現世(うつしよ)は映し世(うつしよ) そして移し世(うつしよ)

日本神話や神道では
この現象世界のことを
現世(うつしよ)と呼ぶよ
なんとも美しい響きで
思わずうっとりしちゃうね

ところがこの呼び方には
驚くべきふしぎ発見!
それが秘められていて
改めて意味言葉に変換されるときの
その神秘の行程に
感動せずにはいられないんだ

この瞬間にもぼくは
銀幕の中に映し出された
「ぼく」という人間
その主観を通過した世界を
ぼんやりと眺めていて
五感という神的ハイテクシステムの
超体感型3D映画を観賞中
もちろん
きみだってそう
すべての人がそう
だからこその
うつしよ(映し世)

銀幕に映し出された
この世界は
フイルムの絵が
とどまることなく
流れゆき
移ろいゆくように
同じ姿のまま
とどまることはなく
同じ姿は
二度とやって来ることはなく
だからこその
うつしよ(移し世)

そして
現世と対になる対岸(黄泉の世界)
常世(とこよ)と呼び
隠り世(かくりよ)とも呼ぶ

このブログの読者なら
もう気づいている人も
いるかもしれないね

永遠なる世界であり
実体となる世界だからこその
常世(とこよ)
秘められた世界だからこその
隠り世(かくりよ)

古代の日本人は
この世界の本質
完璧に言葉に落とし込んでいたっていう
そんなふしぎ発見!でした











今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
「ふしぎ発見!」は変わらず
きみのこころの奥深くによりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見!」へといざなう楽曲を紹介するね

「森の言葉 / MARTER(マーテル)」
Written and produced by MATER

大切な つながりが 少し 聞こえてきた
いつまでも 変わりゆく 日々を 受け入れて
お互い様 支えあって ここで 生きてゆく
与えられる 恵みに ありがとう





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ジャンル : 小説・文学

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konchikiさん、おはよ!

朝からとっても素敵なコメントをありがとう。

konchikiさんが気持ちのいい日常を過ごしているときも、そうじゃないときでも、いつでもぼくはここで待っているよ。

No title

どみどりくん


>バッチリ!

そうか!あってるか!よかったー(・∀・)

おかげで、今日はひとつの分岐点になった気がする。
悟りってそんなもんなんだ。
「理解」の中には何もないと理解しつつ、無駄に考えすぎるくせがある私にはなんとも見事に踏ん切りをつけてくれた言葉だったよ。
うん、考えすぎない。
というか、思考もただ血液が流れているのと同じように起こっているんだよね。
この頃はだからそれも尊重しようくらいの位置取りができるようになったというか?

実は今日もね、ひたすら足元をみて歩いてたら、
そこには自分と比べる誰かとか、自分を責める自分とか、誰もいないんだ。
それに気がつくと、なぜかとても、本当に生れてはじめてくらいのとても幸せな気持ちが自然に起こってきて。
あーこれか、って。
わけはわからないけれど、私の理解の外にちゃんと「智慧」が存在していて
それが、ほんの少し片鱗を見せてくれたというか?
そんな日常を過ごしているよ。

じゃあ、ほんとに、ありがとう。

konchikiさん、こんばんは!

>というか、そもそもは私が前に、どみどりくんが言う「きみの肉体よりも近い場所できみによりそう誰か」ってなに?
って聞いた時に、どみどりくんが守護霊さんって言ってくれたからなんだ。

あれ、そんなふうにひとつのものに断定しちゃったんだっけ?
ごめんね、それは誤解を生む説明だね。

うんとね、ぼくがよく言うことなんだけれど、人の数だけ真実はあって、その見えない存在をどう見てどう受け止めるのかも、個人の能力や人生観や好き嫌いや文化や宗教なんかによってぜんぜん違うんだよね。

だからぼくは総じて「不可視な存在」とか「共生者」っていう広範囲を包含する言い方をするんだけれど、だからなんだよね。

あとはその人その人のお好みというか、思いたいように思えばいいんだと思うんだ。統一するなんて絶対にできないから。



>その守護霊さんもまた、縁起の中で無常を生きている、というか生かされている、ほうが近いかな。
縁起の中で私がなにもしていないのと同じように守護霊さんもまたなにもしていない。。というか? で、あってる?

