「心にもないこと」以前に「心」がないかもしれない世界だよ

「ちっっ
心にもないこと言いやがって」


そんなイライラや

「ああ
どうしてこう
心にもないことばかり
言ってしまうんだろう」


そんな自責の念に
さいなまれる人は
案外多いのかもしれない
真面目な人は 特にね

けれども
そもそものその
「心にもないこと」
「心」という
場所のようなものが
最初からなかったなら
「心にもないことを言う」という
この言い回しは
成立せず
「言う」が起こった
ただそれだけの話になるよ

なんせ
を抽出することに成功!
そんな話は聞いたことがないし
虫取り網を振り回してたら
が中に入ってた!
なんて話も聞いたことがないし
誰もってやつを
肉眼でもって見たことがなくて
それでも誰しもがを信じているのは
心を疑うこと
それ自体がナンセンスに思えるほどに
生まれたときから
みんなが当たり前にあるって言ってたものだし…
大昔からそれはあるって言い伝えられてきてるし…
こう考えてるこれがまさに心だと思うし…

そんなところじゃないかな

いやいや
「思う」という
手筈をちゃんと踏んでから
「言う」をしているって?
けれども
「思う」「心」という
曖昧な場所のようなものは
果たして必要だろうか

風が
間隔をあけて
きみの思惑とは無関係に
きみのほほを
なでては去ってゆくように

「思う」
「言う」
間隔をあけて
きみの身体を
なでては去ってゆく
そんなようなものだとするならば
「思う」も
「言う」も
起こしているのは
きみではない
別なものが
していることになる
んだ












今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
「ふしぎ発見!」は変わらず
きみのこころの奥深くによりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見!」へといざなう楽曲を紹介するね

「ロボットでした / ゆらゆら帝国」
作詞 坂本慎太郎
作曲 ゆらゆら帝国

ドゥ ドゥ ドゥ 踊りだすこころここにはない
ドゥ ドゥ ドゥ 怒りだすこころここにはない
ドゥ ドゥ ドゥ 立ち上がるこころここにはない
ドゥ ドゥ ドゥ 今感じる どこで 誰が 何を





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ジャンル : 小説・文学

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No title

「病」は医学的権威者たちが、その基準を決めてるってことだよね。

「病」を取っ払えば、ただそういう「症状が起きてる」だけ、ていうことだけが残る。

No title

てことは「心の病」もただの「病」ってことか。つーか病ってのもけっこう曖昧な基準だよな。
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「どみどりくん」あるいは「じゃっく」へのメッセージ

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やあやあ、よく来てくれたね。

じゃっく&どみどりくん

Author:じゃっく&どみどりくん
オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』の、姉妹ブログ『どみどりくんの、世界ふしぎ発見』に遊びに来てくださりありがとうございます。管理人のじゃっくと申します。

『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』が「表通り」を行くブログなら、こちらのブログは「裏通り」を行くブログです。
両方合わせてようやく私のメッセージの完成形となりますが、選り好みして「表通り」だけ見てもらってもまったく問題ありません。
来るべきときが訪れたなら、おのずと「裏通り」も歩かされている自分を発見されますから(ニヤリ)

で、この「裏通りブログ」が何故に必要なのかと申しますと、早い話が「表通り」だけでは解決できない、処理しきれない問題(絶体絶命のピンチ)に、人は前触れもなく遭遇するからです。
誰しものそのときのためにこそ、私「じゃっく」が、フシギニストである「どみどりくん」に扮し(チャネリング?)ながら、この「裏通りブログ」は存在し続けます。


「世界ふしぎ発見」とは言っても、某テレビ番組が世界における「目に見えるふしぎ」を発見して紹介するのとは趣がちがい、このブログでは世界における「目には見えないふしぎ」の発見を書き記することを趣旨としています。

ですが、「目には見えない」とは言っても、「UFO」「超能力」「幽霊」といった類のものとは趣が違いますし、「スピリチュアル」ともまたちょっと違うのかもしれません。
「哲学」「宗教」とも言い切れませんし、「自己啓発」「人生哲学」ともまた少し違うかもしれません。

しいて言うなら、みなさんが今まで生きてきた中で、学校教育や家庭教育やマスメディアによって抗いようもなく培われ、育くまれた「常識」「当たり前」「思い込み」「偏見」「先入観」などをとっぱらった先にある「あるがままの世界」あるいは「究極の羅針盤」の発見ってところでしょうか。


たとえばですが、

『きみが何を考え、何に思い悩み、何を行為しようとも、きみ自身は実は何もしていないのさ』

いきなりこんなことを断言されたとしたら、どう思うでしょうか。
「うん、そうだと思ってた!」という方は、おそらくは皆無に近いかと思われます。
おそらくは「あ…ちょっとこの人、ヤバイ宗教とか入ってる感じの人なんだろうな。かかわらないようにしよう…」
おおかたそんなところではないでしょうか。

ですが、私は特定の宗教を信仰していませんし、歴史上の人物や現存するいかなる人物も、敬いはしても崇拝するような対象にはなりません。この先もずっと。




そもそもはこの「裏通りブログ」から私のブログ人生が始まり、私を通路として見い出されるふしぎ発見を、誰かと分かち合い、この「リアル人生ゲーム」に活かしたいがために、2つ目のブログ『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』を作るにまで発展してきました。

「分かち合い」ほどの、いち人生を賭けるに値する究極の財宝、自他一挙両得のベストバイブスは、他に見当たりませんもの。
自分がまずうれしいし、同時に誰かもうれしいだなんて、はっきり言って
最高!

じゃないですか。







「ふしぎ発見!」の終わりに、みなさまを発見へといざなう楽曲も紹介しています。よろしければあわせて楽しんでください。
※和訳した歌詞は、英語力のない私がグーグル翻訳を参考に、個人的解釈で訳したものなので、ちょっとおかしいよっていう訳もあるかと思いますが、大目に見ていただけましたら幸いです。

カテゴリの中の「スーパーふしぎ発見」には、ブログの核となる発見かな、と思われるものを並べています。まあ、だからどうってわけでもありません。

カテゴリの中の「映画」がいざなうふしぎ発見については、ネタバレしているものがほとんどなので、どうか「この映画これから見ようとしてたのに(泣)」なんてことにならないようお気を付けください。

一度投稿した「ふしぎ発見!」も、一年くらい間隔をあけて読み返すと「うーん…なんでこんなふうに書いたんだろう」「この表現は不適切だなあ」「今ならこんな言葉は使わないなあ」といったことがよくあります。
私はまったくいとわず何度でも記事を修正します。
修正することによって、伝えるべきメッセージが進化しつづけていることを私自身実感できますし、過去記事と現在の記事とで違いすぎるがために読者を混乱におとしいれてしまうような事態も軽減されます。
投稿日に対してコメントの日付が古い記事は、「あ、修正した記事なんだな」と思ってください。




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