数学者「岡潔」が教えてくれたふしぎ発見だよ! パート2

あらゆる
自然数の「1」から
派生し
「1」以上の数によって
相対化された
この現象世界

世界的天才と称される
大数学者
岡潔
どんなに高度で
どんなに複雑な難問であろうとも
その
自然数の「1」から
スタートし
論理的にたどっていけば
「数学としての答え」へと
帰結することができることを
おそらくは
当時の誰よりも
通暁していたんだと
思うんだけれども

ところがその
自然数の「1」とは何か?
その質問に
数学は答えることができない
という壁に突き当たり
数学の限界を前に
愕然とすると
その答えを導き出せるものとして
「仏教」を見い出すことになるんだ

4世紀のインドに
仏教から派生した
瑜伽行唯識(ゆがぎょうゆいしき)学派
この大宇宙が
8段階の認識によって
成り立っているとする
学派のひとつで

眼識(げんしき) 世界を見る能力
耳識(にしき) 音を聞く能力
鼻識(びしき)  匂いを嗅ぎ取る能力
舌識(ぜっしき) 味を感じ取る能力
身識(しんしき) 触覚、痛覚、温度を感じ取る能力
意識(いしき) 感情、 思考する能力

の6識と
無意識領域の
表層部分
7識の末那識
無意識領域の
深層部分
8識の阿頼耶識

ユングが提唱した
集合的無意識
この辺のことを言ってたのかもしれないね)

時は流れて
日本仏教
天台宗においては
「いやちがう
阿摩羅識(あまらしき)
9識まである」

と話はふくらんで

真言宗においては
「いやそんなものじゃない
乾栗陀耶識(けんりつだやしき)
10識まである」

と話は更にふくらんで

そのうち
11識12識
言い出す者が現れるのも
そう遠くないのかもしれないと
ぼくなんかは
思うんだけれども

個人的解釈
個人的主観

ほぼ 邪魔されることなく
「眼に見えて確認できるもの」という
普遍性を帯びた
数学とは違って
宗教のような
「眼に見えて確認できないもの」となると
どこまでもどこまでも
個人的解釈
個人的主観

尽きることなく
普遍性を妨害し
普遍性を覆い隠してしまうよ

主観フィルターによる
狭窄作用に毒されていったのは
岡潔も例外ではなくて

浄土宗の僧侶であり
光明主義と呼ばれる
社会運動を起こした
山崎弁栄(やまざきべんねい)に
帰依すると
独自の10段階の認識
それを見い出しはじめるよ

1~7識を
「時空の箱(この現象世界のこと)」とし
8識を
肉体ではない
さりとて宇宙の中心でもない
「生成発展を記録する部分」
「魂の世界」
と位置づけ
9識を
「高等宗教の神」
「仏の世界」
「宇宙の中心」

そんなふうに
発言し始めるんだ

岡潔が発見した
自然数の「1」の正体とは
この1~9識
そのことだったのかもしれないね

けれどもぼくは
岡潔が語った
「数学は情緒である」
その「情緒」の真意にしか
興味が持てずにいて

なぜならば
あらゆる認識の問題
「個の認識」であるがゆえに
11識だろうと12識だろうと
個人の主観的解釈の枠
抜けきれないものであるから
主観的認識を超えた
その先にあるもの──


「0」の世界
あるいは
「0識」の世界
あるいは
「0(情緒)」の世界

数の究極点から体感しえた
その部分の話をこそ
聞いてみたかったんだ

そして案の定
それは岡潔が認識した最奥部
10識の世界に見い出されていて──

けれどもそれもまた
個としての主観からは
逃れられないものであることを
ぼくは
再認識することになるんだ

でもだからといって
そのことは
絶望なんかじゃなくて──


「数学者「岡潔」が教えてくれたふしぎ発見だよ!パート3」につづく










今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
「ふしぎ発見!」は変わらず
きみの奥深くによりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見!」へといざなう楽曲を紹介するね

「神様 仏様 / 椎名林檎」
作詞 椎名林檎、向井秀徳

南無阿弥陀仏!神様、仏様、
色めき立つた奴等面白可笑しく空騒ぎ
ところが此方人等一等恐いのは自らよ
ささくれ立つてはついいけない胸騒ぎ






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ふたつと同じ花が咲くことはなく、訪れたその人だけの、その人に出逢う運命を担っていた花です。
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じゃっく&どみどりくん