バッチリ!



>ということで、ありがとう。
聞きたいことが聞きたい言葉できちんと聞けたよ!(・∀・)

よかった!




>ここに複雑に「共生者」がからんでいたとは、もはやkonchikiの脳味噌オーバーフローで。
だからやっぱり悟らなくちゃわかんないことなんでしょ!と半ばキレ気味という感じかなー(笑)。

結局これもぼくの主観であって、絶対真理なんかじゃない話だよ。
きっと覚者の人たちがこのやりとりを見たら、間違ってるって言う人がいるし、正しくもないし間違いでもないって言う人がいるし、わかるわけがないって言う人がいたりするんだ。

そんな個人の主観でどうにでもなるような不確かなものだし、自己申告するか、他人が勝手に「あの人はそうだよ」「あの人は違うと思う」って決めれてしまうような、そんな程度のもので、人間の究極のkonchikiさんが考えているほど大それたものじゃないよ、「悟り」なんてものは。

だからね、どうか考えすぎないでね。
そのことによって日常生活に支障をきたすとなると、単なる害でしかないからね。


こちらこそ、いつもありがとう。

No title

どみどりくん
ありがとう。


>ひょっとしてそれは自叙伝的なものってことかな?

いや、こういう答えを聞きたかったの(自叙伝も聞いてみたいけど)

たぶんkonchikiは守護霊さんの存在を、方便(物語)ならいいけど、事実としては信じられなくて、
でも、方便として、そういう物語(方便)があると人は救われて生きられるから、
いろんな人たちがいろんな風に語る方便(物語)もいいけれど、どみどりくんならなんて言うのかなってことで聞いてみたの。

というか、そもそもは私が前に、どみどりくんが言う「きみの肉体よりも近い場所できみによりそう誰か」ってなに?
って聞いた時に、どみどりくんが守護霊さんって言ってくれたからなんだ。

だからね、あーそういわれるとなんとなくいるような気がする・・いてくれたら嬉しいって思ってたんだけど、
すべては無常、無我なら、そういえば守護霊さんは何を守護してるんだ?っていう単純な疑問が浮かんだから書き込んじまったというわけなんだ。


で、
「アサラト(パチカ)にこの世界の真理が隠されているよ」
「きみの肉体よりも近い場所で きみによりそう誰かがいるよ」
をもう一度読んで、帰ってきてマーボー豆腐のくだりも読んで、
はー・・わかったともわからないともなんとも言えない気持ちになったの。
これって本当に腑に落ちるには、やっぱり悟らなくちゃだめなんだろうって。


ただ、
>「縁起」っていうシステムのこの世界の枠組みで活動しているし、諸行無常を生きているっていうね。
↑は、納得したよ。
その守護霊さんもまた、縁起の中で無常を生きている、というか生かされている、ほうが近いかな。
縁起の中で私がなにもしていないのと同じように守護霊さんもまたなにもしていない。。というか? で、あってる?


もうひとつは、言葉ね。
”守護”という言葉から、守護霊さんというのは、konchikiという存在を、なにかよからぬことから守ってくれている有難い存在、というようにイメージしてたんだよね。勝手に。
でも、上の二つの記事を読み返して、共生者と訳すとまた違った趣(笑)

konchikiは自分というものが、この人型をした肌色の塊で独立した存在だと信じこんでいるので、
守護霊さんもまた、透明かもしれないけれど同じような人型をした独立した存在なのだと思い込んでいたんだよね(笑)。


ということで、ありがとう。
聞きたいことが聞きたい言葉できちんと聞けたよ!(・∀・)



