どみどりくん 七夕編 その1

いつもどみどりくんのブログに遊びに来てくださりありがとうございます。
管理人であり、どみどりくんの父でもある「じゃっく」と申します。

皆様のお力添えと不可視な存在の働きかけのおかげさまで、どみどりくんの世界ふしぎ発見!も、どうにかこうにか四ヶ月目を迎えました。

アサラトに見る、木の実が木の実に働きかける力のように、不可視な声が私に働きかけてくれる限りは、これからも自分のペースで、楽しんで発信して参ります。

本日から4日間、この場をお借りして、私じゃっくが描くどみどりくんの対話形式ショートストーリー第三弾を掲載させていただきます。

それではどうぞお楽しみください。





離ればなれになった「織姫(織女星)」と「彦星(牽牛星)」が、年に一度だけ会うことが許される七夕の今日。

月遅れの来月に仙台七夕祭りを見に行く予定のどみどりくんですが、そのときまで待ちきれず、仙台のお友達に送ってもらったずんだもちを頬張りながら、二人が逢瀬を設けるのはどの辺なのだろうと、星空のロマンチシズムに思いを馳せ、大きな声で藤山一郎の「みどりの歌」を唄い、今日も元気に歩きます。


すると道端で何やら口論する男女を発見。ずいぶんとエキサイトしている様子です。

 「口説いようですが、あれは死んだ祖父以外の何者でもありません。私は数々の霊能者やチャネラー、地球救済計画に携わる金星人にも会い、事の真意を追い求め、私自身にもチャネリングや予言に近い能力が現出するようになり、『人はパンのみにて生きるにあらず』というキリストの福音は紛れもなく正しかったのだ、という確信を得るに至ったのです。
あなたは物質的なものに囚われているがために、人として一番大切なものを見失っています。私はあなたのような人をこそ救済していかなければなりません。それが神の願いであり、私に与えられた使命なのです」

 「オレの前でって言葉を持ち出すのをいい加減にやめろ。 何度でも言わせてもらうけどな、客観的な確証を得られないような話をオレの前で口外するなとオレは言ってるんだ。
自分が独善的かつ傲慢極まりないことをしてる自覚はないのか? 姉貴はいつもそうだ。そうやって主観でしか判断しようがない体験談を持ち出してきては、「神を怒らせてはいけない」「そのままでは宇宙征服を目論む闇の手口の術中です」とかなんとか上から目線で言い出す。だから信用ならないんだよ、お前らトンデモ系は!」

どみどりくん 「主観でしか判断していないのは弟さんも一緒じゃないかな」



ムッとした弟は辺りを見回しましたが、周囲には誰も見当たりません。

どみどりくん 「こっちだよ」

足元に目を落とすと、ずんだのカスを口の周りにいっぱいつけた小学生が、姉と弟を見上げています。

 「なんだおまえ…」

どみどりくん 「どみどりくん」

 「はあ?」

 「いや待ちなさい。この子は神の子です。いま、大天使ミカエルよりお告げを授かりました。神の子よ、もしよろしければ私たちの話を聞いて下さい。弟とどうしても折り合いがつかずに困っていたところなのです」

 「折り合いがつかないのは姉貴が自分の価値観を押し付けるからだろ! おいみどり坊主、ここはガキの出る幕じゃあないぞ、とっとと消えろ」

 「無礼な!」

どみどりくん 「ちょっとちょっと、二人とも落ち着こうよ。口論の内容はある程度は聞こえていたよ。お姉さんの主張は、物質的なものに目を向けるんじゃなく、非物質的な存在に目を向けなさい。じゃないと弟さんは救われないよっていう、大雑把にはそういうことかな?」

 「大雑把に言えばですが…そんなところです」

どみどりくん 「弟さんの主張は、そんなことはお姉さんの主観の中でしか知り得ないことだから、客観性に乏しい体験を真実だと語るだけならまだしも、押し付けることはお姉さんのエゴでしかないっていう、そんなところかな?」

 「ガキのくせに生意気なやつだな」

 「私の話は真実です。デタラメを語ったところで私には何のメリットもありません。今まさに地球は、人類存続に関わる一大事を迎えている状況にも関わらず、そのことをどうにも証明のしようがないのです。
いえ、たとえできる証明をしたところで陰謀論者扱い変人扱いされるかどちらかです。地球人類にとって、最も急を要するはずの真実が、比類なく伝えにくいだなんて…なんという皮肉でしょう。一体私はどうすればいいのか…」

 「だからそういうことはお前らトンデモ系の内輪だけでやってればいいんだよ。それを押し付けられることが、比類なく迷惑なことがわからねえかな。姉貴の独善で弟の人生までをも侵害するなってオレは言ってるんだ」

