「自分のこと」だけしかわからない世界だよ

ある犯罪者が
残虐な殺人を犯し
長い年月を経たのち
その罪の重さに気づくことになり
押しつぶされそうになり
打ちひしがれ
それでもなお
懸命に生きているように
ある人には見えたとしても
その罪びとと同じ人生を生きること
それが叶わない限り
本当のところは
誰にもわからなくて

表向きは
自分の罪に打ちひしがれ
懊悩の底なし沼にもがき
苦しんでいるように
その犯罪者が見えたとしても
「苦しんでいるふり」という可能性を
果たして誰かに
否定することができるのかな

だってさ
そうする方が
社会を渡り歩くのには都合がいいよね
そうすることの方が
自分の身の安全にもなるし
そうやって
ある程度の周囲の同情心を呼び込めることは
子供にでも計算できる常套手段だよ

表向きは
まるで何の反省もしていないように振る舞い
自分を極端に悪に見せしめ
でも本当のその心の内は
ズタズタに切り裂かれている
そういう犯罪者も
存在しないとは言い切れないよね

表向きは
生への未練など
完全に捨てて見えた犯罪者
けれども
絞首台に上がり
首に縄をかけられ
スイッチが押される五秒前に
「やっぱり生きたい」
そう願った犯罪者が
何人もあったかもしれないよね

死への恐怖など
微塵もなかった
人類史上に残る超人イエスキリストが
十字架にかけられ
そのあまりの苦しみに耐えかねて
「エリ エリ レマ サバクタニ」
(わが神よ わが神よ 
なぜわたしをお見捨てになったのですか)

と叫んだようにね

犯罪者に限らないよ
相手が
善人だろうと
悪人だろうと
政治家だろうと
主婦だろうと
アイドルだろうと
スポーツ選手だろうと
サラリーマンだろうと
誰だろうと

誰のことの
本当のところも
ぼくらはわかることができなくて


結局のところ
一人の人間を通し
ぼくら一人ひとりが見ているもの
それはというと
自分自身
でしかないんだ










今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
「ふしぎ発見!」は変わらず
きみのこころの奥深くによりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見!」へといざなう楽曲を紹介するね

「私以外私じゃないの / ゲスの極み乙女。」
作詞作曲 川谷絵音

私以外私じゃないの
どうやらあなたもそう
誰も替われないってことみたいね





ぼくを応援してくれる人は、一日に一回、黒板をクリックしてくれるとうれしいです。より多くの人へ、このブログが届くきっかけになります。
関連記事

テーマ : 詩・想
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

No title

>大変すみませんでした。私は人のブログにコメントすることは33年の人生の中で数回しかなく、滅多にコメントをしません。
人のブログにコメントしたのは今回5年ぶりくらいだと思います。
知らない人につらつらと自分の人生を打ち明かすことも今まで一度もなかったのですが、なにが私を駆り立てるのでしょう、私はとても重苦しくもあるこの、大勢の人が見るであろう場で自分の愚かさを吐き続けることを、まるで誰かに操作されているかのようにして、止めることができません。

え、そうなの!?
やった!ラッキー!
5年間何もコメントしなかった人がコメントしてくれてる現場に、今まさにここで当事者として遭遇してるってことでしょう?
しかもコメントするのを止めることができないって!!

こんなにわくわくして興奮したのはひさびさだよ!
白空さんありがとう!
白空さんに出逢わせてくれたぼくの人生シナリオにも感謝しなきゃ!
これだから人生もふしぎ発見!もやめられない!




>私は勝手である自分を大いに苦しみたいと思います。

白空さんがそうしたいと思うことなら、とことんまでそうしてみるといいと思うんだ。

この一文から、「私は誰がなんと言おうと苦しみたいんだ!」っていう情熱のようなものすら感じるもの。

「苦しみ」と「喜び」は、本当は対になるものじゃなくて、この世界におけるたくさんの可能性やバリエーションや豊かさの中にあるひとつの「感情」だから、そこには「いい」も「わるい」も本当はなくて。
「苦しさ」も実は、苦しさを味わうことができてるっていう「豊かさ」に他ならないんだ。

だから、白空さんの見ている真実を、誰がなんと言おうと探求してほしいし、自分の内なる声に従ってほしいなって思う。
とことんまでやらなきゃ見えて来ないものって、必ずあると思うからさ。

No title

>私は、今それができないからといって、半端な願望だと思いません。

白空さんがそう思うならそれでいいじゃない。

本当にそう思うなら、他人からなんて言われようと誰からどう思われようと関係ないはずだとぼくは思うよ。

少なくともぼくは、自分の内に秘めた真実に対しては何を言われても平気。かすり傷ひとつ負わないよ。



>どみどりさんは、他者の気持や考えを知りたいとは思わないのでしょうか?

他者によるかな。
いちおう人間だからね、好き嫌いを超えた領域にスポットを当てるブログを書いてはいても、好き嫌いは当然あるよ。




>私のコメントが迷惑でいらっしゃるならばそう仰っていただければもう書くことをやめます。

確かに白空さんのコメントは長文だから、返答するのに時間を要してるけれど、今のところどうにかなっているよ。とはいえ、返せないときがあっても許してね。

でも、コメントを返すことがぼく自身の学びや鍛錬にもなっていくから、とてもありがたいことでもあるよ。

感謝感謝です。

No title

あざす!

