映画「リップヴァンウィンクルの花嫁」が教えてくれたふしぎ発見!だよ

今日は映画に見るふしぎ発見!
岩井俊二監督作
「リップヴァンウィンクルの花嫁」

※今回はネタバレしたくない気分だからしないよ※

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この映画は
黒木華さん演じる
どこか
心ここにあらずな
派遣教員の皆川七海
お手軽なSNSで
お手軽にできた恋人との
お手軽な結婚契約を経て
その身にふりかかる
様々な困難や
差し出される
悪意なき欺瞞の手に
翻弄されながら
生きる意味を発見してゆくような
そんな物語だよ

映像作家の友人に
この映画の感想のようなものを
簡単に述べたところ
こんな返事が返ってきたんだ
(ちなみに友人は
岩井監督過去作は
いくつか見ているけれども
本作は見ていないよ)

「監督仲間にはどこにでも必ず岩井ファンがいるんですが、
その女性をアイドル化してるというか、美化し過ぎてるというか、岩井ファンの作品はそれが特化していてさらに私は岩井ワールドが苦手域にくい込んでしまいました…」


ようするにこれは
女性美化のさじ加減は
濃いめがお好きですか?
薄めがお好きですか?
という
「好き」「嫌い」の問題

なんせ
映像作家に限らず
すべてのクリエイター
すべての表現者が
自らが「美」とするものを
具現化する
その作業をしていることには
変わりがないから
(ぼくから見た本作は
美化だなんて
なまやさしいものをも超えて
美そのものが現出した」とすら
思えたよ)

結局のところ
人は誰しも
「好き」の判断基準を
持つ者であれば
「好き」とジャッジした
その時点で
その対象物を
多かれ少なかれ
美化してる
その対象物を
多かれ少なかれ
偏った視点
見ることをしている


そして
言わずもがな
「好き」
同時に
「嫌い」もセットで
産み落とす
んだ
肩を組んで歩く
仲良し同士みたいに
食べれば
食べるほどに
もれなく
体脂肪率もセットで
増加するようにね

つまりこのことは
人は誰しも
「嫌い」の判断基準を
持つ者であれば
「嫌い」とジャッジした
その時点で
その対象物を
多かれ少なかれ
醜化してる
その対象物を
多かれ少なかれ
偏った視点
見ることをしている
そのことを意味する


ある登場人物の一人
こんなことを
七海に語りかけるんだ

「この世界はさ、本当は幸せだらけなんだよ」

この登場人物が
到達した
この領域こそが
「美化」の境地の
その究極
かもしれない

「幸せだらけ」ということは
その人物にとって
「不幸はないにも等しい」のだから
それはもはや
「不幸の対(幸せ)」ですらなくて
「美」「醜」
ないと言っているのに
等しいことだから

現に
この言葉を発した
この登場人物は
それ以上の先が
もうない

究極の境地を
垣間見てしまった者だからこその
あるひとつの選択を
することになる

けれども
人は人
きみはきみ


美を見る限り
醜は避けられない

で あれば
とことんまで
きみが美化したいものを
美化しまくればいいだけのことさ
岩井監督にも
負けないくらいにね

世界中の
一人一人の
美化できるもの
(他人の価値観を
自分の可能な範囲で
受容できること)

この世界に
少しずつでも
増えていったなら
ぼくらは
増えたその分だけ
「幸せだらけの世界」
確かな足取りで
一歩ずつ近づく
んだ











今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
「ふしぎ発見」は変わらず
きみの奥深くによりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見」へといざなう楽曲

「コスモロジー / Cocco(コッコ)」
作詞 Cocco

だから今だけ
聞いていて
あなたへの歌を
だから今だけ
言わないで
"愛してる"なんて
そんな 大きな世界
"愛してる"
今日も 流れ星



Cocco - コスモロジー from Faco Fang on Vimeo.