どみどりくん 「弟さんの主張はもっともだと思うよ。お姉さんが大きな危機を感じていることは伝わったし、信念使命感がとても強いこともよくわかったんだ。でもさ、それを理解できない人にまで、無理にわからせる必要性って、あるんだろうかね」

 「違います! この真実を広められさえすれば、この世の誰しもが救われることになるのです。人のためにできることをしたかった。私はどうなったって構わないのです。私に下心はありません。お金が欲しいわけではないし、権力が欲しいわけでもありません。他者の幸福私の幸福へと還元されます。だから私は私の知った、真の幸福を伝え広めることを諦めたくないのです。神の子ならわかってくださいますよね、私が言わんとしていることを」



どみどりくんはゆっくりと、丁寧に首をふりました。



どみどりくん 「お姉さんがしている行為は、すべてが自己愛の裏返しだよ。他者の幸福を望んでいるつもりでも、まず初めに、自分の幸福を経由してから、他者の幸福を望んでいるんだ。
人を愛することも、傷つけることも自己愛の裏返し。自分の体を切りつけることだって、自己愛の裏返し。命を賭した革命行為も自己愛だし、自分の身を犠牲にして誰かを守ることも自己愛に他ならない。
自己愛は人間の本質なんだ。人間として生きる以上、自分を愛することを避けることはできないし、自己愛を経由せずになんらかの行為をすることはできないよ。
なんせ、行為=自己愛だから。
「自分を愛せない人は、他人を愛することもできない」という文言をよく耳にするよね。けれども真実は『誰しもが、抗いようもなく、自分を愛することを避けられない』ということなんだ」



姉は言葉を失ったまま、呆然と立ち尽くしてしまいました。



どみどりくん 「僕はね、視覚的体験としてだったり天使だったりを見たことがなければ、声を聞いたこともないし、宇宙人に会ったこともない。スプーンを曲げたことも透視したこともないし、臨死体験だとか、死後世界を探索してきたようなこともないし、死んだ人とコンタクトをとったこともないよ。
夢の中でなら死んだ人に逢ったことがあるけれど、それを逢ったととらえるかどうかは、個人の主観にゆだねられる部分だよね」

 「どうだ聞いたか! 姉貴が神の子と呼ぶこいつでさえこう言ってるんだ。すべては姉貴の妄想の産物だ! 姉貴がトンデモ系の連中に洗脳された果てに思い込みで作り出した贋作だ! 想像妊娠だ!」

 「あなたそこまで言いますか…」

どみどりくん 「いや、でもね弟さん、ぼくは俗に言う神秘体験をしたことがないと言っただけであって、そういう神秘体験が、単なる思い込みや妄想の産物だと決めつけているわけじゃないよ」

 「しかし……本当なんです。適当なことを並べ立てているわけではありません!」

どみどりくん 「うん。ぼくはお姉さんがデタラメを並べ立ててると思っているわけじゃないんだ。でもね、お姉さんが体験したことや、お姉さんが見い出した真実は、どうやったって弟さんには伝わりっこないよ。この先に弟さんが同じ体験でもしない限りね。
だってそれは、言ってみれば弟さんが積み上げてきたものを全否定しているのと一緒のことだもの。弟さんがそれを全力で拒むのは当たり前のことさ。世の中の争いごとの半分くらいは、そんなふうにして起こっているようにぼくには見えるよ。
そしてそれは弟さんにも言えることで、弟さんが、お姉さんがデタラメを言っていると疑うまでならまだしも、お姉さんの話がデタラメであると断定することは絶対にできないはずなんだ。だって、弟さんはお姉さんがしたと主張する、同じ神秘体験をしたわけじゃないもの」

 「…」

 「…」





どみどりくん 「デカルトがこんな言葉をのこしているよ。『絶対的に確信できる唯一の主観的な経験とは、自己の経験のみだ』ってね」


《七夕編 その2 につづく》










以下
どみどりくんからのメッセージです


今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
「ふしぎ発見!」は変わらず
きみのこころの奥深くによりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見!」へといざなう楽曲を紹介するね

「自己愛 自画自賛 自意識過剰(Instrumental) / 雅」







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sayamaさん、いつもお世話になっております。

何の言葉を挟む余地もありません。

仰るとおりです。

島さん、いつもお世話になってます。

誤解されることを承知で発言しますと、私には世界のすべてが「ひとつのもの」にしか見えません。

そもそものその「他人」がないのです。
「他人」ではなく「他己」という感覚です。

もちろん、肉体と精神として、自分以外の外のものからは仕切られて存在してるわけですが、あくまで自分は「世界」という「巨大生物」の数多ある歯車のひとつ、という感覚で生きているのです。

No title

どみどりくんの過去記事の自己満足だけしかない世界だよ、にも通ずるな。ようは自己愛=自己満足でもあるわけだ。

こんにちわ!

