マジック(世界)の種明かしは、それが必要な人のみに勝手にされていく世界だよ

「ちょ、ちょっと待って! 
少し考える時間を…」

などという間も
与えられることなく
この世界の本質との
ちょっとした接触事故
起こしてしまったがために
こんなブログを始めることになり
気がつけば
多くの人が
ぼくから離れて行ったよ

無理もないよね

「きみが何を考え、何に思い悩み、何を行為しようとも、きみ自身は実は何もしていないのさ。」

そんなことを言われて
困らない人を見つけることは
STAP細胞を見つけることの
次くらいに至難の業

いつかは誰しもが
肉体という制限から
解き放たれることになり
必ずや明らかにされる
そのこと
わざわざ
あえて制限が設けられている
二元世界の領域
に在って
声高に叫ぶ必要性が
果たしてあるのかどうか

ぼくがしていることは
映画の上映中に
一番の佳境の場面で
手を叩きながらスクリーンの前に立ち
「はいはいはい!
みんな真剣にのめりこみすぎ!
これはあくまで映画なんだからさ~」

と せっかくの映画を台無しにして
警備員につまみ出される
酔っ払いの客のよう

なんだけれど
でも
必要なこと
ただそれのみが
起きつづける世界なだけに
ぼくが真理の一端に触れたことも
起こるべくして
起きたこと

そのことはどう足掻こうとも
誤魔化しようがないし
もみ消しようがないし
自ら体験してきた
すべてのことを糧にして
これから先も
どうにかこうにか
生きて行くしかない


そして
そのことを様々な形で
伝えることを試みてきて
わかったこと
それはというと
どんなにぼくが
このマジック(世界)種明かしをしたところで
「種」 
それ自体に興味がある人なんていうのは
ごくごく限られた少数の人々だけで
世の中の9割以上の人間にとって
種のことなんてどうでもいいことで

もっと言えば
たとえそれが
偽りの種であっても
自分にとって都合がいいもの
あるいは
希望を持たせてくれるものであれば
その種はその人にとって
真実となる
んだ

でもね
別にそれでもいいんだと
いま ぼくは思ってる
だってね
マジック(世界)を楽しむために
ぼくら人間
ここ(世界)に存在してるんだもの

マジシャンの生命線である
様々なマジックの種
同じくマジシャンを志す
ごく一部の玄人にしか
知られることがないように
知ることになる宿命を背負った者だけが
それを知ることになるだけの話で
に触れてしまったその人は
がわかってしまっていながらも
マジック(世界)を楽しんでいくすべを
どうにか見つけて
生きて行くしかない
んだ

ぼくにもその 
楽しんでいくすべ
見失っていた時期があったよ
けれども
答えはマジック(世界)の中にあった
種がわかってしまったマジックだなんて
退屈だと思うでしょう?
けれどもね
絶妙な話術やリズム感
芸術的な手さばき
それらで魅了する
マジシャンのマジックは
何度見てもこころの深くを打たれるように
人生を変えたような映画は
結末がわかっていても
何度でもこころの深くを揺さぶられるように

がわかってしまっても なお
がわかってしまっても さらに
このマジック(世界)
たまらなく美しくて
たまらなく愛しくて
たまらなく儚いんだ











今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
「ふしぎ発見!」は変わらず
きみのこころの奥深くによりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見!」へといざなう楽曲を紹介するね

「Magic / Coldplay(コールドプレイ)」
作詞作曲 Guy Berryman, Jonny Buckland, Will Champion

And if you were to ask me
After all that we've been through
"Still believe in magic?"
Well yes, I do
Oh yes, I do
Oh yes, I do
Oh yes, I do
Of course I do
すべてのことが起こった
そのあとに もし
「まさかそれでもまだマジックを信じてるの?」
そう訊かれたなら
こう答えるんだ
「当然信じてる
ああ 信じてる
ああ 信じてるとも
信じてる というよりも
ぼくはその素晴らしさを知っている」





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sayamaさん

そのマジシャンにだけは誰も敵わないね!

No title

あんたほどのマジシャンはいないよ。創造主さん。

いやいや

そう簡単には忘れられないよ、konchikiさんのことは。

ブログ上だけでとはいえ、濃密なやり取りをした仲だけにね。


外に探しに行く必要がない状態っていうのは、もう「悟り」と大差はない気がする。
いずれ「悟り」っていう言葉も死語になるときが来るかもしれないな。


才能があるかないかというよりも、「才能しかない世界」だから、ぼく自身は1gの物を持つことすらできないし、世界がぼくを通してしたいことを、したいようにさせるまでだよ。

そうして世界がぼくの肉体を通し、より目立って行く世界を体験したいならばそうなっていくだろうし、慎ましやかに終える生涯を体験したいならば、やっぱりそうなっていくだろうし、konchikiさんもぼくも、これからどうなっていくのか、それがわからないということは、本当に幸いなことだと思う。

ありがとう。

ありがとう

わー思い出してくれてて嬉しいなあ、ありがとう~。

私もしょっちゅう、この気づきの報告したらいいかなしないほうがいいかな、とか考えてはやめてたんだ(笑)

そう?変わった?
もし何か私に違うものがあるとしたら、ある時から探究の「苦しみ」から解放されたからかな。。
でも「悟った」わけじゃなくてね。
ただ、これからは、もはや外に探しに行くことはないっていうか?


