どみどりくん 七夕編 その3



どみどりくん 七夕編 昨日の続きです。

それではお楽しみください。







どみどりくん 「ぼくの見解に科学的な証明をすることはできないから、あくまでぼく個人が勝手に言ってるだけの話として聞いてほしいんだけれど、は言ってみれば内蔵型スマートフォンだよ」


 「内蔵型スマートフォン?」

どみどりくん 「うん。でもね、実際のスマートフォンみたいに、まったく同じ形で同じ機能の端末が大量生産されているわけじゃなく、一個一個が、形も大きさもスペックも特色とする機能もバラバラなんだ」

 「血の通ったスマートフォンとイメージすればよろしいですかね」

どみどりくん 「そうだね!そんな血の通ったスマートフォンは、この『五感体感機能付き3D動画』の世界の中で、この世的な個性を持たない、本来は相対世界にないぼくらの物事の見え方や、趣味趣向価値観思考回路『フィルタリング』をかけて、いち個人を創りだすことが主な役割のひとつだよ。
だからね、みんな好きなもの嫌いなものがバラバラだし、生まれ持った能力もバラバラだし、同じものが人によってに感じたり、に感じたり、に感じたりもするんだ。どうしてあえてそんなふうになっているんだと、二人は思う?」

 「ま、みんな同じ顔同じ体系同じ能力同じ価値観同じ考えの集まりじゃ、あまりに退屈だし、味気がないどころか薄気味悪い。それに何よりそんな世界からは何も生まれることがない

 「…私も同意見です」

どみどりくん 「ぼくも同意見。でね、脳の役割はそれだけにとどまらないんだ。たとえば、映画を観る前と観終ったあとで、景色が違って見えたような経験、ないかな? まばゆいばかりに魅力的に感じていた人に対して、ある日突然に興味がなくなったりだとか、それまでぜんぜんちっともわからなかった難しい本が、急に理解できるようになったりだとか。前触れもなく、ものごとが急に一変するんだ」

 「…まあ、ないこともないな」

 「ありますね」

どみどりくん 「それってたとえるならば、端末機能アプリ自動的にアップデートされることと一緒だよ。一見すると世界は相変わらずなんだけれど、何かが変わってて。けれども何が変わったかまでは、はっきりわからない。そういう自動アップデートの経験、スマホを持ってる人ならあると思うんだけれど、同じような機能がにも備わってるってわけ」

 「なんとまあ…」

 「当然、経験(データ)を記憶して保存する機能もには備わってるんだよな?」

どみどりくん 「ぼくは記憶している場所はではないんじゃないかと踏んでいるんだけれども、もし仮に脳がハードディスクの役割もしているんだとしたら、インターネット上でデータを共有するオンラインストレージ機能のように、その記憶が共有されて保管されている何かが別にあると見ているよ」

 「よくできた妄想だぜ。まさに内蔵型スマートフォンだな」

どみどりくん 「でね、最後にもうひとつ、には重要な機能があって。実際のスマートフォンにメッセージを受信する機能があるように、不可視な存在からのメッセージを受信する機能が備わっているんだ」

 「と、いいますと、高級霊低級霊からのチャネリングメッセージのことでしょうか?」

どみどりくん 「不可視な存在の定義の仕方は、人それぞれだけれど、チャネリング、という意味で言えば、すべての人間がチャネラーだってことが言えるかもしれない」

 「おいおい、オレはそんな気味のわるいものからメッセージを受け取った覚えなんて一度もないぞ」

どみどりくん 「弟さん、自分では思いもよらない閃きが起こったためし、今までの人生で一度や二度くらいはあるでしょう? 今夜はステーキが食べたいな、とか、そんなことですらもだよ」

 「一度や二度どころじゃない。毎日ある」

どみどりくん 「それだよそれ。立派なチャネリングだよ。それを肩書に活動している人は、みんながほとんど無自覚に受信しているそれを、自覚的に発展させたことをしているだけのことなんだ」

 「勘弁しろよ…アタマを覗かれてるみたいで虫唾が走るぜ」

 「なるほど。では私が地球救済計画を受信していたことも、死んだ祖父からのメッセージが受信されていることも、受け止めてしかるべき事実というわけですね」

どみどりくん 「ほらお姉さん、さっきのぼくの話をもう忘れちゃっているよ。言うなればそれは、なんの手も加えられていない生成りのメッセージに対し、地球救済計画と捉える認識回路だったり死んだ祖父からのメッセージと捉える認識回路が働く設定にされたスマートフォンを内蔵している者同士でだけ、成り立つ話ってことさ。決してぼくはそれをデタラメだと言いたいわけじゃないし、否定したいわけでもなくて、スマホの設定が明らかに自分とは違う人々に無理に押し付けるところまでエスカレートしちゃうと、ちょっとそれは事情が変わって来るかなって、そう思うんだ」

