どう足掻こうとも、真理の「いち断面」しか言い表せない世界だよ

「○○だけしかない世界だよ」

そんな名目の
どこか似通った
ふしぎ発見タイトルばかりの
このブログだけに
中にはこんなふうに
思う人がいたとしても
まったくおかしくないことだと
よく思うんだ

「昨日は△△だけしかない世界って言ってたくせに
今日は○○だけしかない世界なんて言って
一昨日は■■だけしかない世界なんて言ってるけど
じゃあ一体どれが
この世界にそれだけしかない
唯一無二のものなわけ!?」


おっしゃるとおり
字面だけを追っていくなら
至極真っ当な疑問だよね

でもね
これには
わけがあって──

この世界は
無限の数にもおよぶ
「唯一無二」
一ヶ所にぜんぶ折り重なった
スーパーフルオーケストラみたいなものであり
無限の数にもおよぶ
「○○だけしかない世界」
いち球体に張り巡らされた
スーパーミラーボールみたいなものだから
それらをぜんぶ
ひっくるめたものを
「真理」
ぼくはそう呼ぶんだけれども

でもね
それをひと言で言い表すなんて
百の口を持つ人間がいたとしても
不可能だし
一億人分の人間の頭脳を搭載した
ハイスペックなアンドロイド
でも
不可能なこと

そりゃそうだよね
それって結局
言い方
伝え方の数が
どこまでもどこまでも増えていくだけで
ひと言で言い表せたことには
まったくなってない
もの

古くからの
賢者や覚醒者が
よく言うでしょう?
「真理は言葉では言い表せないんだよ」って
そのことの真相って
つまりはそういうこと

だからね
ぼくは
地道に 
授かりし能力の範囲内で
フルオーケストラの
一音を掬いあげ
ミラーボールの
一片を拾いあげ
パズルを貼り合わせていくみたいに
この世界(真理)のいち断面
貼り合わせていく作業
それをすることを
くり返している
んだ

それがぼくにとっての
抗いようのない
宿命的な何かだから










今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
「ふしぎ発見!」は変わらず
きみの奥深くによりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見!」へといざなう楽曲を紹介するね

「アイノネ / YEN TOWN BAND」
監督 岩井俊二
作詞 小林武

愛の音 愛の音 を探して
愛の音 愛の音 を集めた
あなたの真実だけを こころに 透明に 描いた
あなたに出逢うために 愛の音 愛の音 鳴らして






この土壌(ブログ)に植えられた種(言葉)は、訪れたその人が読むことによってのみ、開花します。
ふたつと同じ花が咲くことはなく、訪れたその人だけの、その人に出逢う運命を担っていた花です。
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ジャンル : 小説・文学

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sayamaさん

このブログにおいて、sayamaさんの存在はあまりに大きいよ。

No title

少なくともオレはどみどりくんがそうしてきたことをわかってたつもりだぜ。

No title

Σ(OДO!?p)p
ってか、ブッタの人生経路を読んで、Σ(OДO!?p)p
今まで、凄い!とか、そうですか、そうですか
と思っていたけど
弟子も増えると、ただ単に「救われたい!」とか「幸せになりたい!」という人が増え、要するに、言葉では理解し難いところの深みを理解させるに苦労したという事、そして、その弟子たちを引率するためにルールが必要となったという経緯などなど
今の新興宗教に同じ事が起こっているようで・・・・
一人静かに、今と向き合って生きる方が楽だ~と思うし
そんな弟子たちが伝え綴ってきた教典も、そう捉えざるを得ないところもあるでしょうし
っていうか、考えれば考えるほど、底なし沼(矛があるから、盾がある。ただそれだけなんじゃないか?って捉えてます。)
なので、私は考えるよりフィーリングですね。
否定も肯定もせず、ただただその時のフィーリングに従って
楽に生きれりゃそれでいい~
臨機応変。その都度解釈を変えて、自分の楽になるように捉えてます。今日、正しかった事は、明日は間違っていて、昨日間違っていた事は、今日は、正しいのだという捉え方です。
そうでなければ、日々変化する日常に苦しみが生まれるから
この苦しみを手放すには、昨日の肯定を否定せざるを得ないし、
否定を肯定せざるを得なくなる。昨日を手放す為に
昨日の事は、もう今日は、考えない!それが今の私の生き方
それを誰かに認めてもらおうとも思わない。なぜなら他者とは、自分のそれを認識する為に矛盾する存在でもあるからね。
環境が変化するから、自分も変化せざるを得ない。という事です。
それも、自分のそれを認識する為なのかもしれないし・・・
頭で考えてもとうてい解決できない。ただただ今この瞬間楽に生きる。最期の時まで、それだけですね。
ってか、考えるのが面倒くさいだけなのかもね(ゝ。∂)

planetさん

はい。ぼくも同感です。

ただ、ブッダ(本当に本人が言った言葉であると仮定して)にあえて生意気を言うなら、座禅瞑想も、つかみたければつかめばいいし、つかむ必要がなければつかむ必要のないものだと思います。

