人が意味を見い出すんじゃなく 意味が人を見い出す世界だよ

最近じゃ
少子化や過疎化の影響で
墓守が絶えた無縁墓
その不法投棄が相次いで
お墓の墓場が
築かれることが
あるらしいんだけれども
なんという皮肉だろう

ところが
そんなお墓の山も
仏教に疎い外国人が見たなら
芸術作品と勘違いして
「OH!ソークール!」
なんてことになるかもしれないし

子供が見たなら
「すげえ基地があるから行こうぜ!」
なんてことになるかもしれないし

墓石に希少価値が付く時代が来れば
「お宝の山だ!運び出せ!」
なんてことになるかもしれないし

結局のところ
その石の塊に意味を見出す
その人がいなければ
それはただの石の塊でしかなくて
もっと言えば
石の塊ですらない
名もなき物体でしかなくて

不法投棄した人たちの中には
祟りを恐れ 
おびえながら生きる人が
いるかもしれないね
あるいは無神論者であれば
捜査の手が自分に伸びること
それだけが気がかりかもね

そうしてついに
祟りとしか考えられない
不可思議な災いに
その人が遭遇したとして──
その人はきっと
祟りが起きたことを
確信するにちがいない
でもね
それは祟りが起こったんじゃなく
起きた災いを
その人が祟りと
解釈しただけのこと
もっと言うならばだよ
起きた災いすらも
その人が災いと
解釈しただけのものだから
祟りも 災いも
その人の中にだけ存在してるもの
ということになるんだ

「祟り」を「叱咤激励」
「災い」を「精神鍛錬の機会」
そう解釈する人だって
いるかもしれないでしょう?
するとおやまあ
そんな人には
「祟り」も「災い」も
どこにも存在しない

目に見える世界と
目に見えない世界のふたつに
意味を見い出し
生きる存在 人間
それが通説なんだけれども
どうやらそれはちがうみたいで

意味の方から
人間に訴えかけて来るからこそ
これはコップ
それはカーテン
あれは太陽
いまここに在る自分
いまここに在る気持ち
そうやってぼくらは
訴えかけてやまない意味
名付けることができるし
世界に意味
見出すことができるんだ

だってね
最初に意味がなかったなら
そこに名前をつけることなんて
できやしないもの

じゃあその
人間よりも先にそこにあったもの
初めからそこにあったもの
意味
その正体ってなんなんだろう
いったいそれは
なにものなんだろう

その正体はね
たとえば聖書をひもとくならば
 なんだ










今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
「ふしぎ発見!」は変わらず
きみのこころの奥深くによりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見!」へといざなう楽曲を紹介するね

「HEAVEN FORNIA / ZEN-LA-ROCK(ゼン・ラ・ロック)」
この出会いの数だけ
導く神のガイダンス
委ねる身体RELAX





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今から愛読者さん

コメントありがとうございます。
お言葉、素直にうれしいです。

過去記事ぜんぶ読むのはなかなか大変な作業なので、少しずつ、生活に支障がないペースで遊びに来ていただけたら幸いです。

過去記事で修正すべきおかしな点がないか、少しずつチェックをしていきたいのですが、あまり行き届いていない状況なので、間違った言葉遣いや、現在のぼくの意にそぐわないような表現が混ざっているかもしれません。
あまりにおかしな点があれば、遠慮なくメッセージください。

ありがとう。

さっきまでは通りすがり

おもしろい!
文章もやさしい!
意味より人間が後に構成されてるんですね。

さっき通りすがりましたが
今から過去記事・未来記事を読破させていただきます。
ありがとう。

楽しみ~

楽しみにしてますー

ありがとう!

No title

おつかれさま!
楽しみにしてるよ!

質問ありがとう!

konchikiさんの今回の質問を題材に、明日か明後日、ふしぎ発見!を書いてみることにしたよ。

伝わるように書けるといいな。

ありがとう

回答ありがとう

なんかね、初めに意味ありき、で自分の存在することまで最初にあった意味みたいな(うまく説明できないけど)、
そんな感じを味わっていたらふわーっとしたの。
まあそれだけなんだけどね。
最近非二元とかこじゃれたのが流行ってるけど、なんか違う気がする私はただのあまのじゃんくなんだけどね。


ねえ、どみどりくん

輪廻転生。
過去世、来世ってある?

あと、どうやって、悟ったの?

konchikiさん、こんにちは!

そうそれ!それが言いたかったの。

ぼくはあの一説を目にするたびに、

「はじめに言葉があった」じゃなく、「はじめに意味があった」と訳されていたなら、聖書を目にした多くの人の理解がもう少し変わっていただろうなあと思うんだ。

No title

おはよーどみどりくん

はじめに言葉あり
言葉は神なり

って話?