No title

どみどりくんお疲れ!
ワンクリックいただけると励みになります。
最新投稿
最新コメント
カテゴリ
月別アーカイブ
「どみどりくん」あるいは「じゃっく」へのメッセージ

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
どみどりな応援者
RSSリンクの表示
QRコード
QR
やあやあ、よく来てくれたね。

じゃっく&どみどりくん

Author:じゃっく&どみどりくん
オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』の、姉妹ブログ『どみどりくんの、世界ふしぎ発見』に遊びに来てくださりありがとうございます。管理人のじゃっくと申します。

『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』が「表通り」を行くブログなら、こちらのブログは「裏通り」を行くブログです。
両方合わせてようやく私のメッセージの完成形となりますが、選り好みして「表通り」だけ見てもらってもまったく問題ありません。
来るべきときが訪れたなら、おのずと「裏通り」も歩かされている自分を発見されますから(ニヤリ)

で、この「裏通りブログ」が何故に必要なのかと申しますと、早い話が「表通り」だけでは解決できない、処理しきれない問題(絶体絶命のピンチ)に、人は前触れもなく遭遇するからです。
誰しものそのときのためにこそ、私「じゃっく」が、フシギニストである「どみどりくん」に扮し(チャネリング?)ながら、この「裏通りブログ」は存在し続けます。


「世界ふしぎ発見」とは言っても、某テレビ番組が世界における「目に見えるふしぎ」を発見して紹介するのとは趣がちがい、このブログでは世界における「目には見えないふしぎ」の発見を書き記することを趣旨としています。

ですが、「目には見えない」とは言っても、「UFO」「超能力」「幽霊」といった類のものとは趣が違いますし、「スピリチュアル」ともまたちょっと違うのかもしれません。
「哲学」「宗教」とも言い切れませんし、「自己啓発」「人生哲学」ともまた少し違うかもしれません。

しいて言うなら、みなさんが今まで生きてきた中で、学校教育や家庭教育やマスメディアによって抗いようもなく培われ、育くまれた「常識」「当たり前」「思い込み」「偏見」「先入観」などをとっぱらった先にある「あるがままの世界」あるいは「究極の羅針盤」の発見ってところでしょうか。


たとえばですが、

『きみが何を考え、何に思い悩み、何を行為しようとも、きみ自身は実は何もしていないのさ』

いきなりこんなことを断言されたとしたら、どう思うでしょうか。
「うん、そうだと思ってた!」という方は、おそらくは皆無に近いかと思われます。
おそらくは「あ…ちょっとこの人、ヤバイ宗教とか入ってる感じの人なんだろうな。かかわらないようにしよう…」
おおかたそんなところではないでしょうか。

ですが、私は特定の宗教を信仰していませんし、歴史上の人物や現存するいかなる人物も、敬いはしても崇拝するような対象にはなりません。この先もずっと。




そもそもはこの「裏通りブログ」から私のブログ人生が始まり、私を通路として見い出されるふしぎ発見を、誰かと分かち合い、この「リアル人生ゲーム」に活かしたいがために、2つ目のブログ『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』を作るにまで発展してきました。

「分かち合い」ほどの、いち人生を賭けるに値する究極の財宝、自他一挙両得のベストバイブスは、他に見当たりませんもの。
自分がまずうれしいし、同時に誰かもうれしいだなんて、はっきり言って
最高!

じゃないですか。







「ふしぎ発見!」の終わりに、みなさまを発見へといざなう楽曲も紹介しています。よろしければあわせて楽しんでください。
※和訳した歌詞は、英語力のない私がグーグル翻訳を参考に、個人的解釈で訳したものなので、ちょっとおかしいよっていう訳もあるかと思いますが、大目に見ていただけましたら幸いです。

カテゴリの中の「スーパーふしぎ発見」には、ブログの核となる発見かな、と思われるものを並べています。まあ、だからどうってわけでもありません。

カテゴリの中の「映画」がいざなうふしぎ発見については、ネタバレしているものがほとんどなので、どうか「この映画これから見ようとしてたのに(泣)」なんてことにならないようお気を付けください。

一度投稿した「ふしぎ発見!」も、一年くらい間隔をあけて読み返すと「うーん…なんでこんなふうに書いたんだろう」「この表現は不適切だなあ」「今ならこんな言葉は使わないなあ」といったことがよくあります。
私はまったくいとわず何度でも記事を修正します。
修正することによって、伝えるべきメッセージが進化しつづけていることを私自身実感できますし、過去記事と現在の記事とで違いすぎるがために読者を混乱におとしいれてしまうような事態も軽減されます。
投稿日に対してコメントの日付が古い記事は、「あ、修正した記事なんだな」と思ってください。




ツイッターもやってます。
業者の方や宣伝目的の方じゃなければ、出来うる限りフォロー返ししています。