あと、マーボー豆腐は、食べたいとkonchikiが自由意思で思いついたと思っているけれど、
なんで思いついたの?と辿っていくと、結局わからない・・というところに行き着くよね。
その「わからない」ってところが、縁起のシステムというか、横で猫がくしゃみをしたからかもしれないし、去年の暮れにお財布を落としたからかもしれないというような?ことだと思っていたんだけど、
ここに複雑に「共生者」がからんでいたとは、もはやkonchikiの脳味噌オーバーフローで。
だからやっぱり悟らなくちゃわかんないことなんでしょ!と半ばキレ気味という感じかなー(笑)。

って、私も長文になってもた(笑)


ありがとうございました!(´∀`)


sayamaさん、こんばんは!

だって、「常世」って、「常にある世界」ってことだもんね!


マーテルさんほんっといい声!

No title

常世と現世。ふたつならべると現世の側は幻想ですよって言ってるようなもんだな。それにしてもマーテルさん声が激シブ。

awjp7さん、はじめまして!

応援ポチ!ありがとう!
ただそれだけのコメントでもすごくうれしいね。

ぼくもawjp7さんのブログにコメントしたかったんだけれども、ヤフーだからなのか、うまくできなかったんだ、ごめんよ。

でもお礼の応援ポチ!残してきたからね!

konchikiさん元気そうでよかった!

詩人臭がプンプン!
現代の日本語って古語より精神性が薄まっちゃったものになっているんだろうね。
それがいいかわるいかは置いといて。


その存在の呼び方、受け止め方だけでね、言ってることがみんなバッラバラだから、あくまでぼく個人の話として聞いてもらいたいんだけれども、アサラトのふしぎ発見!で書いたように、たとえばkonchikiさんが「今夜はマーボー豆腐が食べたいな」と思いついたときには、「マーボー豆腐を食べたい」と思わせるメッセージを送信した力がそこには働いていて。

でもそれってkonchikiさんの受信機にメッセージを送信した、そっち側の存在の行為も同時に定めていることを意味するんだよね。

以前、ピンポン玉が入った箱を揺らすっていう記事に書いた、あの箱の中のピンポン玉には、見えない存在の玉も混じってるよ~とイメージしてもらえれば。

だからね、konchikiさんがいう「守護霊さん」もまた、この世界とはラジオの周波数が少しずれた世界に存在してるから、人間の目には見えないけれども(「見える」っていう人はそっち側の周波数にも対応しちゃう脳を生まれ持った人なんだろうね!)、「縁起」っていうシステムのこの世界の枠組みで活動しているし、諸行無常を生きているっていうね。

わかりにくいかな…説明が下手でごめんよ。
もう少し説明がうまくなるように、毎日腕を磨き続けるからね!


どみどりくん風「ふしぎ発見!“物語”」っていうと…
ひょっとしてそれは自叙伝的なものってことかな?


>「おんよみ」じゃないや間違えた(笑)

そんなこと無問題!

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No title

「おんよみ」じゃないや間違えた(笑)
編集しようとしたらできんかったよー

No title

うつしよ、かくりよ きれいな響きだよねえ
この音読み作ったひとは絶対詩人だよね!


で、ねーねー、どみどりくん(←という呼びかけの後はたいがいろくでもないことなんだけどさ)

守護霊さんはさ、「誰」を守護してるのかな。
彼も、刻々と変わっていく私と一緒に刻々と変わっていく無我な存在てこと?

ひとりさん風「あったか“物語”」でもいいんだけど、
どみどりくん風「ふしぎ発見!“物語”」を聞いてみたい。

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「どみどりくん」あるいは「じゃっく」へのメッセージ

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じゃっく&どみどりくん

Author:じゃっく&どみどりくん
オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』の、姉妹ブログ『どみどりくんの、世界ふしぎ発見』に遊びに来てくださりありがとうございます。管理人のじゃっくと申します。

『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』が「表通り」を行くブログなら、こちらのブログは「裏通り」を行くブログです。
両方合わせてようやく私のメッセージの完成形となりますが、選り好みして「表通り」だけ見てもらってもまったく問題ありません。
来るべきときが訪れたなら、おのずと「裏通り」も歩かされている自分を発見されますから(ニヤリ)

