たら、きみもそうしなきゃいけないんだろう?」

「あんたバカ?テレビとか新聞とかネットニュースとかは現代人にとっての生活必需品でしょう?ネットはここ十年くらいで普及したらしいけど、テレビとか新聞とかはあたしらが生まれてきた時点で、どこにでも当たり前にあったものじゃない。 今やテレビとか新聞とかネットニュースとかが社会の常識を生み出して、国の代表を選出して、善悪の基準に最新のトレンドまで、国や世界を動かしてるって言っても過言じゃないし、ほとんどの人がテレビとか新聞とかネットニュースとかを頼りにして生活してる。 あたしたちはテレビとか新聞とかネットニュースとかがなきゃ、この世界で起きてることなんて何もわからない。あんた、そんなことも知らないの?」

「いろいろ訊きたいことはあるんだけれど、とりあえず、テレビやネットが生み出してるっていう、その『社会の常識』ってなんだろう。なんできみはそんなに義理堅く、社会の常識を信じているの? 社会の常識は、血のつながった親子か何かなの? 今までに社会の常識が、きみに粗品のひとつでも贈ってくれたかい?」

「え…粗品?」

「テレビとか新聞とかネットニュースとかときみとの間に、どんな信頼関係があるのか知らないけれど、きみの話を聞いていると、きみがそうやってテレビとか新聞とかネットニュースとかを信頼していく過程の中で、いつしかきみが自分で物事を考えてるんじゃなく、テレビとか新聞とかネットニュースとかで流れる情報が、きみの思考そのものにすり替わっていったっていう、そんなふうに聞こえてしょうがないんだ。 きみはきみが抱える苦しみに耐えきれずに自らの肉体を殺そうとしているんじゃなく、『社会に押し売りされた常識』に殺されようとしているんじゃないかな。 きみだけじゃないよ、常識は自分の外にあるものだと考えるすべての人が、押し売りされた常識を、常識として生きてるんだ」

「そんなこと言ったってあたしにはもう明日が何も見えないし、生きることになんの希望も見い出せない!」

誰にとっても明日は見えないよ。 明日どころか、一秒先も何が起こるかなんて、誰にもわからないんだ。 生きることに希望を見い出せないって言うけれど、その『生きること』がなんなのかがそもそもわからないのに、わかっていないことに希望が見い出せないだなんて言ってるとしたら、そんなおかしな話もないよ

「あんた、自分の親に生きる価値もないだなんて、言われたことある?…あたしには生きる価値すらないんだよ!」

「それはウソだね」

「…あんたなに言ってんの?」

真の意味で自らに価値がないと理解している人間は、自らに価値がないことに苦しんだりできるはずがないんだ」

ふと、どみどりくんの眼孔を、まばゆいものがつらぬきました。

「…ああああ!ねえねえ!出た!ほらほら!スーパームーン!ほらあそこ!出てるってば!すっげえや!確かにいつもの月よりスーパー!」

「ふざけるな! あたしがこれまでどんなに苦しかったか、どみどりふぜいにわかってたまるか! あたしに価値なんてないことは、このあたしが一番わかってるんだ!」

「好きにしなよ。飛び降りるにしろ、飛び降りないにしろ、どっちにしろきみがするわけじゃないもの」


《スーパームーン編 後編につづく》









今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
「ふしぎ発見!」は変わらず
きみの奥深くによりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見!」へといざなう楽曲を紹介するね

「MOON feat G.RINA / ZEN-LA-ROCK(ゼン・ラ・ロック)」
Produced by Yasterize
melody G.RINA

満ちては欠けてゆく天体
闇夜を照らしてよ女神
この地球の皆も同じ月を見る 夢を見る






この土壌(ブログ)に植えられた種(言葉)は、訪れたその人が読むことによってのみ、開花します。
ふたつと同じ花が咲くことはなく、訪れたその人だけの、その人に出逢う運命を担っていた花です。
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yoku358さん

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sayamaさん

くっきりしてて、夜空にペタッて貼り付けたみたいだった!

konchikiさん

安心してください。不死身ですから( ̄+ー ̄)キラーン

気にかけてくれてありがとう。
更新できない日があったりしても、ちゃんと生きてるから、気にせずkonchikiさんの一日をエンジョイしてね!

No title

SUPERMOON!!!みたぜオレも!

