「命の大切さ」から見えて来る世界だよ

「命の大切さ」

それとは一体
なんなのだろう

不思議なことに
「命はなぜ大切なのか」
そう問う人はいるけれど
「命はなぜ粗末なのか」
そう問う人はいないよね

それは
そういう法律があるから
だとか
学校でそう習ったから
だとかを超えて
避けがたく
すべての人間に対して
突きつけられてくる
何か


人は 
命が
貴い何かであること
その重要性を
生まれながらにして
知っているよ
生まれながらにして
持っているよ


それまできみが
ほとんど知りもしなかったし
気にしたことすらなかった
ある人に恋をした
その瞬間から
その人から目を逸らすことが
不可能なように

人は
自分の中にないものを
認識することができない
知覚することができない
生きもの
だよ

人は
自分の中にないものに
問うことができない
触れることができない
生きもの
だよ

「潜在的に
重要性を知ってるなら
命をないがしろにする
人間が絶えないのは
どうして?」


それは
その人の先天性に加え
生まれ育った時代
環境や文化
取り巻く周囲の人間関係
それらありとあらゆる
世界との噛み合いの中で

持って生まれた
命の重要性を
すくすく育てて
輝かせる人がいる 
そのいっぽうで

持って生まれた
命の重要性を
いったいどこに
仕舞ったのだったか
分からなくなってしまったり
その存在を
すっかり忘れてしまったり
あるいはそれを
持っていることにすら
気づかぬままに
自我形成を終える人も
いるからなんじゃないかと
現段階のぼくは
思っているよ

それともうひとつ

命を正しく
大切にできる人間
なんて
どこにもひとりもいないってこと

「命の大切さを
感じれること」


「命を正しく
大切にできるかどうか」

それらは似ているようで 
まったく違うものだよ

命の大切さ
命の意味を
感じ取れたとしても
命を正しく
大切にするための
方法論 
公式 
マニュアル
そんなものが
あるわけもなく


「正しい命の扱い方」
そんな全人類共通の
普遍的マニュアルが
存在しない以上
命を大切に
思うことはできても
命を正しく大切に
すること
はできないよ

かといって
大切にされる側である
に対し
「正しく大切にできてますかい?」
訊くわけにもいかないもんだから

いやはや 困った困った
いやいや 待てよ待てよ

そもそものその 
 
それがなんなのかを
ぼくらは本当に
知っているのだろうか

心肺が
動いていれば 
そこに命があり
止まっていれば 
そこに命はない


この単純な図式が
世間にまかりとおり続けるのは
なぜなのだろう
そして果たしてこのことは
本当?

が消滅したはずの
死者に対し
とめどなく涙を流し
死者がそばにいることを感受し
言葉を届け
祈りをささげるのは
なぜなのだろう

が消滅したはずの
動物の食肉に対し
「命をいただく」
感謝と敬意を
込めもするのは
なぜなのだろう

「命の大切さ」の前に
まずその

「命とは何か」

その問題と
向き合う必要性が
ぼくたち人間には
あるのかもしれないね











今日はどんな一日になるだろうね
あるいは どんな一日だったかな
きみにいかなる逆境や順境が待ち受けているとしても
「ふしぎ発見!」は変わらず
きみのこころの奥深くによりそっているよ

今日のきみを「ふしぎ発見!」へといざなう楽曲を紹介するね

「歩く花 / THE BLUE HEARTS(ザ・ブルー・ハーツ)」
作詞 甲本ヒロト

知ってるかい忘れてはいけないことが
何億年も昔 星になった
どんな時代の どんな場所でも
おんなじように見えるように
覚えたり 教えられたり
勉強したりするんじゃなくて
ある日突然ピンときて だんだんわかることがある





ぼくを応援してくれる人は、一日に一回、ぼくをクリックしてくれるとうれしいです。より多くの人へこのブログが届くきっかけになるので、すごくうれしいです。
関連記事

テーマ : 詩・想
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

sayamaさん

さんざんぼくがそう書いたせいかもね!

