どみどりくん 七夕編 その4(最終話)



どみどりくん 七夕編の最終話です。

それではお楽しみください。






 「ではその、目的地というのは…一体どこなのでしょう?」

どみどりくん 「目的地っていう言葉がよくなかったな、ごめんよ。訂正させて。
なんでかっていうと、どこかから出発すようような「地」はないし、どこかに到達するような「地」も本当はないから」

 「運転手の話はどうなった」

どみどりくん 「もちろん、不可視な存在の話をしているんだよ。ただね、不可視な存在の役割は、出発地点から、目的地に到達するという直線の発想の運転じゃなく、体験を運び込むことそれのみを目的とした運転ということなんだ」

 「体験のみを…」

どみどりくん 「さっきも言ったようにね、ぼくらは相対世界に遊びに来ているんだ。だから遊び終わったなら、相対のない世界(絶対)に還るだけの話で。
目的「ある」「ない」っていう、対になるこの二択これ自体が、この相対世界でのみ通用するものさしだから、本当は目的が「ある」という言い方もちょっとへんなんだ。それは言うなれば「目的はない」って言ってることでもあることになっちゃうから」

 「があれば、必ずやもある世界ですものね」

どみどりくん 「うん。ぼくらが帰還する故郷(絶対)に、そんな対極する何かはないもの」

 「わけのわからない御託を並べることだけは一人前のガキだ。あそびだと? 笑わせやがる。この世界は弱肉強食だ。魑魅魍魎がうごめく生き地獄だ。そこをかいくぐって生き残ることが生きる目的だ。ガキのおまえもいずれはそのことを思い知るだろうよ」

どみどりくん 「弟さんから見える世界がそう見えるのならば、それが弟さんにとっての真実だよ。この世に二つとしてない、たったひとつのオリジナルの真実さ」

 「おのおののオリジナルの真実を体験するために、相対世界へとやって来た…という?」

どみどりくん 「それをきっと、人は『運命』と呼ぶんだろうね。釈迦イエス抗いようもなく定められてゆく、運命の本質を見ていたはずさ。
けれども「あなたの人生のシナリオは完全に決まってます。以上!」だなんて、身も蓋もない直球ど真ん中を投げたところで、みんなポカ~ンだし、誰の理解も得られるはずがないから、時代の空気、流れ、文化、人々の意識の成熟度を汲み取って、「説法」「説教」という名の膨大な量の『方便』を、口頭で伝承させる手法を最善策として導き出したのかもしれない。
釈迦イエスが現代を生きていたなら、アプローチの仕方はまたぜんぜんちがったものになっていただろうし、インターネットだって存分に活用していたはずさ。動画配信する釈迦やイエス、見れたかもねえ」

 「人生は、抗いようもなく、定められてゆく、だと?」

どみどりくん 「たとえばだけれど、弟さんも、お姉さんも、今までの人生の中で、すべてが自分の思いどおりに物事が進んだような経験て、ある? 学校のテストで100点取ったとか、競馬で大穴を当てたとか、そういう短期的なことじゃなくね」

 「ありません。自分の期待が裏切られる展開が待ち受けていることが常です。これは、良い意味でも悪い意味でも、です」

 「子供の頃からの夢だった、ゲーム制作に関わる仕事にあり就けたぞ」

どみどりくん 「それは自分の立てた筋書きどおりに? それとも紆余曲折あった?」

 「…紆余曲折だろうな。しかもプログラマになるはずだった予定が、一年だけという条件で企画制作の担当を引き受け、結果的にそれがオレの天職になっちまってる」

どみどりくん 「つまり、目標が達成されたにしろ、されなかったにしろ、結果的には二人とも、スタートラインで描いたとおりの筋書きどおりとはいかなかったわけだ」

 「…」

 「はい。ですね」

どみどりくん 「描いたとおりにはならないから、人生は確かに苦しくて、投げ出したくもなるものだけれども、でも逆に、予想がまったくつかないからこそ、おのおのの想像力や予測範囲を飛び超えて不可思議で、面白くて、発見に満ち満ちていて

