5月8日に投稿した蛾の後日談と、けろぴー。

5月8日に投稿した蛾の話には、
実は後日談があります。



翌々日の10日、
ベランダの洗濯物を取り込んでいたところ、
バタバタと暴れるような羽音が聴こえてきます。



排水溝の辺りで、
ボロボロになった羽をばたつかせていたそれは、
あの蛾でした。





8日、羽を痛めた蛾をどうしたらいいものか、
考えたすえ、
パキラの甘い蜜を吸わせてやれば、
少しはマシな余生を過ごせるのではと思い立ち、
蜜が出ている辺りに捕まらせ、放っておいたのですが。


10日に見つけた蛾の羽は、
もはや飛び立てるような状態ではありませんでした。
そのまま放っておいても、身体を地面に打ちつけながら、
苦しみながら、ゆっくりと息絶えて行くのみです。



そこで私は、ひと思いに楽にしてやろうと思い立ち、
蛾をヒキガエルに与えることを決めました。



私の四畳半の部屋の棚の上で、
プラスチックのケージに住まわされ、
飼われているのがヒキガエルのけろぴーです。



そのケージを取り出そうとしていたときです。
私の指先にとまっていた蛾は、私の足の甲に降りたかと思うと、
じっとそのまま動かなくなり、次に卵を産み始めたのです。

IMG_20160510_192951.jpg

計4個産みました。

IMG_20160510_193212.jpg

まるでそれは、
最期の覚悟を決めた蛾が、
生命のバトンを私に託したかのようでした。


そのあとは、ジタバタとすることもなく──
けろぴーのケージにその身を置いてやると、
一瞬でけろぴーに飲み込まれてしまいました。



けろぴーが生き物を食べるところを見たのは、実はこれが初めて。
いつも私が目を離している隙に、いつの間にか虫がいなくなっているので、
けろぴーがちゃんと生き餌を食べてるのかどうか、半信半疑でいましたが、
正真正銘のヒキガエルであることがはっきりしました。



蛾が遺した卵は、
ベランダで一番土がやわらかそうなプランターに蒔いてきました。





私は蛾が、
私に生命のバトンを託したかのようだったと、
放っておけば、苦しみながら息絶えてゆくだろうと、
そう書きましたが、
これこそがまさに、
私の主観が成した「解釈」です。
ズートピアでいう「偏見」です。


蛾は安定した場所を探していて、
たまたま私の足の甲が安定してよさそうだったので、
卵を産んだだけかもしれません。

「覚悟」どころか、
な~んにもいっさい考えてない可能性だってあるし、

虫に「苦しさ」などという概念があるのかどうかも、
虫になってみないことには誰にもわかりません。

そしてまた、
私が蛾をヒキガエルの生き餌にしたことを、
「なんとむごいことを!」
と、解釈した方があるかと思います。
いっぽうで、
「わたしもそうしたかもな」
という解釈もあったかもしれません。

あるいは私が、
もはや飛び立てない蛾を、
排水溝に放っておくことにしたなら、
それはそれでやはり、
「この人は冷たい人なんだろうな」
そう解釈した方もあったかと思います。
いっぽうで、
「自然のものに人間の手を加えないことは正解だ」
という解釈もあったかもしれません。

極め付けは、
そもそもヒキガエルを飼ってたり、
蛾を触ったりしてる時点でこの人ありえない。
なんて解釈も。
(案外これが一番多かったりして)



「人間てやつあ、偏見だとか解釈だとか、
そんな万華鏡みたいなもんに振り回されて、つくづくご苦労なことですなあ」
と、
けろぴーが冷めた眼差しで見つめているかのよう。

IMG_20160511_081539_convert_20160511082739.jpg

という、これまた私主観がカエルを擬人化した解釈。




けろぴー「で、その逃走不可能な見えない相手をどうするおつもりで?」

じゃっく「逃げるのやめて、楽しむことにした」

けろぴー「いいねえ」












あなたのその身に、
いかなる逆境や順境が待ち受けているとしても、
どみどりくんは変わらず、
いずれあなたにおとなうであろう「発見」によりそっています。

今日のあなたを「ふしぎ発見」へといざなう音楽

「Renaissance feat.Sugbabe / PUNPEE(パンピー)」

いつもと同じ壁を眺め
批評家や女子のウケを考えつくよりさ
誰のためでもなんでもない
自分の描きたいものを ほらっ
君の閉塞的な脳みそに
少しだけ微量の閃光が差せば全て変わるから
それはRenaissance,Renaissance お目にかかるよ
君のRenaissance じゃあさ 作り出そう エイ♪






