映画「ミスト」が教えてくれたふしぎ発見!だよ

今日は映画に見るふしぎ発見!
スティーヴン・キング原作
フランク・ダラボン監督作
「ミスト」

※かなりの重要なネタバレがあるよ!※

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メイン州西部
その田舎町を襲った
激しい嵐の翌朝
自宅の窓に大木が突き刺さり
ボート小屋が壊れているのを発見した
トーマス・ジェーン演じる
イラストレーターの主人公
デヴィッド・ドレイトン
息子のビリー
隣人のブレントと共に
近所のスーパーへと
買い出しに向かうんだ

スーパーには
嵐の影響から
多くの住民が詰めかけていて
とても賑わっていたけれど
停電の影響もあって大混雑
自宅に残してきた妻とも
連絡がつかないデヴィッド 
そんな最中
外ではサイレンが鳴り響き
パトカーや救急車が
あわただしく動きまわり
一人の中年男が
「霧の中に何かいるぞ!」と
鼻血を流しながら
店内へと駆け込んできて

まるで店内の住人たちの
その不安や恐れを
視覚的に反映するかのように
みるみる
スーパーの外側は
濃霧で覆われてゆくんだ

うかつに
霧の中を確かめようとした
ほとんどの者たちが
無残な死を遂げるに連れて
霧の中にいるものの正体(怪物)
明らかにされてゆき

店内は大パニック
飛び交う疑心暗鬼
うずまく妄信的熱狂
人間の弱さ
救いがたい愚かさ

とめどなく噴出し
露呈してゆくんだ

このまま
店内に残りつづけても
誰も助けに来ないし
助かる見込みもない
そのことを悟ったデヴィッド
一か八か
意志を共する者たちと
スーパーを飛び出し
車に乗り込み
霧に包まれた町を
脱出することを試みるよ

車に乗り込んだのは
デヴィッド
息子のビリー
中年男のダン
新人教師のアマンダ
初老教師のアイリーン


自宅に辿り着き
妻が死亡しているのを確認した
デヴィッド
再び車を走らせ
4人と共に
南へと向かったよ

けれども
その視界に飛び込んでくる
住み慣れた町の
絶望的な光景
高層ビル級の怪物の姿を目撃した
5人を乗せた車は
間もなくガス欠
5人は
停車した車の中で
4発の弾丸が込められた
残された拳銃を手に
究極の選択を迫られ──


「僕を怪物に殺させないで」

パニックに陥る
スーパーの中で
そう息子がつぶやいたことを
思い出したのだろう
デヴィッド
疲れて眠る
息子の寝顔を横目に
アマンダ
ダン
レプラー

「オレは自分でなんとかする」
そう言い残し
告げられた三人も
同意し
覚悟を決め──

デヴィッドが
4人を射殺


一人
無駄に生きながらえ
今すぐにでも
息子の元へ逝ってしまいたい
デヴィット
車を降り
「オレを殺せ」
の向こうの怪物に
叫びつづけるよ

すると間もなく
わずかに引き始めた
の向こうから
姿を現したものは──

怪物駆除に
優勢に出始めた
軍隊や救助隊


その救助トラックには
助かるはずのなかった人物
店内から外に出ることを
拒んだ者たちの姿
があって──

デヴィッドは
その場に崩れ落ち
ただただ
悔悟の念に
発狂しつづけたんだ




ぼくらが生きる
実人生だって
24時間
いつでもどこでも
この映画のクライマックスと
おんなじことさ

一寸先
一秒先のことは
いついかなるときでも
霧の中

物理的に
霧を抜け出たとしても
物理的に
見晴らしよき場所にあろうとも
きみのいるそこに
「時間」がある限り
「縁起」がある限り
「世界」があり限り
結局はそこは
霧の中

その霧が
晴れ渡ることが
あるのかどうか
霧の向こう側には
何が待ち受けるのか
それは
きみの心肺が停止し
自動返却される肉体
それが実際に返却されてみないことには
どうにもわからない


だったら
返却日を迎える
最期のときまで
走ってみればいいさ
汗を流してみればいいさ

「過去」「未来」という名の
果てしなき濃霧は
この
リアル人生ゲームを
超絶
おもしろくしてくれるから










今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
「ふしぎ発見!」は変わらず
きみの奥深くによりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見!」へといざなう楽曲を紹介するね

「時よ / 星野源」
作詞 星野源

走りだせ 汗を流せ
明日の朝に繋がれ
時よ 今を乗せて
続くよ訳もなく
バイバイ 心から あふれる想い
時よ いつか降りる
その時には
バイバイ






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planetさん

目の前の怪物が怪物と認識されなければ、怪物はそこに存在しません。

記憶を認識し、後悔という感情を認識することができなければ、過去も後悔も存在しません。

ぼくにとって世界から意味を「認識できる」あるいは「認識せざるをえない」という真実ほど、神秘を感じるものもなかなかありません。

そしてこの「認識」の別名こそが、「体験」です。

ネリムさん

ぼくが初めて見たときは、気の毒をとおり越してしばらくのあいだ開いた口がふさがりませんでしたね。

No title

人は誰しも誰かの役にたちたいと思う
そして、それが誰かの幸せに繋がった時の自分の幸福感はえもしれないと・・・・
しかし、役に立つには、それを必要とする人の存在なしには叶えられない。
誰しも、人より上にたちたいと願い、それには下になる人の存在が必要となり
その描写として、見て見ぬふりの存在があってこそ完璧な演出となり得るのでしょう。
そのどれもが、勇者を引き立たせる為に役にたつ存在である事もいうまでもなく
で、自分がどの配役になるか?配役になったか?でも相手の存在の価値に気づかねばならないし、気づかされる時が来る。
それは、ありとあらゆる感情を生み出す(体験する)為にありとあらゆる配役の存在なしに始まらないし終わらないのだという事も含めて・・・・映画って面白いですね(^_-)-☆現実世界も
取り返せない過去・・・時々夢を見てえも知れぬ悲しみというかあの感情・・・それを作り出している記憶
見えない先も恐怖を生み出すけれど、取り返せない過去という存在もとてつもない大きな怪物ですね、私にとって・・・・