 「ま、確かに先が読めちまうような映画はクソつまらないからな」

 「確かに、仮に未来のすべてが予言できてしまったなら、その人にとってそれ以後を生きる意味は失われてしまうことでしょう」

どみどりくん 「だいじょうぶ。未来のすべてが予言できるようなことなんて間違っても起こらないから。 そうならないための、肉体であり、だよ。ぼくらは大海に落ちた一滴の水滴みたいなもんさ。不可視な存在だってぼくらとおんなじだよ。大海(宇宙)の一部として溶け込んだ瞬間から、つまり、肉体に精神を宿された瞬間から、荒波にもまれるも、雷雨に打たれるも、抗いようもなく、大海がゆらめくがままに、その身をゆだねるしかないんだ」

 「水を差すようでわるいが、オレは自分の力でここまで来たと思ってるぜ」

どみどりくん 「もちろん、弟さんが本気で世界をそうとらえているなら、ぼくの言ったことに耳を貸す必要性なんていっさいないんだ。弟さんには弟さんだけのオリジナルの真実があって、ぼくにはぼくのオリジナルの真実があるっていう、それだけのことだから」

 「つまりそれは、絶対普遍の真理は存在しない、ということを意味するのでしょうか?」

どみどりくん 「あると思うよ。けれども、この二元世界に在って100%のそれを認識することは不可能なんだ。覚醒者でさえも肉体があり、おのおののアイデンティティがあり、語られる真理が寸分たがわずすべて同じなんていう人たちは、主従関係でもない限り、どこにもいないでしょう?」

 「…真理がないことが真理だなんて…なんという皮肉でしょう。はなぜ、人の数だけ真実を創造なさったのでしょうね」

どみどりくん 「仮に絶対普遍の真理がこの相対世界にも存在するならば、この二元世界は存続できないからだよ。
分かりあえないことをこそ味わいに来てるんだ、ぼくらは。そのために人の数だけ真実はあるし、あえてもめごとが起こるようになっているし、すべての問題が解決するようなことにはならないようになっている
元は絶対普遍の真理そのものであるぼくら神が、人間という着ぐるみを着用して、神の分身(分神)として、本来の自分の記憶を消去した状態で、この絶対普遍の真理が存在しない世界に遊びに来てるんだ」

 「私たち人間が…?」

 「わっはっは!このオレもってか?」

どみどりくん 「うん。ぼくらはもちろん、この世界のすべてのものが神であり、ひとつの巨大な大海であり、宇宙規模の運命共同体なんだ。
つまりね、神の分神であるぼくら人間の本質が自己愛であるということは、神の本質が自己愛だっていうことに他ならないんだ」

 「そいつはすげえ!この世界は神の壮大な自慰行為ってわけだな!はっはっは!狂ってるぜこいつ」

 「なんということでしょう…つまり、神の他には何もない世界、というわけですか…」

どみどりくん 「だからね、地球が最大の危機に瀕しているというのは分神(人間)視点のものさしで、神の視点からすれば、危機をこそ味わいに来ているんだから、そこにいいとかわるいとかいう判断基準はいっさいないし、たんたんと、この世界で体験できうる「真実(可能性)」という名の伏線を回収し続けているだけのことさ。
仮に今の現状のこの世界が間違いであるなら、は始めから核兵器化学兵器が作れちゃうような資源を創造したりなんてしてないし、持たざる人々を容赦なく蹴落とし、金のなる木に鼻息荒くしがみつく人々や、持たざる人々に住む家がなくなり、不治の病が蔓延しようと、殺し合いが始まろうと、自分さえよければすべて良しとするような人々それ自体を創造していないだろうし、そういった人々をのさばらせるようなこともしてないはずだよ。
それはつまりは、人間の葛藤や懊悩の暗幕から、ときおり垣間見れる光のかがやきにこそ、は意義を見ているから」

