「最善」だけしかない世界だよ

機械式時計の内部が
この世界の縮図に見えちゃうぼくは
例によってまた
プロフェッショナルを見たんだけれども
メーカーでさえも匙を投げるような
替えの部品が存在しない
半世紀も経過した動かない時計を
驚異的な集中力と
培ってきた経験と技術力で修理してゆく
時計職人の松浦敬一さん
その作業工程を
生命を扱う手術になぞらえつつ
常にこう自分に言い聞かせるんだ
「最善と断言できる仕事を」

けれどもね
最善とは断言できない仕事をした人
最悪と断言できる仕事をした人
結局のところ
それがそのときの「最善」だったんだ

高い所から
低い所へと
流れてゆく
水のことをよく見てごらん
誰に頼まれるでもなく
遠回りすることもなく
一番の最短(最善)距離
ためらいもなく流れてゆくよ

とぼくら人間のちがいは
自我があるかないか
ただそれだけ

水に限らないよ
自我がないものであれば
どれもこれもみんな
その本質は水と一緒


にもかかわらず
厄介なもの(自我)を持って
存在しちゃった人間てやつは
迷ったり
悩んだり
立ち止まったり
引き返してみたり
自暴自棄になったり
死んでしまいたくなったりもするし
一見するとあまりに無駄が多くて
あまりに遠回りしているように見えるけれども
それがその人にとっての
最短(最善)距離であること
そのことは揺るがないよ

なぜならばね
自我
実はそれ自体が
水やそれ以外の森羅万象と一緒
最短(最善)距離を進むことしか
できない性質のもの
だから

思いや感情はね
起こすものじゃなく
起こるもの

だからね
この世界に存在するもので
最善じゃないもの
たとえそれが目には見えないものだとしても
ただのひとつもなくて
きみの寄生我(自我)
「ちっとも最短なんかじゃないじゃないか」
解釈したとしても
寄生我が下したその解釈もまた
まごうかたなき
最短(最善)なんだ










今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
「ふしぎ発見!」は変わらず
きみのこころの奥深くによりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見!」へといざなう楽曲を紹介するね

「Let It Be(あるがままに) / The Beatles(ザ・ビートルズ)」
作詞作曲 レノン=マッカートニー

When I find myself in times of trouble
ぼくが困難のさなかにあるとき
Mother Mary comes to me
マリア様が現れて
Speaking words of wisdom,
こう教えてくれるんだ
let it be
あるがままに





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ジャンル : 小説・文学

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ラウさんひさしぶり!

いつもいつも、見守ってくれていてありがとう。

じゃっくもラウさんからのコメント、とても喜んでいるよ。

ラウさんなくしてこのブログは語れないもんね。

ぼくもじゃっくも、内なる羅針盤にぜんぶお任せ!

こんばんは。

どんなときも、ぶれないメッセージをありがとう。

僕も内なる声に従って、内なる羅針盤が指し示す方向へ

世界とともに歩き続けるよ。

ジャックさん、どみどりくん、いつもありがとう。

はつねさん、いつもありがとうございます。

人間が千差万別であるように、どんな記事が誰に届くのかも無限の可能性を辿ってゆくんだね。

内なる声に従って、これからも堂々とふしぎ発見!を投稿していくつもり!

はつねさんありがとう。

No title

この記事私すごい好き。

なんか安心できる。

少なくとも私はそう思うよ。

ありがとう。

No title

「ふざけるな」「おまえに何がわかる」「原爆やホロコーストも最善か」っていう、怒りのコメントが殺到するかと覚悟していたけれど、そういうコメントはなかったよ。そのうち来るかもしれないけれど。

でも、たとえそうでもぼくは言い続けるよ。

絶望の深淵にある人たちが、少しでも自分を責める必要がなくなる可能性がそこにある限り。

もちろんこれは、自分のためにしてることでもあるんだ。

No title

いじめで自殺した我が子を持つ親は受け入れがたい話だろな。
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「どみどりくん」あるいは「じゃっく」へのメッセージ

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やあやあ、よく来てくれたね。

じゃっく&どみどりくん

Author:じゃっく&どみどりくん
オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』の、姉妹ブログ『どみどりくんの、世界ふしぎ発見』に遊びに来てくださりありがとうございます。管理人のじゃっくと申します。