こんにちわ
この映画見たことありますが
主人公が気の毒に思えました

sayamaさん

ぼくが今まで見てきた映画の中でも、一番かもしれないくらいのバッドエンドだよ。

けれどもたとえば、軍隊や救助隊が現れたのが一ヶ月先だったら、主人公の絶望はまたちょっと違ったものになったと思うんだ。
「直後」だからこそのショックだよね。
まあでも、デヴィットなら一ヶ月経つ前に怪物のところに突入するか、なんらかの形で自死していたかな。

「時間」や「タイミング」みたいなものを考えさせられる映画だね。

No title

こんなバッドエンドなクライマックスはそうないな。
このブログが役に立ってると思った方はぼく↓をクリックしてもらえるとうれしいです。
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「どみどりくん」あるいは「じゃっく」へのメッセージ

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やあやあ、よく来てくれたね。

じゃっく&どみどりくん

Author:じゃっく&どみどりくん
オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』の、姉妹ブログ『どみどりくんの、世界ふしぎ発見』に遊びに来てくださりありがとうございます。管理人のじゃっくと申します。

『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』が「表通り」を行くブログなら、こちらのブログは「裏通り」を行くブログです。
両方合わせてようやく私のメッセージの完成形となりますが、選り好みして「表通り」だけ見てもらってもまったく問題ありません。
来るべきときが訪れたなら、おのずと「裏通り」も歩かされている自分を発見されますから(ニヤリ)

で、この「裏通りブログ」が何故に必要なのかと申しますと、早い話が「表通り」だけでは解決できない、処理しきれない問題(絶体絶命のピンチ)に、人は前触れもなく遭遇するからです。
誰しものそのときのためにこそ、私「じゃっく」が、フシギニストである「どみどりくん」に扮し(チャネリング?)ながら、この「裏通りブログ」は存在し続けます。


「世界ふしぎ発見」とは言っても、某テレビ番組が世界における「目に見えるふしぎ」を発見して紹介するのとは趣がちがい、このブログでは世界における「目には見えないふしぎ」の発見を書き記することを趣旨としています。

ですが、「目には見えない」とは言っても、「UFO」「超能力」「幽霊」といった類のものとは趣が違いますし、「スピリチュアル」ともまたちょっと違うのかもしれません。
「哲学」「宗教」とも言い切れませんし、「自己啓発」「人生哲学」ともまた少し違うかもしれません。

しいて言うなら、みなさんが今まで生きてきた中で、学校教育や家庭教育やマスメディアによって抗いようもなく培われ、育くまれた「常識」「当たり前」「思い込み」「偏見」「先入観」などをとっぱらった先にある「あるがままの世界」あるいは「究極の羅針盤」の発見ってところでしょうか。


たとえばですが、

『きみが何を考え、何に思い悩み、何を行為しようとも、きみ自身は実は何もしていないのさ』

いきなりこんなことを断言されたとしたら、どう思うでしょうか。
「うん、そうだと思ってた!」という方は、おそらくは皆無に近いかと思われます。
おそらくは「あ…ちょっとこの人、ヤバイ宗教とか入ってる感じの人なんだろうな。かかわらないようにしよう…」
おおかたそんなところではないでしょうか。

ですが、私は特定の宗教を信仰していませんし、歴史上の人物や現存するいかなる人物も、敬いはしても崇拝するような対象にはなりません。この先もずっと。




そもそもはこの「裏通りブログ」から私のブログ人生が始まり、私を通路として見い出されるふしぎ発見を、誰かと分かち合い、この「リアル人生ゲーム」に活かしたいがために、2つ目のブログ『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』を作るにまで発展してきました。

「分かち合い」ほどの、いち人生を賭けるに値する究極の財宝、自他一挙両得のベストバイブスは、他に見当たりませんもの。
自分がまずうれしいし、同時に誰かもうれしいだなんて、はっきり言って
最高!

じゃないですか。







「ふしぎ発見!」の終わりに、みなさまを発見へといざなう楽曲も紹介しています。よろしければあわせて楽しんでください。
※和訳した歌詞は、英語力のない私がグーグル翻訳を参考に、個人的解釈で訳したものなので、ちょっとおかしいよっていう訳もあるかと思いますが、大目に見ていただけましたら幸いです。

カテゴリの中の「スーパーふしぎ発見」には、ブログの核となる発見かな、と思われるものを並べています。まあ、だからどうってわけでもありません。

カテゴリの中の「映画」がいざなうふしぎ発見については、ネタバレしているものがほとんどなので、どうか「この映画これから見ようとしてたのに(泣)」なんてことにならないようお気を付けください。

一度投稿した「ふしぎ発見!」も、一年くらい間隔をあけて読み返すと「うーん…なんでこんなふうに書いたんだろう」「この表現は不適切だなあ」「今ならこんな言葉は使わないなあ」といったことがよくあります。
私はまったくいとわず何度でも記事を修正します。
修正することによって、伝えるべきメッセージが進化しつづけていることを私自身実感できますし、過去記事と現在の記事とで違いすぎるがために読者を混乱におとしいれてしまうような事態も軽減されます。
投稿日に対してコメントの日付が古い記事は、「あ、修正した記事なんだな」と思ってください。




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