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ジャンル : 小説・文学

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sayamaさん

ぼくもそう思う。

結婚生活なんていうのはまさに、妥協VS自分の闘いみたいなもんで、小さな世界(家庭)に平和を築けるかっていう、ある種の挑戦でもあるよね。

家庭規模でも簡単なことではないもの。
いかに平和って難しいことなのかがよくわかるよ。

No title

他者を受け入れたりお互いに妥協していくことでしか「平和」はありえないよな。
このブログが役に立ってると思った方はぼく↓をクリックしてもらえるとうれしいです。
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「どみどりくん」あるいは「じゃっく」へのメッセージ

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やあやあ、よく来てくれたね。

じゃっく&どみどりくん

Author:じゃっく&どみどりくん
オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』の、姉妹ブログ『どみどりくんの、世界ふしぎ発見』に遊びに来てくださりありがとうございます。管理人のじゃっくと申します。

『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』が「表通り」を行くブログなら、こちらのブログは「裏通り」を行くブログです。
両方合わせてようやく私のメッセージの完成形となりますが、選り好みして「表通り」だけ見てもらってもまったく問題ありません。
来るべきときが訪れたなら、おのずと「裏通り」も歩かされている自分を発見されますから(ニヤリ)

で、この「裏通りブログ」が何故に必要なのかと申しますと、早い話が「表通り」だけでは解決できない、処理しきれない問題(絶体絶命のピンチ)に、人は前触れもなく遭遇するからです。
誰しものそのときのためにこそ、私「じゃっく」が、フシギニストである「どみどりくん」に扮し(チャネリング?)ながら、この「裏通りブログ」は存在し続けます。


「世界ふしぎ発見」とは言っても、某テレビ番組が世界における「目に見えるふしぎ」を発見して紹介するのとは趣がちがい、このブログでは世界における「目には見えないふしぎ」の発見を書き記することを趣旨としています。

ですが、「目には見えない」とは言っても、「UFO」「超能力」「幽霊」といった類のものとは趣が違いますし、「スピリチュアル」ともまたちょっと違うのかもしれません。
「哲学」「宗教」とも言い切れませんし、「自己啓発」「人生哲学」ともまた少し違うかもしれません。

しいて言うなら、みなさんが今まで生きてきた中で、学校教育や家庭教育やマスメディアによって抗いようもなく培われ、育くまれた「常識」「当たり前」「思い込み」「偏見」「先入観」などをとっぱらった先にある「あるがままの世界」あるいは「究極の羅針盤」の発見ってところでしょうか。


たとえばですが、

『きみが何を考え、何に思い悩み、何を行為しようとも、きみ自身は実は何もしていないのさ』

いきなりこんなことを断言されたとしたら、どう思うでしょうか。
「うん、そうだと思ってた!」という方は、おそらくは皆無に近いかと思われます。
おそらくは「あ…ちょっとこの人、ヤバイ宗教とか入ってる感じの人なんだろうな。かかわらないようにしよう…」
おおかたそんなところではないでしょうか。

ですが、私は特定の宗教を信仰していませんし、歴史上の人物や現存するいかなる人物も、敬いはしても崇拝するような対象にはなりません。この先もずっと。




そもそもはこの「裏通りブログ」から私のブログ人生が始まり、私を通路として見い出されるふしぎ発見を、誰かと分かち合い、この「リアル人生ゲーム」に活かしたいがために、2つ目のブログ『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』を作るにまで発展してきました。

「分かち合い」ほどの、いち人生を賭けるに値する究極の財宝、自他一挙両得のベストバイブスは、他に見当たりませんもの。
自分がまずうれしいし、同時に誰かもうれしいだなんて、はっきり言って
最高!

じゃないですか。







「ふしぎ発見!」の終わりに、みなさまを発見へといざなう楽曲も紹介しています。よろしければあわせて楽しんでください。
※和訳した歌詞は、英語力のない私がグーグル翻訳を参考に、個人的解釈で訳したものなので、ちょっとおかしいよっていう訳もあるかと思いますが、大目に見ていただけましたら幸いです。

カテゴリの中の「スーパーふしぎ発見」には、ブログの核となる発見かな、と思われるものを並べています。まあ、だからどうってわけでもありません。

カテゴリの中の「映画」がいざなうふしぎ発見については、ネタバレしているものがほとんどなので、どうか「この映画これから見ようとしてたのに(泣)」なんてことにならないようお気を付けください。

一度投稿した「ふしぎ発見!」も、一年くらい間隔をあけて読み返すと「うーん…なんでこんなふうに書いたんだろう」「この表現は不適切だなあ」「今ならこんな言葉は使わないなあ」といったことがよくあります。
私はまったくいとわず何度でも記事を修正します。
修正することによって、伝えるべきメッセージが進化しつづけていることを私自身実感できますし、過去記事と現在の記事とで違いすぎるがために読者を混乱におとしいれてしまうような事態も軽減されます。
投稿日に対してコメントの日付が古い記事は、「あ、修正した記事なんだな」と思ってください。




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