どみどりくん スーパームーン編 後編

いつもどみどりくんのブログに遊びに来てくださりありがとうございます。

それでは『スーパームーン編 後編』をお楽しみください。






少女は、どみどりくんの発言に耳を疑いました。

「あんたなに言ってんの?…飛ぶのはあたしに決まってるでしょう!」

きみが飛び降りるにしろ、飛び降りないにしろ、いずれにしても、それはきみの意志で起きることじゃないってことだよ」

少女はいい加減に頭がおかしくなりそうでした。

「ちょっとおいでよ、面白いもの見せてあげる」

そう言ってどみどりくんは、橋の下に少女を案内します。

少女を待たせておいて、川から戻ったどみどりくんは、水を汲んだ四角い容器と丸い容器、両方を少女の前に置きます。

水を見てごらんよ。四角い容器に入った水は四角だし、丸い容器に入った水は丸いでしょ? 人間も水と同じだよ。与えられた肉体、能力、好き嫌い、環境、文化、時代、関わる人々、人以外の生物、鉱物、水、火、温度、湿度、風、大気、地球、地球以外の星、引力、斥力、見えるもの、見えないもの、あらゆるすべてが、きみの『人生』という形を定めている容れものさ。そしてその容れものは、24時間年中無休で変化し続けるんだ

「…ちょっと待ってよ。じゃああたしがした努力とか、受けた苦しみとか、気持ちとかはどう説明すんの?」

「努力したことも、苦しみも、きみの中に起こるあらゆる思念や想念、喜怒哀楽も、きみ自身は何もしていなくて。きみはきみの自力によって生きて活動しているわけじゃないんだ。自力っていうのは、一種の錯覚現象さ。駅のホームで、まだ動かない車両に腰かけたこと、ある?」

「だったらなんなの?」

「自分の車両が動き出したと思ったら、進んでいたのは窓越しの隣の車両だったっていうような錯覚、一度はあるんじゃないかな。自力っていう感覚も、それとそっくり。でもね、自力感がわるいとか、そういうことじゃないよ。自力感のない人生を想像してごらんよ、そんなものの何が楽しいだろう。それこそがまさに操り人形だよ。自力感は人生を楽しむのに必要不可欠な錯覚なんだ」

「…で、結局なにが言いたいわけ?」

きみの身体も含めた、全宇宙のあらゆるすべてが、きみ一人の身体運動や思念や想念を決定しているものの正体ってことさ。それでいて、きみ以外のすべての存在の活動に、きみ自身が関わってる。きみも含めたすべての存在が歯車の一個一個で、すべての歯車が寸分の隙間なく繋がり、噛み合っていて、精確に宇宙は稼働しているんだ

「すべてはひとつだとかなんとか、ボロをまとったいかにも聖人みたいな人が言ってるの、聞いたことある」

「うん。聖者や覚醒者なんかがよく口にする『すべてはひとつ』っていう発言の真相は、そういうことなんだ。何かの問題を考えたり、悩んだり、何かを好きになったり、嫌いになったり、創造したり、妄想したりすることも含めて、ぜんぶ、ぜーんぶ…きみは生きる上でしている一切のことを何もしていなくて。行為はしていても、行為者ではなくて

「信じらんない…そんなこと……そんなことあるわけない!」

『ご縁があった』なんて言葉は、ほんと言い得て妙で、人との出会いに限らず、すべての事象は縁なくして起こらないことを表してて。 だから『縁がなかった』なんてことは、この世界には存在しえないことで、縁があったからこそ、その、縁がなかったと思えた出来事は起こってるんだ。 『これも何かのご縁』『何かの』はいらないんだ。すべての出来事が『これもご縁』の連続で、ぼくらは『縁』という名の宇宙の歯車であることを、やめることはできない。絶対にね」

「もしかして…その『縁』て、『円』のこと?」

「漢字って不思議なものだよね。誰が文字と音を貼り付けたのか知らないけれど、辞書の中では示す意味がちがえど、どちらの字も、究極的には同じものを表してて。宇宙の完全無欠な『円運動』がまさに、暗喩的に、宇宙が『円(縁)』によって成り立っていることを示してる

