映画「ルーム」が教えてくれたふしぎ発見!だよ

今日は映画に見るふしぎ発見!
レニー・アブラハムソン監督作
「ルーム」

※ネタバレありだよ!※

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5歳の誕生日を迎えた
ジェイコブ・トレンブレイ演じる
ジャック
その母親
ブリー・ラーソン演じる
ジョイ
陰気で手狭な
粗末な部屋の中で
つつましいながらも
親子の絆を
深めあっていくには
不足のない
しずかな日々を
送っていたよ

ところが
その部屋には
ある秘密があって──


ジャックにとって
世界は
「部屋の中」
それだけ


部屋の中の
台所や食器棚
イスや衣装棚
お風呂やトイレ
植木やテレビ
ベッドやカーペットのしみ
そして
薄汚れた小さな天窓
それだけがすべてで
生まれてこのかた
部屋の外には
出たことがなく
母親のジョイにも
世界は
この部屋の中のみで
すべて完結している
のだと
そう教え込まれて
5年間を生きて来たんだ

なぜなら
母親のジョイは
19歳のときに
迷子の犬を
一緒に捜してくれないかと
申し出た男の
自宅の裏庭にある
一見すると
物置小屋のような小部屋に
拉致監禁され
21歳のときに
男との間にできた子供
ジャックを産んでなお
部屋の外には
一度も出たことがないから

5歳になった
ジャックを見つめるジョイは
ジャックに真実を打ち明ける
その覚悟を決め
真実を断固拒否する
ジャックに対し
それでもめげずに
部屋の外にも
世界があること

どうにかジャックに理解させ
脱出計画を決行

ついにはジャックは
外の世界
開眼することになるよ

けれども実は
ここからがこの物語の
本当の意味での始まり


部屋を脱出することが
叶うこととなり
一生分もの喜びを
噛みしめたはずでありながら
なお
二人には
新たな試練が
待ち受けているんだ
「常識」
「世間体」
「社会通念」

という名の試練が──

実はこれって
社会に生きる
すべての人が
日々出くわしてる試練


実のところ
二人を監禁していたものとは
「男」ではなく
「部屋」でもなく
「目には見えない
二人の意識の
学びの場」


二人が
部屋を脱出したことは
実は
「部屋」における
学び(体験)を終え
「学びの場」が
次なるステージへと
移行した
ことを
意味している
んだ

たとえばきみが
緊張した面持ちで
登校初日を迎えたあのとき

あるいは
青天の霹靂のごとく
職場をクビになったとき


たとえばきみが
誰かとともに暮らすことを決意した
そのとき

あるいは
離婚することを決意した
そのとき


たとえばきみが
熱中していたあることへの
その情熱が
冷めてしまったとき

あるいは
ジョイのように
望んでもいない
なんらかの大問題に
否応もなく
巻き込まれてしまった
そのとき


これらはすべて
新たな学びの
そのファンファーレ

ジャックとジョイが
そうであったように──

その学びの
当事者にあるときは
どう足掻こうとも
その問題と
向き合わされるし
場合によっては
きみだって
ぼくだって
人を殺さなければいけない
そんな体験が
待ち受けていることだって
なきにしもあらず

現段階の
一人の人間の
学びの場の
その移行決定権は
自分にはもちろん
超能力者や
予言者や
覚醒者にもない


「部屋の外」という
新たな世界を開眼し
「部屋の外 第1ステージ」の学びを終え
新たなる意識のステージ
「部屋の外 第2ステージ」へと
踏み入ったジャックは
そのことを
直感的に感受したかのように
物語の最後
監禁されていた「部屋」
ジョイと一緒に訪れるんだ

証拠品として
回収されなかった
枯れた植木鉢や
トイレや
カーペットのしみ
ひとつひとつに
「○○さんさようなら」
「○○さんさようなら」

いつくしみながら
まるでそのときの学び(体験)が
あったからこそ
「いま」があること

感謝の念を
込めるかのように──












今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
「ふしぎ発見」は変わらず
きみの奥深くによりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見」へといざなう楽曲