No title

どみどりくん、生きてるならよかった
諸行無常は知りながら知りながら・・

黒斎さんとどみどりくんの才能の無駄遣いも、この世のご馳走のひとつ。イエイ♪(V)o¥o(V)

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Author:じゃっく&どみどりくん
オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』の、姉妹ブログ『どみどりくんの、世界ふしぎ発見』に遊びに来てくださりありがとうございます。管理人のじゃっくと申します。

『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』が「表通り」を行くブログなら、こちらのブログは「裏通り」を行くブログです。
両方合わせてようやく私のメッセージの完成形となりますが、選り好みして「表通り」だけ見てもらってもまったく問題ありません。
来るべきときが訪れたなら、おのずと「裏通り」も歩かされている自分を発見されますから(ニヤリ)

で、この「裏通りブログ」が何故に必要なのかと申しますと、早い話が「表通り」だけでは解決できない、処理しきれない問題(絶体絶命のピンチ)に、人は前触れもなく遭遇するからです。
誰しものそのときのためにこそ、私「じゃっく」が、フシギニストである「どみどりくん」に扮し(チャネリング?)ながら、この「裏通りブログ」は存在し続けます。


「世界ふしぎ発見」とは言っても、某テレビ番組が世界における「目に見えるふしぎ」を発見して紹介するのとは趣がちがい、このブログでは世界における「目には見えないふしぎ」の発見を書き記することを趣旨としています。

ですが、「目には見えない」とは言っても、「UFO」「超能力」「幽霊」といった類のものとは趣が違いますし、「スピリチュアル」ともまたちょっと違うのかもしれません。
「哲学」「宗教」とも言い切れませんし、「自己啓発」「人生哲学」ともまた少し違うかもしれません。

しいて言うなら、みなさんが今まで生きてきた中で、学校教育や家庭教育やマスメディアによって抗いようもなく培われ、育くまれた「常識」「当たり前」「思い込み」「偏見」「先入観」などをとっぱらった先にある「あるがままの世界」あるいは「究極の羅針盤」の発見ってところでしょうか。


たとえばですが、

『きみが何を考え、何に思い悩み、何を行為しようとも、きみ自身は実は何もしていないのさ』

いきなりこんなことを断言されたとしたら、どう思うでしょうか。
「うん、そうだと思ってた!」という方は、おそらくは皆無に近いかと思われます。
おそらくは「あ…ちょっとこの人、ヤバイ宗教とか入ってる感じの人なんだろうな。かかわらないようにしよう…」
おおかたそんなところではないでしょうか。

ですが、私は特定の宗教を信仰していませんし、歴史上の人物や現存するいかなる人物も、敬いはしても崇拝するような対象にはなりません。この先もずっと。




そもそもはこの「裏通りブログ」から私のブログ人生が始まり、私を通路として見い出されるふしぎ発見を、誰かと分かち合い、この「リアル人生ゲーム」に活かしたいがために、2つ目のブログ『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』を作るにまで発展してきました。

「分かち合い」ほどの、いち人生を賭けるに値する究極の財宝、自他一挙両得のベストバイブスは、他に見当たりませんもの。
自分がまずうれしいし、同時に誰かもうれしいだなんて、はっきり言って
最高!

じゃないですか。







「ふしぎ発見!」の終わりに、みなさまを発見へといざなう楽曲も紹介しています。よろしければあわせて楽しんでください。
※和訳した歌詞は、英語力のない私がグーグル翻訳を参考に、個人的解釈で訳したものなので、ちょっとおかしいよっていう訳もあるかと思いますが、大目に見ていただけましたら幸いです。

カテゴリの中の「スーパーふしぎ発見」には、ブログの核となる発見かな、と思われるものを並べています。まあ、だからどうってわけでもありません。

カテゴリの中の「映画」がいざなうふしぎ発見については、ネタバレしているものがほとんどなので、どうか「この映画これから見ようとしてたのに(泣)」なんてことにならないようお気を付けください。

一度投稿した「ふしぎ発見!」も、一年くらい間隔をあけて読み返すと「うーん…なんでこんなふうに書いたんだろう」「この表現は不適切だなあ」「今ならこんな言葉は使わないなあ」といったことがよくあります。
私はまったくいとわず何度でも記事を修正します。
修正することによって、伝えるべきメッセージが進化しつづけていることを私自身実感できますし、過去記事と現在の記事とで違いすぎるがために読者を混乱におとしいれてしまうような事態も軽減されます。
投稿日に対してコメントの日付が古い記事は、「あ、修正した記事なんだな」と思ってください。




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業者の方や宣伝目的の方じゃなければ、出来うる限りフォロー返ししています。