言葉(意味)って、人間があの色とこの色のカタチに区別をつけるために作ったものだと思い込んでいたよ。。

なんだろ。。どう考えればいいんだ。。


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「どみどりくん」あるいは「じゃっく」へのメッセージ

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やあやあ、よく来てくれたね。

じゃっく&どみどりくん

Author:じゃっく&どみどりくん
オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』の、姉妹ブログ『どみどりくんの、世界ふしぎ発見』に遊びに来てくださりありがとうございます。管理人のじゃっくと申します。

『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』が「表通り」を行くブログなら、こちらのブログは「裏通り」を行くブログです。
両方合わせてようやく私のメッセージの完成形となりますが、選り好みして「表通り」だけ見てもらってもまったく問題ありません。
来るべきときが訪れたなら、おのずと「裏通り」も歩かされている自分を発見されますから(ニヤリ)

で、この「裏通りブログ」が何故に必要なのかと申しますと、早い話が「表通り」だけでは解決できない、処理しきれない問題(絶体絶命のピンチ)に、人は前触れもなく遭遇するからです。
誰しものそのときのためにこそ、私「じゃっく」が、フシギニストである「どみどりくん」に扮し(チャネリング?)ながら、この「裏通りブログ」は存在し続けます。


「世界ふしぎ発見」とは言っても、某テレビ番組が世界における「目に見えるふしぎ」を発見して紹介するのとは趣がちがい、このブログでは世界における「目には見えないふしぎ」の発見を書き記することを趣旨としています。

ですが、「目には見えない」とは言っても、「UFO」「超能力」「幽霊」といった類のものとは趣が違いますし、「スピリチュアル」ともまたちょっと違うのかもしれません。
「哲学」「宗教」とも言い切れませんし、「自己啓発」「人生哲学」ともまた少し違うかもしれません。

しいて言うなら、みなさんが今まで生きてきた中で、学校教育や家庭教育やマスメディアによって抗いようもなく培われ、育くまれた「常識」「当たり前」「思い込み」「偏見」「先入観」などをとっぱらった先にある「あるがままの世界」あるいは「究極の羅針盤」の発見ってところでしょうか。


たとえばですが、

『きみが何を考え、何に思い悩み、何を行為しようとも、きみ自身は実は何もしていないのさ』

いきなりこんなことを断言されたとしたら、どう思うでしょうか。
「うん、そうだと思ってた!」という方は、おそらくは皆無に近いかと思われます。
おそらくは「あ…ちょっとこの人、ヤバイ宗教とか入ってる感じの人なんだろうな。かかわらないようにしよう…」
おおかたそんなところではないでしょうか。

ですが、私は特定の宗教を信仰していませんし、歴史上の人物や現存するいかなる人物も、敬いはしても崇拝するような対象にはなりません。この先もずっと。




そもそもはこの「裏通りブログ」から私のブログ人生が始まり、私を通路として見い出されるふしぎ発見を、誰かと分かち合い、この「リアル人生ゲーム」に活かしたいがために、2つ目のブログ『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』を作るにまで発展してきました。

「分かち合い」ほどの、いち人生を賭けるに値する究極の財宝、自他一挙両得のベストバイブスは、他に見当たりませんもの。
自分がまずうれしいし、同時に誰かもうれしいだなんて、はっきり言って
最高!

じゃないですか。







「ふしぎ発見!」の終わりに、みなさまを発見へといざなう楽曲も紹介しています。よろしければあわせて楽しんでください。
※和訳した歌詞は、英語力のない私がグーグル翻訳を参考に、個人的解釈で訳したものなので、ちょっとおかしいよっていう訳もあるかと思いますが、大目に見ていただけましたら幸いです。

カテゴリの中の「スーパーふしぎ発見」には、ブログの核となる発見かな、と思われるものを並べています。まあ、だからどうってわけでもありません。

カテゴリの中の「映画」がいざなうふしぎ発見については、ネタバレしているものがほとんどなので、どうか「この映画これから見ようとしてたのに(泣)」なんてことにならないようお気を付けください。

一度投稿した「ふしぎ発見!」も、一年くらい間隔をあけて読み返すと「うーん…なんでこんなふうに書いたんだろう」「この表現は不適切だなあ」「今ならこんな言葉は使わないなあ」といったことがよくあります。
私はまったくいとわず何度でも記事を修正します。
修正することによって、伝えるべきメッセージが進化しつづけていることを私自身実感できますし、過去記事と現在の記事とで違いすぎるがために読者を混乱におとしいれてしまうような事態も軽減されます。
投稿日に対してコメントの日付が古い記事は、「あ、修正した記事なんだな」と思ってください。




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