自己愛を経由せずになんらかの行為をすることはできない。
まさしくそのとおりだとは思うのですが、
自己愛を一切経由しない
他人の幸せを願う心というものは
本当に存在しえないのか。
そんなことを模索してしまうこともありますね。
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やあやあ、よく来てくれたね。

じゃっく&どみどりくん

Author:じゃっく&どみどりくん
オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』の、姉妹ブログ『どみどりくんの、世界ふしぎ発見』に遊びに来てくださりありがとうございます。管理人のじゃっくと申します。

『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』が「表通り」を行くブログなら、こちらのブログは「裏通り」を行くブログです。
両方合わせてようやく私のメッセージの完成形となりますが、選り好みして「表通り」だけ見てもらってもまったく問題ありません。
来るべきときが訪れたなら、おのずと「裏通り」も歩かされている自分を発見されますから(ニヤリ)

で、この「裏通りブログ」が何故に必要なのかと申しますと、早い話が「表通り」だけでは解決できない、処理しきれない問題(絶体絶命のピンチ)に、人は前触れもなく遭遇するからです。
誰しものそのときのためにこそ、私「じゃっく」が、フシギニストである「どみどりくん」に扮し(チャネリング?)ながら、この「裏通りブログ」は存在し続けます。


「世界ふしぎ発見」とは言っても、某テレビ番組が世界における「目に見えるふしぎ」を発見して紹介するのとは趣がちがい、このブログでは世界における「目には見えないふしぎ」の発見を書き記することを趣旨としています。

ですが、「目には見えない」とは言っても、「UFO」「超能力」「幽霊」といった類のものとは趣が違いますし、「スピリチュアル」ともまたちょっと違うのかもしれません。
「哲学」「宗教」とも言い切れませんし、「自己啓発」「人生哲学」ともまた少し違うかもしれません。

しいて言うなら、みなさんが今まで生きてきた中で、学校教育や家庭教育やマスメディアによって抗いようもなく培われ、育くまれた「常識」「当たり前」「思い込み」「偏見」「先入観」などをとっぱらった先にある「あるがままの世界」あるいは「究極の羅針盤」の発見ってところでしょうか。


たとえばですが、

『きみが何を考え、何に思い悩み、何を行為しようとも、きみ自身は実は何もしていないのさ』

いきなりこんなことを断言されたとしたら、どう思うでしょうか。
「うん、そうだと思ってた!」という方は、おそらくは皆無に近いかと思われます。
おそらくは「あ…ちょっとこの人、ヤバイ宗教とか入ってる感じの人なんだろうな。かかわらないようにしよう…」
おおかたそんなところではないでしょうか。

ですが、私は特定の宗教を信仰していませんし、歴史上の人物や現存するいかなる人物も、敬いはしても崇拝するような対象にはなりません。この先もずっと。




そもそもはこの「裏通りブログ」から私のブログ人生が始まり、私を通路として見い出されるふしぎ発見を、誰かと分かち合い、この「リアル人生ゲーム」に活かしたいがために、2つ目のブログ『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』を作るにまで発展してきました。

「分かち合い」ほどの、いち人生を賭けるに値する究極の財宝、自他一挙両得のベストバイブスは、他に見当たりませんもの。
自分がまずうれしいし、同時に誰かもうれしいだなんて、はっきり言って
最高!

じゃないですか。







「ふしぎ発見!」の終わりに、みなさまを発見へといざなう楽曲も紹介しています。よろしければあわせて楽しんでください。
※和訳した歌詞は、英語力のない私がグーグル翻訳を参考に、個人的解釈で訳したものなので、ちょっとおかしいよっていう訳もあるかと思いますが、大目に見ていただけましたら幸いです。

カテゴリの中の「スーパーふしぎ発見」には、ブログの核となる発見かな、と思われるものを並べています。まあ、だからどうってわけでもありません。

カテゴリの中の「映画」がいざなうふしぎ発見については、ネタバレしているものがほとんどなので、どうか「この映画これから見ようとしてたのに(泣)」なんてことにならないようお気を付けください。

一度投稿した「ふしぎ発見!」も、一年くらい間隔をあけて読み返すと「うーん…なんでこんなふうに書いたんだろう」「この表現は不適切だなあ」「今ならこんな言葉は使わないなあ」といったことがよくあります。
私はまったくいとわず何度でも記事を修正します。
修正することによって、伝えるべきメッセージが進化しつづけていることを私自身実感できますし、過去記事と現在の記事とで違いすぎるがために読者を混乱におとしいれてしまうような事態も軽減されます。
投稿日に対してコメントの日付が古い記事は、「あ、修正した記事なんだな」と思ってください。




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