No title

「命」も「神」も同じもののことを言ってる気がする今日この頃だな。
ワンクリックいただけると励みになります。
最新投稿
最新コメント
カテゴリ
月別アーカイブ
「どみどりくん」あるいは「じゃっく」へのメッセージ

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
どみどりな応援者
RSSリンクの表示
QRコード
QR
やあやあ、よく来てくれたね。

じゃっく&どみどりくん

Author:じゃっく&どみどりくん
オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』の、姉妹ブログ『どみどりくんの、世界ふしぎ発見』に遊びに来てくださりありがとうございます。管理人のじゃっくと申します。

『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』が「表通り」を行くブログなら、こちらのブログは「裏通り」を行くブログです。
両方合わせてようやく私のメッセージの完成形となりますが、選り好みして「表通り」だけ見てもらってもまったく問題ありません。
来るべきときが訪れたなら、おのずと「裏通り」も歩かされている自分を発見されますから(ニヤリ)

で、この「裏通りブログ」が何故に必要なのかと申しますと、早い話が「表通り」だけでは解決できない、処理しきれない問題(絶体絶命のピンチ)に、人は前触れもなく遭遇するからです。
誰しものそのときのためにこそ、私「じゃっく」が、フシギニストである「どみどりくん」に扮し(チャネリング?)ながら、この「裏通りブログ」は存在し続けます。


「世界ふしぎ発見」とは言っても、某テレビ番組が世界における「目に見えるふしぎ」を発見して紹介するのとは趣がちがい、このブログでは世界における「目には見えないふしぎ」の発見を書き記することを趣旨としています。

ですが、「目には見えない」とは言っても、「UFO」「超能力」「幽霊」といった類のものとは趣が違いますし、「スピリチュアル」ともまたちょっと違うのかもしれません。
「哲学」「宗教」とも言い切れませんし、「自己啓発」「人生哲学」ともまた少し違うかもしれません。

しいて言うなら、みなさんが今まで生きてきた中で、学校教育や家庭教育やマスメディアによって抗いようもなく培われ、育くまれた「常識」「当たり前」「思い込み」「偏見」「先入観」などをとっぱらった先にある「あるがままの世界」あるいは「究極の羅針盤」の発見ってところでしょうか。


たとえばですが、

『きみが何を考え、何に思い悩み、何を行為しようとも、きみ自身は実は何もしていないのさ』

いきなりこんなことを断言されたとしたら、どう思うでしょうか。
「うん、そうだと思ってた!」という方は、おそらくは皆無に近いかと思われます。
おそらくは「あ…ちょっとこの人、ヤバイ宗教とか入ってる感じの人なんだろうな。かかわらないようにしよう…」
おおかたそんなところではないでしょうか。

ですが、私は特定の宗教を信仰していませんし、歴史上の人物や現存するいかなる人物も、敬いはしても崇拝するような対象にはなりません。この先もずっと。




そもそもはこの「裏通りブログ」から私のブログ人生が始まり、私を通路として見い出されるふしぎ発見を、誰かと分かち合い、この「リアル人生ゲーム」に活かしたいがために、2つ目のブログ『オルタナティヴ・スピリチュアルの時代へ。みんなと。』を作るにまで発展してきました。

「分かち合い」ほどの、いち人生を賭けるに値する究極の財宝、自他一挙両得のベストバイブスは、他に見当たりませんもの。
自分がまずうれしいし、同時に誰かもうれしいだなんて、はっきり言って
最高!

じゃないですか。







「ふしぎ発見!」の終わりに、みなさまを発見へといざなう楽曲も紹介しています。よろしければあわせて楽しんでください。
※和訳した歌詞は、英語力のない私がグーグル翻訳を参考に、個人的解釈で訳したものなので、ちょっとおかしいよっていう訳もあるかと思いますが、大目に見ていただけましたら幸いです。

カテゴリの中の「スーパーふしぎ発見」には、ブログの核となる発見かな、と思われるものを並べています。まあ、だからどうってわけでもありません。

カテゴリの中の「映画」がいざなうふしぎ発見については、ネタバレしているものがほとんどなので、どうか「この映画これから見ようとしてたのに(泣)」なんてことにならないようお気を付けください。

一度投稿した「ふしぎ発見!」も、一年くらい間隔をあけて読み返すと「うーん…なんでこんなふうに書いたんだろう」「この表現は不適切だなあ」「今ならこんな言葉は使わないなあ」といったことがよくあります。
私はまったくいとわず何度でも記事を修正します。
修正することによって、伝えるべきメッセージが進化しつづけていることを私自身実感できますし、過去記事と現在の記事とで違いすぎるがために読者を混乱におとしいれてしまうような事態も軽減されます。
投稿日に対してコメントの日付が古い記事は、「あ、修正した記事なんだな」と思ってください。




ツイッターもやってます。
業者の方や宣伝目的の方じゃなければ、出来うる限りフォロー返ししています。