映画「ファニーゲーム」が教えてくれたふしぎ発見!だよ

今日は映画に見るふしぎ発見!
ミヒャエル・ハネケ監督作
「ファニーゲーム」

※取り上げはしたものの、決してお勧めはできない映画だよ※

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毎夏の休暇を楽しむため
車で別荘へとやってきた
ウルリッヒ・ミューエ演じる
夫ゲオルク
スザンヌ・ロタール演じる
妻アンナ
ステファン・クラプチンスキー演じる
息子ショルシ

夫ゲオルク息子ショルシ
セーリングの準備を
妻アンナ
夕食の支度と
一家は
満ち足りた時間を
過ごしていたんだ

別荘へと辿り着く前
挨拶を交わした
隣人のベーリンガーと一緒にいた
見知らぬ2人組の内の
1人の青年
ベーリンガーの頼みで
卵を借りに来たと
訪ねて来るんだけれども
青年が卵を落としたり
新たにやって来た
もう1人の青年
夫ゲオルクのゴルフクラブで
素振りをしたりし始めるうち
なにやら
2人組の様子がおかしいことを
妻アンナは察知し始め

異変に気がつき
駆けつけた
夫ゲオルク息子ショルシをも巻き込み
態度を急変させた2人組
夫ゲオルクの足を折り
一家3人を
監禁状態に追い込むと
夜になって
こんな提案をするんだ

「賭けをしよう
お前らが12時間以内に
生きてるか死んでるか」


しかも2人組
何を思ったか
観客の方にまで
目を向けたかと思うと

「どうです?
お宅は生きてる方に賭ける?
それとも死んでる方に賭ける?」


などとうすら笑いで
挑発を仕掛けて来る

つまりはこれは
一家への 
というよりも
映画を観ているその人への挑戦状

「これはあくまで映画だし
虚構なわけだから
気をわるくなさんな」

とでも言いたげに
直接的暴力描写は見せず
観客の
高鳴る不安を
せせら笑うかのように
高度な手腕
高度な演出力で
底意地悪く
観客を煽り
一般的には
反撃のチャンスとなるような伏線が
反撃される伏線となり
一般的には
許されない禁じ手によって
犯人側が九死に一生を得たり
ひたすら物語は
観客の気持ちを逆撫でする
それだけを目的としているかのように
進行してゆくよ

ハネケ監督がしたことは
映画(特にハリウッド映画)における
暴力描写のビジネス化
暴力表現の競い合いの激化と
それを期待し
お金を落とし
ある種の快楽を得る観客に対しての
ある種の皮肉
のように
ぼくには感じられて──

ぼくが
このブログでやっていることは
ある意味
ハネケ監督
一緒なのかもしれないよ

学校において
成績がいい人間が
偉くて優秀だとか
ある分野において
多くの功績を残した人間が
価値ある人間だとか
本や雑誌
メディア
ネットから詰め込んだ
情報や知識で競いあい
悦になったり
劣等感を感じたり
そういう世間的通念
思い込み
一般常識に対し
一石を投じる試み

それをしているとも
言えなくもないんだ

だってね
それらのことって結局は
「自分で考えたこと」じゃなく
「誰かの情報を暗記した」
すぎないことだから

だからね
映画の中の2人組のように
こんな裏メッセージを
今日も僕は
ふしぎ発見の中へと
ひそやかに
潜めるんだ

「ところであんた、勉強熱心なのは構わないが、
オレが聞きたいのは、教科書に書かれた言葉でも、SNSの言葉でも、
哲学史でも、科学史でも、宗教史でも、ヤフーニュースでもない。
それらのものは、「あんたの話」じゃなく、「あんたが暗記した話」にすぎない。
そこでだ。
ゲームをしようじゃないか。
何のカテゴリにも属さない、手持ちのものさしでは測れない、あんただけの話をする試みさ。
どこかから拾ってきた話じゃなく、あんたにしかできない、あんたオリジナルの話をな。
それができたなら、あんたは晴れて自由の身だ。
なあに、できるさ。
あんたの人生じゃ、まだ劇場用映画の尺に足りないしな。
納得のいくラストが見たいだろ?」















今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
「ふしぎ発見!」は変わらず
きみの奥深くによりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見!」へといざなう楽曲を紹介するね

「Redemption Song / BOB MARLEY(ボブ・マーリー)」

Emancipate yourselves from mental slavery
None but ourselves can free our minds
思い込みの奴隷状態から
自分自身を解放してごらんよ
自分自身を解き放つことができるのは
他の誰でもなく 
自分自神にしかできないことなんだ






この土壌(ブログ)に植えられた種(言葉)は、訪れたその人が読むことによってのみ、開花します。
ふたつと同じ花が咲くことはなく、訪れたその人だけの、その人に出逢う運命を担っていた花です。
この土壌に意義を見い出した方は、ご支援のワンクリックをいただけましたら幸いです。
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ジャンル : 小説・文学

