映画「リアル鬼ごっこ」が教えてくれたふしぎ発見!だよ

今日は映画に見るふしぎ発見!
園子音監督作
「リアル鬼ごっこ」

※ネタバレありだよ※

67567_original_convert_20160811105719.jpg






ぼくが見てきた
ヤフーレビュー史上でも
類を見ないほどの
低評価なこの
鮮血飛び交う
B級スプラッタ映画は
ぼくにとっては
生涯ベスト級となる作品で
(グリムスパンキーの
「リアル鬼ごっこ」の曲を
映画のどこかに入れてほしかったけど!)


「リアル人生ゲーム」という造語は
この映画と
「マッドマックス怒りのデスロード」を観たときから
始まったと言っても
過言じゃないんだ
(どちらもが
2015年の夏に公開され
しかもそのどちらもが
人生を賭けた鬼ごっこをする物語)




スピリチュアルメッセンジャー
賢者テラさんが

「この映画のすごいところはー
この宇宙の存在するわけ、そしてその仕組み (運営システム) と成り立ち
この幻想世界の見破り方と、その脱出方法 (悟り)
そういった、すべてのことを説明している。」

一部抜粋




映画を評しているように
この映画は実は
「リアル人生ゲーム」というゲームの
マジックの種明かし
にもなってる





「眠り」だったり
「夢」を連想するアイテム
「枕」



劇中
不自然なまでに
何度も象徴的に登場する
「枕」
その中身の「羽毛」
この世界が「幻想」であることの
メタファーとなっているよ



そして
主人公の周囲で
どんなに人間が
惨殺されようとも
玩具のように
破壊されてしまおうとも
どういうわけか
主人公だけが
死ぬことがないのは
この宇宙のメインキャラである
きみの実人生もまた
映画の主人公と同じく
本当は「死なない」秘密を
明かす役割を果たしてる





主人公(きみ)の記憶やシナリオ
姿形が変わろうとも
たいした問題じゃない


この宇宙のメインキャラが
常にきみであることには
なんの変わりもない


きみがきみとして
きみの「リアル人生ゲーム」を
認識している限りにおいては
きみこそが「宇宙」であり
メインキャラ(きみ)を操作して遊ぶ
プレイヤーもまた
きみ自身




劇中
仮想現実世界においては
どういうわけか
登場人物のすべてが
「女」だけになっていて


「女」を操作する
プレイヤー側が
どういうわけか
すべて「男」なんだ


その理由は
「創造主(男)」であるプレイヤーが
「創造主(男)」としては味わえない
「人間(女)」としての様々な体験を
味わいたいがために
「人間(女)」を創造したから

※注※ 
これは単なる例えで、男尊女卑の話ではないよ。





トリンドル玲奈演じる
主人公のミツコ
ゲーム世界の友人
シュール
こんな会話をするんだ

シュール
「でも、運命って変わんないんだよね
きっとこれから死ぬまで
この羽毛が、土に落ちるあいだの時間も…
落ちる場所も…
みんな決まってる」

ミツコ
「どう足掻いても
変わらないの?」

シュール
「そ」

ミツコ
「自分の力じゃ
変わらない…」

シュール
「でも、ひとつだけ抜け道がある」

ミツコ
「どんな?」

シュール
「普段絶対やらないことを
自分が気づく前にやること」




けれども
「普段絶対やらないことを
自分が気づく前にやること」すらもが
決定されている
のが
おのおのの認識と体験の数だけ
メインキャラが存在し
宇宙が存在する
この世界
この「リアル人生ゲーム」
の正体さ





ラスト
自らの手で
自らの幻想に
終止符を打ち
宇宙のからくりを見破った
新生ミツコ
再び走り始めるよ



──言わば
この宇宙の原理を
自分とは何者なのかを
体得したその瞬間
ようやく
リアル人生ゲームの
本番が始まったことを
ミツコは悟った
んだ













きみのその身に
いかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
ぼくは変わらず
いずれきみにおとなうだろう「発見」によりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見」へといざなう音楽

「GLIM SPANKY(グリムスパンキー) / リアル鬼ごっこ」
作詞 松尾レミ

輝いた目に この世界は美しい
脇目も振らず 走れよ乙女よ
あの日あのとき どうすれば良かったなんて
立ち止まらずに ひたすら進めよ
私たちは いま 輝きの中





パクチーの種を差し上げます。
詳しくはこちらの記事↓を読んでみてください。

http://domidorikun.jp/blog-entry-435.html

希望のメールを下さった方へ 
メールを送信してから10日経っても届かないようでしたら、またメールください。




この土壌(ブログ)に植えられた種(言葉)は、訪れたその人が読むことによってのみ、開花します。
ふたつと同じ花が咲くことはなく、訪れたその人だけの、その人に出逢う運命を担っていた花です。
この土壌に意義を見い出した方は、ご支援のワンクリックをいただけましたら幸いです。
関連記事