「Moon / Bjork(ビョーク)」
歌詞 Bjork

Fail at loving
And fail at giving
Fail at creating a flow
Then realign the whole
And kick into the start hole
And kick into the start hole
To risk all is the end all and the beginning all
愛すること
与えることに失敗しては 
その機会は再び用意され
あなたは再び
最初の穴へと蹴り入れるの
何度でも
すべてのリスク(可能性)は
すべての終わり
そしてすべての始まり






この土壌(ブログ)に植えられた種(言葉)は、訪れたその人が読むことによってのみ、開花します。
ふたつと同じ花が咲くことはなく、訪れたその人だけの、その人に出逢う運命を担っていた花です。
この土壌に意義を見い出した方は、ご支援のワンクリックをいただけましたら幸いです。
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ジャンル : 小説・文学

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konchikiさん

じゃっくいわく、息子はたぶんラッパーになるから、そしたらこっそり息子のミクスチャーバンドに混ぜてもらおうかって目論みらしいよ笑

そのときまでsayamaさん楽器練習しといて!

No title

そっか、やっぱり体調が悪かったのねー

でも元気になったならよかった
sayamaさんとのリアルバンド結成をいまだに楽しみにしてるのは秘密(笑)

じゃあ、ありがとう!
またねー!

konchikiさん

開店休業状態のkonchikiさんのお店、遊びに行きたかったよ。

ここのところ体調がよくなくて、ブログをほったらかしにしちゃったけれど、もう大丈夫。ありがとう。

で、久々に投稿する記事を書き始めてたら、ジャストでkonchikiさんからコメントが届くもんだから、遠隔透視でぼくの様子を知ってるのかな!?と思っちゃいそうなくらいだったよ。

会えることに悟りだとかなんとかどうだっていいじゃないの。
わざわざ足を運んでくれなくても、いつかきっとお店に会いに行くよ。
舌足らずで自信なさげで、人の話を聞いてなかったりするぼくに、konchikiさんが失望しなきゃいいけど笑

No title

ご無沙汰です~!

大型連休、そろそろ終わりなんだろうけど、
konchikiは自営だから、本日は開店休業状態(笑)
どみどりくんは元気ですか?

なんかさ、記事の主旨とズレるかもだけど、
この狭い空間に閉じ込められていた時も、ジャックの心身に起こる反応は、外の広い世界を認識するのと同じように平等に働いていたんだよね。

この前、自分が小さいころに育った場所を訪ねて当時の思い出にふけりながら歩いていた時、
フト、この景色、この臭い、子供のkonchkiも、一分の狂いもなくこのまま同じように反応してたんだなって思ってね、そのことを思い出したよ。

なんだかわからないけど、カラダは知ってるんだ。


でも、でも、そこから先に進めない。
いつかちゃんと悟ってどみどりくんに挨拶に来ようと思ってるお馬鹿なkonchikiがいるんだよ、あーあ(笑)

sayamaさん

sayamaさんはもう、自分のブログを立ち上げて、発信してったらいいんじゃないかって思うよ。ほんとに。

No title

オレは最初どみどりくんの言葉を受け入れることができなかった。どみどりくんの言葉が正しいかそうじゃないか以前に意識のステージが違うから拒否したし何を言ってるのかすらわからなかったんだと思う。
なのにいつのまにか
オレの一番深いところにどみどりくんの言葉がある。
ワンクリックいただけると励みになります。
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「どみどりくん」あるいは「じゃっく」へのメッセージ

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やあやあ、よく来てくれたね。

じゃっく&どみどりくん

Author:じゃっく&どみどりくん
オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』の、姉妹ブログ『どみどりくんの、世界ふしぎ発見』に遊びに来てくださりありがとうございます。管理人のじゃっくと申します。

