「罪びと」だけしかいない世界だよ

現代社会において
「犯罪者」という枠組み
その中にカテゴライズされた人々が
敬われるようなことは
まずありえないし
このぼくもまた
「犯罪そのもの」
それを敬うつもりは
毛頭ないんだけれども


ただ 
どうしてもげせないのが──


「彼ら 
彼女らが
いかに悲惨で痛ましい
愛情に恵まれない
不幸な生い立ちだったとしても
やったことは
許されるべきことではない」



コメンテーターやキャスターが
口々にそう言うこと


その罪びと
いかなる先天性を抱え
いかなる生い立ちだったのか
その誕生から始まって
その罪を犯すまでの
その年月の中で
いかなる経験を経て
いかなる人生哲学が形成されてゆき
計画的にしろ 
突発的にしろ
なにゆえに
その罪へと
帰結せざるをえなかったのか



そんなことは
本人として生きてみでもしない限り
本当のところは
どうしたってわからないよね


おのおのに
おのおのの言い分
おのおのの真実が存在するように
罪びとにも
罪びとだけが知りうる
罪を犯すにいたるまでの
真実がある
から



もし仮に
罪びとと同じ真実を見ることが
可能であるなら
コメンテーターやキャスターは
果たして
同じコメントを言えるだろうかね



誤解しないでほしいのは
ぼくは罪びと
庇護しているわけじゃないんだ
「罪そのもの」を切り離した
あるがままの
その人を見ようとする試み

それをしようとしているだけのことさ


 という
生涯消えることのない焼印が
あるがままのその人を
見えなくしてしまうから



結局のところ
きみやぼくが
わかることができること
それは
きみやぼくが
その罪びとの肉体を持ち
まったく同じ時間
まったく同じ時代に生まれ
まったく同じ環境で育まれ
まったく同じ人間関係の中にいたなら
きみは同じ場所 
同じ時間に
寸分たがわず
同じ罪を犯していたという
ゆるぎない真実




言ってみれば
きみが目撃する
すべての罪びとは
きみ自身でもある
んだ










きみのその身に
いかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
ぼくは変わらず
いずれきみにおとなうだろう「発見」によりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見」へといざなう音楽

「罪と罰 / THE HIGH-LOWS(ザ・ハイロウズ)」

デカいドリルで穴を掘って 地獄の門にションベンする
天国の扉をたたいて ピンポンダッシュでバカ笑いだ

正しい道だけを選んで 選んでるうちに日が暮れて
立ち止まったまま動かない 結局何もやらないなら

有罪 有罪 有罪 重罪




パクチーの種を差し上げます。
詳しくはこちらの記事↓を読んでみてください。

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qtaroさん

ありがとうございます。

はい。ぼくには世界がそう見えています。

でも、急にそんなことを言われて、すんなり受け入れられるような話ではないので、ぼくはこうしてブログに、「気づき」の時限爆弾を仕掛けていく作業をしていきます。

このブログを通過していった人々のこころに、オナモミのようにうまくくっつきさえすれば、爆発(ふしぎ発見)のときまで潜みつづけます。

昨日来た通りすがりです

>罪びとと同じ真実を見ることが可能であるならば
>コメンテーターやキャスターは果たして
>同じことを言えるだろうか

これ本当にそうですよね。
同時に自分も、こういうコメンテーターと同じ真実を
生きていたら、同じことを・・・。

すべて自分自身なんですねということですね。

sayamaさん、こんばんは!

もっと言えば、自分自身のことさえも、正確にわかることができているのか、怪しいところだよね。

いや、正確にわかることなんてできないだろうな。

天宮悠惺さん、はじめまして!

今日の投稿にはコメントは来ないだろうな、と思っていたので、こんなにも真摯なコメントをいただいて、とても驚いているところです。

一方的にだなんて仰らず、感じたままに、どんなことでも書いてください。挨拶だけでも天宮さん、元気なんだなって思えるから。
とは言うものの、天宮さんの負担になってもいけないので、結局は天宮さんにお任せで!

ちっとも浅いだなんて思わないです。逆にそんなにも掘り下げて考えて下さっている方がいることに感動感動で。
行間から、文字情報にはない情報もひしひしと伝わってきていて。


天宮悠惺さん、本当に本当にありがとうございます。





No title

自分としてしか生きれないっていうのはほんとに不便だな。
他人がわからない。

No title

とても考えさせられます。
自分は創作が趣味なもので、そのなかでいわゆる「犯罪者」になったりもします。
色んなものになろうとしてみて思うのは、犯罪に関するものに拘らず、あらゆる規則や常識は、現代の平均的人類が生き易いように設けられたものに過ぎないし、平均的人類の構成が異なれば「生きやすい社会」の定義も異なるのだろうな、というようなことです。
我々の個性が生きることによって生じるものなら、入る器とそれが置かれる環境によっては、この世の全てのものになり得るのですかね。

