哲学者「カント」が教えてくれたふしぎ発見!だよ

きみの目の前に
広がる世界

きみの目の前に
立っているその人

きみの目の前に
置いてある
ノート消しゴム
ご飯味噌汁

きみの遠くに見える
流れる雲
照りつける太陽

きみにとって
それらが
そのように
見えていることは
疑いの余地のないものであるし
あまりにあまりに
あたりまえすぎること
なんだけれども──



キリン
トンボバッタ
カニ
野花
海藻微生物
きみと同じように
世界を知覚しているとは
限らなくて


きみのその
人間として世界を認識する
その機能構造とは
ちがう機能構造を持った
生き物
にしてみれば

「冗談おっしゃい
私から見れば
世界は平面ですよ」


てことになるかもしれないし

「どう見たって
世界は一本の棒じゃん?」


なんてこともあるかもしれないし

「バカな
分裂をくり返すのが世界でしょう」


挙げ句は

「縦と横と奥ゆき?
三次元?
はて
なんですかそれは
食べれるんですかそれは」


そんな生物がいたとしても
ちっともおかしくないよ

人間にも
他種の生命体たちにも
その種の生物として
生まれ持った機能構造
物理的フィルタリング

完全に取り除いた
対象物
対象世界の
純粋な姿
むき出しの世界の姿
むき出しの人間の姿
むき出しの
ノートや消しゴム
ご飯や味噌汁の姿
むき出しの
流れる雲や
照りつける太陽の姿
それらを目にすること
認識することは
どう足掻こうとも
不可能なこと
で──

むき出しのそれらのことを
イマヌエル・カントという
ドイツの哲学者は
「物自体(ものじたい)」
そう呼んだんだ

ぼくがこのブログで
「神」
「意味」
「命」

そんなふうに呼んでいるものと
同義のものだと思ってもらって
差し支えないと思う

つまるところ
カント
「人間が真理と呼んでいるものは
人間という生物による
人間だけのものさし
その範疇のものでしかない」

ということを
暴いてみせたんだ

けれどもカント
ひとつ大事なことを
忘れているよ

人間という生物による
人間だけのものさしは
いち個人の人間に
あつかわれるとき
「人間」というフィルタリング
プラス
「いち個人」というフィルタリング
その二重のフィルターが
物自体(真理)
それを覆い隠すことになる
んだ

いやはや
真理探求の道のりってやつは
なんとまあ
不毛な道のりなのだろうね










今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
「ふしぎ発見!」は変わらず
きみの奥深くによりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見!」へといざなう楽曲を紹介するね

「Real? / MIYAVI(ミヤビ)」
作詞 MIYAVI・Jam

見えるかい 中身のない 
派手な空虚なつくりもの達が
本当は全部 自分の手の中にあるんだ
もうそろそろ時間だ
CLAP CLAP CLAP!
プラスティックのハート達も鳴りだした
ほらココロが踊りだす
リアルはここにある
リアルはここにある
リアルはここにある






この土壌(ブログ)に植えられた種(言葉)は、訪れたその人が読むことによってのみ、開花します。
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テーマ : 詩・想
ジャンル : 小説・文学

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ネリムさん

いつもありがとうございます。

意味深な詩、また書きますね。

sayamaさん

案外、植物たちは5次元とか6次元を生きてて、生とか死のような概念は使い古された死語みたいなもんで、「あいつら3次元だってよ、ダッセ~」なんて言われてるのかも笑

名無しさん

ぼくも同じです。

名無しさんの現在の状態に極めて近い感覚で、日々の生活を送っています。

記憶力、ぼくもないですねえ(^^)

おはようございます
意味深な詩だなと思いました。

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No title

二重ともなるとそう簡単にはお目にかかれそうもないな。

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「どみどりくん」あるいは「じゃっく」へのメッセージ

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やあやあ、よく来てくれたね。

じゃっく&どみどりくん

Author:じゃっく&どみどりくん
オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』の、姉妹ブログ『どみどりくんの、世界ふしぎ発見』に遊びに来てくださりありがとうございます。管理人のじゃっくと申します。

