数学者「岡潔」が教えてくれたふしぎ発見だよ! パート3

「数学のもとになるのは頭ではない。
情緒だ。
数学は印象でやるもので、
記憶はかえって邪魔になる。
忘れるものはドンドン忘れて行く。
これが極意です」




「私は大小関係があることまでは
すぐにわかるのだが、その下の、
ではどちらが大きいのかというところからは
さっぱりわからない。
方角も同様で、
方角があるというところまではすぐわかるのに、
どちらが西で、どちらが東かはさっぱりわからず、
街を歩いていても、一度店へ入って出ると、
すましてもと来たほうへ戻っている」




世界中の数学者が
果敢にいどみながらも
誰も解けなかった
多変数函数論(???)についての
三つの問題を
解いてみせた
そんな人物の発言が
このとおりさ

外国人の研究者が
このニュースに接したとき
「岡潔」という名を
日本の数学者集団
そのネーミングだと思ったらしいんだ
フランスに「ブルバキ」という
第一線の数学者集団がいて
そんな集団が日本にもいたのか!
なんて思ってたら
一人の初老の老人だったってことで
大騒ぎだったんだって

そんな人物がまた
宇宙の究極的な
最奥部(第10識)
には
「真情」があると
そう発言するんだ

数と論理の探求
その最果てに
真情(情緒)を見て
宇宙が「情」を実体として
成り立っていることを
発見した
岡潔

「数」 という
一見すると無機質な
あまりにあたりまえに
ありつづけてきたもの
で あるがゆえに
それに意味だったり
メッセージだったりが
込められているという
想像力
そもそも働かないもの

ところがその
数の究極点を見た者が
垣間見たそこには
「情」があった という
「数=情」だった という
この大発見

この「情」こそが
あらゆる伝道者たちが
この大宇宙すべてに
遍満するものがあることを
説きつづけた
「神」だとか
「仏」だとか
「命」だとか
「無」だとか
「空」だとか
「道」だとか
「物自体」だとか
「0(ゼロ)」だとか
「非二元」だとか
「これ」だとか
「それ」だとか
呼ばれてきたものに
他ならなくて

はっきり言って
呼び方なんて
なんだっていいんだ
「情」だって
たくさんの言葉や
たくさんの呼び方の中の
ひとつにすぎないんだもの

もっと言えば
岡潔が感受した「情」
ぼくが感受した「情」とが
パーフェクトに同じもの
ということも
ありえなくて

だからね
その日の気分や
その日の天気で
洋服をコーディネートするみたいに
自分がそのとき
呼びたい呼び方を
コーディネートすればいいまでのことさ

もし仮にきみが
「それは◯◯じゃなく◯◯だ
きみは間違ってる
私は肉体を超えたのだ」

なんていう人に出くわしたら(いないと思うけど)
放っておくか
もしくは
こう言えばいい

「あなたの肉体が
そうして脈を
打ち続けている限りは
個人の主観の域を
超えられていないわけですが
純度100%のそれ
認識したと証明することも
純度100%のそれ
言葉にして言い表すことも
未来永劫にできない以上
正しいとか
間違ってるとか
あるんでしょうかね?」

ってね

そして
今日のこの
ぼくの気分で
岡潔の伝えたかった「情」
それをぼく個人としての
「情」として
別な一文字で
言いあらわすならば
たぶんそれは
「愛」なんだ


「数学者「岡潔」が教えてくれたふしぎ発見だよ!パート4」につづく










今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
「ふしぎ発見!」は変わらず
きみの奥深くによりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見!」へといざなう楽曲を紹介するね

「お嫁においで 2015 / 加山雄三 feat. PUNPEE」

例えば著名で有名な哲学者達も名言をたくさん残したけど
これに関してはあまり良い言葉を不思議と残していないな

多分あいつらも自分の趣味に恋いこがれちまったんだろう 結局
偉いヤツもここじゃおこちゃま ナポレオンとレッドぶるウォッカで乾杯
(泣) 






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sayamaさん

うん。そういう好き嫌いから生じるような「愛」とは違うよ。

相反する現象から超越したもののことを言ってるんだ。

Planetさん

数学にしろ他の分野の学問にしろ、突き詰めていけば行き着くところはすべて同じところなのだと思います。

前にもこんな話をしましたね、確か。

No title

どみどりくんが言う「愛」は「愛する」とか「愛がない」とかいう個別の愛じゃないってことだよな。

No title

このじいさんの事は知りませんが、ある数学博士の映画を思い出しました。数字に魅了された・・・
娘が数学が得意だけれど、自分ではインスピレーションが沸いて解けるのだけれど、それを別の人に論理的に伝えることは難しいとよく言います。神の暗号?(イメージ)的なものがあるのでしょうね。
考える人にはそれが降りてこないのでしょう。湧いてくると考えるが神と繋がれるか繋がれないか?今回のブログで、そう感じさせられました。面白い!!

konchikiさん

動的平衡、読んでみる。

konchikiさん

ぼくの文章をうまいだなんて言う人は、konchikiさんしか知らないよ

文章以前に、伝えようとしてる中身そのものが???なんだろうなあ

yoku358(planet)さん

数学では微塵も岡さんに敵いませんが、方向音痴バトルできたなら、ほぼ互角ではないかと予想してます。

yoku358(planet)さんもぜひ。

No title

あ~・・そうなんだねえ・・

うまいねーどみどりくん、文章が
福岡伸一さん(「動的平衡」の著者)を思い出した

空間

私の方向音痴は、半端ないですよ~私の運転で、知らない場所には行きたくない!と娘は言います(・・;)