ああ、理解や考えが浅くて大したコメントができません……すみません。

毎回お邪魔する度に色々気付かされて、考えるきっかけを頂けるので、ありがたいです。
僕はまだまだ自分という「個」にこだわってしまう未熟者ですが、それゆえ今後も一方的にお世話にならせていただきます。
このブログが役に立ってると思った方はぼく↓をクリックしてもらえるとうれしいです。
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「どみどりくん」あるいは「じゃっく」へのメッセージ

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やあやあ、よく来てくれたね。

じゃっく&どみどりくん

Author:じゃっく&どみどりくん
オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』の、姉妹ブログ『どみどりくんの、世界ふしぎ発見』に遊びに来てくださりありがとうございます。管理人のじゃっくと申します。

『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』が「表通り」を行くブログなら、こちらのブログは「裏通り」を行くブログです。
両方合わせてようやく私のメッセージの完成形となりますが、選り好みして「表通り」だけ見てもらってもまったく問題ありません。
来るべきときが訪れたなら、おのずと「裏通り」も歩かされている自分を発見されますから(ニヤリ)

で、この「裏通りブログ」が何故に必要なのかと申しますと、早い話が「表通り」だけでは解決できない、処理しきれない問題(絶体絶命のピンチ)に、人は前触れもなく遭遇するからです。
誰しものそのときのためにこそ、私「じゃっく」が、フシギニストである「どみどりくん」に扮し(チャネリング?)ながら、この「裏通りブログ」は存在し続けます。


「世界ふしぎ発見」とは言っても、某テレビ番組が世界における「目に見えるふしぎ」を発見して紹介するのとは趣がちがい、このブログでは世界における「目には見えないふしぎ」の発見を書き記することを趣旨としています。

ですが、「目には見えない」とは言っても、「UFO」「超能力」「幽霊」といった類のものとは趣が違いますし、「スピリチュアル」ともまたちょっと違うのかもしれません。
「哲学」「宗教」とも言い切れませんし、「自己啓発」「人生哲学」ともまた少し違うかもしれません。

しいて言うなら、みなさんが今まで生きてきた中で、学校教育や家庭教育やマスメディアによって抗いようもなく培われ、育くまれた「常識」「当たり前」「思い込み」「偏見」「先入観」などをとっぱらった先にある「あるがままの世界」あるいは「究極の羅針盤」の発見ってところでしょうか。


たとえばですが、

『きみが何を考え、何に思い悩み、何を行為しようとも、きみ自身は実は何もしていないのさ』

いきなりこんなことを断言されたとしたら、どう思うでしょうか。
「うん、そうだと思ってた!」という方は、おそらくは皆無に近いかと思われます。
おそらくは「あ…ちょっとこの人、ヤバイ宗教とか入ってる感じの人なんだろうな。かかわらないようにしよう…」
おおかたそんなところではないでしょうか。

ですが、私は特定の宗教を信仰していませんし、歴史上の人物や現存するいかなる人物も、敬いはしても崇拝するような対象にはなりません。この先もずっと。




そもそもはこの「裏通りブログ」から私のブログ人生が始まり、私を通路として見い出されるふしぎ発見を、誰かと分かち合い、この「リアル人生ゲーム」に活かしたいがために、2つ目のブログ『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』を作るにまで発展してきました。

「分かち合い」ほどの、いち人生を賭けるに値する究極の財宝、自他一挙両得のベストバイブスは、他に見当たりませんもの。
自分がまずうれしいし、同時に誰かもうれしいだなんて、はっきり言って
最高!

じゃないですか。







「ふしぎ発見!」の終わりに、みなさまを発見へといざなう楽曲も紹介しています。よろしければあわせて楽しんでください。
※和訳した歌詞は、英語力のない私がグーグル翻訳を参考に、個人的解釈で訳したものなので、ちょっとおかしいよっていう訳もあるかと思いますが、大目に見ていただけましたら幸いです。

カテゴリの中の「スーパーふしぎ発見」には、ブログの核となる発見かな、と思われるものを並べています。まあ、だからどうってわけでもありません。

カテゴリの中の「映画」がいざなうふしぎ発見については、ネタバレしているものがほとんどなので、どうか「この映画これから見ようとしてたのに(泣)」なんてことにならないようお気を付けください。

一度投稿した「ふしぎ発見!」も、一年くらい間隔をあけて読み返すと「うーん…なんでこんなふうに書いたんだろう」「この表現は不適切だなあ」「今ならこんな言葉は使わないなあ」といったことがよくあります。
私はまったくいとわず何度でも記事を修正します。
修正することによって、伝えるべきメッセージが進化しつづけていることを私自身実感できますし、過去記事と現在の記事とで違いすぎるがために読者を混乱におとしいれてしまうような事態も軽減されます。
投稿日に対してコメントの日付が古い記事は、「あ、修正した記事なんだな」と思ってください。




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