「誰も何もしていない世界」だよ パート4

ここ三日間くらいの
ぼくの記事を目にした人は
過去未来
こころ奪われることなく
いま を生きることがベストなんだろうな
そんなふうに受け止めた人が
いただろうし
過去未来という
人間だけに課せられた幻想を超えて
いま を生きなければ
全なる宇宙
である自分に
味方してくれないんじゃないか
そんなふうに思った方が
いたかもしれないね

でもね
あえて究極的なこと
語ってしまうならば
いま を生きようが
過去 を生きようが
未来 を生きようが
きみはを生きているし
として生きているし
言い換えるならば
というもの
それ自体が幻想でしかなくて
そもそも人は
始めから終わりまで
全だけをしか
生きることはできないんだ

実を言うとね
厳密に言うならば
「いまを生きる」
それを行うことは
いかなる人物であろうとも
不可能な話さ

なぜならばね
ぼくら二元世界の住人
いま
それを現在進行形
認識することは
肉体構造的に不可能だから

いま
そのゼロポイントから
湧きいづる糸を
コンマ何秒か後に
認識している
あるいは
受け取っている
つまり
受け取ったはずの「いま」
そのときには
「過去」になってしまっているし
「過去」をしか
ぼくらは受け取ることができない
ぼくらはいつ何時も
「過去を生きる」ことしかできない
これこそが「いまを生きる」
本当の姿さ

ぼくが人は
自由意志を持った
自発的な存在ではなく
誰も何もしていなくて
受け身の存在である
ことを
言い続けているのは
だからこそでもあるんだ

このことに
操り人形
体験型ロボット
そんな言葉をあてはめるなら
きみは意味もなく
絶望を見るかもしれないし
残念至極な虚無感を
味わうかもしれない
だからわざわざ
気分が下がるような言葉を
用いる必要性はなくて

どうせだったら格好よく
演者 とか
キャスト とか
人生職人 とか
分神 とかさ
そんな言葉をあてはめるなら
きみはそのことを
前向きにとらえるかもしれないし
人生を味わう気概になることだって
なきにしもあらずさ

むしろこのことこそが
この世界における
ゆいいつ変わらずに
そこにあってくれる
ゆいいつの希望である

ぼくにはうつっているよ


このことと
関係があるのか
まったくないのか
いっさいの根拠はないけれども
科学的なアプローチ
すべての人が
受け身の肉体構造を持っている
そんな検証結果を導き出した
そんな科学者がいたりもしてね

きっと面白いと思うから
いずれそのことについても
書いてみようと思うよ










今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
「ふしぎ発見!」は変わらず
きみのこころの奥深くによりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見!」へといざなう楽曲を紹介するね

「ピンクスパイダー / hide with Spread Beaver(ヒデ ウィズ スプレッド・ビーバー)」
作詞 hide
作曲 hide
編曲 RIZE、I.N.A

いつか気が付く事でしょう。
自分が誰かの手の中でしか飛んでいなかった事に。
そして、それを自由なんて呼んでいた事にも。





いつもありがとう。そろそろ梅雨あけかな。
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テーマ : 詩・想
ジャンル : 小説・文学

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qtaroさん

人に限らず、この世に存在するすべてのものに自由意志というものがそもそも無い、というような意味です。
このことこそが、「縁起」の真意です。

「ポケットなきビリヤード」な世界だよ、という記事か、あるいは、

「奇跡」だけしかない世界だよ、という記事のパート2,3なんかに目を通してもらえれば、ひょっとしたらなんらかの気づきがあるかもしれません。

自由意志がない、について

そうそう、この感受と自由意志の論理的なつながりが
よく分からないんですよねー。
かれこれ2年ほど(のうちの時々の事ですが)・・・。

>人は自由意志を持った自発的な存在ではなく
>誰も何もしていなくて受け身の存在である
これは、
自由意志というものがそもそも無いのか、
人という単位に限れば自由意志が無いのか、
どちらでしょうか? 後者だと縁起と言い換えられる
と思いますがそういう意味ですか?

yoku358さん、こんばんは

ちっともおかしいことなんて書いてないと思います。

ぼくにぶつけてくださってありがとうございます。

yoku358さんの、真摯な姿勢にこころ打たれました。

yoku358さんもまた、難易度の高い(苦しみ多き)人生ゲームに挑んでおられますね。

sayamaさん、こんばんは

この一筋縄じゃいかない難易度が高い世界に誕生してきた(挑もうとした)っていうそれだけですでに職人中の職人!