『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』が「表通り」を行くブログなら、こちらのブログは「裏通り」を行くブログです。
両方合わせてようやく私のメッセージの完成形となりますが、選り好みして「表通り」だけ見てもらってもまったく問題ありません。
来るべきときが訪れたなら、おのずと「裏通り」も歩かされている自分を発見されますから(ニヤリ)

で、この「裏通りブログ」が何故に必要なのかと申しますと、早い話が「表通り」だけでは解決できない、処理しきれない問題(絶体絶命のピンチ)に、人は前触れもなく遭遇するからです。
誰しものそのときのためにこそ、私「じゃっく」が、フシギニストである「どみどりくん」に扮し(チャネリング?)ながら、この「裏通りブログ」は存在し続けます。


「世界ふしぎ発見」とは言っても、某テレビ番組が世界における「目に見えるふしぎ」を発見して紹介するのとは趣がちがい、このブログでは世界における「目には見えないふしぎ」の発見を書き記することを趣旨としています。

ですが、「目には見えない」とは言っても、「UFO」「超能力」「幽霊」といった類のものとは趣が違いますし、「スピリチュアル」ともまたちょっと違うのかもしれません。
「哲学」「宗教」とも言い切れませんし、「自己啓発」「人生哲学」ともまた少し違うかもしれません。

しいて言うなら、みなさんが今まで生きてきた中で、学校教育や家庭教育やマスメディアによって抗いようもなく培われ、育くまれた「常識」「当たり前」「思い込み」「偏見」「先入観」などをとっぱらった先にある「あるがままの世界」あるいは「究極の羅針盤」の発見ってところでしょうか。


たとえばですが、

『きみが何を考え、何に思い悩み、何を行為しようとも、きみ自身は実は何もしていないのさ』

いきなりこんなことを断言されたとしたら、どう思うでしょうか。
「うん、そうだと思ってた!」という方は、おそらくは皆無に近いかと思われます。
おそらくは「あ…ちょっとこの人、ヤバイ宗教とか入ってる感じの人なんだろうな。かかわらないようにしよう…」
おおかたそんなところではないでしょうか。

ですが、私は特定の宗教を信仰していませんし、歴史上の人物や現存するいかなる人物も、敬いはしても崇拝するような対象にはなりません。この先もずっと。




そもそもはこの「裏通りブログ」から私のブログ人生が始まり、私を通路として見い出されるふしぎ発見を、誰かと分かち合い、この「リアル人生ゲーム」に活かしたいがために、2つ目のブログ『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』を作るにまで発展してきました。

「分かち合い」ほどの、いち人生を賭けるに値する究極の財宝、自他一挙両得のベストバイブスは、他に見当たりませんもの。
自分がまずうれしいし、同時に誰かもうれしいだなんて、はっきり言って
最高!

じゃないですか。







「ふしぎ発見!」の終わりに、みなさまを発見へといざなう楽曲も紹介しています。よろしければあわせて楽しんでください。
※和訳した歌詞は、英語力のない私がグーグル翻訳を参考に、個人的解釈で訳したものなので、ちょっとおかしいよっていう訳もあるかと思いますが、大目に見ていただけましたら幸いです。

カテゴリの中の「スーパーふしぎ発見」には、ブログの核となる発見かな、と思われるものを並べています。まあ、だからどうってわけでもありません。

カテゴリの中の「映画」がいざなうふしぎ発見については、ネタバレしているものがほとんどなので、どうか「この映画これから見ようとしてたのに(泣)」なんてことにならないようお気を付けください。

一度投稿した「ふしぎ発見!」も、一年くらい間隔をあけて読み返すと「うーん…なんでこんなふうに書いたんだろう」「この表現は不適切だなあ」「今ならこんな言葉は使わないなあ」といったことがよくあります。
私はまったくいとわず何度でも記事を修正します。
修正することによって、伝えるべきメッセージが進化しつづけていることを私自身実感できますし、過去記事と現在の記事とで違いすぎるがために読者を混乱におとしいれてしまうような事態も軽減されます。
投稿日に対してコメントの日付が古い記事は、「あ、修正した記事なんだな」と思ってください。




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