必要なパーツがすべて噛み合って、初めてそれは自転車(世界)だよ

たとえばの話だよ
人間を省く
すべての森羅万象が
車輪であるならば
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フレーム
ハンドル
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この現象世界における
あらゆる外的現象(運命)は
外的行動次第で
どうにでも変えられる
という主観フィルターを享受し
そのパーツの役目を担う人々


ペダル
チェーンホイール
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この現象世界における
あらゆる外的現象(運命)は
人生の節目においては
決まっているものの
外的行動次第で
要所以外は
変えられる
という主観フィルターを享受し
そのパーツの役目を担う人々


サドル
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この現象世界における
あらゆる外的現象(運命)は
人生の節目においては
決まっているものの
自らの
内的思考
内的意識次第で
要所以外は変えられる
という主観フィルターを享受し
そのパーツの役目を担う人々


ブレーキ
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この現象世界における
外的現象(運命)は変えられず
変えられない外的現象を
いかように受け止めるかという
自らの
内的思考
内的意識だけは
自分次第で変えられる
という主観フィルターを享受し
そのパーツの役目を担う人々


チリンチリン
ライト
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この現象世界における
外的現象(運命)は
いっさい変えられず
自らの
内的思考
内的意識も
いっさい変えることができない
というよりも
そもそも
外側と内側の境目がない
という主観フィルターを享受し
そのパーツの役目を担う人々


フレーム
ハンドル
なかったなら
車輪を繋ぎとめることはもちろん
車体(世界)
進行方向を定めることも
不可能であることは
明白さ

ペダル
チェーンホイール
なかったなら
車体(世界)
漕ぎ進ませることができないし

サドル
なかったなら
車体(世界)
安定性を失い
立ち漕ぎするしかないがために
すぐにバテるのは
目に見えてる

ブレーキ
なかったなら
加速し過ぎた車体(世界)
減速させたり
休ませたりすることができないし

チリンチリン
ライト
なかったなら
車体(世界)が夜道に
迷い込んだとき
行く先を照らすことができないし
車体(世界)が危機に遭遇した
そのとき
警告音を鳴らすことを
することができないよ

車輪フレーム
チリンチリンライト
その重要性を
比べたらなら
どう考えたって
大事になるものは
車輪フレーム
決まってる
だって
それがなかったなら
そもそもの目的
走ること
それ自体が
することができないんだもの

だから
チリンチリンライトの役割を
担う人間の割合は
いつの時代でも
ものすごく少ないし
多少の増減はあっても
決してマジョリティになるなんてことは
起こりえない

他のどのパーツに関しても
多少のバランスの変化はあっても
フレームやペダルが
完全に淘汰されるなんて自体は
この先も起こりえない


けれども
それてでいいんだ

本質的には
どのパーツにも
優劣なんてないし
それぞれの
パーツの比率を
崩す必要性もない


だって
だからこそ
自転車(世界)
自転車(世界)として
走りつづけることが
できる
んだもの

ん?
肝心の自転車(世界)の
運転者は誰なのかって?
その答えはというとね
このブログの読者になってもらうことが
一番の近道さ










今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
「ふしぎ発見!」は変わらず
きみの奥深くによりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見!」へといざなう楽曲を紹介するね

「ぼくの自転車のうしろに乗りなよ / RCサクセション」
作詞 忌野清志郎

君は言ってくれた
ぼくは悪くない
ぼくはそれほど悪くない
ぼくはちっとも悪くない
君だけを忘れない
ぼくの自転車のうしろに乗りなよ
二人乗りで 二人乗りで遊びに行こうよ






この土壌(ブログ)に植えられた種(言葉)は、訪れたその人が読むことによってのみ、開花します。
ふたつと同じ花が咲くことはなく、訪れたその人だけの、その人に出逢う運命を担っていた花です。
この土壌に意義を見い出した方は、ご支援のワンクリックをいただけましたら幸いです。
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テーマ : 詩・想
ジャンル : 小説・文学

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sayamaさん

だね。

右翼とか左翼みたいな意味じゃなく、右に寄りすぎたら左に行こうとするし、左に寄りすぎたら右に行こうとする。そのくり返しだよね、この世界は。サーカスの綱渡りみたいにね。

No title

世界は常にバランスを取ろうとするんばな。
このブログが役に立ってると思った方はぼく↓をクリックしてもらえるとうれしいです。
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「どみどりくん」あるいは「じゃっく」へのメッセージ

