「生と死を分かつもの」そこに見たものこそが、きみの道標となる世界だよ

ぼくが住んでいる
マンションの前で
トラックがガードレールにめりこむ
大きな事故があったんだ
いわゆる居眠り運転てやつ

管理人さんは
マンションのゴミを
ガードレールの前へと
並べている最中

ゴミを置き
次のゴミを取りに
踵をかえし
ガードレールから離れた
その一瞬の出来事

管理人さんは
こう言ったよ

「おまえにはまだ生きて
やってもらうことがある
そういうことなんだろうな」


人生には
いくつもの
生と死
それを分かつ岐路が
待ち受けていて
人は
否応もなく
歩むべき道を
選ばされるよ


きみはそれを
管理人さんと同じように
受け止めるかもしれない

きみはそれを
「死んだあの人が
助けてくれたにちがいない」

そう受け止めるかもしれない

きみはそれを
「ラッキー
オレって強運の持ち主」

そう受け止めるかもしれない

きみはそれを
「日ごろの行いが
よかったからだわね」

そう受け止めるかもしれない

そこには
正解なんてない

なんせ
そこで導き出された
そのひとつの答えは
時を経るのと共に歩むように
変化してゆくもの
だから

そして
その神秘なる出来事を
きみがどう受け止め
どうその経験を活かしていくのか
そのことそのものが
運命(さだめ)であるし
それはきみの意志を
超越するもの
だから

きみが導き出した
そのとき
その場で出した答えこそが
いついかなるときも
きみに授けられし
歩むべき道標(さだめ)なんだ











今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
「ふしぎ発見!」は変わらず
きみのこころの奥深くによりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見!」へといざなう楽曲を紹介するね

「あかり from HERE / クラムボン feat THA BLUE HERB(ザ・ブルー・ハーブ)」

ようこそ
時と場所のクロスロード
一人でにおもしろを知って笑う
子供ダイヤモンド
この世とはプラットフォーム
行き先はtomorrow
beyond 踊ろう
good vibesを灯そう





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ジャンル : 小説・文学

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みいこさん

ああ、それはすごいことですね。

ぼくのブログは、この世界の半分の側面(愛、幸運、盛、ポジティブ、上昇、喜び、楽しい、といった耳触りのいい部分)だけではなく、もう半分の側面にも触れていくことをしています。
すべての側面があってこそ、世界は本当の意味で豊かだからです。

ここで書き記される、すべての側面に触れていながら、毎度毎度、居心地がいいと感じてもらえることは、みいこさんの人間力だったり、豊かさみたいなものなんじゃないかって、そう思います。

ぼくも、みいこさんの顔も声も様子も、まるで知らないにも関わらず、ポワン~♪です。


ぼくのほうがありがとう。

こんにちは。
たまらない気持ち…
みいこは、どみどりくんのブログを読んでいるとたまらない気持ちになります。
温かいというか安心するというかほっこりするというか癒されるというかコメント欄を読んでいても同じようになります。

ポワン~♪って感じが好きですね。
現実は、ちょっとサバイバル的な生活ですけど(笑)