「円(縁)の外には出れないってこと?」

「考えてもごらんよ、この世界に存在する色彩の原則にない色を想像するなんて芸当、きみにはできるかい? 死後世界を体験したという人たちでさえも、この世界に無い色を見た、なんて言った人は聞いたことがないよ。 『嗅ぐ』の意味を超えて嗅ぐことはできないし、『触れる』の意味を超えて触れることはできない。 この宇宙の枠をはみ出て、この宇宙に無い何かを創造したり想像することができないということは、僕らが宇宙の歯車のひとつであることを避けることはできない、という絶対的不可分を意味しているのさ」

「昔おばあちゃんが教えてくれた。この世は縁によらずして起こることは何もないんだよって。それを『縁起』って、お釈迦さまが言ったって」

「うん。イエスが『神の意志によらずして起こることは何もない』と言った神も、ムハンマドが『神は天と地を創造せるものなり。 神は汝がいずこへいくともともにありて、アラーは汝のふところを見ん』と言った神も、アムステルダムの哲学者が『神即自然』と言った神も、本当のところはこの、全宇宙全世界を意味しているのさ」

「自然って、山とか、海とか、森とかでしょ?」

「その哲学者が言った自然とは、この世界に在るものすべてのことなんだ。人間は『自然』ていう言葉を使って、自然と自分たちとを切り離して『自然と親しむ』『自然を大切に』なんてことを言ったりするけれど、それっておかしな話だと思わないかい? きみのその身体は、一体誰がくれたものだろう」

「…パパとママでしょ」
 
「じゃあ質問! パパとママはきみの身体の中の臓器を、脳を、骨を、筋肉を設計して、部品を集めて組み立てでもしたのかな?」

「なわけないでしょ」

「だよね。人知をはるかに超えた何かが働いて、その身体は作られ、心臓は『自然に』鼓動を繰り返し、胃腸は『自然に』食べ物を消化、吸収する。世界最先端のテクノロジーでも足元にも及ばないほどの、複雑かつ精密な機能でね。これってさ、何かに似てると思わない?」

「身体の中に、自然だったり、宇宙がある…みたいな?」

「そうなんだ。これってようするに、人間=自然てこと。このことがどういうことを表しているかというと、この世界、この宇宙に自然以外のものなんて、何もないということさ」

「ちょっと、ちょっと待って。自然=神なんだとしたら、人間=神になっちゃうじゃない!」

「そういうこと!きみ、ノってきたね!つまりね、世界には神以外のいかなるものも存在していないってこと。だからね、『人間が地球を汚してる』だとか『この震災は自然から人間への警告』なんて言い方が、ぼくにはとても妙な響きでもって聞こえて来る。だって、自分が自分を汚してると言ったり、自分から自分への警告なんて話、ちょっとヘンでしょ。言ってること、わかるかな」

「わかるような…わからないような…でもやっぱりわかんない」

「いいんだ。有史以来の、人類規模の思い込みをひっくり返すようなことを、ぼくは話しているんだもの。人間、あまりに当たり前すぎて、気がつかないことがたくさんあるんだ。たとえるなら、そんな人はいないけれど、生まれたときからずっとメガネを肌身離さずかけて生きてきた人がいたとして、メガネをかけていることにずうっと気がつかなかった、みたいなことさ。世界にはそういう、『あまりに当たり前すぎて気がつかないこと』が、そこら中に落っこちてて…」

「そこら中って…なんかめまいしてきた…」

ここで今すぐ結論を急ぐ必要性はないよ。急ごうが放っておこうが、きみが進んでゆくドミノの配列にそれを理解する牌がセッティングされているなら、必ずやきみにとって一番ベストのタイミングで、気づきは訪れる。きみにどんなことがあろうとも、神様は二十四時間年中無休で君に寄り添っているし、決して君を見放すことはないんだ。そりゃそうだよね、君自身が、とうの神様なんだもの。このことがどんなに素晴らしいことか。底なしの勇気が湧いてくることか。きみにそれが起こるかな。起こるといいな」

「学校であたしをいたぶるやつらも、ママがあたしに対して言ったことも、その人たち個人の意志で起こってることじゃない…そういうことでしょ」

「よかった、少しでも伝わったみたいで」

「でもさ、いつかそのことが本当に理解できたとしても、あたしはママやそいつらを許せないと思う。ん?ちがうな。あたしが許すか許さないかも、あたし個人の意志じゃない。……あってる?」

どみどりくんは、ゆっくりとうなずきました。

『許せない』が存在するからこそ、『許す』ということがどういうことなのか、味わうことができるし、理解することができる。どんなにネガティブなものだってそうだよ。この世界にムダなものなんてひとつもないんだ」