「人に言う」

どみどりくんみたいな、いい人間性と素晴らしい才能がある人はどんどん目立っていってほしいよ。
目立つことでいいことも悪いことも新しく引き受けることにはなるだろうけど。


また来るね!(*´▽`*)
ありがとう。

konchikiさん!

激烈な暑さの中、konchikiさんどうしてるかなあって、たまにぼんやり考えていたよ。

また遊びに来てくれてうれしい。


>「禅の前は、山は山であり、川は川であり、
 禅を知り、山は山ではなくなり、川は川ではなくなる、
 悟った後は、山は山であり、川は川になる」

今回の記事にピッタリの言葉!


>そういうことがきっかけで、それがなんなのか説明がつかないけど本当は分かっちゃった人っているんだと思う。人に言わないだけで。

konchikiさんの言うとおりだね。

クロネコヤマトのお兄さんでね、「わ…この人、ちょっとただ者じゃないぞ」っていう人がいてね、その人のことをふと思い出したよ。
その人から荷物を受け取る、20秒にも満たない時間のあいだに、自分のちっぽけさを痛感するんだ。
ひょっとしたらこの人はぼくの話を理解してくれるんじゃないかって、会うたびに話したくなる衝動にいつも駆られてる。そのうち話しちゃうかもね。

書きたい衝動が起こるから、こうして書いて、多くの人に見てもらいたいからブログという媒体を使って、ランキングにも参加してってやっている自分を分析してみて、ああ、ぼくって本当は目立ちたがり屋なのかもしれないなあ、ということを思ったよ。
あまり意識して来なかったけど、たぶんそうなんだろうな。


konchikiさん、しばらく話さないあいだにまた(いい意味で)変わった感じがする。そういうものが文章から匂い立ってる。


「人に言う」

今日はこの言葉のことをくりかえし考えちゃいそうだよ。

konchikiさん、ありがとう。

ちくわさんはじめまして

いえ、ところがうらやましいことでもなんでもないんです。

ひょっとしたらちくわさんは、接触事故が起こったなら、「幸せになれる」「楽に生きれる」という希望を見ているのかもしれません。

確かに、それまでぼくが特に問題視していたものがあまり問題ではなくなり、特に困難であったものがあまり困難ではなくなることになりました。

ところがです。笑っちゃう話が、せっかく問題は影を潜めたにもかかわらず、それまで問題として認識されなかった新たな問題が浮上してくるわけです。
しかも今度の場合は困ったことに、話したところで誰にも理解してもらえないので、なかなかの孤独を味わうことになります。
それがこの世の掟のようなもので(このことは近日中にブログに)。

「種」のことをビジネスにしている方たちも、一見するととても華やかな人生を謳歌しているように見えますが、ビジネスの都合上言わないだけで、必ずやそういうものを抱えています。


言うまでもなく、ですが、荷物を送るにはどうすればいいかとか、パソコンがフリーズしてしまったらどうすればいいのかとか、そういう問題は何の迷いもなく人に相談しますよ^^

あ、それとぼく、ちくわの真ん中にキュウリを挿して食べるのが大好物です!

追伸

追伸すると、

どみどりくんの文才は、「人に言う」ためにあるのかもしれないね。

久しぶり~

あのね、溝口あやかさんという非二元の優れたマスターが禅の言葉を紹介していたんだけど、↓

「禅の前は、山は山であり、川は川であり、
 禅を知り、山は山ではなくなり、川は川ではなくなる、
 悟った後は、山は山であり、川は川になる」

ね、いいね。
だから私は仏教というか禅が大好き。


だからね、

>世の中の9割以上の人間にとって
>種のことなんてどうでもいいことで

というのは違うかもしれないよ?

だって、私だって取引先の人にスピリチュアルな探究してますとか一言も言ってないから誰もそうみてない。
てことは、みんなもただ黙ってるだけかもしれない。
その取引先の人なんか、もう悟って悟りを捨てた(再び山は山であり、川は川になるに戻った)人だってこともあり得る。
すべての人はすでに悟っているとか悟る人はいないとかそういう話じゃなくてね。

そういえば、私の知り合いにあの人は悟ってたのかもしれないなあ、という人もいたんだよね。
ちょっと変わった不思議な人だったけど私は大好きだった。
みんな、勉強してるときとか、仕事してるときとか、散歩してるときとか、人生がものすごくえらいことになって苦しいときとか、
そういうことがきっかけで、それがなんなのか説明がつかないけど本当は分かっちゃった人っているんだと思う。人に言わないだけで。

そんな風に思うと、本当は、悟ってないのは私だけかもしれないんだよね(笑)


何が言いたいのかって?
別になんでもないんだけど、ちょっと久しぶりに絡んでみただけ(笑)ヽ(^o^)丿

激烈に暑いねー!