 「全裸よりも見えそうで見えないくらいがセクシー、みたいなもんか…」

 「では結局のところ、滅びゆく地球を黙って見ているしか手立てはない、という…」

どみどりくん 「言ったでしょう? 人の数だけ真理はあるんだもの、ぼく一人がここでなんと言おうと叫ぼうと、黙っていられない人は必ずや何かしらの行動をとるし、何もしない人はてこでも動かないし、まったく別な行動を取る人だっているだろうし。おのおのがおのおのの真実のままに、抗いようもなく、取るべき行動を取らざるをえない世界なんだもの。
大事なことは、誰が何を考え、思い悩み、どんな行動を取ったとしても、そこに絶対的な正解はないってこと」

 「じゃあ、オレはオレのままで何の申し分もなく、おまえも、姉貴も、そのままで何の申し分もない。そういうことだな」

どみどりくん 「弟さん、さっき言ってくれたよね。みんな同じ顔で同じ体系で同じ能力で同じ価値観で同じ考えの集まりじゃ、あまりに退屈だし、味気がないどころか薄気味悪い。それに何よりそんな世界からは何も生まれることがないって。結局はそれに尽きるんだなって、思うよ。
宇宙はね、人体が恒常性のままに平衡を保とうとするようにできているのと同様、宇宙規模でのホメオスタシスの摂理を宿していて、似通った価値観や考え方の人間に偏りすぎないように、永劫に平衡を保ち続けるんだ。おそらくは、二元世界を味わう意義を見い出せる限りはね」

最後にどみどりくんは、小さい体で二人の腰の辺りをたぐり寄せ、言いました。

どみどりくん 「だから、ね!もう気づいたでしょう? 二人がてんでバラバラな価値観で考え方で、まったくちがう真実を見ているからこそ、この世界は存続できているってわけ! じゃ、ここいらで三人でみどりの歌でも唄おうよ!
朝です~♪ 窓です~♪ 光で~え~す~♪ 
小鳥の~唄~に~♪ 目~が~さ~めて~♪


姉 「…もう夜ですが…」

弟 「ああアホらし。帰ろうぜ」


《つづく》












4日間もお付き合いくださりありがとうございました!

明日からは再び、いつものどみどりくんがお世話になります。

以下、どみどりくんからのメッセージです。


今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
「ふしぎ発見!」は変わらず
きみのこころの奥深くによりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見!」へといざなう楽曲を紹介するね

「Tabla'n'Rap / U-zhaan × KAKATO(環ROY×鎮座DOPENESS)」

日々日々日々 いい感じ
インド日本グッドミュージック
広い世界すべて正解
ユザーンとカカト申し分ない





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じゃっくさん四日間お疲れ様でした。有意義でした。本当に。申し分なかったです。

島さん、こんにちは。

恐れ入ります。

「神の暇つぶしのようなもの」と書いた箇所はなかったと思うのですが、そういう印象を与えてしまったとすれば、私の表現力の落ち度です。

自分の身に危険がふりかかったならば、状況によっては私も全力で戦います。場合によっては、相手を殺しにかかるかもしれません。あるいは、全力で逃げます。あるいは、どこかに隠れて身を潜めます。あるいは、自分の命を投げ出さねばならないかもしれません。

その状況が眼前に訪れたときにのみ、その答えを出すことができます。
以前に島さんが仰ってくださった「今を生きる」とは、そういうことだと思います。


その4までお付き合いくださりありがとうございました。

こんにちは

殺人、戦争すらも
”神の暇つぶしのようなもの”
という概念自体は正しいと思うのですが、
いざそれが一個人と認識する
自分の身にふりかかったときに、
その概念を押し通せるのかどうか。
そこがこういった考えの
難しいところなのかもしれませんね。
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Author:じゃっく&どみどりくん
オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』の、姉妹ブログ『どみどりくんの、世界ふしぎ発見』に遊びに来てくださりありがとうございます。管理人のじゃっくと申します。