もっと言えば「いかなる考えをもつかまない」という考えもまた、ひとつの考えをつかんでいます。

No title

ブッタの言葉でさえ、そこに何か(真理)を探ろうとすると
矛盾だらけに感じます。
今の自分とフィーリングが合うものを、その一瞬の「自分の真理」でいいんじゃない?
と、私は思います。

経集837
いかなる思想に執着をもったとしても、こだわりから苦しみがうまれる。
あらゆる考えとあらゆる思想には、心を乱す性質があると気づいて、私はいかなる考えをも、つかまない。
私は、哲学や思想を捨てて、座禅瞑想し、内面の安らぎを見出したのだから。

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「どみどりくん」あるいは「じゃっく」へのメッセージ

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やあやあ、よく来てくれたね。

じゃっく&どみどりくん

Author:じゃっく&どみどりくん
オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』の、姉妹ブログ『どみどりくんの、世界ふしぎ発見』に遊びに来てくださりありがとうございます。管理人のじゃっくと申します。

『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』が「表通り」を行くブログなら、こちらのブログは「裏通り」を行くブログです。
両方合わせてようやく私のメッセージの完成形となりますが、選り好みして「表通り」だけ見てもらってもまったく問題ありません。
来るべきときが訪れたなら、おのずと「裏通り」も歩かされている自分を発見されますから(ニヤリ)

で、この「裏通りブログ」が何故に必要なのかと申しますと、早い話が「表通り」だけでは解決できない、処理しきれない問題(絶体絶命のピンチ)に、人は前触れもなく遭遇するからです。
誰しものそのときのためにこそ、私「じゃっく」が、フシギニストである「どみどりくん」に扮し(チャネリング?)ながら、この「裏通りブログ」は存在し続けます。


「世界ふしぎ発見」とは言っても、某テレビ番組が世界における「目に見えるふしぎ」を発見して紹介するのとは趣がちがい、このブログでは世界における「目には見えないふしぎ」の発見を書き記することを趣旨としています。

ですが、「目には見えない」とは言っても、「UFO」「超能力」「幽霊」といった類のものとは趣が違いますし、「スピリチュアル」ともまたちょっと違うのかもしれません。
「哲学」「宗教」とも言い切れませんし、「自己啓発」「人生哲学」ともまた少し違うかもしれません。

しいて言うなら、みなさんが今まで生きてきた中で、学校教育や家庭教育やマスメディアによって抗いようもなく培われ、育くまれた「常識」「当たり前」「思い込み」「偏見」「先入観」などをとっぱらった先にある「あるがままの世界」あるいは「究極の羅針盤」の発見ってところでしょうか。


たとえばですが、

『きみが何を考え、何に思い悩み、何を行為しようとも、きみ自身は実は何もしていないのさ』

いきなりこんなことを断言されたとしたら、どう思うでしょうか。
「うん、そうだと思ってた!」という方は、おそらくは皆無に近いかと思われます。
おそらくは「あ…ちょっとこの人、ヤバイ宗教とか入ってる感じの人なんだろうな。かかわらないようにしよう…」
おおかたそんなところではないでしょうか。

ですが、私は特定の宗教を信仰していませんし、歴史上の人物や現存するいかなる人物も、敬いはしても崇拝するような対象にはなりません。この先もずっと。




そもそもはこの「裏通りブログ」から私のブログ人生が始まり、私を通路として見い出されるふしぎ発見を、誰かと分かち合い、この「リアル人生ゲーム」に活かしたいがために、2つ目のブログ『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』を作るにまで発展してきました。

「分かち合い」ほどの、いち人生を賭けるに値する究極の財宝、自他一挙両得のベストバイブスは、他に見当たりませんもの。
自分がまずうれしいし、同時に誰かもうれしいだなんて、はっきり言って
最高!

じゃないですか。







「ふしぎ発見!」の終わりに、みなさまを発見へといざなう楽曲も紹介しています。よろしければあわせて楽しんでください。
※和訳した歌詞は、英語力のない私がグーグル翻訳を参考に、個人的解釈で訳したものなので、ちょっとおかしいよっていう訳もあるかと思いますが、大目に見ていただけましたら幸いです。

カテゴリの中の「スーパーふしぎ発見」には、ブログの核となる発見かな、と思われるものを並べています。まあ、だからどうってわけでもありません。

カテゴリの中の「映画」がいざなうふしぎ発見については、ネタバレしているものがほとんどなので、どうか「この映画これから見ようとしてたのに(泣)」なんてことにならないようお気を付けください。

一度投稿した「ふしぎ発見!」も、一年くらい間隔をあけて読み返すと「うーん…なんでこんなふうに書いたんだろう」「この表現は不適切だなあ」「今ならこんな言葉は使わないなあ」といったことがよくあります。
私はまったくいとわず何度でも記事を修正します。
修正することによって、伝えるべきメッセージが進化しつづけていることを私自身実感できますし、過去記事と現在の記事とで違いすぎるがために読者を混乱におとしいれてしまうような事態も軽減されます。
投稿日に対してコメントの日付が古い記事は、「あ、修正した記事なんだな」と思ってください。




ツイッターもやってます。
業者の方や宣伝目的の方じゃなければ、出来うる限りフォロー返ししています。