「17才-at seventeen」と山本太郎と一期一会

私が16~17歳にかけ
青春を謳歌していた頃のことです。
まさにドンピシャなタイトルの
こんなTVドラマがありました。

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17才-at seventeen



片田舎で暮らす7人の高校生たちの
青春群像劇を描いたこのドラマには

ドクターX〜外科医・大門未知子〜では
城之内 博美 役として現在も活躍する
内田有紀さんが出演してました。
(その影響あって
ショートカットの女子に憧れてました)

「フェミ男」として一世を風靡し
俳優としてもタレントとしてもサックス奏者としても活躍する
武田真治さんもいました。
(そのファッションをよく真似ました)




7人の中にはなんと
若い世代の方はびっくりされると思うのですが
現参議院議員の山本太郎さんまでもがいたのです。
(上の画像のバンダナの人です)




このドラマ最大の魅力のひとつと言っても過言ではない
絶妙にコミカルなスパイスは
山本太郎なしではありえなかったと
リアルタイムで見ていたファンの方は
納得していただけるのではないかと思います。


ましてや
メロリンQと称して
素人高校生がバラエティ番組を賑わしていた伝説など
知る由もないかと思います。




そんな太郎さんが
あの311以後
その抗しがたい使命感から
俳優業を辞めなければならなくなり
その突出した危機意識から
罵声や非難を浴び
キチガイ呼ばわりされ
揚げ足を取られながらも
懸命に足を動かし
ストイックに戦術やレトリックを磨き
失敗を重ねながらも
伝えようとすることを諦めず
日本国の危機を訴える姿を目撃すると
なんともたまらない気持ちに
胸がいっぱいになります。


俳優山本太郎がもっと見たかったのに
あの頃の山本太郎にまた会いたいのに
運命ってやつは
なんてことしてくれるんだって
震災直後youtubeにアップされた
彼が放射能危機を訴える動画を見たとき
率直にそう思いました。








──ですが
違ったのです。

あの頃の山本太郎と
現在の山本太郎
一見すると繋がっているように見えて
まったくの別ものなのです。
別人として考えて
なんら差し支えないのです。


なにもそれは
別な誰かが山本太郎に憑依したとかいう
そういうことではありません。
物理的に脳が入れ替わったわけでもありません。



同じように
過去に真の友情を築いた友人と
現在では裏切られた関係になってしまったとしても
真の友情を築いた過去の友人と
裏切られた関係になってしまった今の友人とは
姿形はほとんど変わっていなくとも
まったくの別人なのです。

昨日会った家族と
今日会った家族とは
姿形は変わっていなくとも
まったくの別人なのです。


ある人が抱き続ける
恨みや憎しみは
すでに存在しない人物に対し
抱いている恨みや憎しみなのです。

ある人が抱き続ける
恋心や寂寥感は
すでに存在しない人物に対し
抱いている恋心や寂寥感なのです。





このことは
人間だけにあてはまるものではありません。

植物や昆虫だって
太陽や月だって
海や山だって
建造物や偶像だって
言葉や物語だって
感情や思考だって
記憶の中のそれらのものだって
記憶の中の誰かだって
どれを取っても
まったく同じ一会はないのです。

これこそが
本当の意味での一期一会ではないでしょうか。





二度とは来ない
今この瞬間
今この体験
今この発見とともに
おのおののリアル人生ゲーム
おのおののサバインバルダンス
つづいてゆきます。






そして私は
三宅洋平候補
その応援演説に立つ
の山本太郎を支持します。














youtubeにアップされてるドラマの動画は
エンドロールの音楽がミュートされてますが
流れていた曲は、この曲です。
近ごろの灼熱のような猛暑にピッタリの一曲です。

「TRF / survival dAnce ~no no cry more~」
作詞 小室哲哉

なつかしい草原を君と2人で歩く
夕陽が傾いても 暗やみが訪れても
映画の幕の様に
終わらない続いてゆく
survival dAnce!!