で、この「裏通りブログ」が何故に必要なのかと申しますと、早い話が「表通り」だけでは解決できない、処理しきれない問題(絶体絶命のピンチ)に、人は前触れもなく遭遇するからです。
誰しものそのときのためにこそ、私「じゃっく」が、フシギニストである「どみどりくん」に扮し(チャネリング?)ながら、この「裏通りブログ」は存在し続けます。


「世界ふしぎ発見」とは言っても、某テレビ番組が世界における「目に見えるふしぎ」を発見して紹介するのとは趣がちがい、このブログでは世界における「目には見えないふしぎ」の発見を書き記することを趣旨としています。

ですが、「目には見えない」とは言っても、「UFO」「超能力」「幽霊」といった類のものとは趣が違いますし、「スピリチュアル」ともまたちょっと違うのかもしれません。
「哲学」「宗教」とも言い切れませんし、「自己啓発」「人生哲学」ともまた少し違うかもしれません。

しいて言うなら、みなさんが今まで生きてきた中で、学校教育や家庭教育やマスメディアによって抗いようもなく培われ、育くまれた「常識」「当たり前」「思い込み」「偏見」「先入観」などをとっぱらった先にある「あるがままの世界」あるいは「究極の羅針盤」の発見ってところでしょうか。


たとえばですが、

『きみが何を考え、何に思い悩み、何を行為しようとも、きみ自身は実は何もしていないのさ』

いきなりこんなことを断言されたとしたら、どう思うでしょうか。
「うん、そうだと思ってた!」という方は、おそらくは皆無に近いかと思われます。
おそらくは「あ…ちょっとこの人、ヤバイ宗教とか入ってる感じの人なんだろうな。かかわらないようにしよう…」
おおかたそんなところではないでしょうか。

ですが、私は特定の宗教を信仰していませんし、歴史上の人物や現存するいかなる人物も、敬いはしても崇拝するような対象にはなりません。この先もずっと。




そもそもはこの「裏通りブログ」から私のブログ人生が始まり、私を通路として見い出されるふしぎ発見を、誰かと分かち合い、この「リアル人生ゲーム」に活かしたいがために、2つ目のブログ『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』を作るにまで発展してきました。

「分かち合い」ほどの、いち人生を賭けるに値する究極の財宝、自他一挙両得のベストバイブスは、他に見当たりませんもの。
自分がまずうれしいし、同時に誰かもうれしいだなんて、はっきり言って
最高!

じゃないですか。







「ふしぎ発見!」の終わりに、みなさまを発見へといざなう楽曲も紹介しています。よろしければあわせて楽しんでください。
※和訳した歌詞は、英語力のない私がグーグル翻訳を参考に、個人的解釈で訳したものなので、ちょっとおかしいよっていう訳もあるかと思いますが、大目に見ていただけましたら幸いです。

カテゴリの中の「スーパーふしぎ発見」には、ブログの核となる発見かな、と思われるものを並べています。まあ、だからどうってわけでもありません。

カテゴリの中の「映画」がいざなうふしぎ発見については、ネタバレしているものがほとんどなので、どうか「この映画これから見ようとしてたのに(泣)」なんてことにならないようお気を付けください。

一度投稿した「ふしぎ発見!」も、一年くらい間隔をあけて読み返すと「うーん…なんでこんなふうに書いたんだろう」「この表現は不適切だなあ」「今ならこんな言葉は使わないなあ」といったことがよくあります。
私はまったくいとわず何度でも記事を修正します。
修正することによって、伝えるべきメッセージが進化しつづけていることを私自身実感できますし、過去記事と現在の記事とで違いすぎるがために読者を混乱におとしいれてしまうような事態も軽減されます。
投稿日に対してコメントの日付が古い記事は、「あ、修正した記事なんだな」と思ってください。




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