『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』が「表通り」を行くブログなら、こちらのブログは「裏通り」を行くブログです。
両方合わせてようやく私のメッセージの完成形となりますが、選り好みして「表通り」だけ見てもらってもまったく問題ありません。
来るべきときが訪れたなら、おのずと「裏通り」も歩かされている自分を発見されますから(ニヤリ)

で、この「裏通りブログ」が何故に必要なのかと申しますと、早い話が「表通り」だけでは解決できない、処理しきれない問題(絶体絶命のピンチ)に、人は前触れもなく遭遇するからです。
誰しものそのときのためにこそ、私「じゃっく」が、フシギニストである「どみどりくん」に扮し(チャネリング?)ながら、この「裏通りブログ」は存在し続けます。


「世界ふしぎ発見」とは言っても、某テレビ番組が世界における「目に見えるふしぎ」を発見して紹介するのとは趣がちがい、このブログでは世界における「目には見えないふしぎ」の発見を書き記することを趣旨としています。

ですが、「目には見えない」とは言っても、「UFO」「超能力」「幽霊」といった類のものとは趣が違いますし、「スピリチュアル」ともまたちょっと違うのかもしれません。
「哲学」「宗教」とも言い切れませんし、「自己啓発」「人生哲学」ともまた少し違うかもしれません。

しいて言うなら、みなさんが今まで生きてきた中で、学校教育や家庭教育やマスメディアによって抗いようもなく培われ、育くまれた「常識」「当たり前」「思い込み」「偏見」「先入観」などをとっぱらった先にある「あるがままの世界」あるいは「究極の羅針盤」の発見ってところでしょうか。


たとえばですが、

『きみが何を考え、何に思い悩み、何を行為しようとも、きみ自身は実は何もしていないのさ』

いきなりこんなことを断言されたとしたら、どう思うでしょうか。
「うん、そうだと思ってた!」という方は、おそらくは皆無に近いかと思われます。
おそらくは「あ…ちょっとこの人、ヤバイ宗教とか入ってる感じの人なんだろうな。かかわらないようにしよう…」
おおかたそんなところではないでしょうか。

ですが、私は特定の宗教を信仰していませんし、歴史上の人物や現存するいかなる人物も、敬いはしても崇拝するような対象にはなりません。この先もずっと。




そもそもはこの「裏通りブログ」から私のブログ人生が始まり、私を通路として見い出されるふしぎ発見を、誰かと分かち合い、この「リアル人生ゲーム」に活かしたいがために、2つ目のブログ『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』を作るにまで発展してきました。

「分かち合い」ほどの、いち人生を賭けるに値する究極の財宝、自他一挙両得のベストバイブスは、他に見当たりませんもの。
自分がまずうれしいし、同時に誰かもうれしいだなんて、はっきり言って
最高!

じゃないですか。







「ふしぎ発見!」の終わりに、みなさまを発見へといざなう楽曲も紹介しています。よろしければあわせて楽しんでください。
※和訳した歌詞は、英語力のない私がグーグル翻訳を参考に、個人的解釈で訳したものなので、ちょっとおかしいよっていう訳もあるかと思いますが、大目に見ていただけましたら幸いです。

カテゴリの中の「スーパーふしぎ発見」には、ブログの核となる発見かな、と思われるものを並べています。まあ、だからどうってわけでもありません。

カテゴリの中の「映画」がいざなうふしぎ発見については、ネタバレしているものがほとんどなので、どうか「この映画これから見ようとしてたのに(泣)」なんてことにならないようお気を付けください。

一度投稿した「ふしぎ発見!」も、一年くらい間隔をあけて読み返すと「うーん…なんでこんなふうに書いたんだろう」「この表現は不適切だなあ」「今ならこんな言葉は使わないなあ」といったことがよくあります。
私はまったくいとわず何度でも記事を修正します。
修正することによって、伝えるべきメッセージが進化しつづけていることを私自身実感できますし、過去記事と現在の記事とで違いすぎるがために読者を混乱におとしいれてしまうような事態も軽減されます。
投稿日に対してコメントの日付が古い記事は、「あ、修正した記事なんだな」と思ってください。




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