『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』が「表通り」を行くブログなら、こちらのブログは「裏通り」を行くブログです。
両方合わせてようやく私のメッセージの完成形となりますが、選り好みして「表通り」だけ見てもらってもまったく問題ありません。
来るべきときが訪れたなら、おのずと「裏通り」も歩かされている自分を発見されますから(ニヤリ)

で、この「裏通りブログ」が何故に必要なのかと申しますと、早い話が「表通り」だけでは解決できない、処理しきれない問題(絶体絶命のピンチ)に、人は前触れもなく遭遇するからです。
誰しものそのときのためにこそ、私「じゃっく」が、フシギニストである「どみどりくん」に扮し(チャネリング?)ながら、この「裏通りブログ」は存在し続けます。


「世界ふしぎ発見」とは言っても、某テレビ番組が世界における「目に見えるふしぎ」を発見して紹介するのとは趣がちがい、このブログでは世界における「目には見えないふしぎ」の発見を書き記することを趣旨としています。

ですが、「目には見えない」とは言っても、「UFO」「超能力」「幽霊」といった類のものとは趣が違いますし、「スピリチュアル」ともまたちょっと違うのかもしれません。
「哲学」「宗教」とも言い切れませんし、「自己啓発」「人生哲学」ともまた少し違うかもしれません。

しいて言うなら、みなさんが今まで生きてきた中で、学校教育や家庭教育やマスメディアによって抗いようもなく培われ、育くまれた「常識」「当たり前」「思い込み」「偏見」「先入観」などをとっぱらった先にある「あるがままの世界」あるいは「究極の羅針盤」の発見ってところでしょうか。


たとえばですが、

『きみが何を考え、何に思い悩み、何を行為しようとも、きみ自身は実は何もしていないのさ』

いきなりこんなことを断言されたとしたら、どう思うでしょうか。
「うん、そうだと思ってた!」という方は、おそらくは皆無に近いかと思われます。
おそらくは「あ…ちょっとこの人、ヤバイ宗教とか入ってる感じの人なんだろうな。かかわらないようにしよう…」
おおかたそんなところではないでしょうか。

ですが、私は特定の宗教を信仰していませんし、歴史上の人物や現存するいかなる人物も、敬いはしても崇拝するような対象にはなりません。この先もずっと。




そもそもはこの「裏通りブログ」から私のブログ人生が始まり、私を通路として見い出されるふしぎ発見を、誰かと分かち合い、この「リアル人生ゲーム」に活かしたいがために、2つ目のブログ『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』を作るにまで発展してきました。

「分かち合い」ほどの、いち人生を賭けるに値する究極の財宝、自他一挙両得のベストバイブスは、他に見当たりませんもの。
自分がまずうれしいし、同時に誰かもうれしいだなんて、はっきり言って
最高!

じゃないですか。







「ふしぎ発見!」の終わりに、みなさまを発見へといざなう楽曲も紹介しています。よろしければあわせて楽しんでください。
※和訳した歌詞は、英語力のない私がグーグル翻訳を参考に、個人的解釈で訳したものなので、ちょっとおかしいよっていう訳もあるかと思いますが、大目に見ていただけましたら幸いです。

カテゴリの中の「スーパーふしぎ発見」には、ブログの核となる発見かな、と思われるものを並べています。まあ、だからどうってわけでもありません。

カテゴリの中の「映画」がいざなうふしぎ発見については、ネタバレしているものがほとんどなので、どうか「この映画これから見ようとしてたのに(泣)」なんてことにならないようお気を付けください。

一度投稿した「ふしぎ発見!」も、一年くらい間隔をあけて読み返すと「うーん…なんでこんなふうに書いたんだろう」「この表現は不適切だなあ」「今ならこんな言葉は使わないなあ」といったことがよくあります。
私はまったくいとわず何度でも記事を修正します。
修正することによって、伝えるべきメッセージが進化しつづけていることを私自身実感できますし、過去記事と現在の記事とで違いすぎるがために読者を混乱におとしいれてしまうような事態も軽減されます。
投稿日に対してコメントの日付が古い記事は、「あ、修正した記事なんだな」と思ってください。




ツイッターもやってます。
業者の方や宣伝目的の方じゃなければ、出来うる限りフォロー返ししています。