映画「ふがいない僕は空を見た」が教えてくれたふしぎ発見!だよ

今日は映画に見るふしぎ発見!
タナダユキ監督作監督作
「ふがいない僕は空を見た 」

※ネタバレありだよ※

keyvisual.jpg


「たくみ 
生きててね
あんたも命のひとつなんだから
生きて 
そこにいて」


原田美枝子演じる
助産師の母親
祈るように
永山絢斗演じる
主人公である
高校生の息子たくみ
そう語り掛けたんだ

けれども 
もし
母親の代わりに
えらそうにも
本当のところを述べてしまうなら
「あんたも命のひとつなんだから」
じゃなく
「あんたもひとつの命なんだから」
てことになるんだ

そして
母親が願うまでもなく
存在者
生きていようと
死んでいようと
結局のところ
ここにいて
存在すること

それをしか
することができないんだ

だからこその
たもつ の意の 
ある の意の 
だよ

は 
個別に分けられるもの
なんかじゃないのさ

あまたの身体に 
あまたの命
宿ってるんじゃなく
ひとつの命に 
あまたの身体が 
宿ってる
あまたの存在が 
宿ってる

身体が 
うしなわれることがあっても
が 
うしなわれることはない
だから
 そのものである
きみ
その肉体を
うしなおうとも
本当のきみ
うしなわれることなんて 
ないのさ

地獄から這い出し
一歩前に 踏み出した 
たくみは 
自らに 質し 
自らを 正す

「僕たちは
僕たちの人生を
本当に自分で選んだか」

先天的にも
後天的にも
なにひとつ
ただのひとつも
選んでなんかいやしない

自分の人生が
自分のせいである
わけがないのさ

誰かの人生が
誰かのせいである
わけがないのさ


責任なんてものが
誰にもひとつもないこと
を理解した 
たくみ
この世界へと
新たに産み落とされた
男の子の肉体を前に
まるで自分に語り掛けるかのように
皮肉っぽくつぶやくんだ

「おまえ
やっかいなもん
くっつけて生まれてきたな」











今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
「ふしぎ発見!」は変わらず
きみのこころの奥深くによりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見!」へといざなう楽曲を紹介するね

「無責任一代男 / 植木等(ハナ肇とクレージーキャッツ)」
作詞 青島幸男
作曲 萩原哲晶

人生で大事な事は
タイミングにC調に無責任
とかくこの世は無責任
こつこつやる奴はごくろうさん





ありがとう。ありがとう。
関連記事

テーマ : 詩・想
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

No title

それを「神」と呼ぶのもありだね!

No title

ひとつの大きな命が世界を包み込んでるってわけか。
ワンクリックいただけると励みになります。
最新投稿
最新コメント
カテゴリ
月別アーカイブ
「どみどりくん」あるいは「じゃっく」へのメッセージ

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
どみどりな応援者
RSSリンクの表示
QRコード
QR
やあやあ、よく来てくれたね。

じゃっく&どみどりくん

Author:じゃっく&どみどりくん
オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』の、姉妹ブログ『どみどりくんの、世界ふしぎ発見』に遊びに来てくださりありがとうございます。管理人のじゃっくと申します。

『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』が「表通り」を行くブログなら、こちらのブログは「裏通り」を行くブログです。
両方合わせてようやく私のメッセージの完成形となりますが、選り好みして「表通り」だけ見てもらってもまったく問題ありません。
来るべきときが訪れたなら、おのずと「裏通り」も歩かされている自分を発見されますから(ニヤリ)

で、この「裏通りブログ」が何故に必要なのかと申しますと、早い話が「表通り」だけでは解決できない、処理しきれない問題(絶体絶命のピンチ)に、人は前触れもなく遭遇するからです。
誰しものそのときのためにこそ、私「じゃっく」が、フシギニストである「どみどりくん」に扮し(チャネリング?)ながら、この「裏通りブログ」は存在し続けます。


「世界ふしぎ発見」とは言っても、某テレビ番組が世界における「目に見えるふしぎ」を発見して紹介するのとは趣がちがい、このブログでは世界における「目には見えないふしぎ」の発見を書き記することを趣旨としています。

ですが、「目には見えない」とは言っても、「UFO」「超能力」「幽霊」といった類のものとは趣が違いますし、「スピリチュアル」ともまたちょっと違うのかもしれません。
「哲学」「宗教」とも言い切れませんし、「自己啓発」「人生哲学」ともまた少し違うかもしれません。

しいて言うなら、みなさんが今まで生きてきた中で、学校教育や家庭教育やマスメディアによって抗いようもなく培われ、育くまれた「常識」「当たり前」「思い込み」「偏見」「先入観」などをとっぱらった先にある「あるがままの世界」あるいは「究極の羅針盤」の発見ってところでしょうか。


たとえばですが、

『きみが何を考え、何に思い悩み、何を行為しようとも、きみ自身は実は何もしていないのさ』

いきなりこんなことを断言されたとしたら、どう思うでしょうか。
「うん、そうだと思ってた!」という方は、おそらくは皆無に近いかと思われます。
おそらくは「あ…ちょっとこの人、ヤバイ宗教とか入ってる感じの人なんだろうな。かかわらないようにしよう…」
おおかたそんなところではないでしょうか。

ですが、私は特定の宗教を信仰していませんし、歴史上の人物や現存するいかなる人物も、敬いはしても崇拝するような対象にはなりません。この先もずっと。




そもそもはこの「裏通りブログ」から私のブログ人生が始まり、私を通路として見い出されるふしぎ発見を、誰かと分かち合い、この「リアル人生ゲーム」に活かしたいがために、2つ目のブログ『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』を作るにまで発展してきました。

「分かち合い」ほどの、いち人生を賭けるに値する究極の財宝、自他一挙両得のベストバイブスは、他に見当たりませんもの。
自分がまずうれしいし、同時に誰かもうれしいだなんて、はっきり言って
最高!

じゃないですか。







「ふしぎ発見!」の終わりに、みなさまを発見へといざなう楽曲も紹介しています。よろしければあわせて楽しんでください。
※和訳した歌詞は、英語力のない私がグーグル翻訳を参考に、個人的解釈で訳したものなので、ちょっとおかしいよっていう訳もあるかと思いますが、大目に見ていただけましたら幸いです。

カテゴリの中の「スーパーふしぎ発見」には、ブログの核となる発見かな、と思われるものを並べています。まあ、だからどうってわけでもありません。

カテゴリの中の「映画」がいざなうふしぎ発見については、ネタバレしているものがほとんどなので、どうか「この映画これから見ようとしてたのに(泣)」なんてことにならないようお気を付けください。

一度投稿した「ふしぎ発見!」も、一年くらい間隔をあけて読み返すと「うーん…なんでこんなふうに書いたんだろう」「この表現は不適切だなあ」「今ならこんな言葉は使わないなあ」といったことがよくあります。
私はまったくいとわず何度でも記事を修正します。
修正することによって、伝えるべきメッセージが進化しつづけていることを私自身実感できますし、過去記事と現在の記事とで違いすぎるがために読者を混乱におとしいれてしまうような事態も軽減されます。
投稿日に対してコメントの日付が古い記事は、「あ、修正した記事なんだな」と思ってください。




ツイッターもやってます。
業者の方や宣伝目的の方じゃなければ、出来うる限りフォロー返ししています。