映画「君が生きた証」が教えてくれたふしぎ発見!だよ

今日は映画に見るふしぎ発見!
ウィリアム・H・メイシー監督作
「君が生きた証」

※今回はあえてネタバレしないよ!※

image_convert_20160124014105.jpg

やり手の広告屋
ビリー・クラダップ演じる
主人公サム
大学の中で起こった
銃乱射事件によって
一人息子のジョシュ
喪うことになるんだ

妻と別れ
仕事を辞め
停泊させたボートの中で
衣食住をくりかえしながら
明日の見えない
やるかたなき
日々を送るサム

そんなサムのもとへ
別れた妻から
息子の遺品が
届けられるんだ

遺品の中身は
息子が録りためた
自作のCD
創作メモ


さびしさやむなしさを
埋め合わせるかのように
息子の曲を
弾き語り始めるサム

飛び入り参加形式の
場末のライブバーで
なんともなしに
演奏するサムの音楽に
心打たれた青年
アントン・イェルチン演じる
クェンティン
どうにもこうにも
なかなか心を開かない
サムをようやく口説き落とし
年の差バンド
「Rudderless(舵はない)」を結成

Rudderless
ライブバーにおいて
レギュラー出演を依頼されるまでの
大きなうねりを
作り始めるんだ

けれどもその先には──

観客の視点を
180度転回するような
ある大仕掛けが
待ち受けていて
映画を観る者の
凝り固まった信念
一撃で砕いてしまうんだ


ここから先は
きみ自身の目で
確かめてみて

いかに
ぼくら人間という存在が
世間的な常識や
思い込みや
安易な偏見にとらわれ
狭窄された
主観フィルターをとおし
物事を捉え
Rudderless World(舵なき世界)
生きつづけているかに
気づかされるはずだから











今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
「ふしぎ発見!」は変わらず
きみの奥深くによりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見!」へといざなう楽曲を紹介するね

「夢の外へ / 星野源」
作詞 星野源

自分だけ見えるものと
大勢で見る世界の
どちらがウソか選べばいい
君はどちらをゆく
僕は真ん中をゆく






この土壌(ブログ)に植えられた種(言葉)は、訪れたその人が読むことによってのみ、開花します。
ふたつと同じ花が咲くことはなく、訪れたその人だけの、その人に出逢う運命を担っていた花です。
この土壌に意義を見い出した方は、ご支援のワンクリックをいただけましたら幸いです。
関連記事

テーマ : 詩・想
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

sayamaさん

ぼくはもう、涙すら出なかったよ。
ただ、茫然とするしかなかった。

「言葉を失う」ってよく使う言い回しだけど、この映画にこそふさわしい言葉かもしれない。

No title

映画を見たよ。完璧に予想を裏切られた。泣いたな。泣くしかなかった。

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

sayamaさん

よかったら感想聞かせてね!

planetさん

ああ、僕もそんなお話を知ってる気がします。ホラー映画だったか、SF映画だったか…
ですが、タイトルや出演者はまったく思い出せません。

でも、思うのですが、結局のところぼくらすべての人間は、ある意味「脳だけの存在」のようなものです。

「現実」「五感」という名の「バーチャルリアリティー」を体験してるだけの存在ですからね。

No title

周りからの強要、自分の感情からの強要
その他もろもろ、強制的なものやそうでないものも含めて
それらからの解放
「べつにしなくていいんだ~」です。
やめられないものをやめる事もなく、その結果に苦悩する必要すらなく・・・・だからと言って、そこから抜け出すことも不可能
それを知っていればそれでよし!という事でしょう。
知らない事が、苦しみなのだから・・・・
それで、あの映画が記憶の残骸として残っているのでしょう。

No title

ネットのツタヤで予約したぜ。

No title

先日娘が「この小説面白い!」
説明文で、犯人の女の子の存在が消え、あたかもその説明は主人公の抱いているお人形のような描写だと
だから、最後に犯人は彼女です!と言うところで、え、その子はずっと登場していたのか?という奇想天外なストーリーだった。
という話を聞いて、そして
このブログ・・・
私には、娘の小説の中味や映画のストーリー性より
この繰り返して聞いたというところが味噌ですね(ゝ。∂)

昔みた映画(記憶)で、とある青年がある施設に仕事に来るのだけれど、それは、バーチャル世界の中へ入るというもので
そのバーチャル世界から逃げたくても逃げられない!
はやく現実世界に戻りたい!と切にねがうのだけれど
もう、二度と戻ることはできない・・・と最後のシーンで脳だけになったかれの脳は、透明な箱の中でバーチャル世界を見続けていく
その映画の後味の悪さに、未だに記憶に残っていますが・・・
あれは、なんだったんでしょうね~
あれも記憶なのか、本当に映画を観たのか?不思議です。
ワンクリックいただけると励みになります。
最新投稿
最新コメント
カテゴリ
月別アーカイブ
「どみどりくん」あるいは「じゃっく」へのメッセージ