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sayamaさん

けろぴーの日本一簡単な飼い方など、そのうち載せてみたいなと思ってます。

No title

ケロピー勇ましい横顔だな。というsayama主観の解釈。
このブログが役に立ってると思った方はぼく↓をクリックしてもらえるとうれしいです。
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やあやあ、よく来てくれたね。

じゃっく&どみどりくん

Author:じゃっく&どみどりくん
オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』の、姉妹ブログ『どみどりくんの、世界ふしぎ発見』に遊びに来てくださりありがとうございます。管理人のじゃっくと申します。

『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』が「表通り」を行くブログなら、こちらのブログは「裏通り」を行くブログです。
両方合わせてようやく私のメッセージの完成形となりますが、選り好みして「表通り」だけ見てもらってもまったく問題ありません。
来るべきときが訪れたなら、おのずと「裏通り」も歩かされている自分を発見されますから(ニヤリ)

で、この「裏通りブログ」が何故に必要なのかと申しますと、早い話が「表通り」だけでは解決できない、処理しきれない問題(絶体絶命のピンチ)に、人は前触れもなく遭遇するからです。
誰しものそのときのためにこそ、私「じゃっく」が、フシギニストである「どみどりくん」に扮し(チャネリング?)ながら、この「裏通りブログ」は存在し続けます。


「世界ふしぎ発見」とは言っても、某テレビ番組が世界における「目に見えるふしぎ」を発見して紹介するのとは趣がちがい、このブログでは世界における「目には見えないふしぎ」の発見を書き記することを趣旨としています。

ですが、「目には見えない」とは言っても、「UFO」「超能力」「幽霊」といった類のものとは趣が違いますし、「スピリチュアル」ともまたちょっと違うのかもしれません。
「哲学」「宗教」とも言い切れませんし、「自己啓発」「人生哲学」ともまた少し違うかもしれません。

しいて言うなら、みなさんが今まで生きてきた中で、学校教育や家庭教育やマスメディアによって抗いようもなく培われ、育くまれた「常識」「当たり前」「思い込み」「偏見」「先入観」などをとっぱらった先にある「あるがままの世界」あるいは「究極の羅針盤」の発見ってところでしょうか。


たとえばですが、

『きみが何を考え、何に思い悩み、何を行為しようとも、きみ自身は実は何もしていないのさ』

いきなりこんなことを断言されたとしたら、どう思うでしょうか。
「うん、そうだと思ってた!」という方は、おそらくは皆無に近いかと思われます。
おそらくは「あ…ちょっとこの人、ヤバイ宗教とか入ってる感じの人なんだろうな。かかわらないようにしよう…」
おおかたそんなところではないでしょうか。

ですが、私は特定の宗教を信仰していませんし、歴史上の人物や現存するいかなる人物も、敬いはしても崇拝するような対象にはなりません。この先もずっと。




そもそもはこの「裏通りブログ」から私のブログ人生が始まり、私を通路として見い出されるふしぎ発見を、誰かと分かち合い、この「リアル人生ゲーム」に活かしたいがために、2つ目のブログ『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』を作るにまで発展してきました。

「分かち合い」ほどの、いち人生を賭けるに値する究極の財宝、自他一挙両得のベストバイブスは、他に見当たりませんもの。
自分がまずうれしいし、同時に誰かもうれしいだなんて、はっきり言って
最高!

じゃないですか。







「ふしぎ発見!」の終わりに、みなさまを発見へといざなう楽曲も紹介しています。よろしければあわせて楽しんでください。
※和訳した歌詞は、英語力のない私がグーグル翻訳を参考に、個人的解釈で訳したものなので、ちょっとおかしいよっていう訳もあるかと思いますが、大目に見ていただけましたら幸いです。

カテゴリの中の「スーパーふしぎ発見」には、ブログの核となる発見かな、と思われるものを並べています。まあ、だからどうってわけでもありません。

カテゴリの中の「映画」がいざなうふしぎ発見については、ネタバレしているものがほとんどなので、どうか「この映画これから見ようとしてたのに(泣)」なんてことにならないようお気を付けください。

一度投稿した「ふしぎ発見!」も、一年くらい間隔をあけて読み返すと「うーん…なんでこんなふうに書いたんだろう」「この表現は不適切だなあ」「今ならこんな言葉は使わないなあ」といったことがよくあります。
私はまったくいとわず何度でも記事を修正します。
修正することによって、伝えるべきメッセージが進化しつづけていることを私自身実感できますし、過去記事と現在の記事とで違いすぎるがために読者を混乱におとしいれてしまうような事態も軽減されます。
投稿日に対してコメントの日付が古い記事は、「あ、修正した記事なんだな」と思ってください。




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