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No title

まさにすべての人が人生の職人だな。

yoku358さん、ありがとうございます

あんまり難しく考えないほうがいいです。

ブルースリーではありませんが、

「Don't think Feel(考えるな。感じるんだ)」

が、おすすめです。

No title

なるほど~
私が、私でさえ無くなった時
全てが終わり、そして始まる
いや、始まりも終わりもない
解るような気がする。
ここは、姥捨て山
ここは、動物の死に場所
ここは・・・・
私が私で無くなることで、私じゃない人も現れなくなる
終わりの始まりの場所
ありがとう・・・
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「どみどりくん」あるいは「じゃっく」へのメッセージ

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やあやあ、よく来てくれたね。

じゃっく&どみどりくん

Author:じゃっく&どみどりくん
オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』の、姉妹ブログ『どみどりくんの、世界ふしぎ発見』に遊びに来てくださりありがとうございます。管理人のじゃっくと申します。

『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』が「表通り」を行くブログなら、こちらのブログは「裏通り」を行くブログです。
両方合わせてようやく私のメッセージの完成形となりますが、選り好みして「表通り」だけ見てもらってもまったく問題ありません。
来るべきときが訪れたなら、おのずと「裏通り」も歩かされている自分を発見されますから(ニヤリ)

で、この「裏通りブログ」が何故に必要なのかと申しますと、早い話が「表通り」だけでは解決できない、処理しきれない問題(絶体絶命のピンチ)に、人は前触れもなく遭遇するからです。
誰しものそのときのためにこそ、私「じゃっく」が、フシギニストである「どみどりくん」に扮し(チャネリング?)ながら、この「裏通りブログ」は存在し続けます。


「世界ふしぎ発見」とは言っても、某テレビ番組が世界における「目に見えるふしぎ」を発見して紹介するのとは趣がちがい、このブログでは世界における「目には見えないふしぎ」の発見を書き記することを趣旨としています。

ですが、「目には見えない」とは言っても、「UFO」「超能力」「幽霊」といった類のものとは趣が違いますし、「スピリチュアル」ともまたちょっと違うのかもしれません。
「哲学」「宗教」とも言い切れませんし、「自己啓発」「人生哲学」ともまた少し違うかもしれません。

しいて言うなら、みなさんが今まで生きてきた中で、学校教育や家庭教育やマスメディアによって抗いようもなく培われ、育くまれた「常識」「当たり前」「思い込み」「偏見」「先入観」などをとっぱらった先にある「あるがままの世界」あるいは「究極の羅針盤」の発見ってところでしょうか。


たとえばですが、

『きみが何を考え、何に思い悩み、何を行為しようとも、きみ自身は実は何もしていないのさ』

いきなりこんなことを断言されたとしたら、どう思うでしょうか。
「うん、そうだと思ってた!」という方は、おそらくは皆無に近いかと思われます。
おそらくは「あ…ちょっとこの人、ヤバイ宗教とか入ってる感じの人なんだろうな。かかわらないようにしよう…」
おおかたそんなところではないでしょうか。

ですが、私は特定の宗教を信仰していませんし、歴史上の人物や現存するいかなる人物も、敬いはしても崇拝するような対象にはなりません。この先もずっと。




そもそもはこの「裏通りブログ」から私のブログ人生が始まり、私を通路として見い出されるふしぎ発見を、誰かと分かち合い、この「リアル人生ゲーム」に活かしたいがために、2つ目のブログ『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』を作るにまで発展してきました。

「分かち合い」ほどの、いち人生を賭けるに値する究極の財宝、自他一挙両得のベストバイブスは、他に見当たりませんもの。
自分がまずうれしいし、同時に誰かもうれしいだなんて、はっきり言って
最高!

じゃないですか。







「ふしぎ発見!」の終わりに、みなさまを発見へといざなう楽曲も紹介しています。よろしければあわせて楽しんでください。
※和訳した歌詞は、英語力のない私がグーグル翻訳を参考に、個人的解釈で訳したものなので、ちょっとおかしいよっていう訳もあるかと思いますが、大目に見ていただけましたら幸いです。

カテゴリの中の「スーパーふしぎ発見」には、ブログの核となる発見かな、と思われるものを並べています。まあ、だからどうってわけでもありません。

カテゴリの中の「映画」がいざなうふしぎ発見については、ネタバレしているものがほとんどなので、どうか「この映画これから見ようとしてたのに(泣)」なんてことにならないようお気を付けください。

一度投稿した「ふしぎ発見!」も、一年くらい間隔をあけて読み返すと「うーん…なんでこんなふうに書いたんだろう」「この表現は不適切だなあ」「今ならこんな言葉は使わないなあ」といったことがよくあります。
私はまったくいとわず何度でも記事を修正します。
修正することによって、伝えるべきメッセージが進化しつづけていることを私自身実感できますし、過去記事と現在の記事とで違いすぎるがために読者を混乱におとしいれてしまうような事態も軽減されます。
投稿日に対してコメントの日付が古い記事は、「あ、修正した記事なんだな」と思ってください。




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