「…」

「きみも、いじめっ子も、きみのママも同じ。たくさんの人が、学校の成績だとか、見た目の良さだとか、お金をたくさん持ってることとか、世間体だとか、地位だとか、権力だとかいう、世間的な価値観こそが、価値あるものだと思い込んでいるけれども、それらが闇夜の役割をしてくれるからこそ、真に価値あるものがまたたいたとき、ぼくらはそれを認識することができるのさ」

「…あたしを追い詰めてたものの正体が見えた気がする。世間的な価値観にそぐわない自分は、価値のない人間なんだってずっと思い込んできた。でも、そもそも世間的な価値観なんて幻想。だからあんたは、真の意味で自分に価値がないと理解する人間は、自分に価値がないことに苦しんだりしないって、言ったんだね」

「うん。だって、自分の外側に蔓延るあらゆる価値基準は、どこかの誰かが勝手に決めた価値基準でしかないし、みんな等しく、全なる存在のいち個として生かされているにすぎないもの。イチローやボルトの大記録だって、釈迦やイエスの大宗教だって、アインシュタインやエジソンの大発明だって、幕末の志士たちの大革命だって、当人たち個人の力なんてものは、1ミリだって関与しちゃいない。自分には何の価値もないし、同時に『価値しかない』

「価値しかない…」

全なる存在が、全存在の舵を取り、この地を歩み、自らを語っている世界

少女は何となしに、スーパームーンを見上げていました。

「…なんとなくだけど、あんたが言いたいこと、わかんなくもない」

どみどりくんも、もう一度スーパームーンを見上げました。

「じゃ…スーパームーンが見れたことだし、ずいぶん遅くなっちゃったから、そろそろ踊り始めようか!」

「ハア?」

どみどりくんは、スーパームーンに照らされた夜の川べりで、どみどり音頭をわいわいと踊り始めました。

「ちょっと!踊る意味がまったくわかんないんだけど!」

などと文句を言いながらも、仕方なく少女も、どみどり音頭をわいわいと踊り始めました。

「日々の~一瞬一瞬が~♪
縁と円が織り成す~むせ返る~ほどの~み~どりいろ♪
エンヤ~コ~ラヤッ!」


などと音頭をとるどみどりくん。
少女はなんだかバカバカしくなってきて、意味もなく笑えてきました。

「ねえ、ひとつ気になったんだけど」

「なあに?」

『緑』て字と、『縁』て字、よく似てるけど、もしかしてなんか関係ある?」

「やっぱり? きみもそう思う? だからぼくはみどりいろが好きなのかなあ」


つづく









今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
「ふしぎ発見!」は変わらず
きみの奥深くによりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見!」へといざなう楽曲を紹介するね

「わーい waai / KAKATO(カカト)」
Rap: KAKATO(環ROY×鎮座DOPENESS)
Director: Kurando Furuya
Director of Photography: Takehiro Goto
Editor: Kota Ishii

わーいわーい 騒ぎたい
わーいわーい 騒ぎたい
わーいわーい 騒ぎたーい






この土壌(ブログ)に植えられた種(言葉)は、訪れたその人が読むことによってのみ、開花します。
ふたつと同じ花が咲くことはなく、訪れたその人だけの、その人に出逢う運命を担っていた花です。
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sayamaさん

ありがとう。

sayamaさん

sayamaさんにそんなふうに言ってもらえると、何かが報われたような気持ちになります。

ラウさん

シンクロニシティ!ラウさんとは前にもありましたね。

こちらこそ、いつもありがとうございます。

ひのっぷさん

はじめまして!
コメントありがとうございます。

「わかんなくても別にいいんだよ~♪」

どみどり音頭の歌詞に勝手に入れます^^

No title

どみどりくんのエッセンスがつまりまくりだな。力作をありがとう。

No title

どみどりくんシリーズ大好きです!ありがとうございます♪
僕も「わーい waai / KAKATO(カカト)」聴きながらだったので、びっくりしました!