でもここで一息つけれるから、また頑張ろ~みたいな気持ちになれます。

ありがとうございます。




sayamaさん

そして多くの場合、その人は生きることを望まれていた人で、その人を必要としている人がたくさんいる人で。

たとえばそんな人の親族の方たちに、面と向かってこんなことは言えないけど、でも自分のブログだから言ってしまうよ。

「その人が喪われたことによって、周囲の人間に波及された、絶望的なまでの苦しみ、哀しみこそが、残された者たちの糧になっていく」

takaharaさん

コメントありがとうございます。

人の死、というものは、どういうわけか、

「あいつなら死んで当然だろう」

というような人よりも、

「よりによってどうしてこの人が…」

というような人の死の方が多いように感じます。個人的に、ですが。


そして、そういう人生のすべてを揺るがすような「かなしみ」に直面したその人は、その「かなしみ」と向き合っていくことによって、大きな成長を遂げていきます。

理不尽な死は、当然受け入れがたいものですが、そういうプラスの側面もあることは、確かです。


結局のところ、takaharaさんが仰ってくださったように、定められた人生を歩んでいくことしか、ぼくたち人間にはできないのかもしれません。

一寸先がわからないからこそ、私たちは今日一日、今この瞬間を、大切に思うことができるのかもしれませんね。

No title

逆にちょっとのタイミングで死ぬことになる人もいるんだよな。

生と死

私は、生まれてから、死ぬまで、運命は決まつて、いると思う。
大阪の事件、二人ともなくなつた、とても悲しい、なんで、中学生が
夜中であるくのか、親にも責任がある。犯人も悪いが、もし夜中遊びに行かなければ、何もなかつた。
夢はかなわない、いくら、頑張つても、ごくわずかである。
そう、すべて運命である。
だから、一日1日を大切に生活してます。明日はわからないーーーー。

みいこさん

お互いに顔も声もわからない関係でありながら、ただブログという媒体でだけで繋がっているわけじゃない、ということに、たまらない気持になります。

すべてが隙間なくつながっているということが、より強い実感として沁み込んでゆきます。



19匹みんなが、というのは難しいのかもしれませんが、元気に育ってくれるといいですね^^

みいこさんありがとう。

わぁ~
カブトムシのみいこ凄いですね。
子供たち♪いっぱい食べて大きくなぁ~れ♪ですね。

シンクロ…なんかそれも凄いですね♪
嬉しかったです。





yoku358さん

何もかもがどうでもよくなってしまった状態で、振り絞った気力でここに報告してくださったことに、感謝の言葉もありません。



yoku358さんのブログはもちろん、やりとりの中からも、多くのことを学びました。



あれだけ書き記したブログを残しておくでもなく、前触れもなく廃止してしまうということは、よほどのことだと思います。



今のぼくには、yoku358さんのその、振り絞られた気力に応えられるような、かけるべき言葉が何も見つかりません。
かけれるはずもありません。



今のぼくがyoku358さんにできることは、いただいたコメントに返答すること。
そしてこのブログを存続させていくこと。
ただそれだけです。



もしこの先に

「あいつどうしてるかな」

そんなインスピレーションがよぎることがあったなら、いつでも来てください。
何の力にもなれないかもしれませんが、何らかの行動に出るきっかけくらいにはなるかもしれません。





待ってます。

みいこさん

おはようございます。

実は今朝、カブトムシのみいこがたくさんの卵を産んでいるのを発見し、しかもそのほとんどが殻をやぶった幼虫の状態で、土の奥深くでその小さな体をよじったりくぬぎを食べていたりしていました。
まだ卵の状態のも入れて、全部で19匹も。すごいですね。

毎年カブトムシは飼育していたのですが、卵を産んだのは、ぼくの人生で今回が初めてのことです。

当然「これはみいこさんに報告しなきゃ!」と思ったわけですが、PCを開けてみれば、久々にみいこさんからのコメントが。

シンクロニシティってやつです。
こういうとき、いつもぼくは、人智を超えた不可視なサポーターを感受せずにはいられません。


こちらこそ、いつも本当にありがとう。

No title

おはようございます。

私は、ブログを書く事を止めました~
 田舎の問題が永遠に終わらず、次から次に新たな問題
解決のしようもない問題が浮上してきて
お金ばかりが出て行く日々
自転車操業の地獄から這い上がって、ようやく
娘の成人式のため、老後のために貯えたもの
全てが今音を立てて崩れていく、それを目の前に
ただ、呆然と立ちすくんでいます。
震災に遭った人が、崩れ落ちた我が家を目の前にしている
その心境と今共鳴しています。
だから、ブロクなど書く気にさえならず。
ってか、何もかもがどうでもよくなって
思考すら停止しています。めんどくさくなったので
逆に、人生や運命についてさえ考えなくなって
ある意味、楽になっているのかもしれないな~
では、お元気で・・・・・

おはようございます。
いつも深い記事をありがとう。
「もう…死んでもいいや」なんて真剣に思いながらご飯食べている私がいました。((笑))
そんな事が昔にありました。
矛盾してますね。


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「どみどりくん」あるいは「じゃっく」へのメッセージ

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やあやあ、よく来てくれたね。

じゃっく&どみどりくん

Author:じゃっく&どみどりくん
オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』の、姉妹ブログ『どみどりくんの、世界ふしぎ発見』に遊びに来てくださりありがとうございます。管理人のじゃっくと申します。

