待機児童問題が教えてくれたふしぎ発見だよ

何なんだよ日本。
一億総活躍社会じゃねーのかよ。
昨日見事に保育園落ちたわ。
どうすんだよ私活躍出来ねーじゃねーか。


子を持ついち女性の
この切実な訴えに対し
まんま同調してしまうことも
それはそれでありだけれども
ちょっと視点を変えてみれば
より根深い問題が
露見されて来る
んだ

考えてもごらんよ
この女性や
この女性に同調する人々が
子供を施設に
預けなければならない
その理由の
大多数を占めるものは
片働きでは
満足な収入が得られず
お金が足りない
ということ

夫婦のうちの
どちらか片方が
働いて得る収入
そのお金だけで
最低限の生活を
賄えるのならば
そもそも
子供を預ける
その必要性がない

涙ながらに
待機児童の解消を
訴えたりしない


つまりはね
見方を変えれば
本質的な問題
保育園などの施設が
少ないことではなく──


お金を得なければ
生きてはいけないかのように
敷設された
この人間社会において
富めるひと握りの者たちが
自らのその
富や権力を
盤石なものにするために

雇う人々の
その労働賃金を
より低く設定し
持たぬ者を
より持たない者へと貶め
社会体制について
疑う隙も与えないほどに
社会体制について
考える気力も持てないほどに
日々
労働に忙殺させ
娯楽や
美食や
流行や
世論を
そここにちらつかせ
自分たちへの目を背けさせる
奴隷的経済システムの構築が
浮き彫りになってくる


ひと握りの
富める者たちは
資金を提供している
マスコミ各社に対し
どんな情報を
報道させるか
というところにまで
影響をおよぼせる
んだもの
この女性の
ありふれた発言が
こうも大々的に
取り上げられたことは
「働けないことは可哀想なこと」
「夫婦共働きがあたりまえ」

という
富める者たちにとって
たいへん都合のいい
世論作りを
画策したんじゃないか

思いたくなるほどさ

忙殺的日々は
子供に対し
愛情を注ぐ時間を
減少させるどころか
夫婦間の
すれ違いまでをも
否応なく
生じさせ
希薄になっていく
夫婦間の絆は
当然ながら
子供にも影響をおよぼしてゆくよ

父と母の
その関係性が
希薄になってゆき
崩壊してゆき
比例するように
自らの存在価値も
希薄に感じられてゆくような
そんな状況に
置き去りにされた
そんな子供が
この世界を見限って
殺人を犯したり
自殺したりしたって
なんらおかしいことじゃない


とはいえ
ごく単純に
働くことが好きだからこそ
外に出て行く女性だっている

厳しい労働条件の中でしか
えられないものが
あったりもする

人として未熟な親が
長い時間
子と関われば
かえって子供に
悪影響を与えかねないし

あるいは
人として未熟な親を
反面教師とし
自分の道を
見誤らずに済んだ
そんな子供だって
いるにちがいない

満たされているからこそ
大事なことを見失っていく
そういうパターンだって
起こりえるだろうし

貧困という逆境が
プライスレスな
幸福を発見する
その起爆剤になることだって
なきにしもあらず


結局のところ
何を問題とし
その問題を
どう解決していくのか
その答えは
きみが出すしかなさそうだ

臆することはないさ
これまでだって
きみはそうしてきたし
これからだって
きみはそうするしかない

臆することはないさ
きみが
どんな問題を
問題として
選択しようとも
きみが
その問題に対して
どんな解決策を
導き出そうとも
それを選択し
導き出したものは
きみではなく
世界なのだから











今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
「ふしぎ発見!」は変わらず
きみの奥深くによりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見!」へといざなう楽曲を紹介するね