『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』が「表通り」を行くブログなら、こちらのブログは「裏通り」を行くブログです。
両方合わせてようやく私のメッセージの完成形となりますが、選り好みして「表通り」だけ見てもらってもまったく問題ありません。
来るべきときが訪れたなら、おのずと「裏通り」も歩かされている自分を発見されますから(ニヤリ)

で、この「裏通りブログ」が何故に必要なのかと申しますと、早い話が「表通り」だけでは解決できない、処理しきれない問題(絶体絶命のピンチ)に、人は前触れもなく遭遇するからです。
誰しものそのときのためにこそ、私「じゃっく」が、フシギニストである「どみどりくん」に扮し(チャネリング?)ながら、この「裏通りブログ」は存在し続けます。


「世界ふしぎ発見」とは言っても、某テレビ番組が世界における「目に見えるふしぎ」を発見して紹介するのとは趣がちがい、このブログでは世界における「目には見えないふしぎ」の発見を書き記することを趣旨としています。

ですが、「目には見えない」とは言っても、「UFO」「超能力」「幽霊」といった類のものとは趣が違いますし、「スピリチュアル」ともまたちょっと違うのかもしれません。
「哲学」「宗教」とも言い切れませんし、「自己啓発」「人生哲学」ともまた少し違うかもしれません。

しいて言うなら、みなさんが今まで生きてきた中で、学校教育や家庭教育やマスメディアによって抗いようもなく培われ、育くまれた「常識」「当たり前」「思い込み」「偏見」「先入観」などをとっぱらった先にある「あるがままの世界」あるいは「究極の羅針盤」の発見ってところでしょうか。


たとえばですが、

『きみが何を考え、何に思い悩み、何を行為しようとも、きみ自身は実は何もしていないのさ』

いきなりこんなことを断言されたとしたら、どう思うでしょうか。
「うん、そうだと思ってた!」という方は、おそらくは皆無に近いかと思われます。
おそらくは「あ…ちょっとこの人、ヤバイ宗教とか入ってる感じの人なんだろうな。かかわらないようにしよう…」
おおかたそんなところではないでしょうか。

ですが、私は特定の宗教を信仰していませんし、歴史上の人物や現存するいかなる人物も、敬いはしても崇拝するような対象にはなりません。この先もずっと。




そもそもはこの「裏通りブログ」から私のブログ人生が始まり、私を通路として見い出されるふしぎ発見を、誰かと分かち合い、この「リアル人生ゲーム」に活かしたいがために、2つ目のブログ『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』を作るにまで発展してきました。

「分かち合い」ほどの、いち人生を賭けるに値する究極の財宝、自他一挙両得のベストバイブスは、他に見当たりませんもの。
自分がまずうれしいし、同時に誰かもうれしいだなんて、はっきり言って
最高!

じゃないですか。







「ふしぎ発見!」の終わりに、みなさまを発見へといざなう楽曲も紹介しています。よろしければあわせて楽しんでください。
※和訳した歌詞は、英語力のない私がグーグル翻訳を参考に、個人的解釈で訳したものなので、ちょっとおかしいよっていう訳もあるかと思いますが、大目に見ていただけましたら幸いです。

カテゴリの中の「スーパーふしぎ発見」には、ブログの核となる発見かな、と思われるものを並べています。まあ、だからどうってわけでもありません。

カテゴリの中の「映画」がいざなうふしぎ発見については、ネタバレしているものがほとんどなので、どうか「この映画これから見ようとしてたのに(泣)」なんてことにならないようお気を付けください。

一度投稿した「ふしぎ発見!」も、一年くらい間隔をあけて読み返すと「うーん…なんでこんなふうに書いたんだろう」「この表現は不適切だなあ」「今ならこんな言葉は使わないなあ」といったことがよくあります。
私はまったくいとわず何度でも記事を修正します。
修正することによって、伝えるべきメッセージが進化しつづけていることを私自身実感できますし、過去記事と現在の記事とで違いすぎるがために読者を混乱におとしいれてしまうような事態も軽減されます。
投稿日に対してコメントの日付が古い記事は、「あ、修正した記事なんだな」と思ってください。




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