 「こいつの言うとおりだ」

 「しかし…」

どみどりくん 「お姉さんの最終目的は、地球を救済することなんだよね?」

 「そのとおりです! 地球は次元上昇の時代へと突入しようとしています。ですが、魂の成熟に達しなかった人間は、地球侵略の機会を窺う宇宙からの闇の勢力によって、争い欲望裏切りがはびこる、三次元世界に取り残されることになってしまうのです。金星のような偉大な進化を遂げた星は、地球のことを危惧しております。地球は今、次元上昇のノアの方舟に乗り遅れないよう、一刻を争うべき事態の中にあり、神の壮大な宇宙計画の、大いなる周期の中にあるのです」

どみどりくん 「ぼくは乗り遅れてもいいかなあ。だって、それに乗って次元が上昇して、物質が消えちゃって、えだまめが食べれなくなったらいやだもの」 

 「なんとまあのんきな…」

どみどりくん 「あとね、思うんだけれど、有史以来、世界のいたるところに連綿と出現してきた様々な覚者霊能力者超能力者がいて、そして今現在だって、そういう人たちは世界の至るところにいて、釈迦イエスも、言い伝えの中ではだけれど、人智を超越した能力者だったんだよね?」

 「まさしく!」

どみどりくん 「ならさ、宇宙の闇の勢力うんぬんの前に、なんでずうっと地球から戦争はなくならないんだろう」

 「え?」

どみどりくん 「原発問題は解決しないんだろう。貧困問題はなくならないんだろう。人種差別はなくならないんだろう。環境破壊は止まらないんだろう。腐敗政治はなくならないんだろう」

 「……何故でしょう」

どみどりくん 「いかなる超人的な能力者だろうと、人の心が読み取れようと、過去世や来世が見えようと、思いどおりに人の心は動かせないし、思いどおりに不遇な現状を変えることはできないし、思いどおりに宝くじを当てることはできないし、思いどおりに人を生き返らせたりできるわけでもなければ、思いどおりに漫才のコンテストで優勝することもできないってことは、何を意味すると思う?」

 「一番有名なあいつでさえ、十字架に磔にされて殺されちまったんだもんな」

 「……」

どみどりくん 「その方たちの能力を疑ってるとか、否定してるとか、そういうことじゃないんだ。ただね、そういった能力を持ってさえも、思いのほか世界は変えられないし、創造者ぼくら人間のものさしで定義するような幸福平和だけを求めているわけじゃないってことが見えて来るんだ。仮に創造者がそういうものだけを求めているのだとしたら、最初から戦争だとか競争だとかを創ってないし、世界は最初から愛と幸福と平和だけの世界だったはずなんだ」

 「そんな……では何のための超能力観自在能力なのですか!? そんな力を身につけても何の意味もないということでしょうか? 地球を救済したいという私のこの意志にも何の意味もないということでしょうか? 指をくわえてこの世界が滅びゆく様を見ているしかないのですか?」

どみどりくん 「改めて訊くけれど、お姉さんは不可視な存在を信じているんだよね」

 「むろんです」

どみどりくん 「ぼくもね、『なんらかの存在に導かれている』 『守護されている』というゆるぎない実感と共に、ここまでの人生を歩んできているんだ。このことがぼくの主観的体験として、強く刻み込まれた神秘体験のひとつと言えるかもしれない」

 「やはり!」

 「感じた覚えもないな…」

どみどりくん 「そうじゃなきゃ、説明がつかないようなことがありすぎてね。だからこそ、そういった不可視な存在が在ることを、認めざるを得なくなったし、ぼくの人生の道標は、そういった存在が見立てていると、現時点でのぼくはそう感じているんだ。
ソクラテスが提唱したとされる『ダイモン』は、プラトンいわく、人間と神の中間者のことを指していたそうだけれど、ソクラテスもぼくと同じ「見えない介在者」を、認識せずにはいられなかったのかもしれないね」

 「…バカバカしい」

 「私も不可視な介在者を日々認識しますが、では、介在者は私たち人間のために存在しているということでしょうか?」

どみどりくん 「さあね。でも、こんなふうに言うことができるかもしれない。肉体を含めた世界のすべての物質『乗り物』で、精神がぼくたち『乗客』だとするならば、不可視な介在者は、乗り物に乗せたぼくら乗客を、目的地まで運ぶ『運転手』なんじゃないかなって、ぼく個人はそう思っているよ」

 「タクシーじゃあるまいし…」

 「ではその、目的地というのは…一体どこなのでしょう?」


《七夕編 その4 につづく》











以下
どみどりくんからのメッセージです


今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
「ふしぎ発見!」は変わらず
きみのこころの奥深くによりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見!」へといざなう楽曲を紹介するね