「生きてる生きてく / 福山雅治」
作詞 福山雅治

そうだ僕は僕だけで出来てるわけじゃない
100年1000年前の遺伝子に
誉めてもらえるように
いまを生きてる
この生命で いまを生きてる
今日も生きてく






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のりまきさん

保育士さん視点の貴重なコメント、とてもうれしいです。ありがとうございます。

>「自分で子供の面倒を見たくない」

ああ、これは子を持つ自分にもとても耳が痛い指摘でした。
親によって程度の差やその日の気分などあると思うのですが、誰しもが一度は思ったことがある本音かもしれません。
あるいは、なんでも自分で子供の面倒を見なければ気が済まない親も身近にいたりします。これはこれで、ひどく偏りを感じますね。
つくづく、いろんな人がいます。


>保育園の幼児クラスはどこも定員割れをしています。
待機児童有りとは乳児クラスのみです。
「待機児童」という打ち出の小槌を叩けば誰かに良い事が
あるのでしょうね。

自分の力だけでは追いつかないこういった貴重な情報を教えていただくと、自分がこの問題に関してざっくりとしかわかっていないことがよくわかります。ありがたいです。


発達に困難を抱えるとされるお子さんと過ごした時間が、そんなふうに解釈される一助になれた、ということに、感無量の思いでいっぱいです。
これからもブログがのりまきさんのなんらかのお役に立てますように。

こちらこそ、これからもよろしくお願いいたします。

「保育園落ちたは」 私の考えです

はじめまして、こんにちはどみどりさん。
ブログを読ませて頂き大変勉強になっています。
関東在住の保育士のりまきと申します。
いつも本当にありがとうございます。
大切なことを教えて頂いて感謝しています。

「保育園落ちたは」
これを流すマスコミは我々に「もっと奴隷になれ」と
刷り込んでいるのでしょうね。

実は私はこの一連の騒動は政府の作ったデマで
夏の選挙の票稼ぎのパフォーマンスでは?とも思っています。
何故かと言うと
金銭的な問題で働かなくてはならない立場の母親など
「殆どいない」と思われるからです。
シングルマザーや困難を抱える家庭の子供は必ず保育園に入れるし補助金も多いです。

子供を預ける多くの園児の母親たちの心の根底には
「自分で子供の面倒を見たくない」という気持ちが本当は隠れているのです。

私達が頑張れば頑張るほど母親達は手を抜いていく不思議な世界です。

結局のところ
何を問題とし
その問題を
どう解決していくのか
その答えは
私が出すしかなさそうですね


あとあまり知られていない事ですが
保育園の幼児クラスはどこも定員割れをしています。
待機児童有りとは乳児クラスのみです。
「待機児童」という打ち出の小槌を叩けば誰かに良い事が
あるのでしょうね。


今日もどみどりさんのお蔭で良い事に気付けましたよ。
実は「発達に困難を抱える」と言われる子供に一年間向き合いました。
大変だったけど
この子供に会えた事で得たものは大きかったのです。
「大変なこと」は「得るものが大きい」の対価だったのですね。
そう思えるのはどみどりさんとその子供のお蔭です。
本当にありがとうございました。
これからもよろしくおねがいします。

承認待ちコメント

このコメントは管理者の承認待ちです

sayamaさん

テレビでは政党と政党とが、右翼と左翼とが争っているかのように見せられてきたけれども、本当の黒幕から目を背けさせるためのプロレスショーっていう可能性も、否定できないとぼくは思うんだよね。

No title

テレビや新聞の情報をまんま鵜呑みにすることに抵抗を感じてた理由が見えた気がするな。
このブログが役に立ってると思った方はぼく↓をクリックしてもらえるとうれしいです。
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「どみどりくん」あるいは「じゃっく」へのメッセージ

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やあやあ、よく来てくれたね。

じゃっく&どみどりくん

Author:じゃっく&どみどりくん
オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』の、姉妹ブログ『どみどりくんの、世界ふしぎ発見』に遊びに来てくださりありがとうございます。管理人のじゃっくと申します。

『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』が「表通り」を行くブログなら、こちらのブログは「裏通り」を行くブログです。
両方合わせてようやく私のメッセージの完成形となりますが、選り好みして「表通り」だけ見てもらってもまったく問題ありません。
来るべきときが訪れたなら、おのずと「裏通り」も歩かされている自分を発見されますから(ニヤリ)