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sayamaさん

気がつけば最近、後味わるかったり重かったりする映画ばかり取り上げているね、ごめんね。

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No title

これまた一筋縄ではいかなそうな映画だな。
ワンクリックいただけると励みになります。
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「どみどりくん」あるいは「じゃっく」へのメッセージ

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やあやあ、よく来てくれたね。

じゃっく&どみどりくん

Author:じゃっく&どみどりくん
オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』の、姉妹ブログ『どみどりくんの、世界ふしぎ発見』に遊びに来てくださりありがとうございます。管理人のじゃっくと申します。

『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』が「表通り」を行くブログなら、こちらのブログは「裏通り」を行くブログです。
両方合わせてようやく私のメッセージの完成形となりますが、選り好みして「表通り」だけ見てもらってもまったく問題ありません。
来るべきときが訪れたなら、おのずと「裏通り」も歩かされている自分を発見されますから(ニヤリ)

で、この「裏通りブログ」が何故に必要なのかと申しますと、早い話が「表通り」だけでは解決できない、処理しきれない問題(絶体絶命のピンチ)に、人は前触れもなく遭遇するからです。
誰しものそのときのためにこそ、私「じゃっく」が、フシギニストである「どみどりくん」に扮し(チャネリング?)ながら、この「裏通りブログ」は存在し続けます。


「世界ふしぎ発見」とは言っても、某テレビ番組が世界における「目に見えるふしぎ」を発見して紹介するのとは趣がちがい、このブログでは世界における「目には見えないふしぎ」の発見を書き記することを趣旨としています。

ですが、「目には見えない」とは言っても、「UFO」「超能力」「幽霊」といった類のものとは趣が違いますし、「スピリチュアル」ともまたちょっと違うのかもしれません。
「哲学」「宗教」とも言い切れませんし、「自己啓発」「人生哲学」ともまた少し違うかもしれません。

しいて言うなら、みなさんが今まで生きてきた中で、学校教育や家庭教育やマスメディアによって抗いようもなく培われ、育くまれた「常識」「当たり前」「思い込み」「偏見」「先入観」などをとっぱらった先にある「あるがままの世界」あるいは「究極の羅針盤」の発見ってところでしょうか。


たとえばですが、

『きみが何を考え、何に思い悩み、何を行為しようとも、きみ自身は実は何もしていないのさ』

いきなりこんなことを断言されたとしたら、どう思うでしょうか。
「うん、そうだと思ってた!」という方は、おそらくは皆無に近いかと思われます。
おそらくは「あ…ちょっとこの人、ヤバイ宗教とか入ってる感じの人なんだろうな。かかわらないようにしよう…」
おおかたそんなところではないでしょうか。

ですが、私は特定の宗教を信仰していませんし、歴史上の人物や現存するいかなる人物も、敬いはしても崇拝するような対象にはなりません。この先もずっと。




そもそもはこの「裏通りブログ」から私のブログ人生が始まり、私を通路として見い出されるふしぎ発見を、誰かと分かち合い、この「リアル人生ゲーム」に活かしたいがために、2つ目のブログ『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』を作るにまで発展してきました。

「分かち合い」ほどの、いち人生を賭けるに値する究極の財宝、自他一挙両得のベストバイブスは、他に見当たりませんもの。
自分がまずうれしいし、同時に誰かもうれしいだなんて、はっきり言って
最高!

じゃないですか。







「ふしぎ発見!」の終わりに、みなさまを発見へといざなう楽曲も紹介しています。よろしければあわせて楽しんでください。
※和訳した歌詞は、英語力のない私がグーグル翻訳を参考に、個人的解釈で訳したものなので、ちょっとおかしいよっていう訳もあるかと思いますが、大目に見ていただけましたら幸いです。

カテゴリの中の「スーパーふしぎ発見」には、ブログの核となる発見かな、と思われるものを並べています。まあ、だからどうってわけでもありません。

カテゴリの中の「映画」がいざなうふしぎ発見については、ネタバレしているものがほとんどなので、どうか「この映画これから見ようとしてたのに(泣)」なんてことにならないようお気を付けください。

一度投稿した「ふしぎ発見!」も、一年くらい間隔をあけて読み返すと「うーん…なんでこんなふうに書いたんだろう」「この表現は不適切だなあ」「今ならこんな言葉は使わないなあ」といったことがよくあります。
私はまったくいとわず何度でも記事を修正します。
修正することによって、伝えるべきメッセージが進化しつづけていることを私自身実感できますし、過去記事と現在の記事とで違いすぎるがために読者を混乱におとしいれてしまうような事態も軽減されます。
投稿日に対してコメントの日付が古い記事は、「あ、修正した記事なんだな」と思ってください。




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業者の方や宣伝目的の方じゃなければ、出来うる限りフォロー返ししています。