じゃあ、またね!

No title

はじめまして
いつも拝見させてもらってます。

世界の本質との接触事故、私は逆にすごくうらやましいです。

それが訪れないってことはまだ必要がないって事なんですかね。
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「どみどりくん」あるいは「じゃっく」へのメッセージ

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やあやあ、よく来てくれたね。

じゃっく&どみどりくん

Author:じゃっく&どみどりくん
オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』の、姉妹ブログ『どみどりくんの、世界ふしぎ発見』に遊びに来てくださりありがとうございます。管理人のじゃっくと申します。

『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』が「表通り」を行くブログなら、こちらのブログは「裏通り」を行くブログです。
両方合わせてようやく私のメッセージの完成形となりますが、選り好みして「表通り」だけ見てもらってもまったく問題ありません。
来るべきときが訪れたなら、おのずと「裏通り」も歩かされている自分を発見されますから(ニヤリ)

で、この「裏通りブログ」が何故に必要なのかと申しますと、早い話が「表通り」だけでは解決できない、処理しきれない問題(絶体絶命のピンチ)に、人は前触れもなく遭遇するからです。
誰しものそのときのためにこそ、私「じゃっく」が、フシギニストである「どみどりくん」に扮し(チャネリング?)ながら、この「裏通りブログ」は存在し続けます。


「世界ふしぎ発見」とは言っても、某テレビ番組が世界における「目に見えるふしぎ」を発見して紹介するのとは趣がちがい、このブログでは世界における「目には見えないふしぎ」の発見を書き記することを趣旨としています。

ですが、「目には見えない」とは言っても、「UFO」「超能力」「幽霊」といった類のものとは趣が違いますし、「スピリチュアル」ともまたちょっと違うのかもしれません。
「哲学」「宗教」とも言い切れませんし、「自己啓発」「人生哲学」ともまた少し違うかもしれません。

しいて言うなら、みなさんが今まで生きてきた中で、学校教育や家庭教育やマスメディアによって抗いようもなく培われ、育くまれた「常識」「当たり前」「思い込み」「偏見」「先入観」などをとっぱらった先にある「あるがままの世界」あるいは「究極の羅針盤」の発見ってところでしょうか。


たとえばですが、

『きみが何を考え、何に思い悩み、何を行為しようとも、きみ自身は実は何もしていないのさ』

いきなりこんなことを断言されたとしたら、どう思うでしょうか。
「うん、そうだと思ってた!」という方は、おそらくは皆無に近いかと思われます。
おそらくは「あ…ちょっとこの人、ヤバイ宗教とか入ってる感じの人なんだろうな。かかわらないようにしよう…」
おおかたそんなところではないでしょうか。

ですが、私は特定の宗教を信仰していませんし、歴史上の人物や現存するいかなる人物も、敬いはしても崇拝するような対象にはなりません。この先もずっと。




そもそもはこの「裏通りブログ」から私のブログ人生が始まり、私を通路として見い出されるふしぎ発見を、誰かと分かち合い、この「リアル人生ゲーム」に活かしたいがために、2つ目のブログ『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』を作るにまで発展してきました。

「分かち合い」ほどの、いち人生を賭けるに値する究極の財宝、自他一挙両得のベストバイブスは、他に見当たりませんもの。
自分がまずうれしいし、同時に誰かもうれしいだなんて、はっきり言って
最高!

じゃないですか。







「ふしぎ発見!」の終わりに、みなさまを発見へといざなう楽曲も紹介しています。よろしければあわせて楽しんでください。
※和訳した歌詞は、英語力のない私がグーグル翻訳を参考に、個人的解釈で訳したものなので、ちょっとおかしいよっていう訳もあるかと思いますが、大目に見ていただけましたら幸いです。

カテゴリの中の「スーパーふしぎ発見」には、ブログの核となる発見かな、と思われるものを並べています。まあ、だからどうってわけでもありません。

カテゴリの中の「映画」がいざなうふしぎ発見については、ネタバレしているものがほとんどなので、どうか「この映画これから見ようとしてたのに(泣)」なんてことにならないようお気を付けください。

一度投稿した「ふしぎ発見!」も、一年くらい間隔をあけて読み返すと「うーん…なんでこんなふうに書いたんだろう」「この表現は不適切だなあ」「今ならこんな言葉は使わないなあ」といったことがよくあります。
私はまったくいとわず何度でも記事を修正します。
修正することによって、伝えるべきメッセージが進化しつづけていることを私自身実感できますし、過去記事と現在の記事とで違いすぎるがために読者を混乱におとしいれてしまうような事態も軽減されます。
投稿日に対してコメントの日付が古い記事は、「あ、修正した記事なんだな」と思ってください。




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