で、この「裏通りブログ」が何故に必要なのかと申しますと、早い話が「表通り」だけでは解決できない、処理しきれない問題(絶体絶命のピンチ)に、人は前触れもなく遭遇するからです。
誰しものそのときのためにこそ、私「じゃっく」が、フシギニストである「どみどりくん」に扮し(チャネリング?)ながら、この「裏通りブログ」は存在し続けます。


「世界ふしぎ発見」とは言っても、某テレビ番組が世界における「目に見えるふしぎ」を発見して紹介するのとは趣がちがい、このブログでは世界における「目には見えないふしぎ」の発見を書き記することを趣旨としています。

ですが、「目には見えない」とは言っても、「UFO」「超能力」「幽霊」といった類のものとは趣が違いますし、「スピリチュアル」ともまたちょっと違うのかもしれません。
「哲学」「宗教」とも言い切れませんし、「自己啓発」「人生哲学」ともまた少し違うかもしれません。

しいて言うなら、みなさんが今まで生きてきた中で、学校教育や家庭教育やマスメディアによって抗いようもなく培われ、育くまれた「常識」「当たり前」「思い込み」「偏見」「先入観」などをとっぱらった先にある「あるがままの世界」あるいは「究極の羅針盤」の発見ってところでしょうか。


たとえばですが、

『きみが何を考え、何に思い悩み、何を行為しようとも、きみ自身は実は何もしていないのさ』

いきなりこんなことを断言されたとしたら、どう思うでしょうか。
「うん、そうだと思ってた!」という方は、おそらくは皆無に近いかと思われます。
おそらくは「あ…ちょっとこの人、ヤバイ宗教とか入ってる感じの人なんだろうな。かかわらないようにしよう…」
おおかたそんなところではないでしょうか。

ですが、私は特定の宗教を信仰していませんし、歴史上の人物や現存するいかなる人物も、敬いはしても崇拝するような対象にはなりません。この先もずっと。




そもそもはこの「裏通りブログ」から私のブログ人生が始まり、私を通路として見い出されるふしぎ発見を、誰かと分かち合い、この「リアル人生ゲーム」に活かしたいがために、2つ目のブログ『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』を作るにまで発展してきました。

「分かち合い」ほどの、いち人生を賭けるに値する究極の財宝、自他一挙両得のベストバイブスは、他に見当たりませんもの。
自分がまずうれしいし、同時に誰かもうれしいだなんて、はっきり言って
最高!

じゃないですか。







「ふしぎ発見!」の終わりに、みなさまを発見へといざなう楽曲も紹介しています。よろしければあわせて楽しんでください。
※和訳した歌詞は、英語力のない私がグーグル翻訳を参考に、個人的解釈で訳したものなので、ちょっとおかしいよっていう訳もあるかと思いますが、大目に見ていただけましたら幸いです。

カテゴリの中の「スーパーふしぎ発見」には、ブログの核となる発見かな、と思われるものを並べています。まあ、だからどうってわけでもありません。

カテゴリの中の「映画」がいざなうふしぎ発見については、ネタバレしているものがほとんどなので、どうか「この映画これから見ようとしてたのに(泣)」なんてことにならないようお気を付けください。

一度投稿した「ふしぎ発見!」も、一年くらい間隔をあけて読み返すと「うーん…なんでこんなふうに書いたんだろう」「この表現は不適切だなあ」「今ならこんな言葉は使わないなあ」といったことがよくあります。
私はまったくいとわず何度でも記事を修正します。
修正することによって、伝えるべきメッセージが進化しつづけていることを私自身実感できますし、過去記事と現在の記事とで違いすぎるがために読者を混乱におとしいれてしまうような事態も軽減されます。
投稿日に対してコメントの日付が古い記事は、「あ、修正した記事なんだな」と思ってください。




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