パクチーの種を差し上げます。
詳しくはこちらの記事↓を読んでみてください。

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sayamaさん

知っても知らなくてもどちらでもいい情報でしたね。

No title

じゃっくさんの年齢がはっきりわかっちゃいました。だいたい予想どおり。
このブログが役に立ってると思った方はぼく↓をクリックしてもらえるとうれしいです。
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「どみどりくん」あるいは「じゃっく」へのメッセージ

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やあやあ、よく来てくれたね。

じゃっく&どみどりくん

Author:じゃっく&どみどりくん
オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』の、姉妹ブログ『どみどりくんの、世界ふしぎ発見』に遊びに来てくださりありがとうございます。管理人のじゃっくと申します。

『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』が「表通り」を行くブログなら、こちらのブログは「裏通り」を行くブログです。
両方合わせてようやく私のメッセージの完成形となりますが、選り好みして「表通り」だけ見てもらってもまったく問題ありません。
来るべきときが訪れたなら、おのずと「裏通り」も歩かされている自分を発見されますから(ニヤリ)

で、この「裏通りブログ」が何故に必要なのかと申しますと、早い話が「表通り」だけでは解決できない、処理しきれない問題(絶体絶命のピンチ)に、人は前触れもなく遭遇するからです。
誰しものそのときのためにこそ、私「じゃっく」が、フシギニストである「どみどりくん」に扮し(チャネリング?)ながら、この「裏通りブログ」は存在し続けます。


「世界ふしぎ発見」とは言っても、某テレビ番組が世界における「目に見えるふしぎ」を発見して紹介するのとは趣がちがい、このブログでは世界における「目には見えないふしぎ」の発見を書き記することを趣旨としています。

ですが、「目には見えない」とは言っても、「UFO」「超能力」「幽霊」といった類のものとは趣が違いますし、「スピリチュアル」ともまたちょっと違うのかもしれません。
「哲学」「宗教」とも言い切れませんし、「自己啓発」「人生哲学」ともまた少し違うかもしれません。

しいて言うなら、みなさんが今まで生きてきた中で、学校教育や家庭教育やマスメディアによって抗いようもなく培われ、育くまれた「常識」「当たり前」「思い込み」「偏見」「先入観」などをとっぱらった先にある「あるがままの世界」あるいは「究極の羅針盤」の発見ってところでしょうか。


たとえばですが、

『きみが何を考え、何に思い悩み、何を行為しようとも、きみ自身は実は何もしていないのさ』

いきなりこんなことを断言されたとしたら、どう思うでしょうか。
「うん、そうだと思ってた!」という方は、おそらくは皆無に近いかと思われます。
おそらくは「あ…ちょっとこの人、ヤバイ宗教とか入ってる感じの人なんだろうな。かかわらないようにしよう…」
おおかたそんなところではないでしょうか。

ですが、私は特定の宗教を信仰していませんし、歴史上の人物や現存するいかなる人物も、敬いはしても崇拝するような対象にはなりません。この先もずっと。




そもそもはこの「裏通りブログ」から私のブログ人生が始まり、私を通路として見い出されるふしぎ発見を、誰かと分かち合い、この「リアル人生ゲーム」に活かしたいがために、2つ目のブログ『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』を作るにまで発展してきました。

「分かち合い」ほどの、いち人生を賭けるに値する究極の財宝、自他一挙両得のベストバイブスは、他に見当たりませんもの。
自分がまずうれしいし、同時に誰かもうれしいだなんて、はっきり言って
最高!

じゃないですか。







「ふしぎ発見!」の終わりに、みなさまを発見へといざなう楽曲も紹介しています。よろしければあわせて楽しんでください。
※和訳した歌詞は、英語力のない私がグーグル翻訳を参考に、個人的解釈で訳したものなので、ちょっとおかしいよっていう訳もあるかと思いますが、大目に見ていただけましたら幸いです。

カテゴリの中の「スーパーふしぎ発見」には、ブログの核となる発見かな、と思われるものを並べています。まあ、だからどうってわけでもありません。

カテゴリの中の「映画」がいざなうふしぎ発見については、ネタバレしているものがほとんどなので、どうか「この映画これから見ようとしてたのに(泣)」なんてことにならないようお気を付けください。

一度投稿した「ふしぎ発見!」も、一年くらい間隔をあけて読み返すと「うーん…なんでこんなふうに書いたんだろう」「この表現は不適切だなあ」「今ならこんな言葉は使わないなあ」といったことがよくあります。
私はまったくいとわず何度でも記事を修正します。
修正することによって、伝えるべきメッセージが進化しつづけていることを私自身実感できますし、過去記事と現在の記事とで違いすぎるがために読者を混乱におとしいれてしまうような事態も軽減されます。
投稿日に対してコメントの日付が古い記事は、「あ、修正した記事なんだな」と思ってください。




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