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
どみどりな応援者
RSSリンクの表示
QRコード
QR
やあやあ、よく来てくれたね。

じゃっく&どみどりくん

Author:じゃっく&どみどりくん
オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』の、姉妹ブログ『どみどりくんの、世界ふしぎ発見』に遊びに来てくださりありがとうございます。管理人のじゃっくと申します。

『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』が「表通り」を行くブログなら、こちらのブログは「裏通り」を行くブログです。
両方合わせてようやく私のメッセージの完成形となりますが、選り好みして「表通り」だけ見てもらってもまったく問題ありません。
来るべきときが訪れたなら、おのずと「裏通り」も歩かされている自分を発見されますから(ニヤリ)

で、この「裏通りブログ」が何故に必要なのかと申しますと、早い話が「表通り」だけでは解決できない、処理しきれない問題(絶体絶命のピンチ)に、人は前触れもなく遭遇するからです。
誰しものそのときのためにこそ、私「じゃっく」が、フシギニストである「どみどりくん」に扮し(チャネリング?)ながら、この「裏通りブログ」は存在し続けます。


「世界ふしぎ発見」とは言っても、某テレビ番組が世界における「目に見えるふしぎ」を発見して紹介するのとは趣がちがい、このブログでは世界における「目には見えないふしぎ」の発見を書き記することを趣旨としています。

ですが、「目には見えない」とは言っても、「UFO」「超能力」「幽霊」といった類のものとは趣が違いますし、「スピリチュアル」ともまたちょっと違うのかもしれません。
「哲学」「宗教」とも言い切れませんし、「自己啓発」「人生哲学」ともまた少し違うかもしれません。

しいて言うなら、みなさんが今まで生きてきた中で、学校教育や家庭教育やマスメディアによって抗いようもなく培われ、育くまれた「常識」「当たり前」「思い込み」「偏見」「先入観」などをとっぱらった先にある「あるがままの世界」あるいは「究極の羅針盤」の発見ってところでしょうか。


たとえばですが、

『きみが何を考え、何に思い悩み、何を行為しようとも、きみ自身は実は何もしていないのさ』

いきなりこんなことを断言されたとしたら、どう思うでしょうか。
「うん、そうだと思ってた!」という方は、おそらくは皆無に近いかと思われます。
おそらくは「あ…ちょっとこの人、ヤバイ宗教とか入ってる感じの人なんだろうな。かかわらないようにしよう…」
おおかたそんなところではないでしょうか。

ですが、私は特定の宗教を信仰していませんし、歴史上の人物や現存するいかなる人物も、敬いはしても崇拝するような対象にはなりません。この先もずっと。




そもそもはこの「裏通りブログ」から私のブログ人生が始まり、私を通路として見い出されるふしぎ発見を、誰かと分かち合い、この「リアル人生ゲーム」に活かしたいがために、2つ目のブログ『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』を作るにまで発展してきました。

「分かち合い」ほどの、いち人生を賭けるに値する究極の財宝、自他一挙両得のベストバイブスは、他に見当たりませんもの。
自分がまずうれしいし、同時に誰かもうれしいだなんて、はっきり言って
最高!

じゃないですか。







「ふしぎ発見!」の終わりに、みなさまを発見へといざなう楽曲も紹介しています。よろしければあわせて楽しんでください。
※和訳した歌詞は、英語力のない私がグーグル翻訳を参考に、個人的解釈で訳したものなので、ちょっとおかしいよっていう訳もあるかと思いますが、大目に見ていただけましたら幸いです。

カテゴリの中の「スーパーふしぎ発見」には、ブログの核となる発見かな、と思われるものを並べています。まあ、だからどうってわけでもありません。

カテゴリの中の「映画」がいざなうふしぎ発見については、ネタバレしているものがほとんどなので、どうか「この映画これから見ようとしてたのに(泣)」なんてことにならないようお気を付けください。

一度投稿した「ふしぎ発見!」も、一年くらい間隔をあけて読み返すと「うーん…なんでこんなふうに書いたんだろう」「この表現は不適切だなあ」「今ならこんな言葉は使わないなあ」といったことがよくあります。
私はまったくいとわず何度でも記事を修正します。
修正することによって、伝えるべきメッセージが進化しつづけていることを私自身実感できますし、過去記事と現在の記事とで違いすぎるがために読者を混乱におとしいれてしまうような事態も軽減されます。
投稿日に対してコメントの日付が古い記事は、「あ、修正した記事なんだな」と思ってください。




ツイッターもやってます。
業者の方や宣伝目的の方じゃなければ、出来うる限りフォロー返ししています。