映画「ロッキー・ザ・ファイナル」が教えてくれたふしぎ発見!だよ

今日は映画に見るふしぎ発見!
シルヴェスター・スタローン監督作
「ロッキー・ザ・ファイナル」

※ネタバレありだよ!※

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全6部作にもなる
ロッキーシリーズは
数あるスポ根映画の中でも
金字塔的映画

言わずと知れた
シルヴェスター・スタローン
主演を務めていることや
ラジー賞(その年の最低映画や最低俳優を決める賞)に
ノミネートされたり
様々な映像作品やマスメディアなどで
パロディ使用されてきたがために
ときには嘲笑されながらも
普段は映画を見ない人にまで
広く認知された
アメリカンドリームの
象徴的映画でもあるよ

ぼくは
どちらかというと
こてこての根性論は
苦手な性質で
トレーニングシーンなどの
ダイジェスト映像での
勝手なイメージで
なんとなく
敬遠していた作品だったし
もっと言えば
バカにすらしていたかもしれない

けれども昨年
新たなロッキーシリーズの始まりと
噂されていた
スピンオフ作品
映画「クリード チャンプを継ぐ男」
劇場で見てみて
シルヴェスター・スタローンという俳優へ
抱いていた
凝り固まった偏見に
愕然とさせられることになり
今さらながら
ロッキーシリーズを
1から見て行くことを
始めたんだ

5作目まで
見終えて
そして
シリーズ6作目にあたる
「ロッキー・ザ・ファイナル」

自分の体重が
何キロか落ちたんじゃないかと
錯覚するほどに
目から鼻から
水分という水分が
抜け落ち
この6作目の布石ための
1~5作目だったのであろうことを
思い知らされ──

「これはもはや
スポ根映画なんかじゃない
リアル人生ゲームにおける
本当に大切なことが
ここにはすべて詰まってる」


そう思ったぼくは
世間的なイメージに
加担し
今まで抱いてきた
根拠のない偏見を恥じ
スタローンに
土下座したいような
そんな気持ちになったんだ

1作目からの
あらすじはというと
こんな具合

三流ボクサーで
生活は貧窮し
ヤクザに依頼される
取り立て業をこなしながら
その日暮らしな生活を送っていた
シルヴェスター・スタローン演じる
ロッキー・バルボア
そんなロッキー
ある日
世界チャンピオンの
アポロ・クリードとの対戦
その奇跡的なチャンスが
舞い込むことになり
互角の試合をしたことや
その高倉健ばりの
不器用さと純朴さでもって
名実ともに
スター選手の仲間入りを果たすよ

けれども
ボクシングだけが
人生のすべてには
なりえない
ように

ロッキー1作目から
5作目まで
繋がっていくストーリーは
単にボクシングすることのみにあらず
ボクシングに帰結するまでの
ロッキーのバックストーリーがあってこその
ロッキーのボクシング


そしてこのことは
すべての人にとって
同じこと


料理人の世界に
その生きざまを刻む者は
料理人に帰結するまでの
その人のバックストーリーがあってこその
その人の料理があって

サービス業の世界に
その生きざまを刻む者は
サービス業に帰結するまでの
その人のバックストーリーがあってこその
その人のサービスがあって

妻子や友人を持てば
妻子や友人を持ったからこその
苦悩や葛藤があり

裕福になれば
裕福さへの執着
それを失うことの恐怖は生まれ

過去の栄光や
世話になった人があれば
やがてはそれが
手枷足枷となり
更なる困難を呼び込む
材料となる


そして
リアル人生ゲームには
それらあらゆるハードルの
対価であるかのように
そのあらゆるハードルが
硬い岩をも貫く喜びへと変異して
ハードルだったはずのもの
すべてを木っ端みじんに
突き砕いてしまうような
そんな瞬間が
待ち受けていることがあって


6作目の
ロッキー・ザ・ファイナルは
まさに
その珠玉の光が結集した
宝石のような映画だよ

1作目から
ピッタリ30年の時を経た
この6作目は
30年の時があったからこそ
1~5作目までの
試行錯誤や創意工夫が
あったからこその
名シーン
名台詞

あまりに多すぎて
ピックアップすることが
野暮に思えて来るほど

ロッキー
いつだって
一貫して
世間や審査員が下す
勝ち負けの判定には
いっさい興味がなくて──
ロッキーがしたかったことは
もはや
ボクシングですら
なかったのかもしれない


内から湧きいづる
自らを突き動かす衝動
そのままに
何度でも人を愛し
何度でも笑い
何度でも泣き
何度でも挑戦する
ロッキーがしてることは
いつでも
どんなときでも
自らに忠実であること
ただそれだけ

そしてその衝動は
ロッキーを目撃した人にも
そうじゃない人にも
波紋のように
波及してゆくんだ
時空を超えて


ロッキーの無謀な挑戦に
戒めをつぶやいた
ロッキーの息子の言葉

「何をしても それもまた
過去になるんだよ」


確かにこのことは
逃れようもない真実さ
けれどもこの言葉は
こう言い換えることができることを
覚えておいてよ

「何をしても それもまた
未来になるんだよ」




スピンオフでありながら
シリーズ7作目と目され
4月20日に
ブルーレイ&DVDが発売される
「クリード チャンプを継ぐ男」
機会があれば
是非見てみて
誰しもを突き動かす
湧きいづる衝動は
個人を超えて
肉体を超えて
どこまでも
繋がっている
ことを
確信出来るかもしれない
から