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やあやあ、よく来てくれたね。

じゃっく&どみどりくん

Author:じゃっく&どみどりくん
オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』の、姉妹ブログ『どみどりくんの、世界ふしぎ発見』に遊びに来てくださりありがとうございます。管理人のじゃっくと申します。

『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』が「表通り」を行くブログなら、こちらのブログは「裏通り」を行くブログです。
両方合わせてようやく私のメッセージの完成形となりますが、選り好みして「表通り」だけ見てもらってもまったく問題ありません。
来るべきときが訪れたなら、おのずと「裏通り」も歩かされている自分を発見されますから(ニヤリ)

で、この「裏通りブログ」が何故に必要なのかと申しますと、早い話が「表通り」だけでは解決できない、処理しきれない問題(絶体絶命のピンチ)に、人は前触れもなく遭遇するからです。
誰しものそのときのためにこそ、私「じゃっく」が、フシギニストである「どみどりくん」に扮し(チャネリング?)ながら、この「裏通りブログ」は存在し続けます。


「世界ふしぎ発見」とは言っても、某テレビ番組が世界における「目に見えるふしぎ」を発見して紹介するのとは趣がちがい、このブログでは世界における「目には見えないふしぎ」の発見を書き記することを趣旨としています。

ですが、「目には見えない」とは言っても、「UFO」「超能力」「幽霊」といった類のものとは趣が違いますし、「スピリチュアル」ともまたちょっと違うのかもしれません。
「哲学」「宗教」とも言い切れませんし、「自己啓発」「人生哲学」ともまた少し違うかもしれません。

しいて言うなら、みなさんが今まで生きてきた中で、学校教育や家庭教育やマスメディアによって抗いようもなく培われ、育くまれた「常識」「当たり前」「思い込み」「偏見」「先入観」などをとっぱらった先にある「あるがままの世界」あるいは「究極の羅針盤」の発見ってところでしょうか。


たとえばですが、

『きみが何を考え、何に思い悩み、何を行為しようとも、きみ自身は実は何もしていないのさ』

いきなりこんなことを断言されたとしたら、どう思うでしょうか。
「うん、そうだと思ってた!」という方は、おそらくは皆無に近いかと思われます。
おそらくは「あ…ちょっとこの人、ヤバイ宗教とか入ってる感じの人なんだろうな。かかわらないようにしよう…」
おおかたそんなところではないでしょうか。

ですが、私は特定の宗教を信仰していませんし、歴史上の人物や現存するいかなる人物も、敬いはしても崇拝するような対象にはなりません。この先もずっと。




そもそもはこの「裏通りブログ」から私のブログ人生が始まり、私を通路として見い出されるふしぎ発見を、誰かと分かち合い、この「リアル人生ゲーム」に活かしたいがために、2つ目のブログ『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』を作るにまで発展してきました。

「分かち合い」ほどの、いち人生を賭けるに値する究極の財宝、自他一挙両得のベストバイブスは、他に見当たりませんもの。
自分がまずうれしいし、同時に誰かもうれしいだなんて、はっきり言って
最高!

じゃないですか。







「ふしぎ発見!」の終わりに、みなさまを発見へといざなう楽曲も紹介しています。よろしければあわせて楽しんでください。
※和訳した歌詞は、英語力のない私がグーグル翻訳を参考に、個人的解釈で訳したものなので、ちょっとおかしいよっていう訳もあるかと思いますが、大目に見ていただけましたら幸いです。

カテゴリの中の「スーパーふしぎ発見」には、ブログの核となる発見かな、と思われるものを並べています。まあ、だからどうってわけでもありません。

カテゴリの中の「映画」がいざなうふしぎ発見については、ネタバレしているものがほとんどなので、どうか「この映画これから見ようとしてたのに(泣)」なんてことにならないようお気を付けください。

一度投稿した「ふしぎ発見!」も、一年くらい間隔をあけて読み返すと「うーん…なんでこんなふうに書いたんだろう」「この表現は不適切だなあ」「今ならこんな言葉は使わないなあ」といったことがよくあります。
私はまったくいとわず何度でも記事を修正します。
修正することによって、伝えるべきメッセージが進化しつづけていることを私自身実感できますし、過去記事と現在の記事とで違いすぎるがために読者を混乱におとしいれてしまうような事態も軽減されます。
投稿日に対してコメントの日付が古い記事は、「あ、修正した記事なんだな」と思ってください。




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