「タクシードライバー / kayotama321」
作詞作曲 中島みゆき

タクシードライバー苦労人と見えて
あたしの泣き顔見て見ぬふり
天気予報が今夜も外れた話と
野球の話ばかり何度も何度も繰り返す





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島さん、今日もありがとうございます。

「その4」にだいぶ手こずっております。

0時に更新する予定でしたが、まだ三分の一も進んでおりません。

う~む…

こんばんわん

ほへー、今日の話はちょっと込み入っていて難しい!
とりあえず”目的地”というのを
楽しみにしています♪
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「どみどりくん」あるいは「じゃっく」へのメッセージ

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やあやあ、よく来てくれたね。

じゃっく&どみどりくん

Author:じゃっく&どみどりくん
オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』の、姉妹ブログ『どみどりくんの、世界ふしぎ発見』に遊びに来てくださりありがとうございます。管理人のじゃっくと申します。

『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』が「表通り」を行くブログなら、こちらのブログは「裏通り」を行くブログです。
両方合わせてようやく私のメッセージの完成形となりますが、選り好みして「表通り」だけ見てもらってもまったく問題ありません。
来るべきときが訪れたなら、おのずと「裏通り」も歩かされている自分を発見されますから(ニヤリ)

で、この「裏通りブログ」が何故に必要なのかと申しますと、早い話が「表通り」だけでは解決できない、処理しきれない問題(絶体絶命のピンチ)に、人は前触れもなく遭遇するからです。
誰しものそのときのためにこそ、私「じゃっく」が、フシギニストである「どみどりくん」に扮し(チャネリング?)ながら、この「裏通りブログ」は存在し続けます。


「世界ふしぎ発見」とは言っても、某テレビ番組が世界における「目に見えるふしぎ」を発見して紹介するのとは趣がちがい、このブログでは世界における「目には見えないふしぎ」の発見を書き記することを趣旨としています。

ですが、「目には見えない」とは言っても、「UFO」「超能力」「幽霊」といった類のものとは趣が違いますし、「スピリチュアル」ともまたちょっと違うのかもしれません。
「哲学」「宗教」とも言い切れませんし、「自己啓発」「人生哲学」ともまた少し違うかもしれません。

しいて言うなら、みなさんが今まで生きてきた中で、学校教育や家庭教育やマスメディアによって抗いようもなく培われ、育くまれた「常識」「当たり前」「思い込み」「偏見」「先入観」などをとっぱらった先にある「あるがままの世界」あるいは「究極の羅針盤」の発見ってところでしょうか。


たとえばですが、

『きみが何を考え、何に思い悩み、何を行為しようとも、きみ自身は実は何もしていないのさ』

いきなりこんなことを断言されたとしたら、どう思うでしょうか。
「うん、そうだと思ってた!」という方は、おそらくは皆無に近いかと思われます。
おそらくは「あ…ちょっとこの人、ヤバイ宗教とか入ってる感じの人なんだろうな。かかわらないようにしよう…」
おおかたそんなところではないでしょうか。

ですが、私は特定の宗教を信仰していませんし、歴史上の人物や現存するいかなる人物も、敬いはしても崇拝するような対象にはなりません。この先もずっと。




そもそもはこの「裏通りブログ」から私のブログ人生が始まり、私を通路として見い出されるふしぎ発見を、誰かと分かち合い、この「リアル人生ゲーム」に活かしたいがために、2つ目のブログ『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』を作るにまで発展してきました。

「分かち合い」ほどの、いち人生を賭けるに値する究極の財宝、自他一挙両得のベストバイブスは、他に見当たりませんもの。
自分がまずうれしいし、同時に誰かもうれしいだなんて、はっきり言って
最高!

じゃないですか。







「ふしぎ発見!」の終わりに、みなさまを発見へといざなう楽曲も紹介しています。よろしければあわせて楽しんでください。
※和訳した歌詞は、英語力のない私がグーグル翻訳を参考に、個人的解釈で訳したものなので、ちょっとおかしいよっていう訳もあるかと思いますが、大目に見ていただけましたら幸いです。

カテゴリの中の「スーパーふしぎ発見」には、ブログの核となる発見かな、と思われるものを並べています。まあ、だからどうってわけでもありません。

カテゴリの中の「映画」がいざなうふしぎ発見については、ネタバレしているものがほとんどなので、どうか「この映画これから見ようとしてたのに(泣)」なんてことにならないようお気を付けください。

一度投稿した「ふしぎ発見!」も、一年くらい間隔をあけて読み返すと「うーん…なんでこんなふうに書いたんだろう」「この表現は不適切だなあ」「今ならこんな言葉は使わないなあ」といったことがよくあります。
私はまったくいとわず何度でも記事を修正します。
修正することによって、伝えるべきメッセージが進化しつづけていることを私自身実感できますし、過去記事と現在の記事とで違いすぎるがために読者を混乱におとしいれてしまうような事態も軽減されます。
投稿日に対してコメントの日付が古い記事は、「あ、修正した記事なんだな」と思ってください。




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