テーマ : 詩・想
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

sayamaさん

うん。そういうことだよね。

No title

すべての人がそれぞれの立ち位置でリアル鬼ごっこし続けるんだろうな。
このブログが役に立ってると思った方はぼく↓をクリックしてもらえるとうれしいです。
最新投稿
最新コメント
カテゴリ
月別アーカイブ
「どみどりくん」あるいは「じゃっく」へのメッセージ

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
どみどりな応援者
RSSリンクの表示
QRコード
QR
やあやあ、よく来てくれたね。

じゃっく&どみどりくん

Author:じゃっく&どみどりくん
オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』の、姉妹ブログ『どみどりくんの、世界ふしぎ発見』に遊びに来てくださりありがとうございます。管理人のじゃっくと申します。

『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』が「表通り」を行くブログなら、こちらのブログは「裏通り」を行くブログです。
両方合わせてようやく私のメッセージの完成形となりますが、選り好みして「表通り」だけ見てもらってもまったく問題ありません。
来るべきときが訪れたなら、おのずと「裏通り」も歩かされている自分を発見されますから(ニヤリ)

で、この「裏通りブログ」が何故に必要なのかと申しますと、早い話が「表通り」だけでは解決できない、処理しきれない問題(絶体絶命のピンチ)に、人は前触れもなく遭遇するからです。
誰しものそのときのためにこそ、私「じゃっく」が、フシギニストである「どみどりくん」に扮し(チャネリング?)ながら、この「裏通りブログ」は存在し続けます。


「世界ふしぎ発見」とは言っても、某テレビ番組が世界における「目に見えるふしぎ」を発見して紹介するのとは趣がちがい、このブログでは世界における「目には見えないふしぎ」の発見を書き記することを趣旨としています。

ですが、「目には見えない」とは言っても、「UFO」「超能力」「幽霊」といった類のものとは趣が違いますし、「スピリチュアル」ともまたちょっと違うのかもしれません。
「哲学」「宗教」とも言い切れませんし、「自己啓発」「人生哲学」ともまた少し違うかもしれません。

しいて言うなら、みなさんが今まで生きてきた中で、学校教育や家庭教育やマスメディアによって抗いようもなく培われ、育くまれた「常識」「当たり前」「思い込み」「偏見」「先入観」などをとっぱらった先にある「あるがままの世界」あるいは「究極の羅針盤」の発見ってところでしょうか。


たとえばですが、

『きみが何を考え、何に思い悩み、何を行為しようとも、きみ自身は実は何もしていないのさ』

いきなりこんなことを断言されたとしたら、どう思うでしょうか。
「うん、そうだと思ってた!」という方は、おそらくは皆無に近いかと思われます。
おそらくは「あ…ちょっとこの人、ヤバイ宗教とか入ってる感じの人なんだろうな。かかわらないようにしよう…」
おおかたそんなところではないでしょうか。

ですが、私は特定の宗教を信仰していませんし、歴史上の人物や現存するいかなる人物も、敬いはしても崇拝するような対象にはなりません。この先もずっと。




そもそもはこの「裏通りブログ」から私のブログ人生が始まり、私を通路として見い出されるふしぎ発見を、誰かと分かち合い、この「リアル人生ゲーム」に活かしたいがために、2つ目のブログ『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』を作るにまで発展してきました。

「分かち合い」ほどの、いち人生を賭けるに値する究極の財宝、自他一挙両得のベストバイブスは、他に見当たりませんもの。
自分がまずうれしいし、同時に誰かもうれしいだなんて、はっきり言って
最高!

じゃないですか。







「ふしぎ発見!」の終わりに、みなさまを発見へといざなう楽曲も紹介しています。よろしければあわせて楽しんでください。
※和訳した歌詞は、英語力のない私がグーグル翻訳を参考に、個人的解釈で訳したものなので、ちょっとおかしいよっていう訳もあるかと思いますが、大目に見ていただけましたら幸いです。

カテゴリの中の「スーパーふしぎ発見」には、ブログの核となる発見かな、と思われるものを並べています。まあ、だからどうってわけでもありません。

カテゴリの中の「映画」がいざなうふしぎ発見については、ネタバレしているものがほとんどなので、どうか「この映画これから見ようとしてたのに(泣)」なんてことにならないようお気を付けください。

一度投稿した「ふしぎ発見!」も、一年くらい間隔をあけて読み返すと「うーん…なんでこんなふうに書いたんだろう」「この表現は不適切だなあ」「今ならこんな言葉は使わないなあ」といったことがよくあります。
私はまったくいとわず何度でも記事を修正します。
修正することによって、伝えるべきメッセージが進化しつづけていることを私自身実感できますし、過去記事と現在の記事とで違いすぎるがために読者を混乱におとしいれてしまうような事態も軽減されます。
投稿日に対してコメントの日付が古い記事は、「あ、修正した記事なんだな」と思ってください。




ツイッターもやってます。
業者の方や宣伝目的の方じゃなければ、出来うる限りフォロー返ししています。