『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』が「表通り」を行くブログなら、こちらのブログは「裏通り」を行くブログです。
両方合わせてようやく私のメッセージの完成形となりますが、選り好みして「表通り」だけ見てもらってもまったく問題ありません。
来るべきときが訪れたなら、おのずと「裏通り」も歩かされている自分を発見されますから(ニヤリ)

で、この「裏通りブログ」が何故に必要なのかと申しますと、早い話が「表通り」だけでは解決できない、処理しきれない問題(絶体絶命のピンチ)に、人は前触れもなく遭遇するからです。
誰しものそのときのためにこそ、私「じゃっく」が、フシギニストである「どみどりくん」に扮し(チャネリング?)ながら、この「裏通りブログ」は存在し続けます。


「世界ふしぎ発見」とは言っても、某テレビ番組が世界における「目に見えるふしぎ」を発見して紹介するのとは趣がちがい、このブログでは世界における「目には見えないふしぎ」の発見を書き記することを趣旨としています。

ですが、「目には見えない」とは言っても、「UFO」「超能力」「幽霊」といった類のものとは趣が違いますし、「スピリチュアル」ともまたちょっと違うのかもしれません。
「哲学」「宗教」とも言い切れませんし、「自己啓発」「人生哲学」ともまた少し違うかもしれません。

しいて言うなら、みなさんが今まで生きてきた中で、学校教育や家庭教育やマスメディアによって抗いようもなく培われ、育くまれた「常識」「当たり前」「思い込み」「偏見」「先入観」などをとっぱらった先にある「あるがままの世界」あるいは「究極の羅針盤」の発見ってところでしょうか。


たとえばですが、

『きみが何を考え、何に思い悩み、何を行為しようとも、きみ自身は実は何もしていないのさ』

いきなりこんなことを断言されたとしたら、どう思うでしょうか。
「うん、そうだと思ってた!」という方は、おそらくは皆無に近いかと思われます。
おそらくは「あ…ちょっとこの人、ヤバイ宗教とか入ってる感じの人なんだろうな。かかわらないようにしよう…」
おおかたそんなところではないでしょうか。

ですが、私は特定の宗教を信仰していませんし、歴史上の人物や現存するいかなる人物も、敬いはしても崇拝するような対象にはなりません。この先もずっと。




そもそもはこの「裏通りブログ」から私のブログ人生が始まり、私を通路として見い出されるふしぎ発見を、誰かと分かち合い、この「リアル人生ゲーム」に活かしたいがために、2つ目のブログ『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』を作るにまで発展してきました。

「分かち合い」ほどの、いち人生を賭けるに値する究極の財宝、自他一挙両得のベストバイブスは、他に見当たりませんもの。
自分がまずうれしいし、同時に誰かもうれしいだなんて、はっきり言って
最高!

じゃないですか。







「ふしぎ発見!」の終わりに、みなさまを発見へといざなう楽曲も紹介しています。よろしければあわせて楽しんでください。
※和訳した歌詞は、英語力のない私がグーグル翻訳を参考に、個人的解釈で訳したものなので、ちょっとおかしいよっていう訳もあるかと思いますが、大目に見ていただけましたら幸いです。

カテゴリの中の「スーパーふしぎ発見」には、ブログの核となる発見かな、と思われるものを並べています。まあ、だからどうってわけでもありません。

カテゴリの中の「映画」がいざなうふしぎ発見については、ネタバレしているものがほとんどなので、どうか「この映画これから見ようとしてたのに(泣)」なんてことにならないようお気を付けください。

一度投稿した「ふしぎ発見!」も、一年くらい間隔をあけて読み返すと「うーん…なんでこんなふうに書いたんだろう」「この表現は不適切だなあ」「今ならこんな言葉は使わないなあ」といったことがよくあります。
私はまったくいとわず何度でも記事を修正します。
修正することによって、伝えるべきメッセージが進化しつづけていることを私自身実感できますし、過去記事と現在の記事とで違いすぎるがために読者を混乱におとしいれてしまうような事態も軽減されます。
投稿日に対してコメントの日付が古い記事は、「あ、修正した記事なんだな」と思ってください。




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