『全なる存在が、全存在の舵を取り、この地を歩み、自らを語っている』素敵な言葉です。いつもありがとうございます。

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はじめまして~(≧∀≦)

どみどりくん素敵です~♪


どみどりくんの言うこと

ムズカシくてあんまりよくわかってないんですけど…

でもどみどりくんなら

「わかんなくても別にいいんだよ~♪」って

言ってくれそうですよね~(≧∀≦)

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「どみどりくん」あるいは「じゃっく」へのメッセージ

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やあやあ、よく来てくれたね。

じゃっく&どみどりくん

Author:じゃっく&どみどりくん
オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』の、姉妹ブログ『どみどりくんの、世界ふしぎ発見』に遊びに来てくださりありがとうございます。管理人のじゃっくと申します。

『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』が「表通り」を行くブログなら、こちらのブログは「裏通り」を行くブログです。
両方合わせてようやく私のメッセージの完成形となりますが、選り好みして「表通り」だけ見てもらってもまったく問題ありません。
来るべきときが訪れたなら、おのずと「裏通り」も歩かされている自分を発見されますから(ニヤリ)

で、この「裏通りブログ」が何故に必要なのかと申しますと、早い話が「表通り」だけでは解決できない、処理しきれない問題(絶体絶命のピンチ)に、人は前触れもなく遭遇するからです。
誰しものそのときのためにこそ、私「じゃっく」が、フシギニストである「どみどりくん」に扮し(チャネリング?)ながら、この「裏通りブログ」は存在し続けます。


「世界ふしぎ発見」とは言っても、某テレビ番組が世界における「目に見えるふしぎ」を発見して紹介するのとは趣がちがい、このブログでは世界における「目には見えないふしぎ」の発見を書き記することを趣旨としています。

ですが、「目には見えない」とは言っても、「UFO」「超能力」「幽霊」といった類のものとは趣が違いますし、「スピリチュアル」ともまたちょっと違うのかもしれません。
「哲学」「宗教」とも言い切れませんし、「自己啓発」「人生哲学」ともまた少し違うかもしれません。

しいて言うなら、みなさんが今まで生きてきた中で、学校教育や家庭教育やマスメディアによって抗いようもなく培われ、育くまれた「常識」「当たり前」「思い込み」「偏見」「先入観」などをとっぱらった先にある「あるがままの世界」あるいは「究極の羅針盤」の発見ってところでしょうか。


たとえばですが、

『きみが何を考え、何に思い悩み、何を行為しようとも、きみ自身は実は何もしていないのさ』

いきなりこんなことを断言されたとしたら、どう思うでしょうか。
「うん、そうだと思ってた!」という方は、おそらくは皆無に近いかと思われます。
おそらくは「あ…ちょっとこの人、ヤバイ宗教とか入ってる感じの人なんだろうな。かかわらないようにしよう…」
おおかたそんなところではないでしょうか。

ですが、私は特定の宗教を信仰していませんし、歴史上の人物や現存するいかなる人物も、敬いはしても崇拝するような対象にはなりません。この先もずっと。




そもそもはこの「裏通りブログ」から私のブログ人生が始まり、私を通路として見い出されるふしぎ発見を、誰かと分かち合い、この「リアル人生ゲーム」に活かしたいがために、2つ目のブログ『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』を作るにまで発展してきました。

「分かち合い」ほどの、いち人生を賭けるに値する究極の財宝、自他一挙両得のベストバイブスは、他に見当たりませんもの。
自分がまずうれしいし、同時に誰かもうれしいだなんて、はっきり言って
最高!

じゃないですか。







「ふしぎ発見!」の終わりに、みなさまを発見へといざなう楽曲も紹介しています。よろしければあわせて楽しんでください。
※和訳した歌詞は、英語力のない私がグーグル翻訳を参考に、個人的解釈で訳したものなので、ちょっとおかしいよっていう訳もあるかと思いますが、大目に見ていただけましたら幸いです。

カテゴリの中の「スーパーふしぎ発見」には、ブログの核となる発見かな、と思われるものを並べています。まあ、だからどうってわけでもありません。

カテゴリの中の「映画」がいざなうふしぎ発見については、ネタバレしているものがほとんどなので、どうか「この映画これから見ようとしてたのに(泣)」なんてことにならないようお気を付けください。

一度投稿した「ふしぎ発見!」も、一年くらい間隔をあけて読み返すと「うーん…なんでこんなふうに書いたんだろう」「この表現は不適切だなあ」「今ならこんな言葉は使わないなあ」といったことがよくあります。
私はまったくいとわず何度でも記事を修正します。
修正することによって、伝えるべきメッセージが進化しつづけていることを私自身実感できますし、過去記事と現在の記事とで違いすぎるがために読者を混乱におとしいれてしまうような事態も軽減されます。
投稿日に対してコメントの日付が古い記事は、「あ、修正した記事なんだな」と思ってください。




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