今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
「ふしぎ発見!」は変わらず
きみの奥深くによりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見!」へといざなう楽曲を紹介するね

「Tough Boy / TOM★CAT」
作詞 TOM

Keep you burning 駆け抜けて
この腐敗と自由と暴力のまっただなか
No boy no cry 悲しみは
絶望じゃなくて明日のマニフェスト






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ジャンル : 小説・文学

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sayamaさん

クリードがクランクインするまでにまた、ドラマチックなサイドストーリーがあるんだ。そのこともDVDが発売する頃に書いてみるよ。

No title

クリード、必ず見るよ。
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じゃっく&どみどりくん

Author:じゃっく&どみどりくん
オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』の、姉妹ブログ『どみどりくんの、世界ふしぎ発見』に遊びに来てくださりありがとうございます。管理人のじゃっくと申します。

『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』が「表通り」を行くブログなら、こちらのブログは「裏通り」を行くブログです。
両方合わせてようやく私のメッセージの完成形となりますが、選り好みして「表通り」だけ見てもらってもまったく問題ありません。
来るべきときが訪れたなら、おのずと「裏通り」も歩かされている自分を発見されますから(ニヤリ)

で、この「裏通りブログ」が何故に必要なのかと申しますと、早い話が「表通り」だけでは解決できない、処理しきれない問題(絶体絶命のピンチ)に、人は前触れもなく遭遇するからです。
誰しものそのときのためにこそ、私「じゃっく」が、フシギニストである「どみどりくん」に扮し(チャネリング?)ながら、この「裏通りブログ」は存在し続けます。


「世界ふしぎ発見」とは言っても、某テレビ番組が世界における「目に見えるふしぎ」を発見して紹介するのとは趣がちがい、このブログでは世界における「目には見えないふしぎ」の発見を書き記することを趣旨としています。

ですが、「目には見えない」とは言っても、「UFO」「超能力」「幽霊」といった類のものとは趣が違いますし、「スピリチュアル」ともまたちょっと違うのかもしれません。
「哲学」「宗教」とも言い切れませんし、「自己啓発」「人生哲学」ともまた少し違うかもしれません。

しいて言うなら、みなさんが今まで生きてきた中で、学校教育や家庭教育やマスメディアによって抗いようもなく培われ、育くまれた「常識」「当たり前」「思い込み」「偏見」「先入観」などをとっぱらった先にある「あるがままの世界」あるいは「究極の羅針盤」の発見ってところでしょうか。


たとえばですが、

『きみが何を考え、何に思い悩み、何を行為しようとも、きみ自身は実は何もしていないのさ』

いきなりこんなことを断言されたとしたら、どう思うでしょうか。
「うん、そうだと思ってた!」という方は、おそらくは皆無に近いかと思われます。
おそらくは「あ…ちょっとこの人、ヤバイ宗教とか入ってる感じの人なんだろうな。かかわらないようにしよう…」
おおかたそんなところではないでしょうか。

ですが、私は特定の宗教を信仰していませんし、歴史上の人物や現存するいかなる人物も、敬いはしても崇拝するような対象にはなりません。この先もずっと。




そもそもはこの「裏通りブログ」から私のブログ人生が始まり、私を通路として見い出されるふしぎ発見を、誰かと分かち合い、この「リアル人生ゲーム」に活かしたいがために、2つ目のブログ『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』を作るにまで発展してきました。

「分かち合い」ほどの、いち人生を賭けるに値する究極の財宝、自他一挙両得のベストバイブスは、他に見当たりませんもの。
自分がまずうれしいし、同時に誰かもうれしいだなんて、はっきり言って
最高!

じゃないですか。







「ふしぎ発見!」の終わりに、みなさまを発見へといざなう楽曲も紹介しています。よろしければあわせて楽しんでください。
※和訳した歌詞は、英語力のない私がグーグル翻訳を参考に、個人的解釈で訳したものなので、ちょっとおかしいよっていう訳もあるかと思いますが、大目に見ていただけましたら幸いです。

カテゴリの中の「スーパーふしぎ発見」には、ブログの核となる発見かな、と思われるものを並べています。まあ、だからどうってわけでもありません。

カテゴリの中の「映画」がいざなうふしぎ発見については、ネタバレしているものがほとんどなので、どうか「この映画これから見ようとしてたのに(泣)」なんてことにならないようお気を付けください。

一度投稿した「ふしぎ発見!」も、一年くらい間隔をあけて読み返すと「うーん…なんでこんなふうに書いたんだろう」「この表現は不適切だなあ」「今ならこんな言葉は使わないなあ」といったことがよくあります。
私はまったくいとわず何度でも記事を修正します。
修正することによって、伝えるべきメッセージが進化しつづけていることを私自身実感できますし、過去記事と現在の記事とで違いすぎるがために読者を混乱におとしいれてしまうような事態も軽減されます。
投稿日に対してコメントの日付が古い記事は、「あ、修正した記事なんだな」と思ってください。




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