Author:じゃっく&どみどりくん
オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』の、姉妹ブログ『どみどりくんの、世界ふしぎ発見』に遊びに来てくださりありがとうございます。管理人のじゃっくと申します。

『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』が「表通り」を行くブログなら、こちらのブログは「裏通り」を行くブログです。
両方合わせてようやく私のメッセージの完成形となりますが、選り好みして「表通り」だけ見てもらってもまったく問題ありません。
来るべきときが訪れたなら、おのずと「裏通り」も歩かされている自分を発見されますから(ニヤリ)

で、この「裏通りブログ」が何故に必要なのかと申しますと、早い話が「表通り」だけでは解決できない、処理しきれない問題(絶体絶命のピンチ)に、人は前触れもなく遭遇するからです。
誰しものそのときのためにこそ、私「じゃっく」が、フシギニストである「どみどりくん」に扮し(チャネリング?)ながら、この「裏通りブログ」は存在し続けます。


「世界ふしぎ発見」とは言っても、某テレビ番組が世界における「目に見えるふしぎ」を発見して紹介するのとは趣がちがい、このブログでは世界における「目には見えないふしぎ」の発見を書き記することを趣旨としています。

ですが、「目には見えない」とは言っても、「UFO」「超能力」「幽霊」といった類のものとは趣が違いますし、「スピリチュアル」ともまたちょっと違うのかもしれません。
「哲学」「宗教」とも言い切れませんし、「自己啓発」「人生哲学」ともまた少し違うかもしれません。

しいて言うなら、みなさんが今まで生きてきた中で、学校教育や家庭教育やマスメディアによって抗いようもなく培われ、育くまれた「常識」「当たり前」「思い込み」「偏見」「先入観」などをとっぱらった先にある「あるがままの世界」あるいは「究極の羅針盤」の発見ってところでしょうか。


たとえばですが、

『きみが何を考え、何に思い悩み、何を行為しようとも、きみ自身は実は何もしていないのさ』

いきなりこんなことを断言されたとしたら、どう思うでしょうか。
「うん、そうだと思ってた!」という方は、おそらくは皆無に近いかと思われます。
おそらくは「あ…ちょっとこの人、ヤバイ宗教とか入ってる感じの人なんだろうな。かかわらないようにしよう…」
おおかたそんなところではないでしょうか。

ですが、私は特定の宗教を信仰していませんし、歴史上の人物や現存するいかなる人物も、敬いはしても崇拝するような対象にはなりません。この先もずっと。




そもそもはこの「裏通りブログ」から私のブログ人生が始まり、私を通路として見い出されるふしぎ発見を、誰かと分かち合い、この「リアル人生ゲーム」に活かしたいがために、2つ目のブログ『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』を作るにまで発展してきました。

「分かち合い」ほどの、いち人生を賭けるに値する究極の財宝、自他一挙両得のベストバイブスは、他に見当たりませんもの。
自分がまずうれしいし、同時に誰かもうれしいだなんて、はっきり言って
最高!

じゃないですか。







「ふしぎ発見!」の終わりに、みなさまを発見へといざなう楽曲も紹介しています。よろしければあわせて楽しんでください。
※和訳した歌詞は、英語力のない私がグーグル翻訳を参考に、個人的解釈で訳したものなので、ちょっとおかしいよっていう訳もあるかと思いますが、大目に見ていただけましたら幸いです。

カテゴリの中の「スーパーふしぎ発見」には、ブログの核となる発見かな、と思われるものを並べています。まあ、だからどうってわけでもありません。

カテゴリの中の「映画」がいざなうふしぎ発見については、ネタバレしているものがほとんどなので、どうか「この映画これから見ようとしてたのに(泣)」なんてことにならないようお気を付けください。

一度投稿した「ふしぎ発見!」も、一年くらい間隔をあけて読み返すと「うーん…なんでこんなふうに書いたんだろう」「この表現は不適切だなあ」「今ならこんな言葉は使わないなあ」といったことがよくあります。
私はまったくいとわず何度でも記事を修正します。
修正することによって、伝えるべきメッセージが進化しつづけていることを私自身実感できますし、過去記事と現在の記事とで違いすぎるがために読者を混乱におとしいれてしまうような事態も軽減されます。
投稿日に対してコメントの日付が古い記事は、「あ、修正した記事なんだな」と思ってください。




ツイッターもやってます。
業者の方や宣伝目的の方じゃなければ、出来うる限りフォロー返ししています。