哲学者「スピノザ」が教えてくれたふしぎ発見!だよ パート2

たとえば

「消費者」

そう呼称されることに
違和感を覚える人間が
この現代社会において果たして
どれだけいるのだろう




ぼくらは
「消費」をするために
生まれてきたわけじゃない

生きるためにこそ
生まれてきた存在
だっていうのに




そんなふうに
ぼくたち人間が
この現代社会において
「消費者」と呼ばれることに対し
なんの違和感もなく
自明のこととして
消費奴隷に仕立てあげられている
ように



まったく疑われることなく
見過ごされている
人間という存在の
その根源的な問題
について
スピノザはこう言及するんだ


「人間たちは
自分が自由な存在であると考える点で誤る。
こういう考えは、
彼らが自分の行為について意識していながら、
自分たちが決定されている諸原因を知らないということにのみ存する」

『エチカ』第二部定理 5




「消費者」という
呼称と同様
なぜだか
ぼくら人間は
それが当たり前の前提として
自分の自由な意志によって
何かを行為し
日々を生きていると
そう信じて疑わない



なぜに誰も疑わないのかというと
それは人間の行為を決定している
その諸原因となるものを知らないから
だと
スピノザは言うんだ



じゃあ訊くけど
スピノザさん
その諸原因とやらが
なんなのかを
聞かせてもらおうじゃないの

当然
そういう疑念が
湧くことになるよね




その諸原因について
スピノザは
たとえば
こんなふうに
語るんだ


「事物について何かを肯定したり否定したりするのはわれわれではない、
事物自身である。
事物がわれわれの中で自分自身について何かを肯定したり否定したりするのだ。」

『神・人間及び人間の幸福に関する短論文』第2部第16章



「事物」とは
ぼくがこのブログで
くりかえし書き記してきた
「世界」のことさ
一般的な意味合いで使われる
「世界」のことではなくね
そして
「事物」とは
「宇宙」のことでもあるんだ


「事物」が
「世界」が
「宇宙」が
ぼくらの行為を
導いてくれているという
スピノザ的真理の全貌

少しずつ
このブログに明らかにしていくからね

p_cvdroit_spinoza03.jpg











きみのその身に
いかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
ぼくは変わらず
いずれきみにおとなうだろう「発見」によりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見」へといざなう音楽

「フィッシュマンズ / 救われる気持ち」
作詞 佐藤伸治

物語の流れは
いつもそっと消えて
振り向いた瞬間
何も見えないよ




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じゃっく&どみどりくん

Author:じゃっく&どみどりくん
オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』の、姉妹ブログ『どみどりくんの、世界ふしぎ発見』に遊びに来てくださりありがとうございます。管理人のじゃっくと申します。

『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』が「表通り」を行くブログなら、こちらのブログは「裏通り」を行くブログです。
両方合わせてようやく私のメッセージの完成形となりますが、選り好みして「表通り」だけ見てもらってもまったく問題ありません。
来るべきときが訪れたなら、おのずと「裏通り」も歩かされている自分を発見されますから(ニヤリ)

で、この「裏通りブログ」が何故に必要なのかと申しますと、早い話が「表通り」だけでは解決できない、処理しきれない問題(絶体絶命のピンチ)に、人は前触れもなく遭遇するからです。
誰しものそのときのためにこそ、私「じゃっく」が、フシギニストである「どみどりくん」に扮し(チャネリング?)ながら、この「裏通りブログ」は存在し続けます。


「世界ふしぎ発見」とは言っても、某テレビ番組が世界における「目に見えるふしぎ」を発見して紹介するのとは趣がちがい、このブログでは世界における「目には見えないふしぎ」の発見を書き記することを趣旨としています。

ですが、「目には見えない」とは言っても、「UFO」「超能力」「幽霊」といった類のものとは趣が違いますし、「スピリチュアル」ともまたちょっと違うのかもしれません。
「哲学」「宗教」とも言い切れませんし、「自己啓発」「人生哲学」ともまた少し違うかもしれません。

しいて言うなら、みなさんが今まで生きてきた中で、学校教育や家庭教育やマスメディアによって抗いようもなく培われ、育くまれた「常識」「当たり前」「思い込み」「偏見」「先入観」などをとっぱらった先にある「あるがままの世界」あるいは「究極の羅針盤」の発見ってところでしょうか。


たとえばですが、

『きみが何を考え、何に思い悩み、何を行為しようとも、きみ自身は実は何もしていないのさ』

いきなりこんなことを断言されたとしたら、どう思うでしょうか。
「うん、そうだと思ってた!」という方は、おそらくは皆無に近いかと思われます。
おそらくは「あ…ちょっとこの人、ヤバイ宗教とか入ってる感じの人なんだろうな。かかわらないようにしよう…」
おおかたそんなところではないでしょうか。

ですが、私は特定の宗教を信仰していませんし、歴史上の人物や現存するいかなる人物も、敬いはしても崇拝するような対象にはなりません。この先もずっと。




そもそもはこの「裏通りブログ」から私のブログ人生が始まり、私を通路として見い出されるふしぎ発見を、誰かと分かち合い、この「リアル人生ゲーム」に活かしたいがために、2つ目のブログ『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』を作るにまで発展してきました。

「分かち合い」ほどの、いち人生を賭けるに値する究極の財宝、自他一挙両得のベストバイブスは、他に見当たりませんもの。
自分がまずうれしいし、同時に誰かもうれしいだなんて、はっきり言って
最高!

じゃないですか。







「ふしぎ発見!」の終わりに、みなさまを発見へといざなう楽曲も紹介しています。よろしければあわせて楽しんでください。
※和訳した歌詞は、英語力のない私がグーグル翻訳を参考に、個人的解釈で訳したものなので、ちょっとおかしいよっていう訳もあるかと思いますが、大目に見ていただけましたら幸いです。

カテゴリの中の「スーパーふしぎ発見」には、ブログの核となる発見かな、と思われるものを並べています。まあ、だからどうってわけでもありません。

カテゴリの中の「映画」がいざなうふしぎ発見については、ネタバレしているものがほとんどなので、どうか「この映画これから見ようとしてたのに(泣)」なんてことにならないようお気を付けください。

一度投稿した「ふしぎ発見!」も、一年くらい間隔をあけて読み返すと「うーん…なんでこんなふうに書いたんだろう」「この表現は不適切だなあ」「今ならこんな言葉は使わないなあ」といったことがよくあります。
私はまったくいとわず何度でも記事を修正します。
修正することによって、伝えるべきメッセージが進化しつづけていることを私自身実感できますし、過去記事と現在の記事とで違いすぎるがために読者を混乱におとしいれてしまうような事態も軽減されます。
投稿日に対してコメントの日付が古い記事は、「あ、修正した記事なんだな」と思ってください。




ツイッターもやってます。
業者の方や宣伝目的の方じゃなければ、出来うる限りフォロー返ししています。