自分も、あの人のようになろう!と頑張るのではなく、その人を通して(癒し)神のエネルギーをもらえる場所に身を置いているだけで幸せになれるのだと思いました。
その空気(癒し)が苦手だったのは、自分には無いエネルギー空間だったからかもしれません。
そのエネルギー空間に居場所が無いと感じていたのは、自らの内に、愛のエネルギーが欠如していただけなのかもしれませんね。(神と通じる道を閉じている)
このブログが役に立ってると思った方はぼく↓をクリックしてもらえるとうれしいです。
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「どみどりくん」あるいは「じゃっく」へのメッセージ

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やあやあ、よく来てくれたね。

じゃっく&どみどりくん

Author:じゃっく&どみどりくん
オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』の、姉妹ブログ『どみどりくんの、世界ふしぎ発見』に遊びに来てくださりありがとうございます。管理人のじゃっくと申します。

『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』が「表通り」を行くブログなら、こちらのブログは「裏通り」を行くブログです。
両方合わせてようやく私のメッセージの完成形となりますが、選り好みして「表通り」だけ見てもらってもまったく問題ありません。
来るべきときが訪れたなら、おのずと「裏通り」も歩かされている自分を発見されますから(ニヤリ)

で、この「裏通りブログ」が何故に必要なのかと申しますと、早い話が「表通り」だけでは解決できない、処理しきれない問題(絶体絶命のピンチ)に、人は前触れもなく遭遇するからです。
誰しものそのときのためにこそ、私「じゃっく」が、フシギニストである「どみどりくん」に扮し(チャネリング?)ながら、この「裏通りブログ」は存在し続けます。


「世界ふしぎ発見」とは言っても、某テレビ番組が世界における「目に見えるふしぎ」を発見して紹介するのとは趣がちがい、このブログでは世界における「目には見えないふしぎ」の発見を書き記することを趣旨としています。

ですが、「目には見えない」とは言っても、「UFO」「超能力」「幽霊」といった類のものとは趣が違いますし、「スピリチュアル」ともまたちょっと違うのかもしれません。
「哲学」「宗教」とも言い切れませんし、「自己啓発」「人生哲学」ともまた少し違うかもしれません。

しいて言うなら、みなさんが今まで生きてきた中で、学校教育や家庭教育やマスメディアによって抗いようもなく培われ、育くまれた「常識」「当たり前」「思い込み」「偏見」「先入観」などをとっぱらった先にある「あるがままの世界」あるいは「究極の羅針盤」の発見ってところでしょうか。


たとえばですが、

『きみが何を考え、何に思い悩み、何を行為しようとも、きみ自身は実は何もしていないのさ』

いきなりこんなことを断言されたとしたら、どう思うでしょうか。
「うん、そうだと思ってた!」という方は、おそらくは皆無に近いかと思われます。
おそらくは「あ…ちょっとこの人、ヤバイ宗教とか入ってる感じの人なんだろうな。かかわらないようにしよう…」
おおかたそんなところではないでしょうか。

ですが、私は特定の宗教を信仰していませんし、歴史上の人物や現存するいかなる人物も、敬いはしても崇拝するような対象にはなりません。この先もずっと。




そもそもはこの「裏通りブログ」から私のブログ人生が始まり、私を通路として見い出されるふしぎ発見を、誰かと分かち合い、この「リアル人生ゲーム」に活かしたいがために、2つ目のブログ『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』を作るにまで発展してきました。

「分かち合い」ほどの、いち人生を賭けるに値する究極の財宝、自他一挙両得のベストバイブスは、他に見当たりませんもの。
自分がまずうれしいし、同時に誰かもうれしいだなんて、はっきり言って
最高!

じゃないですか。







「ふしぎ発見!」の終わりに、みなさまを発見へといざなう楽曲も紹介しています。よろしければあわせて楽しんでください。
※和訳した歌詞は、英語力のない私がグーグル翻訳を参考に、個人的解釈で訳したものなので、ちょっとおかしいよっていう訳もあるかと思いますが、大目に見ていただけましたら幸いです。

カテゴリの中の「スーパーふしぎ発見」には、ブログの核となる発見かな、と思われるものを並べています。まあ、だからどうってわけでもありません。

カテゴリの中の「映画」がいざなうふしぎ発見については、ネタバレしているものがほとんどなので、どうか「この映画これから見ようとしてたのに(泣)」なんてことにならないようお気を付けください。

一度投稿した「ふしぎ発見!」も、一年くらい間隔をあけて読み返すと「うーん…なんでこんなふうに書いたんだろう」「この表現は不適切だなあ」「今ならこんな言葉は使わないなあ」といったことがよくあります。
私はまったくいとわず何度でも記事を修正します。
修正することによって、伝えるべきメッセージが進化しつづけていることを私自身実感できますし、過去記事と現在の記事とで違いすぎるがために読者を混乱におとしいれてしまうような事態も軽減されます。
投稿日に対してコメントの日付が古い記事は、「あ、修正した記事なんだな」と思ってください。




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